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第191話『頑張り屋さんの特別サービス』

 メインディッシュと言えるご馳走は一通り平らげたが、誕生日におけるメインの食べ物と言えばむしろここからだろう。

 少しだけ食休みを挟んだ後、引き続きメイドモードの雛があるものを冷蔵庫から取り出しテーブルへと運ぶ姿を優人は面映ゆい気持ちで眺めた。もしかして料理の配膳を徹底的に一人でこなしていたのは、このとっておきをぎりぎりまで見せたくなかった部分もあるのかもしれない。


「改めてハッピーバースデーです、優人さん」


 今だけはメイドという役回りを脇に置き、素の雛が優人に向けて祝いの言葉を紡いだ。

 心の底から祝ってくれることが分かるきらきらとした笑顔に、優人は「ありがとう」と抑え切れない笑みを返しつつ、自分の前に置かれた円形のそれに視線を落とす。


 一目で丁寧に作られたことが見て取れる、どこか雛らしさの感じられる基本に忠実ないちごのショートケーキ。大きさは雛の誕生日に優人が作ったのと同じ二人用の四号サイズで、綺麗に配置されたいちごとホイップクリームがケーキを彩っている。


「これ手作りだよな?」

「はい。私はお菓子に関しては優人さんほどではありませんから、最初はお店で買うことも考えたんですけど……やっぱり手作りを贈りたかったので頑張りました」

「完璧だよ。満点評価だ」

「ありがとうございます。でも、その評価を頂くのはまだ早いですね」


 雛はそう言って優人のすぐ隣に座ると、あらかじめ切り分けてあったケーキの一切れを別の皿に移し、その上に『Happy Birthday』のチョコプレートも添える。そして、当然のように一本しか用意されてないフォークを手にすると、雛は一口分のケーキを優人の口元へと運んだ。


「ご主人様、はいあーん」


 衰え知らずの笑みで雛が再びメイドモードに入った。

 ……まあ、今の雛の状態から考えてもこの流れは予想できたし、そもそも最初からフォークの用意が一本の時点でもはや既定路線と言えるのだが、一口目からこうも全力で尽くされると気恥ずかしさで少々面を喰らってしまう。


 というか、食べさせるのはメイドの役割の範疇を越えているのでは……? と思うけれど、ここで断るなんてもったいない真似を優人が選択するわけもなかった。

 差し出されたフォークに開いた口を近付け、ぱくりと一息で口に含む。ケーキのスポンジとクリームといちごがいい具合にまとまった一口目を大事に味わうと、優人好みの甘さといちごの程良い酸味が口の中に広がった。


「……ど、どうですか? ケーキを作ったのは初めてですけど……」

「んむっ――初めてとは思えないほど、すごく美味い。さすが雛だなあ」

「ほんとですかっ! よかったあ……」


 ふう、と胸を撫で下ろす雛。だが、優人としては当然の結果だという気持ちもあったりする。

 菓子作りの肝はきっちりとした分量計算と手順をしっかり守ることであり、何事にも丁寧な雛ならそこはまず間違いなく遵守している。


 しかも、恋人がお祝いのために手ずから仕上げてくれた一品なのだから、これで美味しくないわけがない。いつかは菓子作りでも雛に抜かれる日が来るかもしれないと、そんな先のことが想像できてしまうほどの出来映えだ。


「二口目ももらえるか?」

「はいっ。あーん」


 見た目・味共に優人に太鼓判を押されたことで調子が出てきたらしく、小気味よい返事をした雛は続く二口目のケーキをフォークに乗せ、優人の口元に寄せる。

 雛の愛情というとびきりの隠し――ならぬ隠されてない味が含まれたバースデーケーキは、二口目であっても感動が色褪せることなく美味い。


 しっかり優人のペースに合わせてケーキを食べさせてくる献身さに身を浸すことしばらく、雛の持つフォークがチョコプレートの部分に行き着いた。


 冷えたチョコプレートはフォークを突き刺すには固く、すくうには横長でバランスが取りづらい。

 別に直接指で摘んでくれても構わないと、優人は雛の次のアクションを待っていたのだが、何を考えたのか彼女はこちらを見て艶っぽい微笑みを浮かべ、チョコプレートをやはり指で摘み上げる。


 しかし、運ぶ先は優人の口元でなく、自分の方で。


「特別サービスです」


 そう口にした雛はチョコプレートの端をはむっと咥えると、もう片方の端を、ゆっくりと優人に向けて持ち上げた。


 ……一体どこで、こんなクリティカルな知恵を仕入れてくるのやら。

 まさしくポッキーゲームのように優人に迫る雛は目を閉じ、少し顎を突き出した体勢のままじっとしている。


 男から見て、いかに蠱惑的な誘いをしているかが分かっているのだろうか。さすがに恥ずかしさもあってほんのりと頬が赤らんでいるようだが、そんな熱のある色味が雛の表情にまた華を添えている。


 可愛らしさにうっと息を詰まらせたのは一瞬、花の香りに吸い寄せられるように優人は雛に顔を寄せると、朱色の頬にそっと手を添えてチョコプレートの端を咥えた。


 その気になれば一口に収められる程度の長さを、わざとゆっくり、時間をかけて歯で切り崩していく。


「……ん」


 チョコプレートを途中で落とさないよう食べ進めていくと、雛が鼻にかかったような甘い声を漏らして瞼を薄く開く。

 超至近距離で交わるお互いの視線。ここに来てようやく自分の行いの大胆さを実感したらしい金糸雀(かなりあ)色が潤みを帯びるけれど、今さら逃がしてなんてやらない。


 二人の唇を繋ぐチョコプレートの残りはあとわずか。最後の最後で失敗しないよう慎重に狙いを定め、優人の口は上下運動を繰り返していく。


 ………………。

 …………。

 ……。


 ――時にポッキーゲームにおける勝敗についてなのだが、基本的には食べ進める途中で、先に口を離してしまった方が負けらしい。

 では果たしてこの場合(・・・・)、引き分けなのか。


 それとも、お互い勝ち、なのだろうか。

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