Muscari
活字が私を責め立てているようだった。
物書きとして20年もの月日が経ったと言うのに、相容れない存在なのだろう。
かの有名な文豪たちを凌駕したいとばかり躍起になってきたが、その間にも、現実という名の全てが私をこの世から排除したかったと言っているようだった。
「あなた、そろそろ一服してはいかが。」
妻の琴音の柔らかな声だけが私の救いであった。琴音の淹れたお茶を飲み、今日外で見聞きしたことを、柔らかな声で私に聞かせてくれる。
私は、お日様が姿をのぞかせているうちは外に出ない。いつの日からか外界は喧騒に溢れていた。
ある夜外に出た私に、1メートルほどのシルクハットを被った燕尾服の白ギツネが私に問うてきた。
「貴様は一体何者であるか。」
私は答えられなかった。私は物書きではあるが、物書きではない。言葉に詰まり、頬をぽりぽりと書いていると、狐はにたりと笑いこう言った。
「さて、これは夢か現か。」
狐はそう告げると、カッカッカッと笑い声をあげ、空に飛んで消えていった。見上げた空にはもうすぐ太陽が産声をあげようとしていた。
さほど会話を楽しんだように思わなかったが、もうそんな時間か。
明け方という時間はまだ私の時間ではない。道ゆく高齢者たちは、丸っこい犬や、胴が長い犬など、思い思いの犬を連れて歩いていた。
あと数分で家だという時に、1匹の犬が顔を顰めて話しかけてきた。
「君の願いはなんだね。」
「私の願いは、早くこの贅沢な悪夢から逃げ出すことだ」
犬の飼い主である老婆は、怪訝そうに触覚を動かし、カサカサと消えていこうとした。犬が、リードで引きずられる直前にこう言った。
「答えは腑に」
私はその瞬間、犬の首根っこを掴み、優しくはらわたを引き摺り出した。そこには、”dream or reality”と、書かれていた。
私は、帰路を急いだ。琴音の作る朝食に匂いが、垣根の外にまで漏れ出していた。私の家は、アイランドキッチンになっており、庭に面した大きな窓から、垣根を分けて中を覗くことができる。琴音は今日も、愛らしいクリクリとした目で、食材を裁いている。今日の朝食はどうやら和食らしい。まな板の上には、昨日冷蔵庫に入っていた、ピンク色の魚が並べられていた。背中の赤いハート模様が大きいほど味がいいらしい。
卵焼きは甘い方がいい。そういう私を気遣って、我が家の卵焼きは甘めに作られている。
「お帰りなさい、あなた。」
私が玄関の扉を開けた音を聞きつけて、琴音が飛び跳ねながら迎え出てくれた。私たちはとても幸せだと思う。
琴音と暮らし始めて、もう7年になる。
琴音は、歳を重ねるごとに美しく甘みを増していった。芳醇たるその色香に私は心を撫でられている。
朝食が出来上がるまで、私はリビングのソファーにもたれかかり、外の景色を眺めていた。すると、窓の外を飛んでいたカラスが、私の方に降り立ってきた。
「人間とは、まるで愚かな生き物だが、それが面白い。貴様も我らと同様、自然が生み出したもの。生き物は弱いものから淘汰される、そして、より良い形態へと生まれ変わる。多すぎれば、自然に減らされる。それを理解した上で、貴様らは、自身がそれに当てはまらないと考えること自体、烏滸がましい。貴様らも自然の万物だということを忘れぬよう。」
カラスが飛び立つ時、羽ばたきの勢いに負けた羽が私のもとへひらりひらりと舞い降りてきた。白い軸の部分に、「夢か現か」と書かれていた。
琴音との朝食を終えた後、琴音が寝たベットに行き私は眠りについた。深く深く眠った。
私が子供の頃の話をしよう。
世界はこんなにも色鮮やかではなく、もっと薄汚れていた。何も露見せず、全ての間違いは、弱者が我慢することによってなかったことにされた。生まれてこの方、私は運良く殴られたことはなかったが、20歳の誕生日に、シワシワになった私と一緒に縁側でお茶を啜ってほしいと願った女性から、私は殺されてしまった。
世界はその瞬間から、色を持ち始め、この世界は素晴らしいのだと悟った。そして、新たな生命を我が身に感じ、筆をとった。
そこから20年、適度に余暇を楽しみながら、筆をとり続けてきた。今日という日になるまでは。
目が覚めた私は、驚いた。先ほどまで、ことねが眠ったベットで寝ていたはずなのに、私は、空き地の草むらで眠っていた。そばには、いつも使っているペンとタブレットが落ちている。
「ああ、これは夢だったのか。」
そう、私は思った。早く琴音の元へ帰ろう。きっと心配している。私は、今帰るよと琴音に連絡をするために、タブレットを起動した。
「これは夢か現か。」
ホーム画面には、赤い文字で描き殴られていた。
すると、シルクハットを被った狐が現れて、また、私に問うてきた。
「貴様は何者だ」
私は怖くなり、その場から駆け出した。
私は一体何者なのだろうか。物書きと名乗るには、私はまだその資格を得ていない。琴音の温かさに守られながら、私は気ままに生活をしているだけの人間である。はて私が何者かであった時があるのだろうか。
自身が何者であるかなど考えたことがなかった。いや、考えないようにしていた。私は心のどこかで薄々と気がついていたのだ。
私は何者にもなれない凡人であるということに。
凡人ではないと証明するための才能が、私にはなかった。物書きとして、いくつかの賞を取ったが、私の書いた物語はきっと後世には残らない。
私が物書きとして暮らし始めた頃、母親はこういった。
「あなたの作品は全てどこかで見たことがある。芸術は、何もない真っ白なところから生み出されるもの。あなたの描く物語は、オリジナリティーがない模倣でしかない。」
物書きとしてオギャーと生まれようとしていた私は、生まれることができずに流れてしまった。
母体から好転的に遺伝させられたその言葉は、ずっと私の弁に挟まってびくともしない。
そして、それから20年経った今、それは癌に成長した。
琴音は文章を読まない。物語を好まないのだ。読んでいるものといえば、若い女性が鮮やかな服を着てにこやかに映っている写真集ばかりであった。
琴音は私にとって最愛の妻である。愛している。
琴音は勝手に私の書斎に入ると、目につくところから、断捨離と言って捨ててしまう。琴音と出会った日に買った、思い出の本を捨てられてしまった時は相当こたえたが、琴音が「スッキリしてよかったね」と嬉しそうにしていたので、私もにこやかに過ごした。
私には才能がない。故に何者にもなれない。
今日私は何度目かの自害に勤しんでいるところである。私の病は、恐ろしく成長し、今にも私を飲み込んでしまいそうだ。
もう頭に霧がかかってしまって、筆をとっても何も書くことが出来ない。
琴音のことも、母親のことも愛している。
煉炭の準備をしていると、1匹の太ったネズミがチーズを齧りながら私に問いかけた。
「これが夢であってほしいか?現実であってほしいか?」
私は、「夢であってほしい」とこたえた。
すると、シルクハットの狐が現れ、太ったネズミをチーズごとバリバリと食べてしまった。腰には犬の尻尾で作ったアクセサリーが、背中には烏の翼がついていた。
キツネはニチャリと笑った。
「さあ、私を食べなさい。」
キツネは私の口に入る大きさになっていた。私は、その狐を鷲掴み、自身の口の中に放り込んでバリバリと音を立てて食べた。
そして、私はこういった。
「私は、物書きである。」
以上
自分が普通に苦労なくできることが才能です。
芸術は、今あるものの新しい組み合わせだと聞きます。
学ばなければ、何も思いつくことはない。
赤ん坊が急に話し始めることはないし、全く英語を勉強したことがない人が急に英語を話し始めることはありません。
以上です。




