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第19話『幸せに報いたいから』

「……AR技術、ですか?」

「はい! ご存じでしょうか?」

「まあ、なんとなくどういったものかは」


 若い女性店員の案内に従って店内へ足を踏み入れた後、試着のための諸々の準備ということで雛だけ別室に通された。落ち着きのある白色を基調とした室内にて、引き続き同じ店員から説明を受けつつ、応接用の椅子に腰を据えた雛は彼女の言葉にひとまず頷いてみせた。


 AR――確か日本語にすると『拡張現実』と言うのだったか。

 完全に仮想内の出来事であるVRとは違い、現実世界をベースにデジタル情報を付け足す形で表現される技術だったはずだ。例えば、スマホのカメラなりを通して現実の風景を見ることで、その場所にアニメのキャラクターを登場させてみたりとか。


「今(わたくし)どもがお客様に提供している無料の試着サービスというものは、そのARを活用したものなんです」


 テーブルを挟んで雛の対面に座る女性店員は、タブレットの画面を雛にも見えるように操作しながら説明を始めた。

 つまりはそのAR技術を通して自分の姿にドレスを重ねるわけで、ただ衣装を見るよりは着用した時のイメージがしやすく、実際に試着するよりは気安く行えるということらしい。しかも身長などの身体データを入力することでドレスの形を補正できるばかりか、身体の数カ所に簡単なモーションキャプチャー用の器具を装着することで、動きに合わせることまで可能とのことだ。


「なるほど……最近は確かに便利なものがあるんですね」

「そうなんです、技術革新さまさまですよ。――それにしてもお客様、スタイル良いですね。同じ女性として憧れます!」

「あ、ありがとうございます」


 身体データは身長以外に、スリーサイズも入力することでより正確に試着姿を補正できるらしい。これについては希望するのであればとのことだが、せっかくなので雛は計測ついでにお願いしていた。

 あくまで服の上からなので数値に多少の誤差はあるかもしれないが、体型をしっかり維持できているみたいなので一安心である。


「いいですねいいですね、これは選び甲斐があります! そうですねー……肩周りを出すことになるので肌の露出はやや多いですし、身体のラインも出やすくはありますが、この辺りなどはお客様におすすめかと思います!」

「わあ……」


 なんだか自分よりも興奮しているような女性店員に少し気圧されてしまうが、タブレット上にドレスの一覧が並べられると、雛はつい食い入るように覗き込んでしまう。

 素敵な一着ばかりだった。大体が肩紐のないオフショルダーのビスチェタイプなので、確かにそれなりに肌を晒すし上半身なんかはスタイルが浮き彫りになりやすくはあるが、決して無駄に派手だというようには感じない。


 そして、下半身はボリュームのあるスカートでふんわりと広がるシルエットなのも、雛の琴線にふれる。まるで童話に登場するお姫様のような、まさにこういった装いに密かな憧れを抱いていた。自分が着てみたいという単純な欲以上に、この姿で愛する人の前に立つことができたらという想いが雛の胸を高鳴らせた。


 ――綺麗だって、言ってもらえるかな。


「こちらが気になりますか?」

「え、あ、はい……この中だと一番」

「かしこまりました! ではこちらで設定致しますね」


 つい想像に(ふけ)ってしまったらしい。我に返った雛が慌てて返事をすると、女性店員はウキウキとした調子でタブレット画面に指を滑らせた。

 なんだか本当に親しみやすいというか、親身になってくれるような店員さんだと思う。

 ……それだけに。


「あの、ここまでして頂いて本当にいいんですか?」

「と言いますと?」


 手を止めてきょとんと首を傾げられたので、雛は言葉を付け足す。


「色々と提案して頂いた上で申し訳ないですけど、結婚についてまだ具体的なことは決められていなくて、自分でも言うのもなんですけど、ただの冷やかしになってしまうので……」

「ああ、そういったことはお気になさらずに。この時期は繁忙期も過ぎて割と落ち着いてますし、今日は正直ちょっとヒマな日ぐらいだったので、こちらとしてはお仕事させてもらえてありがたいぐらいです!」

「は、はあ……」


 素直に喜んでいいのかどうかちょっと微妙な返答に雛は曖昧な相槌を打つ。

 まあ、そちらの負担にさえなってなければいいのだがと考えていると、女性店員はタブレットから手を離して居住まいを正し、ゆっくりと表情を変えた。

 今までの溌剌(はつらつ)とした明るさとは違う、何かあたたかいものに触れたような穏やかな笑み。


「まあ、今のは理由の半分……いえ四分の一ぐらいで、本当は先ほどのお客様の顔を見た時に自然と声をかけたくなったからなんですよ」

「私の?」

「はい、お相手の方とお店の前で話している時のです」


 覗き見する形になってすみません、とワンクッションを置き、女性店員は言葉を続ける。


「なんというか、すごく幸せそうに笑っていました。ああ、この人は本当に心の底からお相手のことが好きで、そしてお相手もそうなんだろうなって。この仕事を選んだ性分とでも言いますか、そういう幸せそうな人たちを見るとついその後押しをしたくなるんです」

「そ、そんな顔してたんですか、私。なんだか恥ずかしいです……」

「いえいえ、本当に素敵な笑顔だったと思います!」


 握り拳を両手に力説されると雛は余計に恥ずかしくなるのだが、決して悪い気はしない。何より女性店員の言葉に腑に落ちてしまう自分がいた。

 思い返すのは、優人のあの言葉。


『そりゃ張り切るだろ。一生に一度の大事なもんなんだし』


 たぶん優人は自覚してない。その言葉が、どれほど雛の心に響いたのかを。


 少し世知辛い話をすると、結婚というものは必ずしも『一生に一度』ではない。人によっては二度、三度になるかもしれなければ、そもそも恋愛だけが結婚する理由でもないだろう。

 もちろん雛は優人を本気で愛しているし、添い遂げるつもりだ。でも何が起こるか分からないのが人生で、今が幸せなだけにほんの少しだけ不安になることもあって。


 ――それが時にはちょっと空回りした結果、マンネリ対策なんて言い訳でこっそり買い物をして。


 優人のあの言葉はそんな不安を溶かしてくれるものだった。

 当たり前のように何気なく、だからむしろ力強く、雛のことを抱き締めてくれるような言葉だった。


 あんなことを言われたら、嬉しくなって笑うに決まっている。

 今までだって数え切れないくらいのものを贈ってくれたのに、今もなお衰えることのない幸福を、いつだって雛に与えてくれる。


 そんな彼を愛していると、改めて心身ともに実感した。


「すいません、もし可能なら他のドレスも見せてもらうことってできますか?」

「かしこまりました! あ、ドレスはもちろん、他にも色々とアクセサリーのオプションなどがありまして――」


 雛はタブレット画面を凝視し、真剣に吟味を重ねていく。


 だって、いつだって幸せをくれるあなたを、できるだけ綺麗な姿で喜ばせたいと思ったから。

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