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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第158話『二人だけの秘密』

 この地域だと一番大きな花火大会でなおかつ天気にも恵まれたということもあり、自宅の最寄りの停留所から会場付近へと向かうバスに乗った時点で、大半の乗客の目的は同じようだった。優人たちのように分かりやすく浴衣姿というのはそう多くないが、ほとんどが手ぶら、よくて軽装なので間違いないだろう。


(それにしても)


 車内の様子をそれとなく観察し終えたところで優人はひっそりとため息をこぼし、目前の一人用の座席に両足を揃えて姿勢よく座る雛を見下ろした。

 半ば予想していたことなので何を今さらではあるが、浴衣人口が少ないだけあって、やはり雛は車内の注目を集めている。

 運良く空いていた座席に座ることを促した時、雛は申し訳なさそうに「ありがとうございます」と頭を下げてくれたが、単純に彼女を気遣う以外の狙いもあった優人としては気に病まれる必要などなかった。


 立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿――……は慣れない下駄のせいでちょっとぎこちなくはあったけれど、和風美人のお手本とも言える雛は人目を引きつけるに相応しい魅力を誇っている。


 特に視線を送っているのは、優人たちとそう年が離れていないであろう男三人組だ。

 乗車時から雛を目で追いかけていた彼らは今のところ優人の後ろにいるが、それでも彼らからの視線を背中にひしひしと感じている。彼氏持ちだから声をかけるのはさすがに無理でも、せめて目の保養ぐらいにはさせてもらおうという魂胆だろうか。


 雛ほどの美少女が着飾った姿。いつぞやの水着(ビキニ)みたいに扇情(せんじょう)的な姿でもないから、見せてやらないというほど狭量(きょうりょう)になりはしないが、見えるようにわざわざ立ち位置をズレてやるほどお人好しでもないので、優人はバスの床に両足を縫いつけさせてもらった。


 人知れず優人が独占欲を発揮する中、やがてバスは目的地である花火大会の会場付近へと辿り着く。

 焦る必要もないので、他の乗客が降りてから優人たちはその後に。雛より先に降りて「ん」と手を差し伸べると、雛は端整な顔を面映ゆそうに綻ばせた。

 絡まる手と手。とん、と軽やかな足取りで、優人へ体重をかけるように降りてきたのはわざとに違いない。


「ありがとうございます。ふふ、今日の優人さんはいつにも増して紳士的です」

「下駄だとちょっと歩きづらいだろうから、ちゃんと気遣ってやれって父さんから厳命されたんでな」


 ちなみに優人は和風っぽいサンダルなので、雛に比べたら格段に歩きやすい。


「優人さんならされなくても気付いてくれそうですけどねえ。そこまで心配されるほどではありませんが、気遣ってもらえるのはありがたいです」


 雛が呟いた指摘に優人は小さく笑う。

 厳太郎に忠告された時はつい「言われなくても分かってる」と見栄を張ってしまったというのに、雛からはそういった信頼を寄せられていることが素直に誇らしい。

 だったら是が非でもその信頼は裏切れないな、と気合いを入れ、雛の手を引いてゆっくりとした歩調で足を進めていく。


「花火が打ち上がるまで、まだだいぶ時間がありますよね?」

「そうだな。あと一時間以上はあるか」

「それなのにもうこんな……」


 花火の開始までまだ余裕があり、とりあえず腹ごしらえからということで近くで催されている屋台のエリアへ向かっているのだが、道中に通りかかる河川敷には早くもちらほらと場所取りの人々を見かける。

 ここが最も花火を鑑賞しやすい場所故に人が集まりつつあるようで、中にはレジャーシートを広げて酒盛りまで始めている集団もいた。


「……こうやって早くから場所取りしている人たちを見てしまうと、ちょっと罪悪感が湧いちゃいますね」


 聞くだけだと不可解な言葉がチョイスされた雛の呟き。しかしその理由を知っている、というよりはとある秘密を共有している優人は、その呟きに「確かに」と同意を示した。


『いい穴場があるんだ』


 厳太郎からそれを教えられたのはちょうど浴衣の着替えが終わった時のことだ。


 父曰く、メジャーな鑑賞場所である河川敷に比べると花火との距離が遠くなって少し長い階段を上ることにはなるらしいが、高確率で人気(ひとけ)のないひらけた場所があるらしい。

 そこからでも花火は十分よく見えるし、なんなら二人きりで落ち着いて見ることができるので、雛を誘ってみたらどうだと情報を託されたわけだ。


 そこでバス停に向かうまでの間に雛に相談してみればほぼ二つ返事で快諾、「行ってみたいです!」と目を輝かされた。

 その長い階段とやらがネックではあるものの、もしもの時は優人が雛を背負ってやればなんとでもなるはずだ。二人きりで花火を見れるという絶好のシチュエーションは優人にだって魅力的である。


「あ、屋台ってあれでしょうか?」


 弾むような雛の声に促され河川敷から視線を前に戻すと、提灯(ちょうちん)の明かりの群れが見え始めていた。

 飲食系はもちろんのこと、祭り定番の射的などもあるはずなので、花火までの時間を潰すにはもってこいだろう。


「雛は何か食べたいものあるか?」

「そうですね……色々とあるんですけど、まずはたこ焼きとかがいいです」

「りょーかい」


 屋台に近付くにつれて微かに漂ってくるソースの匂いに空腹を刺激されつつ、まずは雛が希望するたこ焼きの屋台を探すのだった。

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