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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第1章

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第70話『ぶっ飛ばす』

『長々と聞いてくれて、ありがとうございます。色々と吐き出したおかげでスッキリできました』


 昨夜の雛からの話は、そんなお礼で終わりを迎えた。公園の街灯に照らされた雛の顔は儚げで、浮かべていた笑顔がただの作り笑いであることは、きっと優人でなくとも分かっただろう。


 何か言葉をかけてあげたかった。でも何も言えなかった。

「そろそろ帰りましょうか」と雛に促されるまま公園からの帰路に就き、アパートのお互いの部屋の前で別れるまでずっとだ。

 自分の部屋に入って玄関の鍵を締め、誰の目も耳も届かなくなったところでようやく口にできたのは「クソッ」と短い悪態だけ。


 一体誰に向けたものだったのか。雛を捨てた本当の両親か、彼女を追い詰めた義理の両親か、力になることのできない優人自身か。たぶん、その全員にだ。


 怒りや申し訳なさでごちゃ混ぜになった淀んだ感情がたった一晩でどうにかなるわけもなく、教室で一人適当に昼食を摂り終え、もうじき午後の授業が始まる昼休み終了間際になっても優人の内心は暗雲としたままであった。


 寝ても覚めても雛のことばかりを考える。

 鳥籠の中から、急に外の世界に放り出されてしまった雛鳥――それが今の彼女だ。

 そんな雛を救う手立てがあるとすれば、それは向かう場所を指し示してやることだと思う。


 目標、夢、生きる意味。今はまだ漠然としたものでも構わない。彼女が自分の意思で飛んで行きたいと思える、そんな場所を与えてやらないとならない。

 だけど。


「そんなの俺にだって分かるかよ……」


 頬杖を突いて外を眺めたまま、腹の底から絞り出したような低い声は昼休みの喧噪に紛れて誰の耳にも届かない。

 人一人の人生の指針を決めるほど大事なものなんて、そう簡単に見つかったら苦労なんてしない。

 第一優人だって、人に胸を張って語ることのできる夢を持ってない身だ。そんな自分が何を言ったところでただの空虚な、薄っぺらい気休めにしかならないだろう。


 自分に何ができるのか。その答えは、いつまで経っても出てきてくれそうにない。


「おーい優人ー、今日はまたどうしたんだー? いつにも増して目つきがやばいぞ」


 体勢は変えないまま、首の角度だけを声のした方に傾けると、食堂から戻ってきたらしい一騎が優人を見下ろしていた。

 やれやれと呆れたように言われなくても自覚はあるが、今ばかりは如何(いかん)ともしがたい。


「原因は昨日の呼び出しか?」

「それはどうでもいい」


 本当に心底どうでもよかった。

 昨日の一件、雛が乱入したせいでまた一つ火種が注がれ、今日も朝から時折猜疑(さいぎ)的な視線は感じるが、優人にしてみればもれなく木っ端に等しい。

 そんなことを気にかける心の余裕はないし、親しい友人はこうして変わらない態度で接してくれるのだから、それで十分だ。


「ならどうしたってんだよ? エリスですら今日のお前は近寄り難いって言ってるぞ」

「……そんなに?」

「おう。まあ俺は平気だけど」


 ノータイムで頷かれ、自分の目頭を優人は指で揉んだ。

 顔見知り程度ならともかく、友人としては親しいエリスですら話しかけるのを躊躇ってしまうとは……状況が状況とはいえさすがに少し気を付けるべきか。


「なんつーかあれだな、いっそ誰かぶっ飛ばしたいって顔してる」

「かもな」


 一騎の指摘を自虐的な笑みで受け止める。

 言い得て妙だ。人よりは雛のことを理解している自負があって、だから力になれると思って辛い過去までを話してもらったのに、何もできずにこうして不貞腐れている。

 そんな自分を、いっそぶっ飛ばしてやりたいぐらいだ。


「だったら、ぶっ飛ばしに行くか?」

「――――は?」







「こういうことかよ」


 放課後になって一騎に連れてこられたのは、日夜剣道部が汗を流している剣道場だった。昨日に引き続き今日も部活がないらしく、冷えた空気が満ちた室内には優人たち以外誰もいない。

 入り口で一礼してから足を踏み入れ、一騎は自分の、優人は常備されている予備の剣胴着に着替える。


「身体を動かすのはいい気分転換になるぞ。剣道なら一年の時の選択授業でやったろ?」

「まあ」


 おかげで胴着や防具の着方、基本的な姿勢などは心得ている。慣れた手付きで優人よりも早く胴着に着替えた一騎は、一度用具室へ引っ込むと、二本の竹刀と人の上半身だけを象ったマネキンのようなものを抱えて戻ってきた。


 打ち込み練習用の人形なのだろう。一騎はそれに防具を着せると、優人に向けて竹刀の持ち手を差し出した。


「ほれ、準備完了だ。何を抱えてるかは知らねえけど、吐き出せるもんは剣に乗せて吐き出しちまえ」

「……いいのかよ? 剣道ってこう、邪念とかは余計なもんなんじゃないのか?」

「そいつを振り払うためにだよ。己の闇と向き合うのも剣の道ってな」

「へいへい、ありがとさん。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」


 キメ顔気味な一騎をさらりと受け流して竹刀を受け取る。

 とにもかくにも、色々と気を利かせてこうしてお膳立てしてくれたのだ。そこには素直に感謝の意を示し、人形と正面に向かい合うと、手にした竹刀を構える。


 右足を一歩前、両手で握った竹刀の剣先は喉元の高さへと。基本的な構えの一つである中段の構えを取った優人は、深呼吸をして人形を睨んだ。

 人形に重ねるイメージは、今朝も鏡で顔を突き合わせた己の姿。肝心なところで何もできなかった役立たずの自分。


 ぐつぐつと煮えたぎる暗い感情を腕力に変え、振り被った竹刀を、全力で振り下ろす。


「――面ッ!」


 静まりかえった室内に、バシン! と威勢のいい音が響き渡った。本当なら「クソッタレ!」とでも叫びたいところだったが、神聖な道場でそれはさすがに御法度だろう。


 おお、と感心したように一騎が息を漏らす。


「授業でかじった程度にしては様になってんじゃねえか」

「まあ、気持ちだけは込めたからな」

「よしよし。遠慮なく打ち込んじまえ」

「言われなくても――面ッ!」


 それからしばらく、一騎は一騎で自主連として素振りに励む傍ら、優人は人形(じぶん)の脳天目がけて何度も竹刀を叩き付ける。

 一騎の言う通り、確かに身体を動かす気分転換は悪くなかった。

 血の巡りが活発になるぶん頭は冴えるし、ほぼ八つ当たりに近い行いだが多少は気分も晴れる。


 だが、いまいち物足りなさも感じる。相手が動かない以上、どうしても単調になるからだろうか。


「……なあ一騎、ちょっと立ち会ってくれないか?」

「んん?」


 優人の突然の申し出に一騎は素振りの手を止めた。


「立ち会うって、俺とお前でか?」

「ああ。――って、そうか、素人とやって怪我でもしたらマズいよな。悪い、忘れてくれ」

「別に構わねえよ。こちとらぶっ叩いてぶっ叩かれんのは日常茶飯事だ。素人の打ち込み程度でやられるほど、柔な鍛え方はしてねえ」

「そう言われると複雑だけど……まあ、頼む」

「おう。っつても普通にやったらお前の方が怪我するかもしれないからな、お互い攻めるのは面だけにしとくか」

「分かった」


 元より小手や胴、突きも含めた四種の決まり手を使い分ける技量など優人にはないのだから、いっそ限定してくれた方がやりやすい。

 用具室から持ってきた授業用の防具一式を着込むと、優人は完全装備の一騎と向かい合うのだった。

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