2話 踏み入れた妖の道(5)
俺の頭に頭痛が響く。
嘘に反応したのだ。こいつの何かを隠すような嘘に。
多少痛みを感じて顔が強張ってしまったが、ゼラは俺が疑っていると解釈したようだ。
「それに儂が戦うまでもないというのは、嘘ではない」
焦りながら話す彼女は、急に嘘が下手になったみたいだった。
眉を顰めるが、ゼラはこの話題で押し切ろうとしていた。
「さっきお主に取り込ませたのは、邪魅の妖力の一端じゃ。儂の妖力が核としての役割を担っているおかげで邪魅の能力を使うことができるようになっているはずじゃ」
無い胸を張り、うんうんと自慢げに頷いている。
しかし、この話には俺の頭痛は反応をしめさなかった。
俺に無理矢理戦わせて笑い転げるのがオチになるだろうと思ったのだが、嘘をついている訳ではないようだ。
「邪魅の能力が使えるってことは――あいつは確か毒が得意だったんだっけか? 俺も毒が吐けるようになっているって言いたいのか?」
「その通りじゃ。しかし、摂取した妖力は一欠けら分。じゃから、流石に本物と同じく相手を殺せるほどの殺傷能力は無いのぅ」
結局ダメじゃねえか!
「それでも、毒には相手を痺れさせる効果もある。暫く動きを封じる程度ならば、できてもおかしくないはずじゃ」
「……へー? で、どうやって毒を出すんだ?
俺、あいつが毒を吐くところなんて見てないからどうやるのか知らないぞ」
「へ?」
しまった、という心の声が聞こえた気がした。ゼラは、口をへの字にして固まっていた。
「そういえば、邪魅が毒を吐けるっていう話もお前から聞いただけで本当にあいつの能力が毒かどうかも判らないんだけど?」
「いや、それは…………たぶん、あっているはず? じゃ……」
首を傾げながらに話す様は全然確証を得られない。
嘘は言っていないが、記憶が曖昧で信用がねえ……!
「それに俺、元の世界じゃ誰とも戦ったことなんてないから戦闘の心得なんてないし。そもそも俺は戦いなんて嫌だし」
「そ、それはお主の心の持ちようではないか!」
「ほら! 俺この通り非力だし、重い物だって持ったことないし」
「なぬ!?」
冗談のつもりで言っているのだけれど、俺の頭痛は反応を示さない。
冗談程度なら頭痛はしないのだろうか。もう少しこの曖昧なところは検証しておいた方がいいな。
「し、しかし……」
「なあ、本当にダメなのか? お前なら一瞬だろ?」
「儂では……洞窟を崩壊させかねないし……」
ひっかかれるほどの頭痛が来る。
嘘の程度で頭痛の強度も強弱するらしい。嘘は言っていないが、本当の理由ではないのだろう。
「本当はなんなんだ? 何か別の理由があるんだろ?」
「……」
ゼラは、首をぷりっと反対の方向へ向けた。
「俺は、お前に魂を捧げた身だ。だから、お前の隠し事を追求することはできないって思っている。
でも、俺はこの世界に来たばかりで信じられるのは今はお前しかいない。だから、信じたいんだ。
俺にとって、お前だけが頼りだから……」
「…………仕方がないのぅ……」
俺の演技に絆され、やっとのこと力を抜いてくれた。
そして、こいつしか知らない重要なことを今になって説いてきた。
「今日は既に二度、お主から魂の欠片を吸収した。
本来、魂は人間にとってこの世にそのままの状態でいる為に必要なものじゃ。死ねばあの世へと送られる魂は、人間が人間である為に存在している。
その魂の欠片を他の者が吸収しているということをお主は軽く見過ぎている。儂が削ってきた魂はお主が人間であるのを阻害しない程度にしか吸収していない。が――それを短期間に連続的に行えば、当然人間として必要な分まで削ぎ落としてしまうじゃろう。
体だけの存在となり、ただの抜け殻になってしまうのじゃ。それは、事実上の死を意味する。
これ以上お主の魂を削ろうとすると、流石に殺してしまうじゃろう。じゃから、儂はお主の魂を吸い取ることをせんのじゃ」
あまりに意外な話だった。頭痛もしないから嘘は一度も言っていない。
しかし、こいつが俺の命をただの使い捨てにしないということが意外だった。
出逢いは衝撃。
異世界へ来て直ぐ、また別の場所に飛ばされた先で封印されていた妖怪。
俺の魂と引き換えに月紫を助けてもらった。だから、そこで俺の人生は終わると思っていた。
こいつの思うがままに俺という人間は使い捨てられるのだと、ただの食い物にされるのだと、そう思っていた。
――だけど、違ったんだ。
こいつはずっと寂しかったんだ。
何故、あの時に月紫ではなく俺を選んだのかは判らない。けれど、確かにゼラは俺に少なくともまだ死なないで欲しいらしい。
利用価値を見つけたから? 俺といれば退屈しないとでも思ったから?
その理由も判らない。だけど、なんでなんだろうな。
すべてがこいつの都合。いま俺がここにいるのも、危ない目に遭うのもこいつの都合。それなのに憎めない。
見た目が幼いからだとか、憎たらしいほどに人間の子供じみてるからとかではない。
こいつという妖怪を、出逢ってからずっと殺したいとも離れたいとも思っていないのだ。確かにムカつくところもある。
自信過剰で、自己中で、俺の体の謎もそのまま抱えようとしていて。
だけど、俺をただの使い捨てと思っていないのなら、俺をまだ必要としてくれているのなら。
情けなくも俺は、もう少しは一緒にいてもいいかな、と思ってしまった。
「……ここは引き返すのが得策じゃな」
俺のことを少しは考えてくれたんだろう。
ゼラは、神妙な面持ちで引き返すことを促した。
「どうやればいい?」
「……なんじゃと?」
「どうすれば、リネルを助けられるかって聞いてんだ!」
ゼラは、呆気にとられていた。俺がこんなことを言うなんて思っていなかったんだろう。
――しかし、今のこれは冗談でも嘘でもない。
「ここで逃げたら、いつまで経っても役に立たないただの嘘つきだ。
だから、せめてお前の近くにいてもいいくらいの力が欲しい」
俺は、おそらく使い捨てじゃない。
だけど、それに甘えて助けられるだけ助けられるなんてのは嫌だ!
「――教えてくれ。なんせ、この世界に来るまで血生臭い戦いなんて、テレビの中でしか見たことないんだよ!」
「っ……」
勘だけど、たぶん今一瞬引き留めようとしてくれた。
けど、ゼラは俺の覚悟を優先してくれた。
ゼラは、穏やかな笑みを浮かべながら毎度の如く、「仕方ないのぅ」と偉そうに上からものを言った。
リネルは、金属製らしき黒い小型の檻の中にいた。持ち運びしやすい小型魔物用の檻みたいだ。
その檻の前のテーブルで二人の男は外套を脱いで酒に浸っている。仄かに顔が赤くなっているのと、コップを口に付ける度に口元に泡が付くのが見えた。
左に座っている男は、金髪で口にリングを付けている。目付きの悪いごろつきにお似合いのふてぶてしい面相で顎のちょい髭が印象的。
右側は、茶髪で眉が全てそり落とされている。豚のような顔で俺から見ても弱そうだ。
二人共、勝利の美酒を楽しんでいた。
もう一人いるようなことをほのめかしていた割には、そいつを気遣わずに先に飲んでいるあたりは礼儀がなっていない。
誘拐なんてしている奴に礼儀がどうのと言うのは、お門違いのような気もするが。
ここは洞窟の中の最奥で、こいつ等が設置したのか灯篭が明るく灯っている。視界的にも煩わしさはない。
さて、状況確認はこのへんでいいだろう。
そろそろリネルも疲弊しきる頃だ。帰る時に眠っていられると、二人も担がなくては行けなくなる。それはおっくうだ。
俺は、大胆不敵にも二人の前に堂々と現れた。
ゆっくりと歩き、不気味さを放とうという意図がある。
「だ、誰だ!」
「あん? 何者だ!」
酔っ払いながらも当然の警戒を示された。
両方とも、近くに置いていた剣を俺へと向ける。
「いえね、雨が降って来そうだったので雨宿りを使用と思ったのですが……何やら洞窟の奥から声が聞こえましてね」
ポーカーフェイスを決め込む間の俺の嘘に反応して頭には締め付けるような痛みが走っている。
いや~俺ってば仕事熱心だね。
「なんだ、ガキか。
引き返せ! ここにはお前用の酒は置いてねーよ!」
「雨宿りがしたいなら、別の場所を探すんだな!」
便乗してムカつくような嘲る笑み。
しかし、俺は冷静だ。
「あれ? その檻の中にいるのって……子供じゃないですか?
おかしいですね。子供用の飲み物も本当はあるんじゃないですか?」
「…………気づいちまったか」
「運が悪かったな。これを見られちゃ、このまま見過ごす訳にはいかないのよ」
二人は、重い腰を起こして戦闘する体勢になった。鉄の剣を光らせ、不敵に笑う。
剣というよりカットラスに近かった。刀身が短く、刃先が少々後ろへ向いている。
――やっとか。
俺の制服は、一張羅だからな。酒で汚されるのは嫌だった。
「それはそれは……」
両腕を上げた。
個人的にはドラマなどで見た銃を構えられた時にする無抵抗の仕草だったのだが、二人はこちらを睨み付けるだけだった。
自分でも馬鹿らしく思って溜息を付く。
何をやっているんだ俺は……。
「お主は何をやっているんじゃ……」
さっきの場所に置いてきたゼラが同じく呆れ果てた顔をして出てきた。
「うっせ、わかってんだよ」
「まだ誰かいやがったのか!」
「気にすんな」
俺の右腕が黒く変色し、爪が鋭く伸びる。まるで獣のような腕となった。




