32話 赤い衝動に触れる妖(3)
これでやっと邪魔者はいなくなった、ってことなんだよな――俺……。
リコにあんなこと言って、死亡フラグ立てなくてよかっただろ。マジで恥ずかしいわ、ゼラに聞かれてなくてよかった。
でも、このどでかい妖怪、一体なんなんだよ……。マジで勝てる気がしない程底知れない妖力だ。レベルが違いすぎる……。
建前は置いといて、リコが逃げられる時間だけは稼ぐ。その為には出し惜しみしている暇はねーな!
「――【黒衣武装】」
黒い妖力で右半身を染めると、緑の巨人は俺の存在に気が付いた。
「むぅ……どうゆう事だ。女がいない……代わりに半妖が現えたど?」
なんだこいつ、口が無さそうなのに話せるのか。ただの巨人で無口かと思ってたが、話が通じるとは発見だな。
異様なまでに体を横にして首を傾げる巨人は、女を探しているようだ。俺のことなど眼中にないかのように目を顔の中で移動させている。
「おい、女の尻追う奴はモテないらしいからやめとけ!」
屈伸した反動を利用して跳躍する。
右脚だけで跳んだというのにやっぱり妖力は凄い。一気に巨人の顔の前まで飛び上がることが出来た。そのまま拳を握って構え、目の間目掛けて突き出した。
「それより――俺を見ろ!」
しかし、俺の到着に合わせるかのように巨人の顔がいなくなる。かと思えば、巨人は縮んでいた。頭が数十メートル下がり、巨体がそのまま地面に埋めたかのように低くなっている。
こいつ、脚を失くしたのか!?
俺は真っ逆さまに落ちていく。いくら妖力でも空を飛び続けることは出来ない。俺には妖力はあっても、妖術は他の妖怪から奪ったものしかないのだ。
このままいけば頭のてっぺんに着地できる。けど、このまま着地するのはもったいない。せめて脳天かち割る気概で突っ込んでやる!!
再び妖力を操作。右脚に集中させて攻撃力をアップした。そして、体勢を直しつつ右脚に集中して蹴り下る。
巨人は俺のことを見てはいない。しかし、おそらく妖力で位置をつかまれているだろう。
やはり、俺の落下に合わせて身体を仰け反らせた。
上半身だけが地面から生えでているという感じだが、落下位置が頭から腹のあたりに変わってしまった。俺が降りてくると同時に頭突きするつもりだろう。反動を溜め込んでいる。
ヤバい……かわせない!!! このまま落ちたら確実に頭突きを食らう。そしたらどこまで飛ばされるかわかったもんじゃない。どうする!?
巨人が頭突きを始めた瞬間、落下が止まった。誰かに上から掴まれたらしい。襟が引っ張られて首が絞まった。
巨人は、その顔面を思い切り地面に打ち付けた。
かなり強く打ったようで、頭が地面にめり込むほど。周辺の木々は地面に入った罅のせいで次々と倒れていく。おかげで木々に留まっていただろう黒い鳥が羽ばたいていった。
あ、あぶなかった……けど。
「く、苦しい……」
「まったく、世話が焼けるわね!」
そう言って俺を持ち上げるリコがいた。下から見上げると、純白のパンツがスカートの隙間から拝観できた。
リコが持っていた槍が空中に浮いており、その上に彼女は立っている。まるで旧時代の魔法少女のような格好だ。そっちの属性があれば、なかなか人気が出るかもしれないな。まあ、リコには無理だな。
俺は高い所は苦手ではないが、落ちた時を考えるとゾッとする高さに怯えはする。だから、棒の上に腰を下ろした。流石にリコのように立つ勇気まではない。
「おっと」
棒の上に座るのはバランス的に厳しく、情けないけれどリコのスカートを握り締めた。しかし、スカートというのは簡単に落ちるもので。再び白の下着が露わとなってしまう。
やべ……。
リコは、顔を赤らめながら必死にスカートを戻そうとする。だが、俺も俺でバランスが崩され綱引きのような形となった。
「あ、あんた……マジでぶっ殺されたいわけ!? あたしのパンツ見たさにこんな所で、こんな時になにやってんのよ。この常時発情期お化け人間!! 空狐様と九尾様に言いつけるわよ!?」
「い、今、落ちるから! 今、空の上だから!」
「だったら死ねばいいんじゃない! ていうか、助けたあたしがバカだったわね!」
「よ、よく考えろ! 俺がお前のパンツを見たいと思うか?」
「は、はあ? アンタ、なに言って――」
「俺は、ごく普通の人間で妻もいて、子供もいる!」
高校生なのにこれは普通じゃないけど、今はおいておこう。
「なのにだ。自分の子供の世話役にこの俺が手を出すと思うか!? 妻はあの白面金毛九尾狐だぞ。それこそこんな所を見られようものなら、あの世に行っても不幸になる未来しか見えない。よって、俺は自分の身を守る為にもお前の下品なパンツを見ようとは思わないのが道理だろう!!!」
「下品って……この状況でよくそんな事が言えるわね! むしろあたしがアンタを地獄に送ってやるわ!!」
「おいおいおい、待て待て待て! そうだ、交換条件だ!」
「交換条件?」
よかった……まだ話は通じる。
「そうだ。俺はお前みたいなバランス能力が無い。悪いが、お前が支えになってくれないと落ちる。だから、俺の支えになって欲しい。スカートを掴んだのは悪かったが、せめて手を貸してくれないか。もしそうしてくれるなら、代わりに俺はクウにお前の頼みを言ってやってもいい」
「ほ、ほんと〰〰?」
かなり疑っているな……。いつものことだが、こいつも人間反対派の妖怪だからな。
「ほ、ほら! 一日膝枕になるとか、一緒に寝るとか!」
「アンタあたしをなんだと思って…………ま、まあでも……悪くはない、わね……」
「え……」
適当言っただけなんだが、今ので靡いたのか。引くぞ……。
「なによその目は!? アンタの提案がよかったわけじゃないから!」
「え、ダメなのか……!?」
「いや、まあ? 交換条件自体はよかったけどね」
「じゃあ決まりだな! 腕貸してくれ!」
「し、仕方ないわね……。まったく、これだから人間は脆弱なのよ。他人の力借りないと座ることもできないなんてね」
そうは言いながらも満更じゃない感じだ。余程交換条件が良かったんだろうな。口が回る方でよかった。
「今更なんだけど、なんで戻ってきたんだ? ゼラを呼んでこいって言っただろ」
「あたし別に足速くないから、逃げられてもその内にアンタが死ぬでしょ! こっちに戻ってきてあげたんだから感謝しなさいよ!」
偉そうだな……。
まあ、この際仕方がない。理由なんてどうだっていいんだ。まずはこいつをどうにかしないと!?
俺とリコが影の中に入った。
振り返ると、視界一杯に緑色の壁が広がっており、どんどん近づいてくる。
うだうだしている内に後ろ取られた!
「やっと見つけたどお……!!」
咄嗟にリコの腕を引いて槍の上から降りた。落下が始まり、思わず体をバタバタさせるが空気が避けていくだけ。もう支えになっていたリコの腕も意味が無い。
巨大な腕がリコの槍を叩き落とした。
巨人が険悪な顔でこちらを見ている。まるで蚊をうざがる人間と同じ。つまり、俺は今あの巨人にとっては虫同然というわけだ。さっきから潰せていなくてイライラしているんだろう。
リコを抱き、俺は自分の背中を下にした。
木の枝葉が見え始めると、背中に鈍痛が響く。更に追い打ちをかけるようにして、身体中に木の枝にぶつかった打撲と葉による切り傷が付いていく。全身が焼けているような感覚だ。
暫くしてやっと落下が止まった。枝と枝の間につっかえたようだ。背中は地面ではなく、まだ木の上だった。
リコは俺の胸の中で怯えていた。だが、安堵の息を漏らした俺を見て、顔を赤らめながら唐突に胸を押しのけてくる。
「な、なにすんのよ!」
「バカお前……!!」
体勢を崩され、枝からずり落ちた。俺とリコは更に落下していく。
今度は地面の上に背中から落ちた。
背骨をやったかもしれない。ズキズキとした痛みが背後から押し寄せてくる感覚がある。全身に痛みがあるが、これが一番かもしれない。
「なに、すんだよ……」
「アンタが変なところ触るからでしょ! ぶち殺されていないだけ喜びなさい!!」
「んな散々なことあるかよ。俺はお前を助けてやったんだろうが……」
だけど、痛いだけで済んで良かった。ゼラの妖力様様だな、死んでいないのが不思議でならない。かなりの高さから落ちたはずだが。
巨人が再び動き出す。俺達を見つけてまたあの巨大な腕を振りおろそうとしていた。
「早く逃げるわよ!」
「わかってる、先にいけ!」
リコが走り出すのを見送り、俺はリコとは別方向に走り出す。
「アンタ、どこ行くのよ!?」
リコが俺が別方向に向かうので、付いて来ようとしていた。
しかし、俺は直ぐに「来るな」とジェスチャーする。
「バカ、こっち来んな! 一緒にいたんじゃ同時にやられて終わりだ。ここは二手が最善手だ!」
「あのバカ……!」
リコは、巻き込めない。
さっきから妖力を使おうとすると、左半身が、主に左腕が疼く。
嘘をつく、もしくは嘘をついている奴を目の前にすると頭が痛くなるけど、それはとはまた違う。この症状は、おそらく邪気のせいだ。おかげで寸前の所で力を出し切れないでいる。
妖力を全力で出そうとすれば、邪気が身体の内から溢れ出て来るんじゃないかって恐れているんだ。けど、こいつ相手にそんな事を言ってる暇はない。
「さあ、こっちだ――巨人!!!」
上半身だけになって目が合わせやすくなった。巨人は俺を煩わしいように見ている。
余程すばしっこい奴を追い続けるのが面倒なんだろうな。まっ、だからってやられてやるつもりはないけどな……!!
「半妖の人間……ダを愚弄するつもりだんなあ!!」
「そんなことない。お前は、俺を半妖と見てるだろ。だから、俺はお前を貶めるようなことはしない。妖怪の気持ちを少なからず理解できるつもりだからな」
口が利けるなら、交渉も可能なはずだ。口八丁で誤魔化せるなら、それに越したことはない。まずは、一対一で話し合いだ。
「信用できると思うか、人間のくせに! ダは、ダイダラボッチ。この地を作った主だあ!!」
主? それって毛羽毛現じゃなかったのか?
でも、あいつよりこっちの方が段違いで強そうだ。妖力の底が知れないし、話す度に震える空気がまるで凍えるようだ。
「なぜダを再び起こした!? まあた、なんか企んでいるのか。この汚らわしい人間風情が、またダの自由を奪い、この世から隔離するつもりかあ! そうはさせないど!!」
巨人は、地面に手を突いてとてつもない妖力を流した。
や、ヤバい!!




