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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第2章

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第90話『お出かけの帰り道で』

 女性陣の買い物が一段落したところで一騎たちと別れ、優人と雛は商業施設を後にした。

 向かう先は最寄りの駅。自宅から公園、さらにここまでとバスを乗り継いで割と遠くまで来たので、それなら電車の方が早く帰れるだろうという判断によるものだ。


 夕暮れのオレンジに薄闇色が混ざる空の下、帰宅ラッシュと重なりつつあるのか駅へ向かう人は多い。その人波に紛れながら歩く中、優人の隣にいる雛の表情は明るい。


「かなり盛り上がってたみたいだけど、満足できる買い物はできたか?」


 表情からして答えは明らかであるがついそう尋ねてしまうと、何故か雛はほんのりと眉尻を下げる。


「ごめんなさい、つい熱中してお時間を取らせてしまって……」

「いいっていいって、他に予定があるわけでもなかったし」


 図らずも嫌味な言い方になってしまったか。雛の顔の前でひらひらと手を振れば、雛はほっと安心したように肩の力を抜いた。

 それなりに時間がかかったことは事実としても、何も一人で待ちぼうけを食らっていたわけではない。話し相手として一騎がいたし、むしろ男同士で積もる話もあったのでちょうどよかったとも言える。


「結局何を買ったんだ?」

「姫之川先輩オススメの品を数点ですね」


 そう言ってビニール袋の口を広げて見せてくれるのだが、その中身はやはり優人にはよく分からない液体のボトルなどだ。あまり散財をしないであろう雛の性格から考えればこれが全部必要だというのだから驚きである。


「女の子は大変だな」

「ふふ、そうなんですよ? でも手間をかけるだけの価値はあります。ちょっと触らせてもくれましたけど、姫之川先輩の髪あれだけ長いのに本当に綺麗でしたもの」

「雛の髪も負けないぐらい綺麗だと思うけど」


 歩く度、微かに揺れる群青色の後ろ髪を一瞥して告げる。

 元から抜群のキューティクルを誇っていたけれど、少しずつ伸びてきた今でもそれは少しも損なわれていない。むしろ長さが増した分、さらさらとした質感がより強く感じられるようになった。


 優人を見返して、ぱちりと目を瞬かせる雛。白磁の肌がじわりと熱を帯びたように染まり、それから小さな唇が緩い弧を描く。


「ありがとうございます。なら、これからももっと頑張らないとですね」

「向上心がたくましいなあ」

「それはもう。……成果も順調みたいですし」

「え?」


 駅の改札に近付くにつれて増える周囲の喧噪にかき消され、小声で付け足された後半の言葉がうまく聞き取れなかった。だが聞き返しても雛は「何でもありません」と笑うばかり。

 何やらずいぶんと嬉しそうな雛の笑顔に首を傾げつつ、足取りを弾ませる彼女の後を追うように優人は改札をくぐり抜けた。







 ものの二、三駅の辛抱だとはいえ、帰宅ラッシュ直撃の車内はやはり息苦しい。

 乗り込んだ途端に人の多さ故のすし詰め状態で身動きが取りづらくなってしまい、車内にこもった熱気で肌も汗ばんでくる。どちらかと言えば長身である優人でこれなのだから、平均的な背丈の雛は余計に苦しいものがあるだろう。


「大丈夫か、雛?」

「はい、私は割と。優人さんこそ大丈夫ですか?」

「何とか」


 小声で会話を交わす。

 ドアに近い角のスペースを確保できたのは不幸中の幸いだ。雛には壁に寄りかかる形を取ってもらい、優人は雛の頭の横のやや上のところに手を突いて彼女の前を陣取る。

 人の群れから雛を守るような位置取りができたことに胸を撫で下ろしていると、ふわりと花のような香りが優人の鼻を掠めた。


 ――雛との距離が、近い。


 密着しないようにある程度は身体を離しているが、周囲の迷惑を考えればスペースの確保にだって限界が出てくる。

 身長差の関係から優人の口の高さに雛の頭の天辺が来るので、さっき話題に出たばかりの綺麗な髪が文字通り目と鼻の先にある。

 一日遊んだ後の、いつもより微かに汗の混じった雛の甘い匂い。なのに不快さなんて欠片もなくて、どうしたって感じ取ってしまう匂いが優人の意識に鮮烈に焼き付いていく。


 身体が自然と熱くなるのは、背で感じる人の熱気のせいだ。そう自分を偽らないとどうにかなりそうだった。


 くすりと、照れを帯びた小さな笑みを雛が浮かべる。


「どうした?」

「いえ……こういうの、壁ドンって言うのかなと思いまして」

「……違うだろ」


 頬を淡く染めて目を伏せる雛から視線を逸らし、優人は否定の言葉を返す。


 いや体勢だけで考えれば間違いなくそうだと思うが、認めてしまうと余計にマズい気がするから。

 何を心臓に悪いことを言い出してくれるのだろうか。こっちの気も知らず、しかもそのことをちょっと嬉しそうに伝えてくるなんて。


 こんな状況下でも自分を魅了する想い人の様子に、優人は心の中で悲鳴を上げた。


「おっと」


 辛くて役得な状況を味わっていると背中からの圧が強くなる。新たな駅に着いたところで、ただでさえ乗車率の高い車内に人が乗り込んできた。

 雛との距離を維持する腕の負担が増す。力を入れ直すために少しだけ体勢を変えようとした矢先、服の胸辺りが控えめな力加減で引っ張られるのを感じた。


「優人さん、もうちょっと私の方に寄って下さい」

「え、けど」

「これだけ混雑してるんですから仕方ありません。それに、さっきから優人さんの腕が辛そうです」

「……いいのか?」

「はい。私は……優人さんなら大丈夫ですから」

「――っ」


 今の雛は、事あるごとにこちらの理性を殺しにくる兵器と言っても差し支えない。

 とはいえ腕の負担に関しては雛に見抜かれている通りで、ここは素直に、雛の厚意に甘えさせてもらうことにした。高鳴る心臓については極力無視する方向で。


「――んっ」

「息苦しかったりしないか?」

「はい、大丈夫です」


 縮まった雛との距離。

 ある程度空いていた隙間はゼロとなり、お互いの身体が触れ合う。密着とまではいかなくとも、そこはかとなく感じる雛の身体の柔らかさや、車内の熱気の中でもまざまざと伝わる温もりに意識が奪われる。


 落ち着かない。気が鎮まらない。心の準備ができなかった不可抗力なだけに、心臓が暴れ狂って仕方がない。

 早鐘のようなこの鼓動が、雛に聞かれてやしないだろうか。


 気になって視線を下げると、優人の首元の少し下に埋もれた雛の視線とかち合う。


 見上げる金糸雀色の瞳。白い頬が上気したように色づく中、雛の口元がふにゃりと面映ゆそうに緩んだのが見えた、気がした。


 気がしたに留まったのは、直視することにすぐに限界が来てしまったからだ。

 結局電車を降りるまでの間、優人はついぞ雛の顔を見ることができなくなった。

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