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散らない桜と散る命

作者:

 時間なんてものはただ流れていくだけのものだった。

 しかし矮小な生き物たちは短い時間に縋り、その時を謳歌する。

 ただただそれを眺めるだけだった。

 そのはずだった。そう、あの時までは。


 普通の人に見ることはできない存在。

 いや、実際のところ、私ではない私をみることはできる。

 そんな私を見つめ彼はこう言った。


「君を愛し続けるよ、永遠に」


 優しく、私の小さなその体を抱き寄せて。私の全てを狂わせた彼は、全てを奪った彼は、全てを与えてくれた彼は、そう約束してくれたのだ。



 風の良く当たる一つの木の下に座っていた。ただずっとそうしていた。

 様々なものを見てきた。動物たちの弱肉強食の世界。

 知能を持った動物たちの醜い争い、どんちゃん騒ぎ、心の底からの笑顔、顔を歪ませるほどの絶望。

 生き物なんてものはただ生まれそして死するのだ、その間に何をやろうと関係ない。

 だというのに、この人間という生き物はそれを認めないかのような、生活をしていた。それで何か変わるというのか、変わるのだというならなぜ、そんな醜い顔をしたまま死んでいくのか、私にはまるで分らなかった。

 私だって生を宿し、ここに生まれ落ちたのだ、様々なものを見てきたが、いずれ死する。

 そういうものなのだから、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから今日という日もただこうして座って過ごしていくのだ。


 ただただ座っている私だが、ひそかな楽しみがある。私にだって心はある、ただそれを持っているからどうということがほとんどないだけだ。

 その楽しみというのが、周りを見ることだった。周りには私と同じように様々なものがあり、時間が経つと綺麗な色を見せたり、何もない静けさを表現して見せたり、瑞々しい姿を見せたりしてくる。

 人間もそれが目当てなのか、よく訪れる。

 正直言って邪魔だ、せっかくの景色を見る上では邪魔でしかない。

 だが、それも含めての変わりゆく景色なのだ、そういえばここら辺も少し前と比べたら大きく変わった気がする。大地が変動し、山々ができた。大雨の影響か川が流れた。人間たちの手によって物が作られ壊されまた作られていった。

 人間たちの行動は本当にわからないけど、どうせ意味なんてないものだ。


 そうしてまた日は昇り沈んでいく。



 今日は日の照った、蝉の鳴き声が響き渡り、うるさくて耳を塞ぎたくなる、そんな日だった。

 しかし、日が沈むとさっきまでの時間はなんだったのかという気持ちが沸き上がってくるくらいに風が冷たく、涼しくなってくる。

 夜だというのに木々は仄かな明るさを見せていた。

 それもそのはず、今日は近所で行うとある祭事の日だ、様々な露店が出ていたり、奥からは太鼓や笛の音が聞こえてきたりする。

 そんな中、俺は紺色の浴衣をぶっきらぼうに着回し、周りの喧騒を聴きながらその中を一人歩み続けていた。

 周りはほとんどが男女二名くっついている中、一人で歩く俺を誰か勇者だと讃えてくれてもいいと思う。

 しかし、実際に景色はいいのだ、上を見上げれば満天の星空、様々な色で彩られた出店達、そしてなによりも、ここにしかない貴重なものだと言われている、樹齢推定数千年はくだらないとされている大きな桜。

 これだけのために何人もの人が訪れたりするほどだ、俺も遠くからみつめることはあったけど、近くにまでいったことはなかった。

 なぜなら見慣れてしまっているから、生まれたときからこの土地で育っているんだ、こんなどこからでも見えるくらいに大きな桜、見慣れているに決まっている。

 それにこの桜、姿を変えないのだ。

 いくら調べても何もわからなかったそうだが、一年中、花が散ることはなく、永遠にその美しい花を咲かせそこに立っているのだという。

 だが、それがなんだという、独り身で悲しく祭りを回っている俺からしたら、そんなことは些細なことだ。

 しかし、それすらも毎年恒例すぎて俺はもはや一人で祭りを楽しめるのだ。


「おやっさん、リンゴ飴一つ、これお代」


 適当な店にぶらついて、適当に飯を楽しむ。祭りってのは雰囲気を楽しむものだから、この楽しみ方でもなんの問題もない。

 そんななかで、なぜかと言われれば理由なんてない、ただ、そんな気分だった、としか言えないが、俺は長い階段をゆっくりとのぼって、大きな桜の元へとやってきていた。


 傾斜のきつい石階段を、人ごみに飲まれてしまいそうになりながら登りきると、そこには目を奪うほどの綺麗な桜、ではなく、その下。

 一人、長く伸びた白髪で顔を隠されており、しっかりとは見えないが、それでも、幻想的、神秘的と表現するしかない少女が木に凭れかかっていたのだった。


「なんだあれ、地上に降りてきた女神か……」


 半分以上冗談でそうつぶやいた。

 しかし、気になることがあった。

 あそこは本来立ち入り禁止で周りに紐で括られているほどだ、なのに、あの子はあそこで倒れているし、何より誰も見向きもしないのだ。

 確かに、そんなことが頭の中を(よぎ)った。

 しかし、しっかりと考えるよりも先に俺の足は動き出していた。

 ただまっすぐに、少女へと向かうように。


「ねぇ君、どうしたの?」


 少女の前までくると俺は、語り掛けていた。

 近くで見ると少女は長い髪で顔を覆われてはいるが、その下にとても美しい顔が見えたのだ。

 その瞬間、俺の中で何かがはじけた音が聞こえた気がした。

 それと同時に気づいたのは吸い込まれるような、全てに諦めた、期待していない、少女はそんなどす黒い目をしていたことだった。


「――――――――」


 少女は俺のことが見えていないかのように、聞こえていないかのように、なんの反応もすることはなかった。

 しかし、俺は話しかけるのをやめなかった。なんでこんなことをしているのか、俺自身まるでわからなかた。


「こんなところで一人なの? そこ、入っちゃいけないところだろ?」


「――――――――」


「実は俺さ、ここに来るの初めてでさ、なんで来たのかもわかんないんだけど……そしたら君がいてさ、なんか気になって声掛けちゃったんだ」


「――――――――」


「初対面でこんな馴れ馴れしくてごめん、敬語とか苦手でさ……」


 俺は、近くに居座りながらただひたすら、その少女に話し続けていた。

 端から見たら少女に話しかけてるやばいやつなんだろうな。



 とある日から私のことを見ては話しかけてくる人間が現れた。

 私のことを見えている者だ、なにかしらの理由があるものなんだろう。

 それにしても、見えるからって、毎日のようにやってきては、どうでもないことをただ話して、笑顔で帰っていく。こいつは一体何なんだろう。

 周りの木々が朱や黄、橙色に変わった時、人間たちが言う秋という季節のある日、私はいい加減、イライラしていた。

 私のことを見えるからといって、毎回どうでもいいことを言い続けては帰っていく。

 しかも終始笑った顔をしていた。何がそんなにいいのか、私には見当もつかなかった。

 だからこそ、私はつい、返事をしてしまったのだ。


「お前は、一体、なんなの」


「……!? 君、喋れたのか!! 俺のことならずっと言っていたと思うよ」


 話してしまったことを後悔しながらも、意図をくみ取ってくれない人間に対して、質問を続ける。


「なんで、私がみえるの? なんで、私に話しかけるの、なんで私のところにくるの」


「やっぱ人ではないんだね? ずっとここにいるし、そうなんだと思った。実はさ、俺、君のこと好きになっちゃったみたいなんだよね」


「は、い?」


 この人間は一体何を言っているんだ、人間というのはそんなに頭がおかしい生き物だったのか。


「一目ぼれ? ってやつかな、君のことが好きになっちゃたから、毎日ここに来てるし、毎日の生活が楽しくなってね、君の顔が見れるだけで幸せだったんだ」


「そんな、こと言って、恥ずかしくないのか、お前、それにこんな、人間からしたら、化け物、でしかない私なんて……」


「恥ずかしくなんてない、好きになることが恥ずかしいことなわけないからな、それに、誰だって関係ない、好きになっちゃったものは変えられないんだよ」


「はは、人間、ってのは、よっぽど変、なんだな、お前みたいな、やつは生まれて、から初めてみたよ」


「誉め言葉として受け取っておくよ、それで、返事は期待していいのかな?」


「返事?」


 何を言っているのかよくわからない。こいつと話してると調子が狂う。


「返事、さっきの告白の返答。もっとしっかり言った方がいいのかな? 君のことが好きだ、僕と付き合ってくれないか?」


 今まで話しかけることはあっても越えることはなかった境界線をくぐり、目の前の男は私の手を強く握りしめた。


「本気、か? お前……」


「本気に決まってる。人生初めての告白なんだから、そして、最後のでもある」


「私とお前、では生きる世界が違う」


「それでも、俺は君が好きだ」


「私は人間とは、時間が違う」


「でも、同じ時間を共有することはできる」


「私は化け物だ」


「全てひっくるめて君を愛するよ」


「ほんとに、私でいいのか」


「君じゃなきゃダメだ」


「俺は君を愛し続けるよ、永遠に」


「……はは、そうか、そっか」


 もはや言葉が出てこなかった。


「――――――――はい」


 これは幸せになることができない化け物と幸せにさせてあげることができない青年の出会いの物語。


 

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