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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第4章

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第175話『プライベートな空間へ』

 男女に別れて大浴場の温泉を堪能した後、そこで麗奈たちとは別れた。大勢で楽しむのもいいが、そもそもの目的は雛と二人きり、恋人水入らずの旅行なのだから。

 少し旅館内を散策していれば頃合いになり、部屋に戻って夕食の時間を迎える。


 刺身や天ぷら、一人用の鍋などを中心にした豪勢な食事がいざ並べられると、改めてこの旅館が本来なら身の丈に合っていないことを思い知らされるが、当然味にはなんら関係ない。ひとたび食事を始めればその美味さに心を奪われ、一つ一つの料理に雛と舌鼓を打った。


 そして食後、優人たちは部屋の広縁(ひろえん)にある椅子に座り、窓から広がる夜の風景を眺めていた。


「夜になると、一段と風が気持ちいいですね」

「意外と涼しくなったよな」


 開いた窓から吹いてくる夜風に髪を揺らしながら、うっとりと目を細めた雛が呟く。

 時期こそ真夏ではあるが思ったよりも風は涼しく、満たされた腹具合も合わさって満足感は一入(ひとしお)だ。


 優人たちのいる部屋からは海が見渡せ、昼間は盛況だった海岸も今は人っ子一人いなくてしんと静まり返っているように見える。

 散歩に誘ってみるのもよかったかもしれないな、とぼんやり考えつつ視線を雛へ。


 大浴場の女湯から出てきた時は、風呂上がりにしたって妙に顔が赤くて気になっていたのだが、今はすっかり落ち着いている。夜風で微かになびく髪をそっと手で押さえる彼女はとても綺麗だった。

 身を包むのは、白地に青の線が入った男女共通のデザインの浴衣。優人が着ているものとの違いはサイズだけのはずなのに、雛が着用しているだけで生地の質からして上等なのかと錯覚してしまう。


 花火大会の時のように着飾った和服もいいが、こんな風にゆったりとした着こなしもまた良い。


「優人さん?」


 うっかり見惚れていたらしい。我に返った頃には雛が不思議そうに小首を傾げており、優人は背筋を伸ばして椅子に深く座り直す。


「悪い、ちょっとぼーっと、というか雛と旅行に来れてよかったって思ってた」

「本当にそうですね。こんな素敵な思い出ができたんですから、改めて安奈(あんな)さんたちには感謝しないとです」


 素敵な思い出――確かにその通りだ。

 昼間に波打ち際で遊んだことも、大浴場の広々とした温泉を堪能したことも、雛と共に舌を唸らせた夕食も。


 けど、言ってしまえばそれらはまだ前座で、優人たちにはまだ大きなお楽しみが残っていた。


「……雛」

「……はい」


 優人が頬杖を突きながら名前を呼ぶと、金糸雀色の瞳が上目遣いにこちらを見つめる。揃えた膝に置かれた雛の手がきゅっと浴衣の表面に皺を刻み、ただ静かに優人が続けようとする言葉を待っている。

 心の準備はできてますよと、彼女はそう訴えかけていた。


「そろそろ、入るか」

「はい」


 その返事に躊躇いはない。こくりとはっきり首を縦に振り、けれど白い頬をほのかに(あぶ)らせる雛に優人は歩み寄ると、小さな手を取って立ち上がらせた。

 優人に預けられた心地良い重みを引き連れ、二人は向かう。


 部屋の一角に設けられたその場所――客室露天風呂に。







 優人が雛よりも一足先に足を踏み入れた客室露天風呂は、竹垣と雨除けの屋根で囲まれた場所だった。

 たぶん(ひのき)とかその辺りの木材が素材として使われた湯船は、大浴場と同じ色の温泉で満たされており、ゆらゆらと上る湯気はやがて空へと溶けて消えていく。

 夜の(とばり)が完全に下りた空は眺めるのにお(あつら)え向きの綺麗な星空だ。


 シチュエーションは申し分なし。一切の邪魔が入らない二人だけのプライベートスペースを前に、優人は自分の裸の胸に手を当てた。

 早鐘を打つかのような早い鼓動。まだ湯船に浸かってすらいないのに身体が熱い。


 着実に近付いている雛と二人きりの時間は、優人の興奮を煽るのに十分過ぎるほどだった。


「もっと余裕を持って構えらんないもんかな……」


 腰に両手を当てて一人ごちる。

 雛との入浴は最初から予定に盛り込まれていたし、安奈たちからの金銭的後押しが大きかったとはいえ、露天風呂付きの部屋を選んだのだって他でもない自分たちだ。


 そもそも優人と雛は、すでに男女の一線を踏み越えた仲。そう思えば一緒に入浴ぐらいで慌てることもないのだが、なかなかどうして、泰然自若(たいぜんじじゃく)になれるにはまだまだ優人は経験不足らしい。


 腰に巻いた布地もまた、その不足分を埋めるためのものだ。

 いわゆる湯浴み着というやつで、タオルと違い湯船の中に入れても大丈夫な入浴用の衣服である。優人のは腰に巻いて紐で縛るラップタイプと呼ばれるものらしく、確かにタオルよりは簡単に解けない安心感があった。


 裸だとお互い、特に雛の方が縮こまってしまいそうだし、優人も優人で迂闊に彼女の方を見れなくなりそうが故の措置であり、雛も女性用の湯浴み着を着用してここにやってくる。

 せっかくの露天風呂、どうせなら伸び伸びと入れる方がいい。


「そんなところに突っ立ってどうしたんですか?」


 突然の声に優人の心臓は跳ねた。

 いつの間にか雛が背後に。扉を開ける音にすら気付けなかった辺り、優人はすっかり舞い上がっている。

 ひっそりと息を整えて振り返ると、目の前にいる雛の姿にまた、直前よりもさらに強く心臓が脈打つ。


「お待たせ、しました」


 恥じらい交じりにそう呟いた雛は、もちろん優人と同様に湯浴み着を着用している。

 両肩の上で紐を結んで垂らしたようなワンピースタイプの一着。隠れているのは胸から下、膝の少し上ぐらいまでで、細い腕やデコルテ周辺は晒されている。

 胸の谷間が微かに見えてしまうのは身長差がもたらす角度、というよりは雛のスタイルの良さによる要因が大きいのだろう。


 優人のそんな視線を知ってか知らでか、髪をまとめて大人っぽさもプラスした雛はくすりと微笑むと、人差し指で優人の鼻先をちょんとつついた。


「じーっと見過ぎですよ、もう」

「う……すまん」

「ふふふ、優人さんの視線は結構分かりやすいんですよね」


 くすくすと笑う雛は頬を淡く染めつつも、素振りからは嫌がる様子が欠片もない。

 全てを余すことなく受け入れてくれる態度は、どこまでも愛おしかった。


「ほら、優人さんはここに座ってください。まずはお背中を流しますから」

「はいはい、お願いするよ」


 雛に手を引かれて鏡の前の椅子に座る。

 随分と楽しそうにスポンジやボディーソープを用意する雛の姿を鏡越しに眺めながら、優人は身に余る幸福に静かに笑みをこぼした。

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― 新着の感想 ―
体は大浴場で洗ったんじゃないの? 部屋付きの露天風呂は雰囲気を楽しむだけでいいのでは?
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