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第3話『頑張り屋さんは成績優秀』

 翌日の昼休み。購買で総菜パンを買い込んでから教室に戻る道すがら、中庭の掲示板前の人だかりが目に付いた。


「お、今回のヤツが貼り出されてるな」


 優人の隣を歩く友人の千堂(せんどう)一騎(かずき)の言う通り、掲示板には十月中旬に行われた二学期中間テストの順位表が貼り出されていた。『成績優秀者一覧』という見出しのそれは、一年から三年まで、定期テストにおける各学年の上位二十名までが表彰されたものだ。


「優人、お前何位だった?」


「122位。一騎は?」


「241位」


 一学年の人数は約四百人なので、優人たちの成績はそれぞれ中の上・下といったところになる。


「あれま、前回よりも離されちまったなあ」


「エリスにでも教えてもらえば良かったじゃないか。あいつ、今回でとうとうランクインしてんじゃん」


 優人が二年生の欄の左端に記されている女子の名前を示すと、一騎は得意げな笑みを浮かべる。


「おう、そうなんだよ。ふははは、どうだ俺の彼女はすごいだろ!」


「お前が威張ってどーする」


 ドヤ顔な友人の胸に平手のツッコミを叩き込むが、大柄で身体付きもがっしりしている一騎には効果がないのが腹立たしい。剣道部の(エース)は伊達ではない。


「すごいと言えば……一年の一位は相変わらずか。これで連続何回目だ?」


「入試の時からみたいだからな。これまでの定期テストも合わせて……連続四回目?」


「マジか。すげえな」


 一年生の欄の一番右端――つまり栄えある第一位に君臨するのは『空森雛』の三文字。二位との差こそ前回より縮まったみたいだが、それでも盤石の結果といった感じだ。その証拠に掲示板の前に集まった他の生徒も、「すごい」と騒ぎつつももはや当たり前といった反応に近い。


「ウチの高校のテスト結構難しいはずなのにな。ここまで来ると、そもそもの頭の出来が違うってか?」


「……それだけ努力してるってことだろ」


 優人の脳裏に浮かぶ昨日の出来事。あんな盛大に腹を鳴らしたぐらいなのだ。雛の頭脳は勉強で相当エネルギーを使っているのだろう。


 自然と呟いてしまった優人の言葉に、一騎は「それもそうか」と思い直した様子で頷いた。


「才能だけでどうにかなるほど、世の中甘くねえもんな」


「それよりさっさと教室戻るぞ。エリスを待たせてんだろ?」


「おっとそうだった」


 足早に教室へと向かう一騎。その後を追って、優人もその場を後にした。







 放課後。


 運悪く日直ということで任されてしまった雑用を片付けた後、帰る前に何かあったまるものでも飲みたいと思った優人は、帰り支度を済ませて人気(ひとけ)のない校舎裏の自販機に立ち寄っていた。校舎内に設置されているものと違ってマイナーなメーカーなので立ち寄る人も少なく、それでいてベンチは置かれているので、人目を気にせず落ち着くにはうってつけの場所だったりする。


「あ」


 個人的に気に入っているココアでも買おうかと思って財布を取り出した矢先、後ろで上がった声に振り返る。そこにいたのは雛だった。


「どうも」


「よう」


 お互いに短い挨拶を交わす。それ以上は特に話すこともないので財布の中に視線を戻すと、雛が優人から二、三歩離れた位置で止まったのが気配で分かった。彼女もこの自販機に用があるらしい。


「今日も図書室で勉強か?」


 話す必要はないが、かといって無言のままもどうかと思ったので話題を振る。雛は貴重品しか持っていないみたいなのでそう当たりをつけると、一拍遅れて「はい」と返事がきた。


「テスト終わったばかりだってのに真面目だな」


「復習は大事ですし、惜しいミスが何個かありましたから。でもちょっと疲れたので休憩しに来ました」


 雛が重々しい様子でため息を吐く。


 優人なんて平均よりちょっと上ぐらいで満足しているというのに、学年主席を掴んでも雛の向上心は衰えを見せないらしい。学業に対する意識の根底からして違うのだろう。


「先輩は部活ですか? 料理……同好会でしたっけ?」


「今日は無し。元々そこまで頻繁にやる部活じゃないし」


 せいぜい週に一、二回の頻度で、おまけに自由参加。だからこそ同好会の域を出ないわけなのだが、それでも家庭科室は使わせてもらえるし、優人としてもそれぐらい緩い方が気楽でいい。


 そんな風に雛と会話している間に小銭を投入、商品を選択。『同じ数字が揃ったらもう一本!』とかいう当たった試しのないルーレット機能には目をくれず、缶のホットココアを手に取って雛に場所を空けようとする。


 だがそれよりも前に、自販機から安っぽい電子音声が鳴り始めた。


『あ』


 重なる優人と雛の声。自販機に『7777』のデジタル数字が表示され、そして商品選択のボタンが一斉に点灯した。


「これ当たる人、初めて見ました……」


「俺も初めて当たった……」


 呆けたような雛の声に優人は頷き返す。もはや宝くじで当選するぐらいの確率なんじゃないかと密かに疑っていたが、幸運は意外とすぐ近くに転がっていたらしい。しかしいざ当たってみると……何やらこう、扱いに困る感がある。


「空森、何飲みたい?」


 出し抜けにそう呟くと、雛が「え?」と優人を見上げた。


「お、奢ってくれるんですか?」


「二本もいらないし。ほら、早くしないとタイムオーバーになるぞ」


「あ、え、えっと、じゃあ……あそこのコーヒーでっ」


「はいよ」


 雛が指さしたホットの缶コーヒーを選択する。ブラックとは大人びたチョイスだ。


 ガコンと音を立てて落ちてきた缶コーヒーを手に取り、それを雛へと差し出す。


「そういや掲示板見たぞ。学年一位おめでとさん」


 ふと、昼休みに一騎と見た成績優秀者の貼り紙が頭を掠め、手渡すついでに祝いの言葉を口にする。すると雛は缶コーヒーを受け取った姿勢のまま、ぽけーっと呆けたような様子で固まった。大きく見開かれた金糸雀色の瞳が無防備なまでに優人を見つめる。


「空森?」


「あ、いえ、ありがとうございます。……こうしてお祝いしてもらえるとは思わなかったので」


「大げさな。タダだから譲ったようなもんだぞ」


 仮にタダじゃなかったとしても、たかが一本百円の缶コーヒーだ。祝いの品というほどのものでもないだろう。


「それでもですよ。ありがたく頂きますね」


 軽く頭を下げてはにかんで見せた雛は、昨日のクッキーと同じように両手で大事に抱えて近くのベンチの端に腰を下ろす。優人も雛とは逆側の端に座ると、静かな空間にプルタブを開ける音が二つ続けて響いた。


 ココアを一口。あと一ヶ月と少しもすれば冬本番になるここ最近は、それを先取りするかのように肌寒い日が続いていて、そんな日には温かい飲み物がちょうど良い。缶を傾けるたびに濃いめの甘さとじんわりとした熱が身体に流れ込み、日々の学生生活で疲れた脳細胞には糖分が沁み渡る。


 さて雛はどうかなと横を見てみると、彼女は時折顔をしかめながらコーヒーを飲んでいた。一服というよりは、まるで無理矢理流し込んでいるような。


「……ひょっとして、ブラック苦手か?」


「な、何で見てるんですか。……まあ、あまり好きではないですね」


「じゃあ何でそれにしたんだよ。って、急かした俺が悪いのか」


「別に先輩のせいじゃないですよ。好きではないですけど、眠気覚ましにはこれが一番というだけの話です。勉強してると、途中で眠くなってきちゃうことが多いので」


 雛が目尻に浮かんだ涙を指で拭う。目の下に(くま)ができるほどではないが、やはり表情にはそれなりに疲労の色が見えた。


「勉強疲れだったら、俺のみたいに甘い方がいいんじゃないか? 糖分を摂ると良いっていうだろ」


「そういう話の方が多いですね。でも私の場合、こうして無理矢理にでも起こした方が良いみたいなので。まあ、薬を飲んでるみたいな感覚ですよ。良薬口に苦し、というでしょう?」


 そう言ってまた一口。薬の苦味とコーヒーの苦味は違うと思うが……まあ、本人の主義ならこれ以上は何も言うまい。


「さて、それでは私はそろそろ行きますね」


「もう行くのか?」


 優人は驚いて顔を向ける。こちらはまだ半分程度しか飲み切っていないし、休憩するにしたって短い時間だ。


「先輩のおかげで十分リフレッシュできました。昨日のクッキー含めて、改めてごちそうさまです」


 空になったであろう缶を揺らす雛。それをきっちり自販機横のゴミ箱に捨てると、最後にまた軽く頭を下げて、雛はその場を後にする。


 徐々に遠ざかっていくその背中は、どうしてかひどく小さく、寂しく見えた。

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