第17話『らしいこと』
「優人さん、結構運転上手いじゃないですか」
「そうか?」
助手席から飛んできた雛の言葉になんてことのないように返事した優人の横顔は、実はわりかし得意げだ。
我ながら単純なものだ。運転技術については教習所に通っていた頃にも指導員から「筋がいい」と褒められてはいた。だがしかし、その道のプロである彼らから褒められるよりも、雛から褒められることの方が何倍も嬉しい。恋人からの賞賛は何にも代え難いものであると、つい優人はしみじみと思ってしまう。
とはいえ、これで調子にのって事故でも起こしたらそれこそ元も子もない。優人は気を引き締め直してハンドルを操りつつ、安全なタイミングで備え付けのカーナビを一瞥した。
軽いドライブが目的ではあるが、ただ車を走らせるだけではさすがに手持ち無沙汰だ。なので最初の目的地は、ウィンドウショッピングにも洒落込めるショッピングモールとなった。
駅からは離れたその場所も車が使えれば訪れやすい。カーナビの操作自体は雛がやってくれるので、優人は時折画面でルートを確認しながら、音声案内に従って危なげなく車を走らせた。
あと十分もすればモールに到着するといったタイミングで、優人はふと思い付いたことを口にする。
「そういえばお昼はどうする? あっちに着いてからにするか?」
まだ正午ではないので少し早いかもしれないが、腹具合的には問題ない。「そうですね」と悩む素振りを見せる雛もそれは同じようだ。
「基本はモールでにして、途中で気になるお店があれば寄るぐらいにしますか?」
「そうするか。ああ、でもせっかく車なんだし、ドライブスルーってのもいいかもな」
「――ドライブスルー」
長年の付き合いなので優人にはすぐ分かった。無意識に口からこぼれたであろう雛の復唱には、興味の音色が含まれていたことに。
しかもタイミングのいいことに二人が乗る車の目と鼻の先に、この先にドライブスルー可のファーストフード店があることを示す立て看板があった。
「あれにするか」
「……子供っぽいって思ってませんか?」
「思ってない思ってない」
立て看板を目線で示しながら提案すると雛は少しだけ唇を尖らせたので、優人は軽く頭を振って弁明した。
恐らく雛はドライブスルーというものを利用したことがなくて、だから興味を抱いたのだろう。高校時代を振り返ると宅配ピザを食べたことがなかったというのもあったし、雛の過去の境遇を考えれば別におかしい話ではない。
どうせならその欲求に沿いたいと思っただけのことなので、雛が疑うようなことは考えてなどいなかった。ちょっと微笑ましいなぐらいは思ったけどそれはノーカンで。
どことなく内心を見透かされているような雛の視線を受けつつ、ハンドルを切ってドライブスルーの列へと並ぶ。
「どうする? 注文は雛がしてみるか?」
「やっぱり子供扱いしてるじゃないですか。運転席の方が近いんですから優人さんがお願いします。お金は私が用意しますから」
そんな戯れを挟みつつ、特に問題もなく二人の希望のメニューを購入。
雛はともかく優人が走行中に食べるのは危険を伴うなので、モールの駐車場に着いてから開封することにした。
ハンバーガーにポテトと飲み物がついたセットメニュー。雛は「いただきます」と唱えてから包み紙を丁寧に開くと、小さく愛らしい唇で啄ようにハンバーガーの端を口にする。そして、いったい何が可笑しかったのか、一口目を食べ切ってから雛はくすっと微かな笑みを漏らした。
「どうした?」
「いえ、当たり前ですけど味は変わらないなあって思って」
「そりゃそうだ」
雛にとっても軽い冗談だと思うので優人は笑って流したが、まあ言いたいことは分かる。
例えば、青空の下で食べれば美味しく感じるみたいな。同じ食事でも環境によってちょっとぐらい特別なものに変わらないだろうかと期待するのは、優人にとっても覚えのある気持ちだ。
それこそ海とか山に足を運べば感じられるかもしれないが、屋外であってもさすがに駐車場という場所は力不足だ。
もう少し景色のいい場所に寄った方がよかっただろうか。ドリンクのストローを咥えた優人がそんなことを考えていると、その口元にポテトの先端が差し出される。
反対側の先端を持つのはもちろん雛の細い指。にこりと微笑む恋人さんはさらに笑みを深くし、優人の方を上目遣いに見つめた。
蠱惑的な表情だ。昔に比べると、雛は自分の魅力の使い方を自覚してきているように思える。
「優人さん、はいあーん」
「……一応言っておくけど、俺のポテトも雛のポテトも中身は一緒だからな?」
「分かってますよ? ですからシチュエーションで変化をつけようかなと。それにデートなんですから、こういうらしいこともいっぱいしたいですもん」
小首を傾げながら、ほんのり挑発的な声音で可愛らしく言われてしまえば、当然優人の選択肢など一つしか残されていない。
何の変哲もないはずのポテトが不思議と美味しく感じられたのもまた、当然のことであった。