百合魔女リスの異世界転移
━━異世界召喚というものをご存知だろうか?
この世界とは異なる世界から人や物を呼び寄せる手法の一つであり、ある種の世界への反乱とも取れる手法だ。
何故この世界の外から呼び出す必要があるのか、と。
だが同時に言えることでもある。
何故この世界だけで満足しているのか、と。
異なる世界という未知の領域のものを呼び出せたら、ということに興味を示さずにいられるだろうか?
我々と異なる世界の人はどんな姿形をしていてどんな言葉を話し何を食べるのか。
また物を呼び出せたらそれは何から作られどのように使っていくのか。
そんな己が世界の外への飽くなき好奇心は、時として大きな原動力にもなるものだ。
そして、そんな異世界召喚への好奇心を募らせた一人の魔女がいる世界がある。
彼女の名はリス・ソルシエール。
彼女には呼び出したい存在があった。
異世界に住む女性である。
ただの興味本位、好奇心のみで異世界召喚の研究をしている彼女は、しかし未だに成功の兆しは見えずにいた。
━━時として様々な魔術の文献を漁り。
そのために本来入ることのできない場所に強行したこともあったが。
━━時として様々な魔術・呪術を試し。
そのせいで枯れた地に雨が降ることも、山がいくつか消し飛ぶこともあったが。
━━時として様々な触媒を手に入れる努力をし。
そのために希少な生き物や強力なドラゴンを殲滅したこともあったが。
だが諦めることなく彼女は異世界召喚の魔術を行い続けている。
何故彼女がここまで異世界召喚に執着しているのか。
それはただ一つ……女の子が好きだからだ。
異世界の女の子への興味が湧いてしまったのだ。
異世界の女の子はどんな感じなのだろうか、と。
仮に自分達と同じような感じでも良いのだ。
もちろんこの世界の女の子だって大好きなのだ。
例えば森の耳長の女の子だって、例えば鉱物好きの小人の女の子だって、それこそズル賢い緑の小鬼の女の子だって人間みたいな機械人形の女の子だって大好きなことに変わりはない。
ただやってみたいのだ。
自分で術式を組み、魔力を込め、触媒を使い、そうした努力の先で、呼び出せたらなんと嬉しいだろうか、と。
これまでの実験である程度の法則はわかってきていた。
どの辺りの世界か、生き物か物か、生き物なら性別、種族、おおよその年齢、どの年代かまで、召喚魔術の編み方でどの程度操れるかを。
それを導き出すまで掛かった時間など、些末な物だ。
自分でも短かったと思ったほどに。
ある程度のやり方も導き出した。
まずは物を呼び出す。
これにより知性の有無がわかる。
いつも通り行った召喚で、今回はなんとリング状の甘い菓子のようなパンが乗った皿を呼び出せたのだ。
今までの結果を考えれば否が応でも喜んでしまう。
衣服を溶かす液体生物や白い靄の集合体、果ては粘液を出す植物擬き等を呼び出していた頃に比べればものすごい進歩なのだ、と。
彼女はくふふと笑いながら魔方陣を描き、召喚魔術の一文を、物ではなく生き物を呼び寄せる術式に書き換える。
ここまでたどり着くのに十数年掛けた。
この構想はまだ十代前半の時に考え付いたものだった。
それまではなんとなく魔術を覚え学び、なんとなく生きていた。
魔術師として困ることもないだろう程度には出来た人物だった。
恋愛にも興味などなかったのだ。
あの日、学友の二人が接吻を交わす所を見るまでは。
男女間のソレと違う雰囲気のソレに、リスは美しいと感情を抱いた。
それ以来彼女の恋愛観は女の子同士のモノに拘っていった。
だが誰とも彼女は付き合った事はなかった。
リスはただ女の子が女の子と付き合っているのを見るのが好きだったのだ。
そう、まだ彼女自身はまともに恋愛をしたことがないのだ。
そしてそれはリス自身が感じていたことでもあった。
自分が接吻やソレ以上の行為をすることは出来る。
ただ私自身、好きになった相手がいないのだ。
羨ましかった。
人を好きになるという感情が、今一わからなかった。
もしかしたらこの先、それは変わることはないかもしれない……
ならいっそのこと、異世界人の恋愛を見てみよう!
そう考え付いたのが、学友二人の接吻━━キスを見た一週間後の結論だったのだ。
自分でも変な考えだとは思ったが、別に困ることもなかったわけで。
なまじ頭の良すぎた才女は、魔女と呼ばれ方を変え世界を東奔西走し、そして現在に至った。
魔術の書き換えを終え、魔方陣の中に入り召喚魔術を始める。
今までこの時をどれ程待ち望んできたことか!
焦りを抑え丁寧に魔力を込め召喚魔術を顕現させ━━
「もー我慢できない! 魔力ドーンッ!」
━━る事が出来ずに無理矢理魔力を流し文字通り力業で召喚魔術を発動させた。
もう目の前に迫った餌に欲望を抑えきれなかった。
周囲の魔力の急激な変化に白い煙が起こり視界を遮る。
手応えはあった。
召喚には成功した。
あとはこの煙を払った先に、彼女の望んだ異世界の女の子が待っている!
だいぶ魔力を使ったが、そこは魔女。
抜かりなく自作の魔力回復薬を飲み干し、風を起こして煙を吹き飛ばす。
そして召喚したモノを見たその瞬間、魔女は言葉を発する事を、瞬きすら忘れてしまった。
艶やかな黒髪に小柄な肉体、衣服はこの世界の物と違った、でも制服と呼ぶような整えられたものを着た少女の━━
「見えた!! 純白の天使の羽衣ー!!」
━━スカートの中から垣間見えた下着を。
……しばらく静かな時間が流れた。
大声に驚いたのか黒髪の少女は目を見開き、リスは何て事を口走ったかと目を見開きながら。
これではただの変態ではないか、と己の言葉を恥じつつ。
召喚された女の子を囲っている魔術結界の側に寄る。
彼女達はこの結界一枚を隔てている。
黒髪の少女は未だ状況を把握できていないようだったが、意を決したように口を開き。
『~~……~~~~~~~?』
それはリスが失念していた事実。
言語が違う。
彼女の言わんとしていることがわからなかった。
何故そこに気が付かなかったのか。
それも無理もないことだ。
リスはこの世界全ての言語と文字を把握している。
どこか近しい言語があるのやもと思っていたのと、完全に召喚欲が忘れさせていた。
困ったけれど、呼び出した子と意思疎通を図るために思案する。
と召喚と共に彼女の荷物であろうカバンのようなものがあった。
結界の中に入れないこともないが、何が起こるかわからない以上は入らないのが鉄則。
だから魔術でそのカバンを開き、中に入っていた書物三つを寄せる。
見たことない文法と文字。
一つの書物は他二つとは違う文字なのでこれはまた別の言語だろう。
ふむ、ではこちらの書物を開いて……と。
リスは手招きをして黒髪の少女を結界近くに呼ぶ。
少女も少し不安げながらも近付く。
まずはジェスチャーで自分と少女を指し言葉を言わせようとする。
最初は困惑していた少女も少しずつ意図が読み取れたのか、言葉に出してくれる。
「~~……ウァ・トア・shi」
「えーっと……ウァ・トあ・すぃ?」
「~~~……ワ……ワー」
「ウァー? ……ウァ……ワ?」
「~~! ワ! ワ!」
凄い地道な作業だが、少しずつ異世界言語を学んでいることにリスは喜びを感じている。
そんな事をやりだして一時間が経った。
「えーっと……『わたし、あなた、よんだ、だいじょうぶ?』」
「~~……『わかりました』」
リスは内心で喜んだ。
まだ片言だけれど発音は出来てるし言葉もわかってきた。
たまに出る少女から教わらなかった意味のわからなかった言葉を除けば、少しずつ会話とギリギリ呼べないような会話をすることが出来るようになった。
「次は……『わたし、あなた、ここ、きて、だいじょうぶ?』」
「~~……『ごめんなさい、もどる、だいじょうぶ?』」
なんということだ……断られてしまった。
リスは久しぶりに己の中の焦りを感じていた。
なぜこんな事を思っているのかはわからないが、どうしても少女を側に置きたかった。
手を伸ばせば届く、けれど結界の中に入るということは少女と共に行くことを意味する。
契約を結びこの世界に居させたいのに……
そこでふと、気付いた。
いや、気付いてしまったと言うべきか。
結界に入ると結界外の召喚維持用魔力の供給者が居なくなる形になり、その結果召喚魔術に刻まれた文法通りに召喚されたモノをそのまま元の世界に送り返すことになっている。
そしてリスは、今はこの世界のモノに興味がないのだ。
なればこのまま少女の世界に行った方が良いのではないかと考えたのだ。
その考えに至った彼女の行動は早かった。
「アモレー!」
「お呼びでしょうか、リス様」
リスの呼び声に答えるように一人の女性が部屋に入ってくる。
白髪の中に所々赤い毛が混じった髪。
透き通る白い肌と、所々に鱗や機械。
天使のような羽と先端に針のようなものがついた尻尾を生やした女性だ。
「急用ができてしばらく戻れない。だから召喚魔術についての書簡を私が書いたもの含めて焼却処分してちょうだい!」
「また長旅ですか? とうとう召喚魔術を諦めて慰安旅行にでも行かれるのでしょうか?」
リスが魔術で集めたり書き出した書簡を集めだし、アモレーが呆れ顔でソレを持とうとして。
「私異世界行くからもう戻ってこれないかもしれない。だからソレ燃やしたらアモレーは自由に生きなさい、創造主命令です!」
持つのをやめ、リスに向き直る。
とうとう自分を作った創造主が、やりたいことのために異世界へ。
いつか言っていた。
呼び出すより行った方が早いのかな、と。
しかし創造主は聡明なお方だ。
何故いつもみたく事前の準備も無しに……と考えていると部屋の奥の結界の中に召喚で来たであろう少女が驚いた表情でこちらを見ていた。
その姿を見た時に、アモレーはリスをもう一度見る。
なるほど、と一つの結論に至り納得する。
「そうですか……おめでとうございます我らが主よ。こちらの事はお任せくださいませ」
「……ちゃんと自由に生きてねアモレー。それが最後の命令だよ?」
真剣なリスに、だがアモレーはフッと笑い。
「その命令は受けかねます、最後ではないので」
暗にまた会いましょうと、恐れ多くも主に進言し。
「……自由に生きているんだぞ? ずっとそんなだったら壊しちゃうからね」
直接言葉にはしないが、再開をほのめかして。
二人は笑い合い、アモレーは書簡を手に部屋を後にする。
リスが嵐のように出掛けていくときも、特別見送る事はしない。
それは彼女と今生の別れではないのだから。
持ち物は最低限持ったし、書簡の処理も頼んだ。
アモレーもここにまだしばらくはいるかもしれないが、次期に去るだろう。
この世界にやり残したことはほぼない。
なればいざ行かん!
新たなる世界へ!!
リスは黒髪の少女を覆う結界の中に入り、微笑みながら少女の手を掴み、己の魔力を少女に固定する。
少女は驚いたが、維持魔力を失った召喚魔術の動きに戸惑い掴まれた手を握り返す。
そして少女は魔女と共に元の世界に戻っていった。
書簡を燃やしながらアモレーはリスの気配が消えたことを悟る。
今このときを持って、数々の図書館や王国書庫から書簡を略奪し、希少生物等の狩猟をし、数々の魔術の歴史を塗り替えてきた一人の魔女がこの世界を去った。
彼女の欲望を知る彼女に作られた人口生物は、そんな彼女が我慢出来ずに飛び込んでいってしまうほどの思いを持ってしまった少女に。
「ふふ、主様。やっとまともに恋愛出来ることを、心より応援申し上げます」
アモレーは空に向かって笑みを浮かべる。
あの聡明な魔女が、魔女自身が。
異世界人に恋をしたのだと、気付くことを願って。