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騎士の花

作者: 北見深

くわっと思いついて書きました。

 不意のまばゆい朝日に顔を顰め、朝なのだと瞼をゆるゆる持ち上げる・・・。


最近。

目を開ける度、夫がいるので毎回の事ながら不思議に思い聞いてしまう。


お仕事はいいのですか?

彼はいいという。

そんな筈はないでしょう?


怪我によって国王の騎士は辞したけれども、今の騎士見習いの子供らに教えを授けるその仕事は、彼の誇りで生き甲斐の筈なのだ。


いいんだ

いいんだ


おかしな人。

あんなに毎日熱心に通っておられたのに。

屋敷に戻っても子供らの話しばかり。


目を開ける度泣きそうな顔で笑う旦那様。

ねえ貴方、無理をなさらないでください。

お帰りになったら子供たちの様子を話して聞かせて下さるでしょう?楽しみにしているのですから。さあ、行ってらっしゃいませ。



あら?旦那様。またいらっしゃったんですね。居たら悪いかって・・・悪い訳ないじゃないですか。旦那様の家でもありますし・・・。

え?どうぞ、座って下さい。

真横・・・いいえ、なんでも。

今日は気候が良いので、少々うたた寝してしまいましたわ。そうですね。気を付けますテラスとはいえ日が陰れば肌寒いかもしれませんものね。


・・・・。


あの。貴方も何かなさったら?じっと私の顔ばかり見て、何か可笑しい事でもありまして?

気にするなって・・気になります。大変に。

もしかして答えをお探しですか?

答えは見つかりました?

え?

何の答えかって?

前になさったでしょう?質問。

「私に嫁いでお前は幸せか?」って。

その事ではなくて?


俺は幸せって・・・アリガトウゴザイマス。

声が固いのは放って置いて下さい。

貴方が突然変なことをおっしゃるから。


いつの間にかまた、ふわりと眠気に誘われて寝てしまったらしい。

目を開ければ薄い闇夜。

いつの間にか寝台に寝かされていて心地よく微睡む。


ふと、名を呼ばれてそちらを見れば夫。


彼は寝台の脇で椅子に腰かけてゆらり、船を漕いでいた。

夫も、髪に白いモノが混じる歳になった。連れ添って随分なる。

色々な事があった。

辛い事も悲しい事も、喜びに紛れて薄まってゆく。子供たちが手を離れ、それぞれの道を行きホッとしたような物足りないような。

代わりの様に夫がかまうので、落ち着く暇もなくなったのは良い事・・・だろう。


夫が寝ぼけた様子で目を開いた。

整った顔は普段は威圧感たっぷりであるが、寝起きの今は少し幼くも感じる。



ねえ、貴方


声を掛けれはその眼はこちらを向いてくれる。そうね。素直に言ってみようかしら、問いの答えを。


愛してますわ。私はとても・・・。


幸せなのよ、と続ける前に驚きで言葉を失くす。


まあ、どうしてそんなに泣いていらっしゃるの?


俺も?


嬉しいわ


初めての愛の言葉にふわふわとした心地で笑みが浮かぶのを抑えられない。

私の手を取って切々と似合わない告白をしてくれる。

途中、大昔の懺悔をまたなさっていたけれど、まあ、そこは聞き流しましょう。




でも、今日は


とても疲れました


眠いの


泣かないでくださいな


また


明日



貴女の嬉しそうな顔を見るのが好きですのよ



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 夜更けに知らせが来て慌てて出向く。

王都より遠くない領地とはいえ馬で駆けてもそこそこの時間が過ぎた。


昨夜。

母が逝った。

姉はまだ来ていない。本当に眠っているようだ。母の表情は穏やかで苦しみは無かったのだと知れた。


近頃、何度も倒れてその度駆け付けていたのだ。

医師が近寄ってきて悔やみの言葉を述べる。

母の傍にいる父が使い物にならなさそうだからだろう。

幼い記憶では豪胆な父親。歳を取るにつれ性格も穏やかになったと聞くが、私にとっては力強い騎士のままの父親で、明るく凛々しかった。


今。父は母に取りすがってその力強さは無い。



姉が、茫然と私の横を通り過ぎた。

やっと着いたらしい。



 息をしなくなって横たわる母に泣いて縋り付く父。


大泣きしながら母の亡骸を抱きしめる大男は哀れで、どうしていいのか解らなくなる。泣きたいのはこっちだ。


先に正気に返った姉が父を諭す。が、父は母を離す気配はない。


名を呼び嗚咽を繰り返す。


「母様を眠らせてあげましょう、父上」


「いい加減に・・・父上一人の母様ではないんですよ!」


姉が若干キレている。口調が荒くなってきた。


家族の誰より勝手をして

その癖、

またも母を独り占めしようとしている・・・と。


姉は少し・・・いや、かなり父が嫌いだ。

頭皮を掴んで放そうと試みているので、弟としては止めねばなるまい。


荒ぶる姉を宥め、二人がかりで父から引き離す。

一息つく間もなく、あの父の様子ではと、葬儀の段取りを頭で思い描く。

やる事は山ほどある。


大丈夫か?何かあれば言ってくれれば動くよ。


肩を叩かれ正気に戻り、声の主を見る。

姉の夫。

穏やか過ぎる大人しげな人。キツイ姉に振り回されている筈のその人が、その時ばかりは頼もしく見えた。



憔悴した父は母の葬儀を淡々とこなした



弔いに現れた父の元愛人は、姉が睨んだら恥じ入ったように去って行った。己の幸せな結婚生活に過去を忘れ、礼儀を失念しているらしい。


父は・・・。

彼女の顔も覚えていない様だった。


そういう人よ

と姉は言う。


姉曰く。

嫁して数年。姉も生まれ私が腹の中に居る時に、父は妻であった母に恋をした。

その過程を、子供ながらに見てきた姉は喜びより怒りが沸いたらしい。


今更な上に最低な注釈の付くエピソードを数多聞いて、内心複雑だった。

俺の知る父は、母に片思いでもしているかのような優しく睦まじい姿だったから。

それまでの父は母の事を政略結婚の相手、動く家具。位の認識だったらしい。

あれは、冷えてもおらずかといって温かくもない家庭だったと姉は言う。


私はきっと幸運だった。


自分の知る父母が仲睦まじく見えていたのだから。



ああ、また姉を止めないと。


葬儀だというのにあの凶器の様なヒールは父を足蹴にする為に誂えたのだな。


怖いですよ姉上。


そして義兄上。

勇気ありますね。


義兄が姉を止めていた。

義兄の胸で泣く姉は淑女に見える不思議。



弔いの人々が去っても墓標から離れない父にため息。


僕はこの花を母に手向けようと思う。


また、父が泣くと思うけれど。


母の好きな花。

季節になると屋敷の庭に満開に咲く小さな白い花。母の笑顔の様な花。

母が騎士の時から父の衣装に刺繍していたのと同じ。

無事帰る様にと願う花。


庭の満開の花は、母が居なくとも咲くことを止めないだろう。




大きく息を吐いて、小さくなった父の背を見る。

「あと少し。頑張ってから泣きますね。母様」



旦那様、奥様に惚れてからは基本甘々です。

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