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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第2章

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第76話『経験者には分かる』

「……また朝っぱらからどうしたんだ、あいつ」

「さあ。私が来た時からああだったから、とりあえずそっとしてる」


 じきに始まるホームルームに向けて続々とクラスメイトが教室に集合してくる中、机に突っ伏した優人の耳に、友人の千堂(せんどう)一騎(かずき)とその彼女である姫之川(ひめのがわ)エリスの声が届く。


 ただ寝てるだけにしては疲れ果てた様子の優人を怪訝に思っているらしいが、こっちはこっちでそれどころじゃない。

 雛の手伝いを終え、職員室前で別れて、そして鞄を置いた教室まで戻ってきたというのに、未だ動悸が治まらない。好きな女の子を肩車したというのは、優人にとってそれだけ色濃く記憶に残る経験だった。


 一部とはいえ密着したわけだし、その時感じた感触や匂いの残滓(ざんし)がまだ手の平や頭に残ってる気がする。これでもある程度は平静を取り戻した方であり、雛と別れてすぐは首を痛めた人みたいなポーズをしきりに取ってしまった。


 嬉しい悲鳴というやつではあるが、思い返すたび優人の理性に変にゆっくりなボディブローを叩き込んでくるのだから厄介だ。


 これから先、雛ともっと関係を深めたらどうなってしまうのか。いやそもそもまずは恋人になるのが先なのだが。


(いい加減切り替えないと)


 ホームルームが終わればすぐに一限目の授業。『次の定期テストでぶっちぎりの学年一位を獲る』という雛の宣言に触発されて、優人もまた自分の順位を今まで以上に上げようと密かに考えていたりする。

 そのためには日々の授業からしっかり取り組まないといけない。


 深呼吸して顔を上げると、こちらを窺っていた一騎たちと目が合った。


「起きたか。今日はまたどうしたんだよ、また何か悩み事か?」

「……いや、大した悩みじゃないから大丈夫だ」


 嘘である。今後、雛との関係をどう進展させていくかは優人にとって大きな悩みの種であり、言わば先駆者である目の前の恋人たちから何かしら有益な情報を聞き出せるのならかなりありがたい。

 かと言って自らの恋心を赤裸々に語るのも恥ずかしいので、こうして頬杖を突いて視線を逸らしてしまう。


「……優人、ちょっとこっち見て」

「ん?」


 エリスからそう呼びかけられ、窓の外へ向けていた視線を彼女へ向ける。

 じぃ……っと優人を見つめる赤い双眸(そうぼう)。感情をあまり表に出さないエリスの、感情の読みづらい瞳が鏡合わせのように優人を観察し、やがて得心がいったように深く頷く。


「ずばり、優人の悩みは恋煩(こいわずら)い」

「っ!?」


 まさかの図星に、手の平に乗せていた顎が滑って大きく体勢を崩す優人。何よりもその反応が雄弁に物語っているが、努めて何食わぬ顔(with冷や汗)を張り付けて、優人はエリスを見返す。


「いきなり何だよ。何を根拠に」

「目を見れば分かる。以前の私もそんな目をしていたから」


 それはつまり、一騎と付き合う前のエリスを指しているのだろうか。

 目の造りこそ違えどその奥に宿る感情には共通するところがあるらしく、エリスは確信を込めた声音でそう言い切った。


「優人が恋煩い――ってことは相手はあの子か? あの子だよな?」

「……黙秘権を行使する」

「それ認めてるもんじゃねえか」


 こらえきれず一騎が吹き出した。

 否定すればまだ体裁は保てたかもしれないが、ここまで膨れ上がった自分の気持ちに嘘をつくというのは心苦しいものがあった。


 結局これ以上は言い返すこともできず、優人は再び机に突っ伏す。

 担任の教師が教室に入ってくるまでの間、生温かい二つの視線にひたすら晒された気がした。






 昼休みを迎えて早々、一騎たちの昼食の誘いを「先約がある」と断った優人は、相手との待ち合わせ場所である昇降口へと急ぎ足で向かっていた。断った瞬間にまた一段と微笑ましそうな目を向けられはしたけれど、約束した以上は破るわけにもいかないし、優人にとっては待ちわびた時間だからそもそも破りたくもない。


 足早に階段を下って一階へ。到着は向こうの方が早かったらしく、廊下の壁に背を預けていた彼女は優人の姿を認めると、ぐっと身体を起こした。


「悪い、待たせたか?」

「いえ、今来たところですから」


 まるでデートの待ち合わせみたいな会話だ。

 そう意識すると途端に手の平に汗が滲んでしまい、それをバレないように制服で拭った優人は、待ち人である雛と共に歩き出した。


 クラスの教室がある校舎を出て、学食や購買、自販機コーナーなどが集中している別の校舎へ。正確な目的地は、昼休みになるとパンを売り出すことで生徒が賑わう購買だ。


 珍しく手作り弁当ではない雛はどこか弾んだ様子で優人の隣を歩く。


「実は私、お昼に購買のパンを買うのって初めてなんですよね」

「え、今まで一回もなかったのか?」

「はい。基本的にはお弁当で、そうでない時も学食を利用してましたから」

「へえ、じゃあ今日は初デビューか。ウチのパンは結構美味いぞ」

「ええ、友達からもそう聞いてるので楽しみです」


 昼を一緒に食べるのは今朝の登校中に交わした約束であり、購買のパンにしたいというのは雛からの申し出だった。今日は特別食べたいものがあるわけではなかったので素直に承諾したが、どうやら前々から興味があったので、この機会にということらしい。


「ところで、ああいうのってあるんですか? 焼きそばパン争奪戦みたいな」

「ねえよさすがに。そりゃ人気のもんは早く売り切れるってのはあるけど」


 神妙な顔で訊いてくるものだから笑ってしまう。

 老舗パン屋との提携なので詰めかける生徒こそ多いが、列の概念もなくひしめき合うほどの混雑はない。


「ちょっと残念ですね」なんてぼやく雛にまた笑みをこぼしつつ、オススメするなら何がいいかなと思い浮かべながら、雛と肩を並べて売り場へ向かうのだった。

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