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日記片 -ある殺人者の記録-

日記片 -ある殺人者の記録- 問題編

作者: 舞平旭

うまく章管理ができず、読みにくくてすみません。

日記片 -ある殺人者の記録-


2016年4月2日

僕は真理亜を殺してしまった。

二人も殺してしまった殺人鬼に未来などない。

もうお終いだ。

何もかも嫌になった。

彼女のいない人生に意味などない。

もう全て終わりにしようと思う。

さようなら


****


2017年1月10日

この『日記片』は・・・確かに『片』というに相応しく、引きちぎられたような薄汚れた紙片だったが・・・どこにでもある茶封筒に二つ折りにして入れられ、唐突に私の元に郵送されてきた。まるで『殺人犯の遺書』のようなその内容は、悪戯と思い捨てようとした私の腕に待ったをかけた。悪戯にしては名状し難いリアルが、そこに漂っていたのだ。


誰が何のために送ってきたのだろうか。


私に恨みを持つ者がいるのだろうか。結婚してからギャンブルや女性遊びはしていないし、知り合いに殺人犯も自殺者もいないはずだ。しかし仕事柄、患者に恨まれていても不思議ではない。だが怨恨だとしても、この『日記片』にどのような悪意が込められているというのか。私を不安がらせる目的なら、もっとやり様があるだろうし、内容が内容のため警察に届けられる可能性だってある。宛名はワープロで印刷され、消印は2日前。この付近の郵便局である。差出人は顔見知りなのかもしれないが、今は誰も思い浮かばない。経過観察するしかない。


***


2016年4月1日

万愚節!

おめでとう!世界中の馬鹿達よ!


僕はようやく真理亜を手に入れる。彼女は僕の目の前で、青白い顔をしながらもまだ生きている。少し前まで必死に助けを請うて、訳の分からない事を話していたが、今は大人しくなってきたので、こうして日記を書くことができた。

特製の椅子に拘束された彼女の左橈骨動脈には、20Gの留置針が挿入されている。そこから伸びた透明な点滴ルートは、鈍く光る真っ赤な液体を、足元のガラス製のボトルにチョロチョロと注ぎ混んでいる。液体はわずかに拍動し、ボトルの壁面を少しだけ曇らせている。彼女の着ている白のワンピースが、血の赤を引き立たせていた。

彼女の身体から命の雫が絞り出されて行く。彼女の命が、可哀想な罪が、風に舞う羽毛のように彼女の身体から剥がれ去っていくのがわかった。

僕は右手にエンピツ、左手に点滴ルートにつながったクレンメを握っている。この小さなプラスチック製のクレンメのチャチな車輪が、彼女の命を握っているとはおかしな話だ。

僕はゆっくりとクレンメを解放していくだろう。

文字通り、命の解放だ。


誕生日おめでとう、マリア


***


2017年1月14日

『真理亜』という女性が殺されていく描写。年齢の記載は無いが、行間からは若い女性と考えられる。私は『真理亜』という女性が被害者になった事件をネットで検索してみたが、見つからなかった。フィクションなのだろうか。もしリアルなら、死体が出ていないのか、仮名かもしれない。『真理亜』という名前は多そうで存外少ないだろう。仮名なら『若い女性が巻き込まれた犯罪・失踪』というだけとなり、海岸で砂つぶを探すに等しい。日本では毎年8万人以上の失踪者がいるのだ。もう少し情報が必要だ。

二枚目にして、この日記片は私の心に深く食らい込んできていた。


***


2016年3月25日

準備は全て完了した。あとは実行するだけだ。

彼女に、「誕生日に会いたい」と連絡した。パーティーの準備で忙しく、連絡するのは久しぶりだった。

「誕生日?」

と少し意外そうだったが、喜んで時間を空けてくれた。僕が気がついていないと思っている。僕はそれ程馬鹿じゃない。

「実は私も相談したいことがあるの」

どんな相談があるのかは知らないが、もう遅い。手遅れだ。彼女の嘘にはもう騙されない。


4月1日。


この日を決行日にしよう。


***


2017年1月30日

今日、やっと日記片の続きが送られてきた。私は2通目を受け取ってから、毎朝ポストをのぞくのが日課になっていた。しかし2日、3日、一週間と空振りに終わると、何とも言えない虚脱感に襲われ、仕事が手につかなくなった。そのため、この3通目をポストに見つけた時には、陶然となってしまった。自分がこれほど、この不潔で皺くちゃな紙片に魅入られているとは意外だ。

この3通目は、私にあることを確信させた。


この日記片は時を遡っている


その理由を慮るが、理解の外という他ない。殺人というクライマックスから読ませることに、どんな意図があるというのか。

そして万愚節の誕生日。万愚節はエイプリル・フールの別称だ。エイプリル・フールは特別な日だが、日本国民は1億2000万人もいる。毎日平均33万人以上の誕生日が祝われていることになる。当然偏りはある。厚生労働省の人口動態統計では、1996年から2013年の誕生日ランキングで、4月1日は354位とかなり下だが、それでも4万人もいる。それに真理亜の口ぶりでは、少なくとも彼女や作者の誕生日では無いようだ。

エイプリル・フールの起源は判然としていない。フランスのシャルル9世の圧政に対する抗議とも言われているが、定かではない。深読みすれば、自分を革命者と考えているのかもしれないが、誰が言い出したか分からないセレモニーに意味を見出すのは、妄想性障害の可能性がある。

しかし・・・偶然とは思うが気味が悪い。


***


2016年3月4日

僕は彼女を殺すことに決めた。

男を殺すことも考えたが、そんなことをしても彼女の気持ちが僕に戻ってくることは二度とない。それに男には『神』が罰を与えるだろう。狂えるような苦しみと絶望。奴には全てを受ける義務があるのだ。しかし彼女には僕しかいない。僕がやるしかない。放置しておけば、彼女は再び同じ過ちを犯すに違いない。ならば、彼女がこれ以上醜くなる前に殺すしかない。そして血は繰り返されるものだ。血を残してはいけない。


欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す


これは彼女達にとって最善のことなのだ。


殺すなら、相応しい機会と方法を決めなければならない。


まず方法だ。


紐で絞殺する

刃物で刺殺する

ビニール袋で窒息死させる

風呂桶の水で溺死させる

薬物で中毒死させる

車で轢き殺す

屋上から突き落とす etc


彼女の美しい容貌を変えることなく、だが自分の犯した過ちに気づくことができる方法はないだろうか。できればゆっくりと時間がかかる方法がいい。


かなり悩んだが、失血死を選ぶことに決めた。ヒトの循環血液量は体重の約8%。その20%以上が無くなるとショック状態となり、40%以上が無くなると死亡する。方法は簡単だ。手首の動脈を斬ってもいいが、動脈に点滴の針を刺し、クレンメを挟んでゆっくりと出していく方がよさそうだ。出血性ショックは不穏、錯乱や無気力などが出てくる。その間に、彼女は自分の愚かさを悔いるだろう。僕を騙した愚かな行為を。血圧を見ながら調整すれば即死することはないだろうし、クレンメで調節しながらゆっくり流しつづければ回路を凝固させてしまうことも防げるだろう。点滴の針と回路、テープに排液ボトル。ボトルは血液がよく見えるようにガラス製の物にしよう。アルコール綿はいい。どうせ死ぬんだ。消毒する必要はない。そして彼女を拘束する道具だ。猿轡に手枷。固定する椅子は自作するしかないが、古くなった本革のソファーが利用できそうだ。起きていては抵抗するだろうから、睡眠薬が必要だ。手に入れるのはそれ程困難ではないだろう。

実行日はもう決めた。

相応しい日を。


***


2017年2月8日

殺害法についての考察とでも言うのだろうか、綿密に調べた様子が伺われる。途中の『欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す』はヤコブの手紙第一章第15節からの引用である。真理亜の『どんな欲』が『罪』を生んだというのだろうか。男のくだりから、男女の三角関係のもつれが原因なのは想像できる。男に対する神罰を確信している点や『真理亜』という名前、そしてヤコブの手紙から引用している所から、クリスチャンなのかもしれない。すると4月1日は復活祭が近い。調べてみたが、2016年の復活祭は西方教会が3月27日、東方教会が5月1日で当てはまらない。やはりエイプリル・フールと関連しているのだろうか。しかしなぜ『殺人に相応しい』のだろうか。

今までの情報からプロファイルすると、作者の冷徹、自己中心的で絶対的な意思決定がみとめられ、サイコパスが疑われる。サイコパスは社会的地位が高い人間にも多く、この日記片の作者も高い教養を持つことが推測できる。高学歴な男性。高価な器具を用意していることから、年齢は35~40歳、独身である蓋然性は高い。


今、妻から食事のお誘いのメールが来た。妻も私も仕事を持っているため、外食が多い。二人とも多忙な上、勤務時間が一致しないことも多く、夫婦で過ごすのは週に3日ほどしかない。もし作者が独身でなければ、私のような、妻に仕事のある男も考慮する必要がある。


***


2016年2月29日

今日は仕事を休み、彼女の家の前で張り込んだ。いや正確に言うと、昨日彼女と別れてから、そのまま後をつけた。彼女が真っ直ぐに自分のマンションに入ったのを確認すると、すぐ前にある公園のベンチに座った。ここならマンションのエントランスと彼女の部屋のドアが見えるのだ。向こうからは、植木が邪魔でよく注意しないとわからないだろう。

まだ夜は寒かった。彼女とデートだったので、オシャレをしたのは失敗だった。もっと防寒対策をしてくれば良かった。コートの襟を立ててベンチに座りながら、僕の知らない男が訪ねて来るのをひたすら待った。


23時を回った頃、酔っ払いが二人、僕に絡んできた。一人は下品なジャンバー姿で、もう一人はスーツ姿だった。日曜も仕事だったらしい。間の抜けた声でなにやら話しかけてきたが、僕は無視した。しかしジャンバー男が図々しく隣に座ってきたので、睨んでから立ち上ると、二人から遠ざかるように公園の出口に向かって歩き出した。トラブルはゴメンだ。既に深夜なので、少しぐらいなら目を離しても大丈夫だろう。そろそろお腹も空いてきた。それにトイレにも行きたかった。しかし酔っ払いは、何かを喚きながらしつこく後を追ってきて、公園の出口を出たところで肩を掴まれてしまった。しかたがない。相手してあげるよ。

僕は二人を路地に誘い込むと、回し蹴りと手刀をそれぞれに叩き込んでやった。奴らはもんどりうちながら地面に這いつくばった。僕は体を鍛えるために週3日はジムでトレーニングをしている。武道を正式に習った訳ではないが、こんな酔っ払いなら、束になってかかって来られても、押し倒されない自信はあった。鼻骨を骨折したのか、スーツ男は大量の鼻出血をしながら、地べたに這いつくばっていた。顔を覆った両手の指間から、ドロドロと真っ赤な液体が流れ出ていた。鈍く光る血液を見ていると、後頭部に痺れるような、なんとも言えない違和感が広がってきた。不思議な感覚だった。普段、血液を見ても何も感じないのに。

男達を放置したまま、僕は近くのファミレスに入って遅い夕食を取った。手に持ったナイフが妙に冷たい。頭からスッポリとビニール袋でも被されたような違和感。食事を口に運びながら、血みどろになった男達の顔を思い浮かべた。下腹部に血が集まるのがわかった。僕は性的快感に似た興奮を覚えていることに驚き、恥、そして愉悦した。


気がつくと朝になっていた。


ふらつきながら店を出た。睡眠不足のためか、日の出間近のためか、街は光り輝いて見えた。昨夜酔っ払いを倒した脇道を見たが、奴らの代わりにカラスがゴミ袋を漁っていた。僕は公園に戻るとベンチに座って再び待ち続けた。


10時ぐらいになると、彼女が階段を降りてきた。外出するらしい。僕はスパイ映画のように尾行した。心のどこかで、この尾行をやめろと命じているが、後には引けなかった。何日でも何回でも尾行してやる。例え仕事をクビになっても、必ず尻尾を掴むんだ。そうしなければならない衝動に突き動かされていた。

しかし答えはすぐに現れた。ひょろ長い、吹けば飛ぶような華奢な男だった。彼のことは知っていた。まさか、あいつと?

駅で待ち合わせをしていた二人は側の喫茶店に入って行った。僕は店に入る訳にはいかなかったので、外から二人を観察した。彼女の笑顔は、僕の前で見せる笑顔と根本的に異なっているのが一目瞭然だった。この瞬間、僕は全てを理解した。彼女は嘘つきだったのだ。


***


2017年2月18日

今回の日記片は日記としてはかなりの長文で、2枚に分かれていた。内容はストーカー行為と喧嘩で、特に喧嘩の場面は詳細で、自分の変態性質についても記載している。真理亜の殺害に失血死を選んだのも血液に対する執着からかもしれない。

真理亜の殺害動機は一方的な独占欲である。ストーカー行為は手慣れた感もあり、初犯ではないだろう。初めに『二人殺した』と告白していることからも、以前に同様の犯罪を犯していると考えた方がよい。男性は運良く難を逃れたことになる。

4月2日の日記片の内容からは、作者の自殺が疑われる。作者が自殺したのなら、誰が日記を入手し、私に送っているのだろうか。その人物、仮に『X』とするが、Xはなぜ警察に届けないのか。日記片の登場人物は5人。作者、真理亜、真理亜の男、酔っ払い2名。この中にXがいるのかもしれない。叩きのめされた酔っ払いは論外とすると、運良く難を逃れたこの男が怪しいことになる。生き残りは彼だけなのだ。彼は真理亜と親しく、作者の知人である。自分の彼女が殺害または行方不明になり、知人が自殺または失踪したとすると、自分の周囲で同時期に2人の人間が死亡または行方知れずになったわけだ。事件にならないとは考えにくい。少なくとも失踪届けは出しているはずた。明日、警察の知り合いに失踪者について問い合わせてみることにしよう。


***


2016年2月25日

最近の彼女の態度はどこか妙だ。ぼーっとしているかと思えば、妙に明るくなったりして、落ち着きがない。どうしたのだろうか。この前、彼女の部屋での出来事を怒っているのだろうか?

そういえば先日、彼女にいきなり、「好きな人、いるの?」と尋ねられ、どぎまぎした。今更なぜ、そんなことを確認する必要があったのだろうか。

まさか・・・。

いや、そんな筈はない。

彼女に限ってそんなことは。彼女は僕だけの物なのだから。


***


2017年2月25日

バラバラの日記片が郵送されてくる。郵送間隔も、日記片の日付の間隔も、時を遡っている以外はバラバラである。何か意図があるのだろうか。それとも作者は、日記を毎日つけるようなルーチン・ワークは苦手なのかもしれない。そういう私も、他人の事をとやかくは言えない。昔から日記と言うものが続かない性格だ。今書いているこの日記帳は、2015年からの3年日記だ。私は送られてくる日記片を整理・記録する方が良いと考え、この3年日記を思い出した。1ページに3日分記載できるので丁度いい。日記片が届いた日付にコメントを記載し、その上に日記片をクリップで留めることにした。この日記は2015年6月頃にプレゼントされて数日は書いたが、その後は続かなくて白紙ばかりだった。しかし2016年1月頃から半年間は比較的埋まっていた。妻と出会った頃の記録だ。今読み返してみると、昔を思い出して懐かしい。妻との結婚は、一種のサクセス・ストーリーとして、いまだに私の友人の間で語られている。妻は美しく仕事も優秀で、当時の私には高嶺の花だった。憧れの女性に振り向いてほしい、そんな悶々とした気持ちが日記には綴られていた。酒の席などで友人達に悩みを相談していたが、結局は茶化されただけで、大したアドバイスを受けることはなかった。彼らにはいまだに揶揄われる。昔の彼女にも相談していた。今考えると愚かだったが、そのぐらい切羽詰まっていたのだ。

その時、日記に『高橋』という男の名前が書かれているのに気がついた。全く覚えてない。前の彼女と同姓だが、明らかに日記には男として描かれていた。ありふれた姓だが、他に『高橋』という知り合いは思い浮かばない。私は彼に妻の事を相談したが、冷たくあしらわれた事に軽く恨みを抱いたようだ。誰だったろうか。


***


2016年2月14日

今日、初めて彼女の部屋に招かれた。彼女は駅から歩いて7~8分の2DKの小綺麗なマンションに、一人で暮らしていた。若い女性の部屋にしては簡素な感じだったが、全体にはセンスのある調度品を揃えていて、落ち着いた雰囲気にまとめられていた。

「散らかってるけど」

と恥ずかしそうだったが、埃一つ落ちていない。僕の部屋と比べれば、雲泥の差だ。ソファに並んで座り、ハーブティーをご馳走になった。彼女の匂いが満ちた部屋に二人きり。そしてすぐ脇に彼女がいた。

「はい、これ」

彼女は僕の前に綺麗に包装された小箱を差し出した。

「チョコあげるなんて、変かな?」

彼女は少し恥ずかしそうに、両手で小箱を差し出した。

「そ、そんなことないよ。うれしいな。あ、ありがとう・・・」

僕はチョコを受け取りながら、耳の先まで真っ赤になってしまった。

「あなたって、本当に可愛いヒトね」

彼女は僕の頭を、その豊満な胸に抱えた。僕は背が高く、痩せているのがコンプレックスだった。小さな彼女とは10センチ以上の身長差があったが、僕の方が小さな子供のようだった。この時、僕の理性が吹き飛んでしまった。僕は彼女を引き寄せ抱きしめるとキスをした。彼女は驚き、暫くは身を委ねていたが、

「いや」

と言いながら体を離した。

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ・・・」

僕は必死に弁解した。本当にそんなつもりじゃなかった。ただ、どうにも感情の抑えがきかなくなってしまったのだ。彼女に嫌われてしまうかもしれないと思い、必死だった。しかし、少し頬を赤らめた彼女は笑いながら、

「もう。冗談が過ぎるよ。ビックリするじゃない」

とジョークとして処理してくれた。彼女の大人としての対応はとても有難かったが、僕は少し複雑な気分でもあった。傷ついた彼女にとって、恋愛はまだ早すぎるということか。それとも、僕は彼女の恋人にはなれないということか。それでもいい。彼女の側にいられれば。もう二度と、こんなことはしないと心に誓った。


***


2017年3月4日

警察の知り合いに頼んでいた調査結果がやっと届いた。失踪人リストに『真理亜』という名前は無かったとのことだ。また2016年4月1日以降、少なくとも3ヶ月間では、日記片の記載に該当するような女性の変死者もいなかった。『真理亜』が偽名でないとすれば、『真理亜の男』は失踪届けを出していないことになる。ますます『真理亜の男』=Xである可能性が高まったわけだ。

今回の日記片にはXの記載はなかった。あるのは痛々しいまでの真理亜に対する愛情である。かなり歪んで卑屈な愛情。作者はなぜこんなにも己を卑下するのか。サイコパスの気質には合致しないようにも思えた。だが、その心情が理解できない訳でもない。妻に横恋慕していた時の私も、かなり卑屈だった。彼女の何気ない反応に一喜一憂し、落ち込んだときは仕事も手に付かず、彼女の気を惹くためなら何でもした。いまだに自分の妻であることが信じられないぐらいだ。作者も同じ苦しみの中にいたのだろう。日記片の送り主は、私に作者を探して欲しいのかもしれない。なぜ私なのかは判らないが。

最大の手がかりは、真理亜の男が作者の知人であることだ。ならば日記片にその事実が出てくるかもしれない。Xの意図は不気味ではあるが、日記片の中の出来事は過去なのだ。慌てる必要はない。それに最近は、日記をつけるのも苦にならなくなってきた。


***


2016年1月28日

今日は2人で映画に行き、帰りに駅前のフレンチ・レストランに行った。

「フレンチ、大丈夫?」

「大丈夫。お腹すいちゃった」

と言っていたが、案の定、彼女は食事の途中で気分を悪くしてしまった。その時、知り合いに声をかけられた。彼の右腕には女が抱きついていて、それがうちの受付嬢であることがすぐに分かった。彼はマリアと僕を見ると少し驚いたような顔をしたが、直ぐにいつもの気取った調子に戻って話しかけてきた。受付嬢は明らかに迷惑そうだった。彼女にとって彼は、誰にも取られたくないステータスなのだろうが、遊び人である彼にとって、女は食事を華やかにするアイテムでしかないに違いない。二言三言会話をすると、彼らは自分達の席に向かっていった。僕の席から彼らの席が見えなかったのは幸いだった。折角のデートを邪魔されたくなかった。しかし彼女の気分は更に悪化したようで、俯いたまま殆ど食事には手を付けなかった。僕達は食事を早々に切り上げると、彼女を家まで送って行った。まだ彼女には早かったかもしれない。これからは気をつけよう。


***


2017年3月10日

新しい登場人物が現れた。この『女連れの男』は作者の同僚のようだが、こいつがXなのかもしれない。それとも、『真理亜の男』と同一人物なのか。だが女連れの姿を真理亜も目撃しているし、作者もこの男のことは快くは思ってはいないようだから、真理亜の『女連れの男』に対する印象は最悪だろう。わずか1カ月後にそんな男と付き合うだろうか。垣間見える真理亜の性格からは、そんなに軽い女性とも思えなかった。『真理亜の男』とは別人と考える方が自然だろう。しかし今回の日記片は何か引っかかる。Xは『真理亜の男』か、今回の『女連れの男』、またはまだ見ぬ『第三の人物』ということになる。この中では依然『真理亜の男』がXである可能性が高い。彼の目的は未だ藪の中だ。


妻からのメールが届いた。今日も一緒に食事をしたいと言ってきている。かなり遅い時間だ。『遅いから無理しなくていいよ』とメールした。最近は妻が盛んに接近してくる。何かの記事で読んだが、このような時は浮気の可能性があるらしい。まさか彼女に限って。


***


(日付なし)

それから彼女と頻繁に会うようになった。彼女は不安なのだろう。僕に会うことで心の拠り所を求めている。しかし、果たしてこれは恋愛なのだろうか。少なくとも僕は彼女を愛していたが、彼女は僕のことを『良い友達』程度にしか見ていないようだ。

それでもいい。

彼女の側に居られるなら。


***


2017年3月15日

妻の様子がおかしい。妙に愛想がよく、私とのコミュニケーションを積極的に求めてくる。だが妻はこんな女ではない。結婚してからも仕事中心で、私のことなど意に介さなかった。夫のご機嫌伺いをする女性ではないのだ。さりとて、私はそれで満足だった。彼女が私と一緒にいてくれるだけで、十分に幸福を感受していたのだ。では彼女の変身はなぜだろうか。しかし、私には理解できない行動をとることがあるのも事実である。正直な所私との結婚も、その理解できない行動の一つだった。

独身時代、私は妻を好きになった。一目惚れだった。そして当時付き合っていた彼女とも別れ、妻一筋、積極的にアプローチしたが、まるっきり相手にされなかった。映画、コンサート、美術館・・・。何枚チケットを無駄にしたかしれない。出来る男と見せようと、懸命に仕事をしたり、逆に遊び人を装ってヤキモチを妬かせようとしたり。涙ぐましい努力をしていたが、興味を惹くどころか空気のように無視されていた。3~4ヶ月は頑張ったが、まるで取り付く島も無く、流石の私もすっかり諦めていた。しかし縁というのは妙なもので、いきなり転機が訪れた。彼女から食事に誘ってきたのだ。本当になんの前触れもなくだ。その後は結婚までとんとん拍子だった。妻が私との結婚を決意した理由は、皆目検討がつかなかったが、私は幸せだった。結婚後はお互いの仕事の忙しさもあり、普通の結婚生活とは言えなかったが、私は心から彼女を愛していた。結婚して9ヶ月になる。未だに彼女を抱いても、彼女を手に入れたという征服感はまるでなかったが、それに不満もなかった。彼女が本当に私を愛しているかは分からない。しかし、そういう女を私は愛したのだ。その妻の変容は私を不安にさせていた。彼女は決して普通の女性ではないのだ。あってはならないのだ。


***


2016年1月17日

彼女は再び僕の前に現れた。間違いなく僕を選んでやって来たのだ。

彼女は僕の前に座ると、

「私、決めました」

と、吹っ切れたような笑顔を見せてくれた。

「決めた、と言うと?」

僕は恐る恐る尋ねた。彼女の選択がどうであれ、僕の要らぬおせっかいが、一人の人間の運命を決めてしまうかもしれないことに恐れたのだ。

「はい、これ・・・。返します」

彼女は僕が渡した書類を返してきた。

「え、いいの?」

「ええ。やめます。決めましたから」

そして再び美しい笑顔をかけてくれた。その笑顔には強い意志の力が含まれており、僕はこれ以上何も言うことができなくなってしまった。プロとしては失格だ。

僕はなんとか動揺を隠しながら、何かあったらとメールアドレスを渡した。


彼女からのメールはその夜にきた。僕らは早速会う約束をした。


***


2017年3月22日

真理亜は作者と仕事上の付き合いが有ったことが記述されている。仕事についての記載は具体性に乏しい。しかし日記ならば不思議ではない。元々他人に読ませるものではないのだ。彼女は何かの契約を破棄したようだった。単純に文章を読み解けば、彼女は自分にとって有利な契約を破棄したことになる。通常は雇用関係だろう。真理亜は就職希望を出願して、自分の意思で断ったのだ。雇用のプロならば、斡旋業または企業の人事部に所属していることになる。斡旋業は作者のプロファイルと合致しないので、企業の人事部、それも管理職と考えたほうがすっきりする。すると40後半なのか。もう少し若い印象だが。大学でプロファイリングの研修をしてからかなり経つ。感が鈍ってきているのかもしれない。


妻から、私の誕生日には家で二人だけで祝わないかと提案された。久しぶりに料理を作ってくれるそうだ。彼女の料理を食べるのは新婚以来だった。最近は忙しくて外食三昧な私たちも、新婚時代は毎日妻が料理を作ってくれていた。1・2ヶ月ほどだったが、妻の料理の腕はかなりのものだった。牛肉料理が多くて少し胃がもたれたが、プロ顔負けの出来だった。特に香辛料が絶妙で、私の知らないスパイスも多く使われていた。彼女が私のために誕生日を祝ってくれる。考えただけでワクワクした。あと10日が待ち遠しい。


***


2016年1月13日

彼女のことが頭から離れなくなってきた。


マリア

真理亜

まりあ


こんなことは初めてだった。ボーッとしていることが多くなり、仕事に支障が出てきていた。今日はカイザー中にボーッとしてしまい、高階にオペから降ろされてしまった。

僕は一体どうしてしまったのだ?


***


2017年3月25日

今迄とは異なり、この短い日記片は、私にとって驚くべき内容を含んでいる。いや、恐怖すべきだろうか。

『カイザー』はKaiserschnitt、『帝王切開手術』を意味している。つまり日記片の作者は産科医なのだ。そして、うちの産婦人科には『高階』という同名の准教授がいるのである。つまり作者はうちに勤めている医師かもしれないのだ。恐ろしいことはそれだけではない。妻の同僚が作者という事になる。確か一年ぐらい前に辞めた奴が一人いた。名前は『高橋』、そうだ、高橋だ。40ちょっとで独身のひょろ長くて暗い男だった。奴はその後どうしたのだったか。犯罪まがいの事件を起こして退局したことは聞いたが、他の医局のことで詳細は知らない。何処か胡散臭い奴ではあった。妻は彼と研究グループが一緒で親しかった。それで私は奴に妻のことを相談したのだった。相談といっても食堂でたまたま会ったので、少し妻のことを聞いたぐらいだったはずだ。すっかり忘れていた。奴が作者なのだろうか。もしかしたら、この日記片も奴が送ってきているのかもしれない。だとすると高橋は生きていることになる。奴の意図はどこにあるのだろうか。妻の変貌と関係があるか。まさか、彼女に限って。だが日記片と並べて考えるとその可能性は十分ある。高橋は自分の罪を日記の形で告白し、それを読ませることで、私に恐怖を与えている楽しんでいるのだ。妻が高橋とどう関係しているのかは判らないが、まるで関係が無いはずはない。そうだ、必ず関係あるはずだ。妻に問いたださなければならない。私にそんなことができるだろうか。だがやらなければ。やらなければ。そして高橋のイカれ野郎に、相応の償いをさせなければ。しかし来週のパーティーが終わるまでは我慢すべきだ。パーティーが終わった時、全てを明らかにしよう。


***


2016年1月10日

今日、奇跡があった。この奇跡を永遠に心に刻み込むため、僕は全てをここに記録することにする。


彼女が診察室に入ってきた時、僕は思わず呼吸を忘れてしまった。

「あのう、先生・・・」

今でもその声を覚えている。彼女は長い髪が印象的な美人だった。細面のやや尖った顎が、壊れやすそうな中にも意志の強さを感じさせた。情けないことに、僕はいきなり声をかけられてシドロモドロになってしまった。

「先生、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ごめんなさい。えーと」

赤くなる顔を隠すように、デスクの電子カルテを見た。


高橋幸子

22歳

妊娠反応陽性


「お、おめでとうございます、ご懐妊です。最終月経は確か・・・」

しかし彼女の美しい顔に陰が差した。

「先生はどう思いますか?」

「え?」

「先生は産んだ方がいいと思いますか?」

「え、それは・・・ご、ご出産なされた方がいいに決まってます」

私は突然の質問に吃逆ってしまった。別に隋胎を希望する女性は少なくはないが、開業医に人目を忍んで行く場合が殆どで、うちのような所には余り来ない。それに彼女の容姿からは、かけ離れた内容のように感じたのだ。

「でも、あの人は・・・きっと・・・迷惑がります」

「別れたのですか?」

「・・・はい」

彼女は俯いてしまった。長い髪が彼女の表情を覆い隠した。まずいことを聞いてしまった。ここに来る患者は、皆が幸福なわけではないことは知っている。いつもなら、こんな立ち入ったことは決して聞かない。僕はプロなのだ。しかし彼女と接しているうちに、僕の中のプロ意識がかき消されていくのがわかった。

「あのう・・・お医者さんとしてじゃなく」

顔を上げた彼女は瞳に涙をたたえながら、ゆっくりと質問してきた。

「同じ女性として、先生の意見を聞きたいんです。最低な男の子供を産むべきだと思いますか?」

彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。しかし僕は何も答えることはできず、彼女に中絶の同意書や説明書を渡した。


僕は一目惚れした。


僕のマリアだ。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


この後の『2017年4月1日の日記』は謎解きになっています。

折角ですので、ここで是非、推理をしてみてください。そして下記の設問にお答えいただいた後、謎解きにお進みください。


証拠は明確ではありませんが、全ての事柄には必ず伏線が引かれています。


ご健闘を期待します。



設問1. なぜ真理亜は『僕』のいる病院に診察にきたのか?

設問2. Xは誰か?

設問3. なぜXは日記片を私に送りつけてきたのか?

設問4. 真理亜を殺害した犯人は誰か?

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