愛故に、殺戮者
愛しければ愛しい程、触れるのが怖かった。なぜなら一度触れたが最後、俺はお前を壊さず扱う自信がねェ。言い訳をしたいわけじゃないが、そういう星の元に生まれちまったから仕方ねェのさ。好きだから、殺す。なんて歪んだ性癖だと、いつか誰かが嘲笑ったっけ。
もう動かないお前の頬をそっと撫でる。冷たく堅いそれはもう、何の中身も持たないすっかすかの人形のようだった。試しに口付けひとつ落としてみれば、虚しさだけが身に染みた。俺の記憶の中じゃあ、お前は笑ったり泣いたりとコロコロ表情を変え随分忙しそうなのに、今目の前にいるお前のなんだ、この様は。
「返事を、しろ」
いつだって俺の下らない言葉に耳を傾け、子犬みたいに俺のあとをついてきていた。あれは随分と昔、虐められていたお前を助けた時なんて泣きながら感謝されたっけなァ。お前が笑ってくれるのが嬉しくて、大事に大事に接してきた筈だった。それがどうだ、いつの間にか俺の見たいものががらりと形を変えちまった。笑顔なんかじゃなく、ぐしゃぐしゃに潰れたお前の泣き顔が見たくて見たくて堪らなくなった。殴られ蹴られ突き放されても、一緒に居たいとすがってきやがれ。そうしたらようやく俺はお前を抱き締めてやるよ。構わない、歪んでいても哀れでも、愛だと呼べば立派なそれになろう。
「なぁ、」
好きだよ、愛してるなんていう安っぽい台詞の使い回しなんか通用しねェ。愛の言葉の大安売りなんぞもっての他だ。
かと言ってお前の細い体をぎゅうっと抱き締め髪を撫でても物足りねェ。
それならばと力任せに殴って蹴って思い付く限りの暴言を並べて罵ったって、この手に残るのはなんにもありゃしねぇのさ。ただ俺に気を使って痛くないよと泣き笑うお前の顔だけが俺を余計に苦しめる。救われねェよ、俺もお前も。なァそしたらもう行き着く先は地獄だろう。そう思ってお前の首に手をかけたのはほんの数分前のこと。やっと顔を歪めて喚きやがった。
だがなんだ。結果を見てみれば俺一人が残されただけだった。残すのも残されるのも耐えられない。共に逝けない悲しみは思ったよりも深く、いっそ泥沼にはまって息絶えてしまえば良いと苦笑いを零すがそれに応えてくれるはずの女は最早この世にはいなかった。
愛故に、殺戮者
(何かが頬を伝い、ぽたりと落ちた)