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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第139話『あ、余計な心配ですね、はい』

「ってさっそく勉強かーい!」

「今さらだな」


 家庭科室のテーブルに両手をついて立ち上がる小唄に対し、優人は手元の英語の問題集から目を離さずに言葉を返した。


「先輩気付いてます? 今のは勉強“会”って言葉と勉強“かーい”っていうツッコミを掛け合わせた高度な――」

『Shut up(黙れ)』

「せめて自分の口で言ってくださいよ……」


 電子辞書の読み上げ機能で出力した音声を浴びせてやると、わざわざノートの隅に文字を書いてまで説明してきた小唄はがっくりとうなだれる。


「雛ちゃーん、君の彼氏さんが冷たいよー」

「はいはい、とりあえずお昼までは頑張りましょうね」


 苦笑した雛に柔らかく諭された小唄は腰を下ろす。ぶつくさ言いつつもすぐにシャーペンを持ち直す辺り、勉強の合間のちょっとした雑談のつもりだったのだろう。そもそも定期テストでもそれなりに良い成績を収めている彼女なのだから、勉強に対しても根は真面目なはずだ。


 夏休み一日目、昨日と同じ家庭科室で、これまた昨日と同じ顔ぶれを揃えた優人たちは各々課題に取り組んでいた。

 午前の九時半ぐらいから始まったこの集まりはすでに二時間ほど経過しているので、確かにそろそろ集中力が切れてくる頃合いでもある。優人は固まった首筋を回してほぐしつつ、斜め前の位置に座る小唄へと視線を送った。


「そもそも昨日、課題一緒にやろうよーって雛を誘ったのはお前だったろ?」

「それはそうっすけど、まさか翌日にいきなりとは。いや予定も無かったんで別にいいんすけどね」

「でもこの方がいいと思いますよ? 本格的に夏休み気分に切り替わる前に取りかかった方がやる気も出ますし、早く終わらせればあとは休み明けに困らない程度に復習するだけですもの」

「ぐうの音も出ないほどの正論ー」


 雛が発する優等生としての後光にでも気圧されたかのように仰け反る小唄。

 正直心情としては小唄寄りな優人としても、当然の如く課題をこなしてはい終わりにならない雛の真面目っぷりには脱帽だ。受験生である身としても見習わねばならない姿勢である。


 ちなみに、辞書や参考書類が充実している図書室ではなく、わざわざ同好会の立場を利用してまで家庭科室で借りた理由はスペースを広く使えること、そして自由に飲食できることを優先した結果である。

 勉強疲れで集中力が切れかけた時、甘い物なりをつまめるというのは地味にありがたい。


 登校のついでにコンビニで購入したブルーベリーの板ガムの封を開けつつ、優人は次の問題へ取りかかる。

 一人でやるのもいいが、こうやって誰かと同じ空間にいるだけでも身が引き締まっていいものだった。








 昼休憩を挟んで午後になると、それぞれ生徒会と部活の集まりで学校に顔を出していた麗奈と双葉も途中参加することになり、室内の雰囲気が一気に華やかになった気がする。

 華やかになってもそこは類は友を呼ぶとでも言うべきか、時折会話はあれど各々真面目に課題には取り組んでいる。むしろ行き詰まったところはお互い助け合えるので効率的でもあるだろう。


 後輩たちの勉強風景を離れた調理台で眺めながら、優人は自らが手にしたフライパンの中へと視線を落とす。

 課題は区切りのいいところまで進んだので終了し、今は絶賛料理中。そもそも雛たち二年生に比べて三年生は課題の量も少なく――つまりその分、自主的に受験勉強に励めということだが――、初日の進行具合としては申し分ないぐらいに上々だった。


 そしてこの場所はあくまで料理同好会の立場で借りているので、その言い訳のためにこうしてフライパンを振るっているわけだ。


 フライパンの中に散りばめられているのは、最近格安で購入したパンの耳を一口大に切り分けたもの。溶かしたバターと絡めながらカリカリになるまでじっくり焼き上げ、さらに砂糖も加えて全体を混ぜ合わせれば、いわゆるパンの耳ラスクが出来上がる。勉強中の後輩たちへの差し入れにはちょうどいいだろう。


「何を作ってるんですか?」


 バターの香りにでも釣られたのか、席を外した麗奈がこちらに近付いて尋ねた。

 フライパンを麗奈の方へ傾けながら「これ」と返事をする。


「パンの耳ラスクってやつだ。出来たらそっちに持ってく」

「なんだかすいません。私たちも急にお邪魔しちゃって」

「気にするな。生徒会長様を(ないがし)ろにしたら、下手したらこの同好会が潰されかねない」


 冗談を口にすると、麗奈は「なんですかそれ」と軽く吹き出した。


「潰すとか、実際の生徒会にそんな権限ないですって。せいぜい注意喚起、本当に困ったら先生に丸投げです」

「ま、現実はそんなもんか」

「そうですよ。仮にあったとしても天見先輩がいる同好会に手を出すってことは、下手したら雛を敵に回しかねませんからね。正直遠慮したいです」


 そう言うと麗奈は遠い目して雛を見るものだから、優人も釣られて同じ方を向いた。

 自分も勉強中なのに双葉からの質問に快く受け答えしている雛の姿は、やはり心優しい少女そのもの。

 今年の三月に行われた学年末テスト後、優人が悪し様に言われた一件で雛が激怒したという話は聞き及んでいるが、結局は伝聞だけなので怒れる雛をイメージしてもいまいちピンとこない。


「キレた雛ってそんなに怖いのか?」


 現場に居合わせた麗奈に尋ねてみると、返ってきたのは「はい」という即答だった。


「私も雛が怒ったのを見たのは後にも先にもその時だけですけど、まあ、優しい人ほどってやつですね。もし天見先輩が雛と喧嘩するようなことになったら……覚悟した方がいいですよ、冗談抜きで、本気で」

「……肝に銘じとくよ」


 淡々とした麗奈の口調だからこそ伝わってくる真剣味。

 そもそも雛が激怒するようなことをしでかさないのが大前提だが、その時が来たら心して挑んだ方がいいようだ。願わくばそうあらんことを。


「よし、完成」


 麗奈と話している間にも調理は進み、パンの耳にまぶした砂糖がしっかり飴色と化したところでコンロの火を止める。あとは皿に盛って食べやすい温度に冷めるまで待てばいいだけで、食器棚から適当に大皿でも見繕おうかと思った矢先、優人の目の前にちょうどいい大きさの一枚が差し出された。


 用意してくれたのは雛だ。


「グッドタイミングだな」

「なんとなくそろそろかなって思ったので。あ、片付けは後で私がやりますね?」

「これぐらい大丈夫だって。自分が使ったもんは自分でやるよ」

「そんなこと言って、私が油断すると夕食の後片付けとか一人でやろうとするじゃないですか」

「分かった分かった。じゃあ後で手伝ってくれ」

「ふふ、はーい」

「…………」


 目の前の男女を見て、麗奈は思った。

 忠告しといてなんだけど、この二人が喧嘩するところが想像できないな、と。

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