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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第2章

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第83話『形のない、確かな思い出』

「結構人が多いですね」

「ここら辺じゃ一番の花見スポットだからな」


 徒歩と路線バスを利用して辿り着いた大型公園の入り口前は、午前中のどちらかと言えば遅い時間だとしても多くの人が行き交っている。家族連れやカップル、あるいは愛犬との散歩など。


 今日が晴天に恵まれたのも理由の一つだろう。遠くでうっすらと顔を出している桜を目印に、公園の中へと進んでいく人たちは少し浮かれてるように見えた。


「とりあえず道なりに進んでく感じになるけど大丈夫か? 奥に行くと大きい広場もあるから、昼はそこで食べるのがいいと思う」

「はい、ご案内はお任せします」


 優人がこの場所を訪れたのは一、二度ほどだが大まかな園内のレイアウトは記憶に残っている。

 公園の裏口まで続く桜並木の散歩道の途中にはチームスポーツも余裕でやれそうなほどの大きな広場があり、昼食なり小休止なりをするにはうってつけの場所だ。とりあえずはそこを目指してゆっくり歩いていけば、ちょうどいいお昼時になるだろう。


 早く満開の桜を見たそうにどことなくうずうずしている雛と肩を並べ、園内へ進む。

 はぐれないようにという名目で手を繋ぐことでも提案してみようと思ったが、さすがにそこまでの混雑じゃないなと思い直し、自らの浅ましい欲望に蓋をした優人は伸ばしかけた手を引っ込めた。


 代わりに少しだけ、不自然と思われない程度に隣を歩く雛との距離を詰めてみる。バレないようにと視線は雛に向けず前を向きながらの行動だったが故に、縮まった距離に雛がほんのりと恥ずかしそうに頬を染めたことを、優人が気付くことはなかった。








 ひらひらと、視界の中で舞い散る桜の花弁の枚数が徐々に増え始める中、優人は雛と肩を並べて歩く。

 二人の間にさほど会話はなく、時折景色への感想を口にする雛に優人が相槌を打つ程度。けれどお互い景色や雰囲気を楽しんでいるからこそなのは分かっていたから、決して気まずい沈黙というわけでもなかった。


 そして、楽しめるのは景色だけでもない。

 ちょうど今、散歩中らしい犬と飼い主の許可の下の触れ合いを終えた雛が、反対方向へと向かう彼らに満足そうに手を振っている。

 ほくほくとしたその横顔に見とれつつ、雛が見送りを終えたところで優人は口を開いた。


「雛って犬と猫だったら犬派か?」

「そうですね。猫も好きですけど、どちからと言えば犬派だと思います」

「そういえばクリスマスにプレゼントしたあいつも犬モチーフだったな。雛の好みに合うものを贈れてよかったよ」

「ふふ、あの子は今でもちゃんとお気に入りですよ?」

「すぐに名前付けるぐらいに?」

「……それについては忘れてください」


 無理な相談だ。


 最初に『ゆーすけ』という名前を雛の口から聞いた状況が状況だったし、今も羞恥で下を向いて縮こまってしまう雛だって記憶に色濃く残りそうな可愛らしさだ。忘れられないし、忘れたくもない。


 微笑ましさからこみ上げる笑いを喉の奥で噛み殺す。途端に横合いから物言いたげな視線を感じるが、これに関しては視線の主が可愛すぎるのが問題なので勘弁してもらいたい。


「まあ、これからも大事にしてもらえると贈った甲斐があるよ。何なら毎晩抱き締めて寝てくれてもいいぞ」

「もうしてま――ん、んんっ」


 ああ、やっぱり。

 反射的にこぼれたであろう小さな呟きだったし後半は咳払いでごまかしていたけど、優人の聴覚はそのうっかりな自白をばっちり拾い上げている。

 たぶんそうしてるんじゃないかなという程度だった疑惑について鎌をかけてみたわけだが、面白いぐらいに引っかかってくれたものだ。


 ちらりと隣を窺うと、口元に握り拳を当てたままの雛と視線がかち合う。


「……優人さん、今の、聞こえました?」

「ん? 何が?」

「絶対聞こえてるじゃないですか!?」


 どうにも表情までは取り繕えなかったらしく、顔を真っ赤に染め上げた雛から横っ腹を小突かれてしまった。

 むくれてしまった雛を宥め――誰の目から見ても雛の自爆が原因だが、そこで自分が折れてしまうのは惚れた弱みというやつだろう――つつ、さらに公園の奥へ。

 柔らかそうな雛の頬の膨らみがようやく緩やかに落ち着いてきた頃、何かを目に留めた彼女が不意に立ち止まる。


 見開かれた金糸雀色の視線を辿った先に佇んでいるのは一本の桜の木。サイズ自体が大きく、幾重にも分かれた枝の先々では満開の花弁が花開き、日当たりのいい場所に陣取ったその一本は一際強い存在感を放っていた。


 散歩道の主線から自然と足が外れ、二人揃って吸い寄せられるように桜の根本へと足を運ぶ。


「――わあ」


 遠目からでも目立つだけに、手で触れられる距離まで近付けばよりその存在感は顕著に感じられる。現に桜の幹に手の平を添えた雛は頭上を見上げ、穏やかなそよ風で宙を踊りながら落ちていく桜の花びらを楽しそうに眺めていた。


 綺麗だった。桜以上に、雛のことが。


「すごく綺麗ですねえ」

「そうだな」


 雛の方が綺麗だ、なんてクサい台詞はさすがに吐けないが心情としてはまさしくそれだ。

 美少女と桜の相乗効果は凄まじく、佇むだけで絵になるどちらともが合わさった暁には見事なワンシーンが出来上がっている。

 そんなこと思っていると、舞い散る一枚の花弁が雛の胸元に降りた。ブラウスのフリルにでも引っかかったのかその場に留まり、気付いた雛が細い指でそっとつまみ上げる。


 端正な雛の顔立ちを彩るのは、慈しみにも似て淡く、それでいて目を奪われる美しい微笑み。


 雛を今日の花見に誘った時、優人は似たような光景を想像した。想像の中の自分はこの光景を形に残そうと、取り出したスマホのカメラを雛に向けていた。

 ……そのはずなのに、今はちっとも身体が動いてくれない。


 完成された雛の立ち振る舞いに横槍を入れるのが無粋だと思った?

 たぶんそれもあるだろうけど、それ以上に、写真なんて必要ないと思ってしまったからだ。

 わざわざ形に残さなくとも、優人がこの光景を忘れることは絶対にない。そう確信できてしまうぐらい色鮮やかな記憶として焼き付いていく。


 肩からぶら下げたトートバッグがずり落ちそうになったところでようやく優人は我に返り、雛もまた優人の様子に気付いて顔を向ける。

 慌ててトートバッグを担ぎ直す優人を見てくすりと鳴らしたその笑みだって、きっと忘れやしないだろう。

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