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第20話『初めての約束』

 金曜日、昼休みの学食は訪れた生徒で賑わいを見せ始めていた。昼食時はいつもほぼ満席に近い状態になる学食だが、四時限目が終わったばかりで席はまだ十分に空いているので、急いで席を確保する必要もない。気を利かせてチャイムと同時に授業を切り上げてくれた教師にひっそりと感謝をし、優人は丼物を提供しているカウンターの列に並んだ。


 順番が来たところですでに購入した食券を提出。やや時間を置いて出てきたのは、大盛りの唐揚げ丼にサラダとみそ汁の付いたセットだった。学生の懐に優しいリーズナブルな商品群の中では値が張る方だが、今日は先日の約束通りエリスの奢りなので、優人の懐は痛まない。


 ちなみに、適当に安価なきつねうどんに辺りにでもしようと思っていたら、隣の券売機に並んでいたエリスから無言の視線を頂いたので、こうなった次第である。小柄なくせに圧が凄かった。


 手にしたトレーから育ち盛りの男子高校生大満足のボリュームを感じつつ、すでに商品の受け取りを終えて着席している一騎とエリスの下へ向かう。


「お、美味そうなもん頼んできたな。なあ優人、その唐揚げ一つ――」


「ダメ。それはこの前助けてくれた優人へのお礼だから。代わりに一騎には、私の日替わり定食の小鉢を進呈する」


「そう言って自分の嫌いなモンを押し付けるのはやめい。いい加減ピーマンぐらいちゃんと食べろって」


「……優人」


「一騎に同じ」


 和え物の小鉢を差し向けるエリスの懇願をばっさりと切り捨てる。優人に好き嫌いはないが、目の前の彼氏を差し置いてまで甘やかそうとは思わない。


 がっくりと項垂(うなだ)れつつも大人しく手中に収めるエリスに苦笑を浮かべ、優人はテーブルにトレーだけを置いた。


「お茶入れてくるけど、二人はいるか?」


「サンキュー。頼むわ」


「私もお願い」


 ひらりと手を振って二人に応え、食堂の隅に設置された給茶機へ。


「お」


 ふと気付いてみれば、給茶機近くの四人掛けの席には雛がいた。他に二人の計三人、恐らくクラスでの友達だろう。女子同士でテーブルを囲んでこれから食べ始めるといった頃合いだ。とはいえ、気付いたところでわざわざ声はかけない。学校での雛との距離感なんてこんなものだ。


 給茶機を操作していると、距離が近いせいか雛たちの会話が聞こえてくる。


「あ、ひなりんお弁当復活したんだねー」


 真面目な雛のイメージとはズレた、ちょっと可愛らしいあだ名に軽く吹き出しそうになった。三人分のお茶を注ぎ終わるまで暇なので、ついつい雛たちの方へ視線を向けてしまうと、雛の隣に座るテンション高めの女子が雛の手元を覗き込んでいた。


「はい。最近はちょっとバタバタしてたんですけど、ようやく落ち着いてきたので」


「へー、何があったか知らないけどお疲れ様。それにしても、相変わらずひなりんのお弁当って――お弁当だよね!」


「……えっと、すいません。私には意味がよく分からなかったんですけど……」


「大丈夫、私も分かってないから」


 呆れた様子でそう答えたのは、雛たちの対面に座るクールな雰囲気の女子だ。


「いやほら、ひなりんのお弁当ってザ・お弁当って感じがするじゃん。プチトマト、ブロッコリー、ウインナーに卵焼きって」


「ああ、それは確かにそうね。お手本というか……こう、教科書通りというか。あ、もちろん良い意味で言ってるのよ?」


「分かってますよ。実際、私は料理の本とかを読んで勉強しましたから」


「色々とマメだよねー。見た感じ冷食は入ってないみたいだし……ひなりんってジャンクフードとか食べなさそう」


「そう……ですね。思い返してみても、あまりそういった経験は」


「もったいない、もったいないよひなりん! ジャンクフードだって美味しいのはいっっぱいあるんだよ! そりゃ食べ過ぎは身体に悪いかもだけど、ちゃんと量をセーブすれば――」


「そう言うあんたはセーブできてないでしょうが。この前の帰りだって、あんなにたくさん買い食いして……」


「しょ、しょうがないじゃん。冬は美味しいものがたくさんあるんだから!」


「あんたは一年中そんな感じでしょ? あれだけ食べてるのにその体型とか……ほんっっっと理不尽」


「目が怖いよれーちゃん!?」


 少し騒がしくもあれど、仲睦まじく会話を続ける雛たち。その途中、れーちゃんと呼ばれた女子が何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。


「そうそう雛。この前は大丈夫だったの?」


「この前、と言いますと?」


「ほら、あんた三年の先輩に告白されたらしいじゃない? 後から聞いたんだけど、その人三年の間じゃ結構評判が悪いみたいだったから」


「ああ、そのことですか。心配しなくても大丈夫ですよ」


「本当に? 愚痴があるなら聞くわよ?」


「ええ。確かに一悶着はありましたけど……その分、良いこともありましたから」


「? ……まあ、雛が大丈夫ならいいんだけど」


 最後の一杯を淹れているのを途中で切り上げ、優人は早足でその場を後にする。どうにも背中がむず痒いというか、聞いてはいけないものは聞いてしまった気分だ。











 その日の放課後、何となく気が向いたので適当に外をぶらついてから帰宅してみると、部屋の玄関先で雛を目撃した。手にした何か見ているのか、手元に視線を落としたままじっとその場に佇んでいる。


「あ、おかえりなさい」


「……ただいま」


 足音で優人に気付いた雛が顔を上げ、ほんのりと口元を緩めて言葉を紡ぐ。本来であれば近しい間柄で交わされるであろう挨拶に心臓がざわつき、返事をするのが少し遅れてしまった。


 気恥ずかしさを隠すように咳払いを一つ。体裁を整えてから雛の方に歩み寄る。


「そんなところで突っ立ってどうしたんだ? ……ピザ屋のチラシ?」


 雛の手に握られているのは近所の宅配ピザ屋のチラシだった。定期的に送り届けられているもので、見れば優人の部屋の郵便受けからも同じものが垂れ下がっている。


「はい。帰ったら郵便受けに入っていたので」


「時々届くんだよ。これがどうかしたのか?」


 郵便受けから引き抜いてチラシを広げてみるが、特別これといっておかしなところはない。期間限定メニューの宣伝や定番メニューの一覧、あとは何枚か切り取るタイプのクーポンが付いているよくあるチラシだ。優人にとってはざっと眺めたら部屋の片隅に置くか捨てるか程度のものなので、雛の様子には若干首を傾げてしまう。


「特にどうということではないんですけど……こういうの、頼んだことないなあって思って」


「あー……」


 そういえば、今日の昼にそんなことを口にしていただろうか。どちらかというとその後に続いた内容の方が印象に残っているのだが、よく見れば雛の瞳には好奇心が見え隠れしているように思える。


 おもちゃ屋の店頭を眺める子供――とまでは言えないが、意味合いとしてはそれに近い。


「先輩は頼んだことありますか?」


「たまにだな。友達が遊びに来たときとか」


 一騎が遊びに来た時に食べたことならあるが、逆に一人で頼んだ経験は皆無だ。近頃は一人用のメニューも豊富になってきているものの、何となく多人数用のイメージがあるので選択肢から外れている。


 ――逆に言えば、二人もいれば選択肢に挙がるわけで。


「明日の昼飯にでも頼んでみるか?」


「え?」


 頭の中に自然と浮かんだ提案を口に出すと、雛が目を丸く見開いた。


 明日の土曜は学校も半日授業。放課後になって真っ直ぐ帰宅すれば、少し時間の遅い昼食になるだろう。


「ご一緒にってことですか?」


「ああ。話してたら俺も食べたくなってきたし、空森は勝手が分からないだろうから、その方が、いいかと……」


 優人の言葉が途中から尻すぼみになったのは、遅まきながら自身の発言の意味を理解したからだ。


 ……例えば座席が足りなくて相席になったとか、たまたま流れでそうなったならともかく、わざわざ約束を取り付けてまでというのはどうなのだろうか? しかも他に誰もいない二人だけで、順当に考えれば場所だってどちらかの部屋になってしまう。


 雛の羨望の眼差しに釣られてうっかり口走ってしまったが、さすがに踏み込みすぎた気がする。


「……すまん、出過ぎた真似だったな。忘れてくれ」


「い、いえいえ、そんなことは!」


 優人が口元を手で隠して訂正すると、雛は慌てて手を振る。そして揺れるチラシに視線がいったかと思えば、金糸雀色の瞳はおずおずと優人に向けられた。


「……もし良ければ、付き合ってもらってもいいですか?」


「……俺で良ければ」


 言い出しっぺは優人のくせに、随分とちぐはぐな約束の取り付けをしてしまうのであった。

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