第1幕ー8 ギアンの鍛冶場
エミリオは、蔵から出て、南へと向かっていた。
灰色の雲が低く垂れ込め、空気にはどこか不穏な匂いが漂っていた。旅立ちの朝とは思えぬほど冷たい風が、彼のマントをはためかせている。彼の足取りは重く、しかし迷いはなかった。目指すのは、地底世界最大の都市バクミュダット。あらゆる情報が集まるその地ならば、何かが掴めるかもしれない。
敵の正体、戦艦の所在、そして――マリアの行方。
まずはバクミュダットへ行けば何か掴めるかもしれない。
まずは敵の情報を調べなければ。
ヴァーダイトの背にまたがり、鞍をしめなおすと、エミリオは馬を走らせた。
湿った風を切り裂くようにして、彼は焦燥と決意を胸に、道なき道を南へと進んでいく。
暫く馬を走らせていると、前方に村が見えてきた。
だがその瞬間、胸騒ぎが彼を襲った。村と同時に煙が至る所から見えてきた。それは穏やかな煙ではなかった。灰色の、焦げた臭いを含んだ、絶望の色をした煙だった。そして村は焼け焦げているのではないか。
遠目にも分かる。屋根は崩れ、壁は煤け、地面は黒く焦げついていた。
まるで空襲にあったかのように。エミリオはこの村に何回か来たことがあり所々見覚えがあった。
市場で焼きたてのパンを買ったこと。
旅の剣士が集う広場で剣の試合を見物したこと。
子どもたちの笑い声が木霊していた、あの記憶。
しかし、前に村に来た時の面影はほとんどなく知っている建物もほとんど燃えていた。
彼の心の中に、鈍い痛みが走った。
守れなかった風景。取り戻せない日常。
「酷い、一体誰がこんなことを?」
呟いた声は風に飲まれ、誰の耳にも届かない。
だが、それでも彼は止まらなかった。
馬を走らせながら暫く進んでいくと、鍛冶場が見えてきた。
「あれは見覚えがあるな。ギアン殿の鍛冶場か」
瓦礫に囲まれながらも、唯一火を灯し続けている場所。かつて彼が剣を研いでもらった場所。
鍛冶場の親父――ギアン。
前に持っている剣を村の鍛冶場で研いでもらったことがあり、その鍛冶場の親父には世話になった。
親父の名をギアンと言った。年齢は50代半ばで、リヒュテインの数多くの剣豪の剣を作ってきた名手であり、この辺りではタタラ場のオーナーとしても名を知られていた。ギアンの鍛冶場へ到着した。鍛冶場の周囲は、まるで火災の跡のように黒く煤けていたが、唯一その建物だけは半ば無傷で残っていた。
まるでこの世の荒れ野にぽつりと残された祈りの灯のように。
ちょうど作業中だったギアンが現れた。
「誰だ?狼人間?さてはフェムシンムか?」
「ギアン殿、暫くです。」
エミリオは軽く会釈した。
「その声は、聞き覚えがあるな。」
「私はエミリオです。」
「エミリオの旦那か、一体どうなすった。
そんな狼の面なんかして。」
ギアンの目は細められ、火花が跳ねる鍛冶場の奥に引き込まれるような静けさが漂った。
エミリオの外見は以前とはまるで違っていた。
狼の毛皮に覆われた頭部、鋭くなった眼光、鍛えられた体。それはもはや、“人”の枠を超えた存在感を放っていた。ギアンの力により武器は強力なものに強化される。魔法のような力だ。
村人たちは皆、彼を「鍛冶の仙人」と呼んでいた。
その腕前は鉄を知り尽くした職人でありながら、魔導をも理解する唯一の存在だった。
「ギアン殿お願いがあります。私の剣とこの銃を強化して頂けないでしょうか?
フェムシンムの力は強くなる一方。奴らに対抗出来るにはどうしてもあなたの力が必要なのです。」
エミリオは剣と銃をギアンの前に置いた。
その目には焦燥が宿っていた。マリアの命、世界の命運――すべてがこの鍛冶に託されているのだ。ギアンの能力はとても凄かった。この辺りは魔法石が取れる鉱山がある。この魔法石の力により使用者の力も最大限に強化される。まるでゲームのような話だが。
彼の工房の奥、隠された地下窯には、古代からの秘術によって育まれた魔法石“バクミュアストライト”が貯蔵されていた。
それは地底の圧力と熱、長い年月が育んだ奇跡の結晶。
「奴らは高性能放射砲でこの世界を滅ぼすつもりです。私1人の力では到底奴らに対抗出来ないのです。それを打たせる前に何としても奴らを止めたいのです。」
エミリオの声音は強く、決意に満ちていた。
それを受けたギアンは、眉間に深く皺を刻んだ。
「そうか、高性能放射砲を何としても打たせずに、やるのか。奴らを止めるには、戦艦に乗り込まねばならん。そして放射砲を操る機械を破壊するのだ。その前には奴らに対抗出来るよう武器を改造せねばならん。」
その語り口は落ち着いていたが、言葉の奥には抑えきれぬ怒りと覚悟があった。
「戦艦?」
エミリオは聞き返した。
ギアンは恐るべき話をしだした。
「いいかエミリオの旦那。奴らは戦艦を持っとる。恐らくその戦艦にハルト3世もおるだろう。だが侮ってはならない。ハルト3世の下には恐るべき煉獄の七眷属がおる。奴らはただものでは無い。恐るべき超能力を誇る化け物の集まりだ。この村も三日前に煉獄の七眷属の奴らから酷い攻撃を受けた。村は焼け野原となり多くの人が死んだ。その中にいたのだよ。七眷属の1人ザクアがな。」
その言葉に、エミリオの心がざわついた。
ザクア――マリアを拉致した張本人かもしれぬ男。自らが倒すべき仇敵の名だった。
「ザクア?一体何者なのですか?」
エミリオの声には静かな怒りと、底知れぬ警戒が滲んでいた。ギアンはゆっくりと頷くと、火床の脇に積まれた鉄くずに腰を下ろし、まるで遠い戦地を語るように話し始めた。
「奴らはハルト3世の部下の中でも特質して戦闘能力が高いものなどが集められた集団だ。元々はただの戦闘能力が特化された傭兵みたいなものさ。ただ奴らは変わったのだ。恐るべき力を手にした。その力を使い、リヒュテインのありとあらゆる村を襲撃して村を焼け野原にして村人達を殺した。ミカエル市も酷い有様だっただろ。この村も同じだ。ほとんど焼き尽くされてしまった。そんな奴らを仕切っていたのが7眷属のザクアだよ。奴の銃から出るレーザー光線は一瞬にしてコンクリートも溶かし焼き尽くしてしまう。村は炎に包まれてしまった。俺達は必死に戦ったが、村のものはほとんどやられてしまった。この村の村長もな。」
言葉の端々にこびりついた焦げた記憶と、目の奥に沈んだ悲哀が、そのまま村全体の過去を語っているようだった。
かつては、子どもたちの笑い声が木霊し、畑では老夫婦がのんびりと作物を育てていた村。
今、その風景は全て、燃えさかる赤に塗りつぶされたのだ。鍛冶場は、攻撃を逃れたとはいえ、確かに村についてからというものずっと焼け野原が続いていた。
地面に散らばる炭の塊は、ただの瓦礫ではない。
そこには人の形を留めていたものもあった。
手を取り合ったまま黒焦げになった親子、井戸のそばで伏していた老人――
エミリオはそれらに視線を向けることなく、静かに拳を握った。エミリオは不意に怒りを抑えながら、答えた。
「その七眷属のやつら1人残らず私が潰します。マリアもそこに捕われているのだ。」
「マリア殿?マリア殿も無事なのか。」
ギアンはマリアとも認識があった。かつてエミリオと共に訪れた際、マリアはこの鍛冶場で熱心に剣の製造過程を見学していた。彼女の笑顔を覚えている――だからこそ、ギアンの顔にも険しさが走った。
「ええ、しかし奴らに捕えられています。私は助け出さなければ。」
「分かりやした。出来るだけ急いだ方がいい。とりあえず武器の強化所へと案内しやしょう。エミリアの旦那こちらでっせ。」
ギアンは立ち上がると、エミリオを連れて鍛冶場の裏手へと歩き出した。風の通らぬ山間の小道を抜け、切り立った岩壁に囲まれた狭い谷底へ。
そこに――見事な作業場が広がっていた。辺りは山あいの場所だった。地熱を利用した精錬炉の群れが立ち並び、煙突から立ち上る白煙が空を曇らせている。
地下から汲み上げられたマグマの流れを活用し、魔法石を溶かし、金属と融合させる――ここは単なる鍛冶場ではない、“錬金の砦”だった。ここがギアンが武器を製造したり強化するために使っている場所だ。
何人もの部下と思わしき男達が必死に働いていた。
火の粉を浴びながら鎚を振るい、鉱石を精製し、魔法陣を刻み、次々と剣や銃の構造を組み立てていく男たち。その中の1人がこちらへ寄ってきた。
「お頭、お疲れ様です。?そちらの方は?」
「ミカエル市の剣士エミリオの旦那だ。」
「エミリオ・ロシュマンです。ここではこんなに大勢の人々が働いているのですね。」
「ええ、お頭を筆頭にね。
バクミュダットの奴らに対抗出来るようにね。
この鍛冶場ではドロドロに溶かした金属から剣やら何やら作るんです。これを見てください。」
そういうと男は、奥から魔法石のようなものを取り出した。
それは手のひらほどの透明な石だった。
内側で淡い青紫の光が脈動し、まるで命を宿した心臓のように輝いていた。
「これはバクミュアストライトという魔法石です。内部を見てください。中にキラキラと光っているものがあるでしょう。これが力の源なのです。魔法石の1種です。この魔法石をドロドロに溶かした鉄の中に流し込むのです。すると中のドロドロに溶けた鉄とバクミュアストライトは混ざり合いますよね。この混ざりあった鉄に剣を漬けて、1晩寝かせでもすれば、鉄の成分は固まりますよね。後はそれを私どもの手で剣の形に磨けば完成って訳です。」
男の名を、ロナルドといった。ギアンの下で働く錬金術のスペシャリストである。
彼の手元では、すでに何本もの加工前の剣が並べられており、それぞれの柄には異なる魔法文字が刻まれていた。
エミリオは疑問に思い訪ねた。
「バクミュアストライト?」
「バクミュアストライトは特に使用者の抜刀術を強化する力があるのです。つまり剣の腕をあげることが出来るのです。エミリオさんの武器をご拝見しますね。」
男は、エミリオの剣を眺め始めた。
刃の根元、鞘との接合部に刻まれた文様を確認しながら、ロナルドは小さく頷いた。
「確かにこの剣にはバクミュアストライトが入ってますね。あと二つ程魔法石の力を入れましょう。造形強化と装甲強化です。今夜は私らが徹夜で強化致します。お頭私らにおまかせ下さい。」
「頼んだぞロナルド。この後、わしは他にエミリアの旦那を連れて行かなきゃならからな。旦那すみません。、これから行くとこは少々辛いかもしれやせんが。」
ギアンの声には、わずかな憂いがあった。
鍛冶だけでは語れぬ、この村に染みついた“哀しみ”を――彼は見せようとしていた。
ギアンはそういうとエミリオを連れて鍛冶場からしばらく歩くと、焼け野原になった村が見えてきた。
夕暮れの鉱石光が地底の空を薄紅に染め、灰の舞う廃墟に長い影を落としていた。
そのあまりにも酷すぎる現状に、エミリオは、思わず言葉を失った。
「酷い。」
それは、焼き尽くされた村を前にした者が絞り出すしかない、ただの一言だった。
だが、そこには無数の叫びが詰まっていた。怒り、無念、悲しみ、悔しさ、そして祈り。
かつて人が暮らしていた場所が、ただの瓦礫と化している。
木造の家は炭と化し、石造りの家も壁が崩れ、瓦礫に埋もれていた。
地面には焼け焦げた鍋や壊れた人形、溶けた眼鏡のレンズなど、かつての日常の残骸が点々と落ちていた。
ギアンは無言のまま、焼けた道の中央に膝をついた。
そこには、黒く焦げた木の杭が立っていた。杭には、村長の持っていた木製の指導杖の焼け跡が残されていた。
「この場所で、村長が……最後まで皆を守ろうとしておった」
ギアンの言葉は、重い鉛のようだった。
言葉にせずとも、彼の背中は、長年の苦労と誇りと喪失をすべて語っていた。
エミリオはそっと膝をつき、掌で地を撫でた。
その地はまだ温かかった。太陽の温もりではなく、火炎の名残。人々の記憶が焼け残った土。
「……ギアン殿、この村をこんなふうにした奴らを、俺は決して許さない」
「……ワシもだ。エミリオの旦那」
ギアンは、深く頭を垂れた。
「……だがな、怒りに飲まれるな。怒りだけで戦えば、いずれその心が焼けてしまう。
あんたには守るべきものがあるだろう? マリア殿のようにな」
その言葉に、エミリオは目を閉じ、静かに頷いた。
彼の中にあった怒りは、復讐ではなく、使命へと変わりつつあった。
やがて日が沈み、空は紫がかった夜闇に包まれていった。
鍛冶場へと戻ると、そこは昼間とは違った顔を見せていた。
松明が各所に灯され、炉の熱と鉄の匂いが立ち込める空間に、静かに緊張感が走っていた。
男たちは黙々と作業を続けていた。鎚の音が夜気に鋭く響き、魔法文字が彫り込まれた刃先が次々と鍛えられていく。
「旦那、こっちへ」
ロナルドが手招きすると、奥の鍛造炉の傍に、強化工程が進むエミリオの剣と銃が置かれていた。
「ご覧ください。この剣には、三つの魔法石を融合させました。
バクミュアストライトによる剣速強化、ダルマイトによる装甲硬度、そしてレミュダインによる“刃返し”の再生成術式です」
剣はうっすらと赤い光を帯びていた。
刃の中を淡く流れる魔力の筋が、脈動するように光っている。
「銃には“対魔衝撃弾”の装填機構を入れました。これはフェムシンムにも効きますよ。
奴らの身体には、通常の鉛弾ではダメージが通らん場合が多いのでね。こちらは銀鉄と光輝石を使いました」
銃身には幾何学的な魔導模様が刻まれ、装填口には青い光を湛えた魔石がはめ込まれていた。
「あと数時間で冷却が終わります。今夜、きっと間に合います」
ロナルドは目を輝かせていた。
彼にとっても、この武器は単なる仕事ではなかった。
仲間の命を救い、明日を繋ぐ、希望の光なのだ。
エミリオは焚き火の傍でマントを羽織りながら、そっとヴァーダイトの側に座った。
馬は静かに横になり、草を噛んでいた。その背を撫でながら、彼はつぶやいた。
「……マリア、俺はもうすぐ行く。
お前を連れ戻して、この手でハルトの野望を終わらせる」
その目はもう迷っていなかった。
地底世界の深淵に堕ちても、自らの剣と魂で突破する。火花が散る夜、鍛冶場の隅で、未来を変える剣が生まれようとしていた。




