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第9話『頑張り屋さんとお買い物』

 三連休の最終日は昨日から引き続き、新たな生活の始まりを祝うかのような快晴だった。そのせいか日曜日だというのに隣人の一日のスタートは早かったらしく、優人がまだベッドの上でうつらうつらしている間に玄関の開閉音が微かに聞こえた。


 確か今日の午前中に一度実家に帰って、衣服を始めとする諸々入り用になりそうな私物の配送手続きをしてくると言っていたから、恐らくその用件で出かけたのだろう。


 ひょっとして、面と向かったらやっぱり心変わりした家族に無理矢理引き留められたりしやしないかと一抹の不安も覚えたが、それも杞憂だったらしい。昼過ぎにはパタパタと小走りで帰ってくる足音が聞こえて、そしてまたすぐどこかに出かけていった。明日からまた学校が始まることだし、大半の準備は今日のうちに終わらせておこうといったところか。


 そんなこんなで時間は流れて夕方。ぼちぼち行きつけのスーパーにでも行くかと腰を上げた優人は、財布と折り畳まれた状態のエコバッグをポケットに押し込んで玄関へ向かう。


 そして外へ向かおうと玄関の戸を開けた瞬間、ちょうど目の前を人影が横切って思わず動きを止めてしまった。同時に相手にとっても不意打ちだったらしく、「ひゃっ」と可愛らしい驚きの声が上がる。


「っと、悪い空森。大丈夫か?」


「いえ、こちらこそすいません。お互いタイミングが悪かったですね」


 本日も眼鏡モードな雛はほんのりと苦笑を浮かべる。事故とはいえ怪我をさせるようなことにならなくて良かった。


「買い物してきたのか?」


「はい。昨日のうちにピックアップして、一通り足りないものを買ってきたんです」


 雛が持つのはこんもりと膨れた生活用品店のビニール袋。うっすらと透けて見える中身は食器や調理器具などで、一人分とはいえ一から揃えるとなると結構な量になってしまったらしい。特に調理器具の用意がなかなかに豊富なあたり、自炊に関しては本腰を入れて取り組むようだ。


 朝から方々に足を運んでばかりで疲れたのか、少し汗ばんだ額を手の甲で拭って雛は息を吐く。


「先輩はどちらへ?」


「晩飯の買い出し。近所のスーパーに行ってくる」


「スーパー……」


 言葉を反芻(はんすう)した雛は何か考え込むように目を伏せ、やがて金糸雀色の瞳が優人へと向けられる。


「もし良ければご一緒してもいいですか? スーパーの場所はまだ知らないので」


「え? ……まあ、俺は構わないけど。なら帰ってきたばっかりだし、少し休んでからにするか?」


「いえ、お気遣いなく。この荷物だけ置いてくるので、ちょっと待っててください」


 そう言い残し、ビニール袋を揺らした雛は自分の部屋へと入っていた。ちょっとと言われたので部屋の中に戻ることはせず、優人は目の前の柵に背中を預け、腕を組んで雛を待つことに。


 なんだか、図らずとも二人で一緒にお出かけなんて形になってしまった。まあ向かう先は近所のスーパーだし、理由だって晩飯の買い出しだから色気もへったくれもない。


 けど、ほぼ同年代の女子とこういった機会に恵まれたことはなくて。


「…………」


 雛が戻ってくるまでの間、優人は何度も腕を組み直す羽目になるのだった。









「まずは何から見たい?」


「そうですね……とりあえず調味料類からで」


「なら奥からだな」


 徒歩で約十五分かけて辿り着いた大型スーパー。買い物客の流入の激しい入り口を縫って店舗へ入ると、雛はまずショッピングカートに手を伸ばした。家には何も無いだろうから当然と言えば当然だが、かなりがっつり買い込む腹積もりらしい。


 カートの上に買い物カゴを置いて準備万端な雛を、要望通り店舗の奥――調味料のコーナーへと案内する。そこからしばらく、特にこれといって買い足す物も無い優人は雛の様子を黙って眺めていたのだが、中々に手慣れたご様子だ。


 雛はざっと商品棚を眺めて一つを手に取り、ラベルの表示やポップに書かれている値段を見比べて吟味。それを何個かの商品で繰り返すと、やがて一つを選んでカゴに入れていく。


 ぽそぽそと小さい声で数字を呟いているところを見ると、それぞれ容量の違う商品を同じ容量に直した時にどれが一番お得かを計算しているのだろう。それを頭の中だけで、しかも手早くやってのけているのはさすがの学力だ。優人だったらもう少し時間がかかるし、なんだったらスマホの電卓アプリに頼ってる。


 そう時間もかけずに調味料を選び終わり、次に米や乾麺、青果と順繰りに巡っていく。そうして着々と雛のカゴの中身は増えていくのだが……なんともまあ、カートを押す姿の堂に入ってること入ってること。


 外見に関しては言わずもがなで、それに加えて姿勢も綺麗だからこうして映えるのだろう。このままこの先も成長していけば、まさしく美人な新妻という感じだ。というか今ですらその片鱗が窺える。


「……案内はありがたいのですが、先輩も自分のお買い物してくれていいんですよ?」


 不意に足を止めた雛が未だに空っぽな優人のカゴを見て呟いた。変な想像をしていただけに一瞬言葉に詰まった優人は、一呼吸置いてから言葉を返す。


「そもそも俺は晩飯を買いに来ただけだし」


「その割には食材の一つも入ってません」


「弁当にする予定。後で総菜コーナーに寄る」


「……ちゃんと自炊してますか? いえ、もちろんできるとは思いますけど」


「大丈夫だって。食生活には一応気を付けてるよ」


 どことなく心配そうな表情の雛にひらひらと手を振る。心配されなくても人並み程度に自炊はできる。ただ趣味である菓子作りに比べて、普通の自炊に関しては頻度がそう高くないというだけの話だ。


「ならいいです。まあ、そういう私も今日はあまり手間をかけないつもりですけどね」


 なるほど言われてみれば、雛の買い込んだものはどれも日持ちのする食材ばかりだ。本格的な自炊のスタートは明日かららしい。


「なら空森も弁当にするか? ここの総菜は力が入ってるぞ」


 へえ、と興味深そうに頷く雛を連れて総菜コーナーへ。時間帯も相まって特に人が多く、誰もがローテーブルに並べられた多種多様な総菜に目を向けている。


「種類だけでも結構あるんですねえ」


「オススメは揚げ物系だな。近所でも一番評判が良いし、この時間だったらそろそろ……ほら、噂をすればだ」


 ちょうどバックヤードから店員が出てきた。その店員が押す配膳カートに並べられているのは出来立ての揚げ物たちで、晩ご飯の需要を狙い打ちにした商品群だ。優人たちが眺めている間にも、今晩のおかずにお困りだったであろう主婦の方々が飛びついていらっしゃる。


 特に食べたいと思っていたわけではないが、ああして次々に他人が手に取っているの見ると食指が動いてくるから不思議だ。


「俺も今日は揚げ物にするかなあ」


 特に誰かに聞かせるでもなく一人ごちる。確かラインナップにはカツ丼とかあったよな、なんて考えながら目を走らせていると、気付けば先ほどの呟きに反応したらしい雛がこちらを見上げていた。


「でしたら先輩、かき揚げそばなんてどうでしょう?」


「おー、それもいいな」


「決まりですね。取ってきますので、少し待っててください」


「おう。……ん?」


 はて、メニューを決めるのに気を取られて意識もせずに生返事してしまったが、微妙に会話が噛み合ってなかったような……?


 しかし首を傾げる優人を尻目に、雛はさっさと主婦の群れの中へと入り込んでしまうのだった。

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