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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第4章

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第181話『夏休み最終日』

「何か考え事ですか?」


 雛からそんなことを尋ねられたのは、旅行から数日後の午前中のことだった。

 彼女と一緒にスーパーへ買い出しに出かけ、そのついでに購入したアイスを帰り道の途中で食べようと近くの公園に立ち寄った。


 腰を落ち着けたのは、木漏れ日が差すベンチ。二本セットで売られているアイスの一本を手にする雛は少し訝しげにこちらを見上げている。


 物思いにふけっていた自覚はあるので、それで気にかけてくれたのかもしれない。

「いや」と大した話ではないと前置きを挟み、優人はしばらく(くわ)えたままだったアイスから口を離した。


「夏休みも今日で終わりだなーって思ってさ」

「そうですね。長かったような短かったような……何か心残りでもありますか?」


 雛の問いかけに「まさか」と首を横に振る。

 彼女の言う通り長いようで短くも感じた今年の夏休みは、とても充実した日々を送れたと優人は断言できた。


 夏らしいイベントは一通り楽しめたと思うし、帰省した時には図らずも自分の内に巣食っていた傷跡と向き合うことになり、雛の支えでそれを乗り越えることもできた。

 何も優人を取り巻く環境が大きく変化したわけでないが、心はずいぶんと前向きになれた気がする。


「本当に、今までで一番いい夏休みだったよ」

「ならよかったです。私も同感ですよ」


 しみじみと呟くと、雛も大きく頷いて同意してくれた。

 そう、心残りなんてあるわけないし、夏休み中の課題の消化など含め新学期への準備にも抜かりはなく、明日の始業式は余裕を持って迎えることができるだろう。


 ――だがまあ、それはそれとして。


「けど明日からまた学校だって思うと、ちょっと面倒くさいなあ」

「おや、優人さんにしては珍しいお言葉」

「俺は元々こんなだぞ?」


 茶化すのでなく割と素で不思議がってそうな雛に、優人は呆れ笑いに似た表情を浮かべる。

 例えば定期テストは、今でこそなるべく上位を狙おうと励んでいるけれど、雛と出会う前は平均よりも上ならそれで満足する程度。


 私生活だって一人暮らしをいいことに休日は昼まで寝てるなんてざらだったし、それこそ去年の夏休みは結構惰眠を貪った覚えがある。


 今のように休みであっても規則正しい生活を送れているのは、間違いなくお手本となる人が身近にいるからだ。

 しかし、過去に夜更かしが過ぎて夕方まで爆睡したエピソードを語ってみても、雛はぴんと来てなさそうな様子で首を捻っていた。


「私の中でだと、優人さんてやっぱり真面目で優しい人ってイメージなんですけどねえ。そりゃたまには気が抜ける時もあるでしょうけど」

「付き合ってる相手がすごい頑張り屋さんだからな。自然と背筋が伸びてるだけだよ」

「いいことじゃありませんか。誰に強制されるでもなく、自分からそうしてるのなら十分立派です。第一、私だってそんな大層なものじゃありませんよ」

「えぇ?」


 学年主席の優等生が何を言うのか。

 謙遜が過ぎやしないかと真顔で見つめてしまうと、雛はくすりと、上品な微笑みで唇を形作る。


「だって私が頑張るのは、それをちゃんと見て、褒めて、ご褒美をくれる人がいてくれるからですもの。ほら、私はなんて現金な女なんでしょう」

「はいはい、分かったよ」


 実を結んだ努力に対する正当な評価を望むことが果たして現金なのかはさておき、軽やかな笑みで自信満々に胸を張られたら何も言い返せなどしない。

 雛の方が一枚上手だと肩を竦めると、その肩にそっと雛の頭が寄りかかってきた。


「ねえ優人さん、次のテストで一位取れたら何をお願いしていいですか?」

「何でもいいぞ? 好きなもの頼んでくれ」

「好きなもの……じゃあ、優人さんを一日好きにできる権利とかどうです?」

「いい、けど……それ、例えば逆もアリだったりするのか?」

「逆? ……つまり優人さんが一位を取れたら、私を一日好きにできる権利が欲しいということですか?」

「まあ、うん」

「ふふ、いいですよ。優人さんがお望みとあれば」

「マジか……。ちなみにちょっと条件緩くなったりしない? 学年一位じゃなくて十位以内とか」

「えー、それは男らしくないのでは?」

「ぬぐっ」

「まあ、優人さんの今の成績を(かんが)みれば……そうですね、いずれかの教科で学年一位ぐらいまでになら緩めなくもないですが」

「本当か? だったら――」

「ただし他の教科を疎かにして著しく点数が下がるようならアウトです」

「……手厳しいなあ」

「ふふふ、私は安い女のつもりはありませんので」


 月日が過ぎ、季節は巡り、新しい日々がまた迎える。

 優人は頭の片隅でその移り変わりを感じながら、「そろそろ帰りましょうか」と微笑む雛に手を引かれて公園を後にした。

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