第147話『悪友』
元旦から数日過ぎておりますが、あけましておめでとうございます。
今年も当作品をよろしくお願いしますm(_ _)m
「大満足」
もうじき夕方に差しかかろうかという時間帯、つい今し方出てきたばかりのプールの建物を背にエリスが一人呟いた言葉は、優人たちの全員に共通する感想でもあっただろう。
その証拠に一騎は満足そうに両腕を伸ばし、優人の隣の雛もやや疲弊した様子ではあるものの、エリスの一言に「ですね」とすぐさま相槌を打った。
夏休みが始まってまだ一週目だというのに、さっそく良い思い出を得ることができた。性格上分かりやすく表には出さないけれど、内心では充実した気分を味わっている優人は「そろそろ行くか」と近くのバス乗り場に人差し指を向ける。
一騎たちとの再度の合流後にはビーチバレーなんぞにも手を出したので身体は割とクタクタ、これから家まで帰るとなると正直億劫な気持ちになる。だが、プール側が出している送迎バスを利用すればある程度の近場まで行けるので、最初の三十分ぐらいはゆっくりとできるだろう。
乗り場へと移動して少し待てばバスも到着。その一台に乗り込むと、空いていた横並びの二席に優人と一騎、そしてそのすぐ後ろの二席には雛とエリスが座った。カップル同士でなく同性同士で席を分けたのは、バスを待つ間の雛たちの女子トークが思いの外盛り上がりを見せていたからだ。
一つ後ろの席から彼女たちの明るい会話が聞こえる中、バスが出発する。
五分ほど経った頃、特に意味もなく車窓からの景色を眺めていた優人は隣から肩を叩かれて視線を向けた。
「お前もいるか?」
「サンキュ」
一騎が差し出したミント味の板ガムのパッケージから一枚を抜き取る。
プールの疲れが引き連れてきた眠気を覚ますにはちょうどいいと思い、さっそく包み紙を開けて清涼感のある風味を噛み締めていると、一騎が微かに息を吸う気配を感じた。
「今日は付き合ってくれてありがとな。大一番の前にいいリフレッシュになったわ」
「それ、むしろ誘ってもらったこっちの台詞なんだけどな。ってか大一番って……ああ、そろそろ夏の大会が近いのか」
「おう、それも終われば本格的に受験モード突入だ」
「ってことは一騎は進学か?」
「スポーツ学を学べるところにな。将来的には実家の道場を継ぐつもりだけど、そのためにも色々と勉強しなきゃならねえこともあるし。優人も進学か? あ、ひょっとしてパティシエの母親に弟子入りとか?」
「まさか。普通に進学だって」
小唄然り、一騎然り、周りの友人は大概そういったイメージを優人に抱いているらしい。それがくすぐったい反面、生憎と期待に沿うつもりのない自分が抱えるわずかな胸のふきだまりを、努めて平静な苦笑で心の奥底に流した。
「そうか? お前だったら結構――」
「どうした?」
一騎の言葉が不自然に途切れ、優人は片眉を吊り上げた。
何やら人差し指を唇に当て『静かに』というジェスチャーをした一騎に、首の動きで後ろを見るよう促され、不思議に思いながらもシートの上から雛たちの座る座席を覗いてみる。
そういえば、いつの間にか後ろから聞こえていた会話が止んでいるような。
――答えはすぐ目の前にあった。
「すぅ……ふぅ……」
「ん……んぅ……」
そこにいたのは、なんともまあ穏やかな顔で眠りに落ちている二人の少女。贔屓目なしに見ても整ったそれぞれの顔立ちは無防備に緩み切っており、車窓から差し込む夕暮れのオレンジ色が彼女たちを優しく照らす。
お互いに寄りかかったような体勢からはずいぶんと進んだ仲の良さが窺え、見ているこちらの口角が自然と上向きになるようだった。
思わず眠ってしまうぐらい今日ははしゃいでいた、ということなのだろう。
「うーん、なかなか素晴らしい光景ですなあ」
「その言い方は変態っぽいぞー」
「んだよ、お前だって同じこと思ってるだろ?」
一騎からの追求に対し、優人は肩を竦めるだけに留めた。否定しても表情からバレてしまうだろうから。
「なあ優人、今だけは彼女への独占欲を抑えてもらってもいいか?」
「……ま、それについちゃお互い様だしな」
二人揃って取り出したスマホは物言わぬ意思表示だ。
恋人の可愛らしい寝顔を独占できないことは口惜しいが、二人の少女が寄り添い合うことで完成するこの光景を前に、どちらか片方だけを切り取るというのも魅力半減だろう。
今回ばかりは独占欲にも蓋をし、一騎と悪い笑みを交わした優人はスマホのカメラレンズを向ける。
今から行うことは、もちろん男同士の秘密であった。




