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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第150話『頑張り屋さんと彼氏の実家』

「ここが優人さんの実家なんですねえ……」

「普通の一軒家だけどな」


 電車を利用した一時間半ほどの行程を経て到着したその場所で、手を繋いだ雛が感慨深そうに呟いた感想に優人は思わず口を挟んだ。

 こうして優人の足跡(そくせき)に興味を持ってくれるのはこそばゆくも嬉しくあるのだが、優人にとっては慣れ親しんだ我が家であることを差し引いたとしても、目の前の一軒家はさして珍しいものでもないだろう。

 無論、興味なさげの淡泊な反応をされるよりはずっといいものの、果たして雛の好奇心を満たすだけの何かがあるのかと思うと不安でしかない。


 ひとしきり家の外観を眺めていた雛に「入るぞ」と促し、優人は懐から実家の鍵を取り出した。

 朝の予想通り空からの日差しは一段ときつくなり、地面からの反射熱も加わってうだるような熱気を広げている。顔にこそ出さないが雛も疲弊はしているはずだから、彼女の体調や白い肌を守るためにもさっさと屋内に場所を移そう。


 しばらく使っていなかった割には手に馴染む鍵で玄関を開錠し、雛と共に中へ。

 無人故に冷房が効いた空間が迎えてくれることはないが、熱波が漂う屋外に比べたら十分マシだ。

 試しに手近なスイッチを押せばすぐに玄関の明かりが点いたので、すでに電気は復旧済み。その確認も優人たちの役目の一つだが、この分ならガスや水道も問題なく使えそうだ。


「ただいまっと」

「お邪魔します」


 靴を脱ぎながら揃うことのない言葉を口にし、荷物を持ってリビングへと向かう。

 とりあえずと優人が冷房の電源をオンにして振り返ると、リビングの入口近くに佇む雛はやはりきょろきょろと室内を見回していた。


「それじゃ雛、先に間取りを簡単に説明しとくぞ?」

「あ、はい」


 予定だと安奈たちが帰ってくるのは夕方の遅い時間帯となっている。だからそう急いで掃除を始める必要もなく、ついでに言えば優人たちはこちらで二泊する予定なので、慣れない雛にはまずある程度の把握から始めてもらった方がいいだろう。


「しばらくは無人だったって話ですけど、思ったよりは埃っぽくないんですね」

「管理を任せてた業者が定期的に簡単な点検と換気はしてくれてたからな。だから掃除って言っても、そこまで大がかりにならないと思うぞ。せいぜい――」

「こういうところとかですか?」


 間取りの説明を進める傍ら、雛がちょうど通りかかった窓のサッシ付近に指を滑らせた。細い人差し指がなぞった箇所にはくっきりと跡が残り、代わりに雛の指先にはその分の埃が付着していた。


「ご明察。あとは布団とかシーツを引っ張り出して寝床を整えたり、入り用になりそうなものの買い出しとかだな。……にしても、今の(しゅうとめ)みたいだったな」

「む、言わんとすることは分かりますが失礼な」

「いた、ごめんって」


 ちゃんと埃は落としてから優人のわき腹を「えいっ、えいっ」と小突いてくる雛を宥めつつ、家の案内は続く。

 トイレやバスルーム、それから二階の雛が寝る際に使うことになる空き部屋などを順繰りに説明し、再び一階のリビングへ。ちなみに空き部屋の隣にある優人の部屋に雛が興味を示していたが、どうにも気恥ずかしいのでそこは足早に通り過ぎさせてもらった。


「これ、キッチンは結構大きめですよね?」

「そうだな。母さんの仕事柄、ここだけは力を入れたって聞いたし」


 締めにリビングと繋がっているキッチンへと足を踏み入れれば、その中央に立った雛は楽しさを滲ませたような笑顔で調理台に手を置く。

 雛の指摘通りキッチンはスペースが広く確保されていた。いわゆるシステムキッチンと言えばいいのか、収納は多いし食器洗浄機も備え付け。加えて用意されているオーブンレンジを始めとする調理家電だって購入して年数は経っているから現行モデルよりはやや劣るかもしれないが、当時のかなり性能が良いもので揃えていたはずだ。


 安奈の職業が料理人(パティシエ)であるが故の結果であり、この家の唯一の特徴を挙げるとすればこの充実したキッチン回りであるだろう。

 整った設備は雛にとっても新鮮かつ目覚ましいものらしく、いつの間にか三口ガスコンロの前に立っている雛はその場でフライパンを振るう真似をしていた。

 実際に持っているかのように手慣れた動作の一方で、端整な横顔に浮かぶのは童心に帰ったような無垢な笑顔だ。


「楽しそうだな」

「ええ、だってこうも広いキッチンだと色々手の込んだこともやれそうですから、お料理するにあたって腕が鳴るじゃないですか」

「今住んでる場所と比べりゃ確かにな」


 優人と雛が現状住んでいるアパートも一人暮らし用の物件であることを考えればキッチン回りは広い方だと思うが、一軒家の、それも力を入れた設備に比べれば見劣りするのも仕方ない。


「空森の家も大きい家でしたけど、キッチンはこちらの方が上ですね。将来住むならこういうところに住んでみたいです」

「……そっか」


 ――空森の家。

 雛の過去に踏み込んだその発言を受けて優人の心に雛への心配が芽生えたものの、変わらず笑みが浮かぶ愛らしい横顔を見て、ひっそりと強ばった肩の力を抜く。何も楽しい思い出に変わったわけではないだろうけれど、雛がこうして気落ちもせず話題に出せるようになったことは素直に喜ばしかった。


 実のところ数日前、雛の誕生日には結局お流れになってしまった空森夫妻との食事の席が設けられており、雛はそれに顔を出した。

 少しずつではあるが、お互いに一歩一歩と着実に距離を縮められているのだろう。まあ、良い方向に進んでいたとしても色々と気疲れやぎこちない場面もあったらしく、帰ってきた雛から無言の『甘えさせて』アピールもあったのだが。


 優人の温もりを求めてきた可愛い姿をつい思い返してしまい、目の前の雛への微笑ましさもプラスされてどうにも収まりがつかなかった優人は雛に近寄ると、空気を含ませるように優しく頭を撫でた。

 雛からしてみれば脈略がないであろうスキンシップに、金糸雀色の瞳は気恥ずかしそうに優人を見上げる。


「な、何ですか急に」

「なんとなくだよ。邪魔だったか?」

「……別にそうは言ってませんけど」


 むしろ撫でやすいように頭、いや身体丸ごと擦り寄ってくる雛に軽く笑うと、優人は彼女を迎え入れるように腕を広げる。

 両親がまだ帰ってこないことをいいことに、恋人同士の触れ合いはしばし続くのであった。

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