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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第140話『夏休み最初のイベント』

「お、優人」

「一騎か。それにエリスも」


 わざわざ学校にまで来たのだし、せっかくだから帰る前に問題集の一冊でも借りていこうかと図書室に立ち寄った優人が出会(でくわ)したのは、一騎とエリスの友人カップルだった。

 テーブル席の一角に隣同士で座る彼らの手元には、文房具や課題のプリント類が広げられている。


「そっちも学校に来て夏休みの課題か」

「ああ、部活の大会で忙しくなる前にある程度片付けねえとな」

「……そっちもってことは優人も? 今まで見かけなかったけど」


 解放的な夏休みを迎えてもいつもと変わらずダウナー気味なエリスに首を傾げられ、優人は近くの本棚のラインナップを見繕いながら口を開く。


「こっちは家庭科室でやってたんだよ」

「家庭科室? ああ、同好会ってことで借りたのか。そっちなら図書室(ここ)と違って飲食オッケーだもんな」

「大正解お見事」


 こちらの意図を見事に読み切った一騎へ称賛の言葉を送った。

 まあ実際、こっそり飴を舐めたりペットボトルの飲み物を軽く飲む程度ならうるさく言われることもないだろうけれど、許可さえ取れば自由に使えるスペースがあるのだから、有効活用しない手もない。


「あ、一騎、優人にあれ」

「おおそうだ、ちょうどよかった」

「?」


 何かを思い出したらしいエリスに肩を叩かれ、一騎は自分の鞄を漁り始める。『あれ』という単語に優人が疑問符を浮かべる間に財布を引っ張り出したかと思えば、さらにその中から一騎が取り出したのは一枚の横長の紙だ。


「本当なら夏休みに入る前に声かけようと思ってたんだけど、うっかり忘れててな」


 そんな前置きを挟み、優人に向けてぺらっと差し出される何かのチケット。

 促されるがままに受け取ると、カラフルな配色のそれに印字された文字へと目を走らせてみた。


「プールの、優待券?」

「それ一枚で四人まで割り引けるんだとよ。俺たちと一緒に、お前たちもどうだって思ったんだよ」


 屈託のない笑み浮かべて一騎が言う。

 彼の言う『お前たち』というのが誰とまでは明言されていないが、優人と雛を指した言葉で間違いないだろう。つまりこれは、俗に言うダブルデートのお誘いということか。

 施設名だけは覚えてチケットを返しつつ、一騎とエリスの顔を交互に窺う。


「誘ってくれるのは嬉しいけど、せっかくのプールデートが二人きりじゃなくなっていいのか?」

「四人なら四人なりの楽しみ方ってもんがあるさ。それにずっと一緒にいなきゃいけないわけでもないんだから、適当なタイミングで別行動ってのもアリだろ?」

「私も一騎と同意見」

「なるほど、そりゃ確かに」


 言われてみれば単純な話に頷く。

 チケット利用の関係で入園時は四人揃わないといけないと思うが、利用料の支払いさえ済ませればその縛りも無くなる。極論入園してすぐに別れたって問題もない。

 それに頭数が四人いれば、食事の際の場所取りなんかも楽になるだろう。


「雛に訊いてみてからにはなるけど、とりあえず前向きにってことで頼む」

「おう。分かったら連絡してくれ」


 何はともあれ渡りに船だ。片手を上げた一騎の手の平を軽く叩き、優人は図書室を後にした。

 ちなみにプールの件で満足してしまい、問題集を借りるのは忘れた。








「いいですね、行ってみたいです」


 その日の夕食後、一騎たちからの誘いを雛にも話してみれば、彼女も乗り気な様子で身を乗り出してきた。

 冷静に考えると、顔見知りばかりとはいえ自分以外全員先輩という状況は気後れするかと心配したが、雛の横顔にはそういった憂慮はなさそうだ。


「へえ、結構大きいところなんですね」


 さっそく自分のスマホでプールについて調べ始める雛。彼女の隣に座って一緒になって画面を覗き込んでみると、確かになかなか大規模な施設のようだ。

 屋内、屋外共に数種類のプールがあることに始め、ウォータースライダーも大小様々。温泉気分を味わえる温水エリアやフードコートも完備されているので、全部網羅しようと思ったら一日かけても厳しいかもしれない。


「こうデカいとこだと、うっかりはぐれた時は面倒そうだな」

「そうですね。もしもの時の集合場所とか決めておいた方がいいかもしれません」


 大規模な施設で夏というプール日和のシーズンともなれば、訪れる人はかなり多く、混雑具合も結構なものになるはず。加えて水に入るとなれば連絡手段となるスマホ類はロッカーに預ける形になるので、一度はぐれてしまうと合流がかなり難儀になるのが予想される。防水ケースなりを用意すれば持ち込めなくもないが、それはそれで泳ぐ時に荷物がかさばりそうで煩わしいだろう。


 当日は気を付けないと。長時間雛を一人にしたらナンパの一つや二つ軽くされそうだ。強引でもないかぎり声をかけるなとまでは言えないが、彼氏としては非常に面白くない。


「行く日はもう決まってるんですか?」

「これから相談。行くなら近いうちにって感じになりそうだけど、雛の予定はどうだ?」

「明日明後日だとさすがに急ですけど、それ以降ならいつでも。今のところは予定も無いですから」

「了解、それで伝えとく」


 優人はスマホを取り出し、一騎にメッセージアプリで連絡を送る。そう時間も経たずに一騎からメッセージが返り、やり取りを繰り返した結果、日にちは四日後に。

 決まった結果をすぐに雛にも共有すると、彼女はいそいそとスマホのスケジュールアプリに予定を打ち込んでいた。そうやって楽しみにしてくれる姿は微笑ましいし、優人も雛と一緒にプールへ行けるのは楽しみだ。


 と、不意に雛が居住まいを正し、優人に真剣さを帯びた金糸雀色の瞳を向ける。


「時に優人さん、プールに行くに当たって一つ重要なことを訊きたいのですが」

「え、何?」

「どんな水着がいいですか?」


 何か身体的な問題でもあるのかと思って身構えれば、雛の口から飛び出してきたのは予想外の質問だった。


「え、どんなって……つまり俺の好みってことか?」

「はい。水着は新調しようと思うんですけど、せっかくですし優人さんが喜んでくれるような水着を選びたいです」


 微かに頬を朱に彩りつつも、じっと優人を見つめて明確な意思を伝えてくる雛。

 なんだ、このとてつもなくいじらしくて可愛い生き物は。ああ、自分の彼女か。

 好きな女の子が自分好みの一着を進んで選ぼうとしてくれるなんて、男冥利に尽きるというものである。


「うーん、好みって言われてもなあ……」


 口元がニヤケそうになるのはそれとして、優人は腕を組んで首を捻る。

 嬉しいことは嬉しいのだが、返答に困るというのも正直な気持ちだ。


 水着と一口に言っても色々と種類があり、どれが雛に似合うのかと考えると……正直何でも着こなしそうだ。

 試しに脳内で雛の水着姿をイメージしてみて一番最初に浮かんだのは、艶のある濃紺色の――スクール水着。


「…………」


 さすがに、ない。

 一度見たことがある故に自然と浮かんでしまったが、似合う似合わないの問題でなく、高校生が学校以外のプールでスクール水着なんてマニアックな羞恥プレイもいいところだ。いっそ犯罪臭さえしてくる。


 こっそり自分の腕をつねってよからぬ考えを振り払い、再び思考の海へ。

 結局答えは、雛の次の一言で決まった。


「じゃあ、明日買いに行くので付き合ってください」

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― 新着の感想 ―
[良い点] スク水に目をつけるなんて、優人は流石だな。一番見てみたい
[良い点] 段取り大魔王で真面目カタオ君(笑)の優人が図書室に行ったのにその目的を忘れてるってトコロで、どれだけプールを楽しみにしてるのか判るのがおかしい(^^) こんな表現方法もあるんですなあ…… …
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