幕間 再び現実へ
「エミリオ、お前夢見てるな?」
エルエラがふと、何気なく呟いたその言葉が、まるで雷鳴のように脳裏を貫いた瞬間だった。視界が一瞬、闇に包まれる。辺りは暗転し、風すら止まったかのような静寂が訪れた——そして次の瞬間、龍太郎ははっと目を覚ました。
「俺は……どうしたんだ?なんだ、夢か!」
息を呑み、額に浮かぶ汗を拭いながら辺りを見渡す。そこは見慣れたホテルのベッドの上だった。全身から夢の中で戦った余韻が抜けきらず、肩に残る重みが現実のものでないことを確かめるように、指先を握りしめた。
長い、長い夢だった。けれど、その夢の中で起こった出来事、異世界での戦い、出会った人々、抱えた使命——すべてが少しずつ、しかし確かに、現実の自分の中に浸透しているように思えた。
どうやら夢の世界では、龍太郎は「エミリオ」という名前だったらしい。あちらでは現実の記憶をすべて失い、まるで別人として生きていた。エミリオという男性として戦っていたのだ。そして夢から覚めれば、また龍太郎に戻る。その際、夢の中の記憶を断片的に、まるで霧の中の灯のように思い出すことができる。
「これは……まるで瀧と三葉だな。」
ぽつりと呟いたその言葉は、ある映画の記憶を呼び起こす。それは、かつて日本中を熱狂させ、自身も心を奪われた作品——『君の名は』。異なる世界で交差する記憶と魂。あの物語とまるで同じような構図に、思わず苦笑いが漏れた。
ベッドから起き上がり、ゆっくりとカーテンを開ける。差し込む朝の陽光は、やけに眩しかった。ふと壁にかけられた時計に目を向けると、針はわずかに一時間しか進んでいないことを告げていた。
「これだけの時間で……異世界では何日も、いや何週間も戦ってた気がするのに……」
その感覚のずれに、あらためて現実と夢との境界が曖昧になっていることを実感する。龍太郎はポケットから一枚のカード——オールマイティパスを取り出した。まるで定期券のようなそのカードは、なぜか夢の中でも常に所持していた気がする。
「まさか……このパスが、何か関係あるのか?」
カードの手触りを確かめながら、龍太郎は思案した。まるでこのパスが、夢と現実を繋ぐ鍵であるかのように感じた。半信半疑のまま、ホテルのエレベーターに乗り込み、1階にあるチャージセンターへと向かった。
端末の前に立ち、画面を操作すると、見慣れない項目が表示された——「ドリーム」。興味をそそられ、思わずそのボタンを押す。すると、画面には「残り:3」と表示された。
「な……にこれ……?」
さらに詳細を確認すると、夢の世界に入るにはドリームポイントが必要であり、5ポイントをチャージするには100チェリーが必要だという。つまり、現実世界の通貨である“チェリー”を使って、夢の世界へとアクセスできる仕組みらしい。
「こいつのせいで……俺は夢の世界に?まさか……」
困惑しながら、龍太郎はその場にいた受付の女性へと声をかけた。
「あの、すいません。この“ドリーム”って……何ですか?」
女性はにこやかに頷きながら答えた。
「ああ、こちらですね。“ドリームバーチャルワールド”と呼ばれるものでして、この地底国——バクミュダットが独自に開発した体験型ゲームです。要するに、現実の身体を休ませながら、脳を介してゲーム世界を実体験できるシステムですね。ただし、利用には制限がありまして、“ドリームポイント”が最大5回分までとなっています」
タブレットを操作しながら、さらに説明を続ける。
「中山様の場合……そうですね、“リヒュテイン戦記”というタイトルですね。ご安心ください、この薬とバクミュダットチェリーがあれば、何度でも異世界へアクセス可能ですよ」
「え……そうなんですか……???」
龍太郎は思わず声を上げた。あの世界が、ゲームだった——?まさか、あの壮絶な戦いも、エミリオも、あの命がけの冒険も、すべて作られた世界だったというのか。では、自分たちは誰かに仕組まれたのか?あの世界を“クリア”しなければ、地上には戻れない……?
「ありがとうございます……」
震える声で礼を告げ、龍太郎はオールマイティパスにポイントをチャージした。だが、残された日数はあと6日。限られた時間の中で、必ずこの“バーチャルワールド”をクリアしなければならない。彼の中に、新たな覚悟が芽生えていた。
「俺は今、エミリアなんだ。……何としても、リヒュテインは守らなきゃならない。俺は……英雄なんだから」
そう心に言い聞かせ、再びホテルの部屋へと戻る。峯岸はまだ、布団にくるまって眠っていた。
「こいつは……まだ夢の世界にいるんだな」
ぽつりと呟いた瞬間、峯岸がむくりと起き上がった。
「龍太郎!お前話進んだか?俺、もう魔王と戦うだけだぜ!」
まるで遠足前の子供のような笑顔で、興奮気味に語る峯岸。夢の中で、彼にも何か良いことがあったのだろうか。
「俺はまだ、敵にすらたどり着いてねえよ」
肩をすくめて答えると、峯岸は大げさに笑った。
「えーマジかよww、お前早くしねぇと旅行終わっちゃうぜ。まあいいや、それよりさ、今日この後、ここ回らねえ」
そう言って広げたのは観光マップ。そこには、ミカエル市の文字が踊っていた。
「ミカエル市……俺の夢の世界で出てきたところだ。っていうか、エミリオはここ出身なんだよ。まじかよ……」
思わずつぶやくと、峯岸は興味津々に顔を近づけてくる。
「へー、まあいいじゃん。予備知識になるしさ。とりあえずさ、ここになんか大聖堂あるらしいんだよね。そこ行かね?」
「……ああ、いいよ。じゃあ、行くか」
龍太郎が頷いたその時、峯岸がふと訊いた。
「あっ、そうだ。花梨ちゃんは起きたかな?」
龍太郎は、窓の外に視線を向けながら、静かに答えた。
「いや、まだ寝てるよ。まだ夢の世界にいるんだろうな。……俺たちだけで行こうぜ」
支度を整え、荷物を最小限にまとめて部屋を後にした。ホテルのロビーへと向かう途中、LINEを開いて、花梨にひと言だけ送る。義務感でも気遣いでもない。旅の同行者として、最低限の連絡——それだけだった。
「今からミカエル市向かうよ。ここから近くだから、起きたらナヒュート大聖堂にいるからきてね。。」
フロントでチェックアウトを済ませ、重い荷物は部屋に預けたままにしておく。目的地はナヒュート大聖堂、そしてその周辺にあるミカエル市の名所めぐり。歩いて15分程度の距離だ。




