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第14話『頑張り屋さんの告白現場』

 部活の開始からすっかり時間も経ち、プリン作りは無事にほぼ全ての行程を終えた。今は出来上がった品を冷蔵庫で冷やしている状態なので、あとやることと言ったら使った調理器具を洗って片付けるぐらいだ。よってそのタイミングで小休止を挟むことにした優人は財布片手に自販機コーナーを訪れていた。


 自分の分の缶コーヒーとそれからもう一本、別の自販機で紙パックの飲むヨーグルトを購入。出かけに小唄から「あたしの分も頼んます!」と小銭を押し付けられてしまった。逆に優人が買ってきてもらうこともあるので、ここら辺は持ちつ持たれつの関係というやつだ。


「これでよし」


 用を終えたので家庭科室へ戻るべく、今来た道を引き返す。自販機コーナーから家庭科室などの特別教室が集中している第二校舎までは距離があり、当然そういった教室には用が無いかぎりわざわざ向かう生徒もいないので、家庭科室に近付くにつれて段々と人気(ひとけ)は少なくなっていく。


 そしてその道中、学校の裏手へと繋がる出入り口前を通りかかったところで、優人は足を止めた。二、三歩下がって出入り口の影に身を隠しつつ、そっと静かに外を窺う。


 視線の先にいるのは一組の男女。男子の方はよく知らないが、女子の方は雛で間違いない。こんなところで何をと一瞬思ったけれど、人気のない場所で男女が向かい合っている時点で用件なんて分かりきったものか。


「ごめんなさい」


 どうやら予想は正解だったらしく、優人の方に背中を向けた雛は丁寧な一礼と共にその言葉を口にした。何に対しての謝罪か、直前に男子生徒が何を言ったかは、両者の間に漂う雰囲気から考えれば想像に難くない。


 俗に言う告白現場に遭遇してしまったらしい。


 他人の恋愛事情なんて進んで覗くものではない。しかし告白の受け手が雛という事実が、何故だか優人の足をその場に縫い付ける。結果的には野次馬根性を発揮してしまっている自分に辟易(へきえき)としていると、今度は男子生徒の方が口を開いた。


「どうしてだい? 聞いた話だと今付き合っている相手もいないんだろう?」


 表情こそにこやかながらも食い下がろうとする男子生徒は、ネクタイの色的に雛より二つ上の三年生。……まあ、イケメンと呼ばれる部類には入るんじゃないだろうか。雛の人気は上級生のカースト上位にも波及しているみたいだ。


「確かにいませんけど、だからと言ってお付き合いしようとは思いません。そもそも私は今、特に恋愛をしようという気もないので」


「ならさ、とりあえずはお試しってことにしてみようよ。それでお互い仲を深めていくってことで」


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいですけど」


 先ほどよりもやや硬質さを帯びた雛の声音。明確なお断りの意志を確認したところで、優人はいつの間にか詰めていた息をゆるく吐いた。


(ドンマイだな)


 これは完全に脈なしだ。告白こそ空振りという残念な結果に終わってしまったが、優人からしてみれば、こうして面と向かって想いを告げるだけでも十分尊敬に値する。


 今一度男子生徒を心の中で労い、優人は足早かつ静かにその場から遠ざかろうとしたのだが……次の瞬間に聞こえてきた、あからさまなため息が優人の背中を掴んだ。


「あのさあ……お試しでもいいって譲歩してあげてるんだから、そっちも少しは受け入れようとか思わないわけ?」


「は?」


 それは雛ではなく、優人が思わずこぼしてしまった一音だった。慌てて口を(つぐ)んで視線を戻せば、男子生徒は聞き分けのない子供を相手取るかのようにやれやれと首を振っている。


「今まで大勢から告白されてるせいだろうけど、あんまり調子に乗るのはよくないんじゃないかな。理想ばっかり高すぎるのも考えものだよ?」


(おいおいおいおい……)


 目眩が、目眩がする。


 フラれたことが癪に障ったのか何だか知らないが、それがたった今、恋人関係を持ちかけた相手に投げかける言葉なのか。手のひら返しにも程がある。勢い余って捻じ切れてしまえばいいのに。


 告白が失敗したこと自体には同情するが、雛は相手の言葉をしっかり聞いた上で丁重に断っていたし、ましてや調子に乗っていたりなどしていないだろう。理想云々まではさすがに分からないけれど、少なくともあのザマじゃ到底及ばないことだけは断言できる。


「あ、てか君、お気持ちは嬉しいって言ったよね? 嬉しいならいいじゃん付き合おうよ」


「……ごめんなさい」


 お前の辞書には『社交辞令』という言葉が載ってないのか三年生(じゅけんせい)


 彼に抱いていた尊敬の念などとうに消え失せ、代わりにムカムカとした感情が優人の胸中を埋め尽くす。何より、ここまでされても雛が逃げずに謝罪を重ねるという状況が、それに付け込もうとしている男子生徒の態度が、余計に苛立ちが募らせていく。


 さっさと立ち去ってしまえばいいのに、と雛に煮え切らない視線を向けたところで、優人は見た。


 ――スカートの裾を掴んでいる雛の手が、微かに震えていることを。


 そこからの優人の行動は早かった。無関係な人間が下手に割り込むと余計に話が拗れるかもしれないと考えたから、まずは手にしていた缶コーヒーを乱雑に外へと放る。


 思ったよりも大きく反響する缶の転がる音。雛と男子生徒がそれに反応するのも束の間、優人は転がった缶コーヒーの後を追うように出入り口の影から姿を現した。呆気に取られている二人にはわざと目もくれない。自分はたまたま缶コーヒーを落として転がしてしまって、それを追いかけたらたまたま割って入るような形になっただけだ。


 そんな即興の設定に従って行動するつもりだったが、どうにも男子生徒への苛立ちが抑え切れなかった。缶コーヒーを拾う拍子に雛からは見えない角度で男子生徒を一睨み。父親譲りの鋭い目つきもこういう時ばかりは役に立ってくれるのか、優人に睨みつけられ男子生徒は舌打ちをして校舎の中へと入っていた。さっきまでの威勢はどうした。


「……悪い、なんか俺邪魔したか?」


 自らに課した設定を思い出しながら、雛に白々しく尋ねると、彼女は困ったように眉尻を下げた。


「いえ、大丈夫ですよ」


「そうか」


 雛本人は気にしてなさそうな口振りをしていても、やはりその表情には少し暗い色が滲んでいるように見える。


「……大丈夫か?」


 気落ちした雛に思わずそう声をかけてしまうと、ぱちりと瞬いた雛の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。


「やっぱり。助け船を出してくれたんですね」


「なに勘違いしてんだ。うっかりこれを落としたから追いかけてきただけだぞ?」


「へえ」


 可笑しそうに目を細め、雛は優人の手にある缶コーヒーをさっと奪い取る。それを眺めて一層笑みを深めた雛は、優人へ見せつけるように視線の高さまで缶コーヒーを持ち上げた。


「落としただけのスチール缶がこんなに(へこ)むんですか?」


「……当たり所が悪かったんだろ」


 正確には、悪かったのは当たり所でなく、優人の虫の居所といったところか。


 苛立ち任せの一投は想定以上の衝撃を生み出してしまったらしく、固いスチール缶の一部分はべっこりと分かりやすく凹んでいる。動かぬ証拠を突きつけれた優人がそっけない態度でそっぽを向けば、くすくすと堪え切れなかったような笑い声が優人の耳を撫でた。


「さっきみたいなの、黙って聞いてやることはなかったんじゃないか?」


 勘付かれているのなら仕方ない。開き直って雛のことを心配すると、金糸雀色の瞳はそっと伏せられる。


「いいんです。直接手を出されたりしたらさすがに反撃しますけど、ああいう場合は途中で変に遮ってしまうより、言いたいことを全部言わせてしまった方が意外と後腐れなく終わってくれるものなんですよ?」


「……だとしたら、俺本当に邪魔しただけだったか?」


「いえ、そんなことは。あそこまでのは滅多にありませんでしたから、正直助かりましたよ。色々と心配してくれてありがとうございます」


「心配つーか……さっきのに関しては、同じ男としてあまりの情けなさにムカついただけだ」


「ふふ、そうですか」


 そう言って静かに微笑む雛は、確かにそこまで無理をしているようには見えなかった。でもそれはたぶん、慣れてしまっているのだけの話だ。痛みなんて、本来慣れていいものなんかじゃないだろうに。


 がしがしと頭を掻いて、優人は口を開く。


「――空森、この後ちょっと時間あるか?」


「え? ええ、まあ……」


「じゃあちょっと付き合ってくれ」


 首を傾げる雛に手招きし、優人は家庭科室へと向かう。


 自ら首を突っ込んだのだ。だから、もう少しぐらいはお節介を焼くとしよう。

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