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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第143話『たくましさ≠頼もしさ』

 しばし一騎やエリスにからかわれた後、とりあえず午前中は一緒に行動しようということに決定した。

 さてどこから遊ぶかという話になった時、エリスが我先にとこのプールの目玉のウォータースライダーを提案。人形のような見た目に反して絶叫系の類が好きらしく、「遊園地とか行くとそればっか乗りたがるんだよなー」というのが一騎の証言だ。


 他三人も特に異論はなかったのでエリスの希望に沿う形となり、案内板で確認すると長く巨大な流れるプールを泳いでいった先にあるみたいなので、身体を水に慣らす意味でもまずは流れるプールで泳ぐことにした。

 なお、入水前の準備体操は一騎主導によって行われたので抜かりはない。


「ほら、雛」


 先に入った優人が、プールサイドの縁で中腰になった雛へと手を差し伸べる。金糸雀色の瞳は不思議そうにぱちくりと瞬いた。

 緩やかとはいえ流れているわけだから一応補助があった方が安心かと思ったのだが、雛は泳げないわけでもなければ幼い子供でもないのだ。さすがに出過ぎた心配だったかと思い直して手を引っ込めようとすると、それよりも早く、なめらかな感触が優人の手を捉えた。


「エスコートお願いしますね?」


 面映ゆそうな笑みを余すことなく向け、雛が優人の手を握ったままプールに足を浸ける。ひやりとしたであろう感触に動きを止めたのも束の間、勢いをつけて水の中へと入ってくる華奢な身体を、優人は全身でしっかりと受け止めた。


「えへへ、ありがとうございます」


 してやったりといった風に雛が笑う。

 水に入るというよりは優人の胸に飛び込んでくる形に近かったが、自分から手を差し伸べておいて支え切れないほど優人は(やわ)くないつもりだ。

 水の冷たさに包まれてもじんわり感じる雛の温もりを抱き留めたまま、優人は「どういたしまして」と笑みを見せつけた。押し付けられた身体の柔らかさのせいで少々歪だったかもしれないが。


「おーい、行くぞー」

「分かったー」


 いつの間にか少し先へと進んでいる一騎たちに答え、雛と一緒に手を繋いだまま、プールの流れへと身を任せていく。四人横並びだと他の客の邪魔になるかもしれないので、一騎たちの背中を追いかける位置取りだ。


「冷たくて気持ちいいですねえ……。今日はいつもより暑いぐらいだったので、本当にちょうどいいです」

「朝見た天気予報だと最近の中じゃ一番の暑さだったか? 誘ってくれたあいつらには感謝だな」

「そうですね。これぞ夏って感じです」


 ゆらゆらと前へ進みつつ、プールの流れと同じように緩やかで他愛もない会話を雛と交わす。横を見ればプールの冷たさを心地良さそうに味わう満面の笑顔があるのだが、雛が着る優人サイズのラッシュガードは水を吸い、彼女の肌に少し重苦しそうに張り付いていた。


「……それ、やっぱり邪魔?」


 指の付け根までを覆ってしまうだぼっとした袖を見つめる雛に思わず話を蒸し返してしまうと、雛は「あ、そういうわけじゃなくて」と、何やらこそばゆそうな笑みで首を横に振った。


「こうやって改めて優人さんの服を着てみると、やっぱり大きいですねって思ったんですよ」

「まあ、俺は身長だけならそれなりにあるからな」


 女子の中では平均的な背丈の雛に比べ、優人は背の順で並べばクラスでも後ろの方の身長だ。ラッシュガードもLサイズのものを購入したので、雛にとっては余計にぶかぶかなサイズだろう。


「身長だけじゃなくて、あんな風にもうちょっとたくましければと思うけど」


 前を歩く一騎の背中を見ながらの言葉は、別に嘆きというほどのものではない。

 引き締まった筋肉が欲しければ相応の筋トレでもしろという話なのは分かっているから、あまり深く考えずに呟いた、苦笑混じりのちょっとした愚痴だ。


 ともすれば、聞き流されたとしても別に構わなかったのだが……繋いだままの手をすぐに引かれたかと思えば、優人の腕に柔らかな感触が絡みついてくる。雛が腕に抱きつくように密着してきたと自覚する頃には、微妙に頬を膨らませたほんのり不満顔が優人をじーっと見上げていた。


「雛?」

「確かに外見的なたくましさで言ったら千堂先輩の方が上でしょう。でもだからと言って、男の人としての頼もしさで優人さんが劣っているとは少しも思いませんからね? さっきだって私を優しくエスコートしてくれて……とても、とってもかっこよかったです」

「……それ、彼女としての贔屓目(ひいきめ)入ってない?」

「かもですけど、私にとっては揺るがない事実ですので」

「はは、雛にそう言ってもらえるなら満足だな」


 優人にとってはそれこそ何よりも頼もしい発言だ。

 取るに足らないほんの些細な自虐であっても、真剣な様子で異を唱える雛の心遣いが嬉しく、優人の頬は一人でに緩んでしまう。


「雛が認めてくれるのは嬉しいけどさ、それはそれとしてもうちょっと筋肉つけたいなとは思った。あとで一騎に筋トレのやり方でも訊いてみるか」

「…………」

「なにその微妙な顔」

「だって、つまりそれ、優人さんがさらにかっこよくなるわけじゃないですか。……もっとドキドキさせられちゃいますよ」

「そんな雛を見たいから頑張ることに決定した」

「うう、いじわる……」


 抱きついたままの腕にぐにぐにと指を押し付ける雛。

 くすぐったいスキンシップ自体は甘んじて受け入れるけれど、日頃のドキドキさせられ具合ならこっちの方がよっぽど重症だ。それこそ現在進行形で。


(……当たってる)


 水着とラッシュガード越しでも伝わるふくよかな感触。そういえば、こんな風に腕を絡めるような繋ぎ方をしたことはほとんどなかったような気がする。

 下手に動かしたら余計にその感触を味わってしまいそうで、柔らかな雛の身体とは正反対に、優人の腕はしばらく棒のように硬直せざるをえなかった。

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