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油断大敵

 思わぬ幸運、というところであった。

 これもやはり、自分の日頃の行いがいいからだろうか。


 あとは、どのようにして思う通りの状況に持っていくか、というところだが……まあおそらくは、何とかなるだろう。

 何せここまで、二つほどの幸運に恵まれている。

 いや、今回のも合わせれば三つか。

 さすがにこの状況で失敗するなど、出来はしないだろう。


 重要なのは、タイミングだ。

 それとなく、不自然でない程度に誘導してやればいい。

 この状況に不満を抱くのは当然だし、誰かがその切欠となるようなことか、或いはそのものをきっと言い出すことだろう。

 それに乗ってやるだけで、その後はとんとん拍子にいくはずだ。


 それにしても本当に、上手く潜り込めたものだった。

 あまりにも自分に都合がよすぎる展開に、誰かに仕組まれたことなのではないかとつい疑ってしまうほどだ。

 まあさすがにそれは、考えすぎだろうが。


 そんなことを思い、ついでにこれからのことを想像し、それは思わずひっそりと笑みを浮かべた。







「うーん……さて、どうしたものだろうね」


 皆が迷宮へと向かっていくのを、シルヴィア達は何をするでもなく眺めていた。


 いや、厳密に言うならば、自分達も同じように行きたいのだが、それをすることが出来ないのだ。

 何せ現在シルヴィア達のパーティーは三人しかおらず、しかも欠けた一人があのソーマなのである。

 その状況で実習を強行するほど、シルヴィア達は身の程知らずではなかった。


「ちっ、今いい感じだっつーのによ……あの野郎は」

「し、仕方が、ないよ……ソーマ君が、今日休んだ、のは、学院側から、頼まれたから、みたいだし」

「分かってるっつーの……だから余計に腹立たしいんだろうが。ったく、今の時期に学院側から直接頼まれ事だぁ? 本当にどうなってやがるってんだ、あれは……」


 ぶつぶつラルスが文句を言っているが、まあその気持ちも分からないわけではなかった。


 まだ小等部の第一学年だというのに、学院から頼まれ事をするなど普通ではない。

 さすがだと思いはするのだが、同時に僅かに嫉妬のようなものも覚えてしまうのだ。


 まあそんなことを言ったところでどうしようもないということは、分かってもいるのだが……自分達も頑張ろうと思ったところで、今日は何もすることが出来ないのである。

 悔しさとか色々な感情から、愚痴の一つや二つ言ったところで、仕方のないことだろう。


「ま、とはいえ言ったところでどうにもならない、っていうのも事実だしね……ワタシ達は次回のために大人しく訓練でもしていよっか」

「う、うん……そう、だね。……さすがに、三人だけじゃ、無理、だもんね」

「ちっ、しゃーねえ……いや。考えてみりゃ、それもありじゃねえのか?」

「え?」


 一体何を言い出すのだろうかとラルスへと視線を向けるも、ラルスは冗談で言っているのでもなさそうだった。


「訓練場での訓練も意味あるだろうが、迷宮の中ならより意味あんだろ?」

「さ、三人で行くって、こと……? む、無理だよ……」

「そうか? そりゃ先に行こうとすりゃ無理だろうが、第一階層ぐらいなら何とかなるんじゃねえか? 未だに俺達以外に第二階層に行ったやつらはいねえって話でもあるしな」

「う、うーん……一理あると言えばあるの、かな……?」


 確かに、今第一階層は沢山の生徒で溢れている。

 それは即ち、危険がより少なくなっているということであり、いざとなれば助けを求めやすいということでもあるのだ。


「前回の最後には、あいつがすることなんざ何もなくなってただろ? ちょっと試すぐらいなら、ありじゃねえか?」

「え、っと……どう、なんだろ? ……正直、不安ではある、けど……」

「うん、ワタシもソーマ君がいないっていうのは不安だけど……そう言われてみれば、いけなくもないような……?」

「まあ、君達ならいけなくもない気がするけど、それはさすがにちょっと無謀かな?」


 と、そこで話に割り込んできたのは、クルトであった。


 それに驚いたのは、極最初の頃を除けば、基本クルトは何も言ってこなかったことと、今日は姿が見えなかったからである。


「クルト先輩? 今まで何処に行ってたんですか?」

「うん、ちょっと今回のことで学院側から話があってね。それよりも、本当に三人でも行くつもりなのかい?」

「…………ちっ。確かに無謀っちゃあ無謀だが……」

「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、無謀だとは思うけど、別にそれを責めてるわけじゃない。ついでに言えば、僕はどちらかと言えば賛成側だよ?」

「えっ……いいんですか?」

「これはいい機会だとも思うしね。前回前々回と見てきた上で忌憚なく意見を言わせてもらえば、君達が実力を発揮できているのは、ソーマ君が傍にいるからだ。それを除いた上で、どれだけ今の自分達が力を発揮できるのか、ということを知るのは割と重要だと思うよ?」


 クルトの言葉に、シルヴィア三人達は顔を見合わせた。


 賛成されるどころか、後押しまでされるなんて完全に予想外だし、だが同時にその言葉には説得力もある。

 迷っていた心が、試してもいいかな、と少しずつ傾いていく。


「あと、学院側からは既に許可も出てるしね」

「え?」


 基本的に実習のパーティーは完全な自由だが、明らかに無理な状況での強行を許すほど、学院側も緩くはない。

 初回は勿論のこと、パーティーの変更があった場合や欠員があった場合などは、その度に学院側への許可を求める必要があるのだ。


 ただ、一時的な欠員が発生した場合の時は、色々な面から考えて許可が降り辛い、と聞いていたのだが、許可を取りに行くよりも先に許可されるなど、どういうことなのだろうか。


「それだけ学院側が君達を買ってる、ってことだろうね。三人でも十分だっていうのと、無茶はしないだろうっていう。あとは、今回のお詫びって意味も多少はあるみたいだけど」

「お詫び……ソーマ君のことですか?」

「だろうね。まあその分、僕も今まで以上にしっかり警戒しておけ、って言われたわけだけど」

「あっ……それは、その……すみません」


 確かに、考えてみればそれは当然のことだ。

 ソーマが居ないということは、それだけ万が一の可能性が増えるということであり、それは即ち引率のクルトに迷惑がかかる可能性が増える、ということなのである。


「いやいや、そもそも僕はそのためにいるんだしね。というか、今のところいる意味まったくないし。ようやく出番がありそうかなって思ってるぐらいだよ。まあ出番があるってことは全然いいことじゃないんだけど」


 朗らかな笑みを浮かべているあたり、それが完全に建前だけということはなさそうだ。

 そういうことであるならば……。


 シルヴィア達はもう一度顔を見合わせると、緊張感を漲らせながらも、揃って頷いたのであった。









 率直に言ってしまえば、拍子抜けだった、というのが最初に抱いた感想であった。


 地下迷宮『第三階層』、そこでの初戦闘後のことである。


 何故第三階層にまで行ってしまっているのか、と言えば……まあ、流れで、としか言いようはないだろう。


 いや、最初は本当に第一階層だけで試そうと思っていたのだ。

 だが思っていた以上に生徒達が多く、三十分ほど彷徨った末に、ようやく一度だけ戦闘を行えたのみ。

 それも一瞬で終わってしまったとなれば、不満を抱かないはずがない。


 そしてそこで、クルトから提案されたのだ。

 とりあえず問題はなさそうだし、一度第二階層に降りてみてはどうだろう、と。


 勿論すぐにそれを飲んだわけではないのだが、このままではろくに実習としての体面すら叶いそうになかったのは事実である。

 だから一先ず試しで、無理そうだと思ったらすぐに引き返す、ということで第二階層へと向かい……そこでもやはり敵を瞬殺してしまった。


 同時にその時初めて、気付いたのである。

 ソーマがいなくとも問題ないぐらい、シルヴィアは強くなり、またここに慣れてきていたのだ、ということに。


 その後もやはり、何の危なげもなく、むしろ自分の出番がほぼないことに、ラルスが不満すら抱き始めた頃、クルトからさらなる提案がなされた。

 ついでだし、第三階層にまで行ってみてはどうだろう、と。


 さすがにそれには、全員が難色を示した。

 放課後の特訓の際、ソーマには口が酸っぱくなるぐらい、未知へ挑む時の心得を聞かされていたからだ。


 どれだけ用心しても用心しすぎるということはなく、それに挑む時は、何だやりすぎだったな、と思うぐらいでちょうどいいのだと。

 それだけの準備が出来たかと言われれば自信はなく……だが最終的に頷いてしまったのは、クルトは自分達の実力も、第三階層がどんな場所なのかということも全て知っているはずだから、ということであった。


 そのクルトが、試してみても問題ないと判断したのだ。

 ならば、と思ってしまったのは、ある意味で仕方のないことだろう。


 ちなみにクルトがちょくちょくとアドバイスをしてくれていたのは、今回迷宮内の案内役を務めてくれたのがクルトだからである。

 そう、第一階層を進もうとした時にようやく気付いたのだが……今までその役目をしていたのは、ソーマだったのだ。


 地図を書いていたのもソーマだったため、当然のようにどこに何があるのかすらも分からない。

 まあ第一階層も第二階層も複雑ではなかったため、地図がなくともどうにかなりはするものの、それを不安に思うのは当然のことだ。


 しかし今回のお詫びの一環として、クルトには迷宮の地図も渡されていたらしい。

 とはいえさすがにそれをシルヴィア達に渡すわけにはいかないということもあり、クルトが案内を買って出てくれたのである。


 地図のおかげなのか、クルトのおかげなのかは分からないが、ともかくその案内は適切であり、主に警戒を担当していたソーマがいないにも関わらず、第二階層では八割方敵に奇襲をすることが出来、逆に奇襲を受けることは一度もなかった。

 クルトによれば、何でも迷宮にはそういった、魔物に奇襲を仕掛けやすい場所や、奇襲を仕掛けられやすい場所などがあるらしい。

 そのうち後者を避けるようにしていけば、そのぐらいは容易いとのことである。


 もっとも、どうやら第一階層の時は、そういった場所を選んでいたせいで三十分も戦闘もなしに彷徨うことになってしまったみたいだし、それを知らないはずのソーマが居れば同じ事が出来ていたということを考えると、ソーマの凄さを再認識したりしたわけだが……ともあれ、第三階層へと向かう決意を決めたのは、それも理由の一つであった。

 つまりは、クルトは第三階層の地図も持ち、そういった場所を知ってもいると思ったからだ。


 それは半ば反則めいたことではあるものの、未知の場所へと向かうということを考えれば、これ以上ないほどに有用なのも事実である。

 そしてそれが実際その通りだったのは、第三階層での初戦闘が呆気なく終わってしまったことからも明らかであった。


 ただ――


「うーん……でもよかったと言えばよかったんだけど、何となくこれは実習として考えると間違っているような気も……?」

「あ、う、うん……それは、ちょっと、思う、かも」

「……まー、そうだな。今回は奇襲しちゃいねえから、正面から戦えばここでも問題ねえってことが分かったのは事実だが……」

「んー、個人的にだけど、そこはあまり気にする必要はないんじゃないかと思ってるんだけどねえ。ほら、ソーマ君がいれば、多分同じ事が起こってたわけだし?」


 それはそうかもしれないが、パーティーメンバーであるソーマの力を借りるのと、引率でしかないクルトの力を借りるのは、また別だろう。

 いやここまできてそれは、今更かもしれないが。


「今回はそれが許されたわけだし、やっぱ問題ないとは思うけど、まあこれは君達の問題だからね。好きにするといいよ。それで、どうする? 続ける? それとも戻るかい?」


 そこで顔を見合わせつつ、誰一人して戻るという判断をしなかったのは、何だかんだ言ってソーマに頼っていた自分達を自覚していたからだろうか。

 ソーマが居なくとも、自分達はこれだけやれるんだ。

 そんな自信が欲しかったというか、何と言うか。


 あとは……その話をソーマにして、自慢したいような、褒めて欲しいような、そんな気持ちがあったことも、否定はしないけれど。


「えっと……それじゃあ、引き続きお願いしても、いいですか?」

「うん、勿論だよ」


 ――そう言って浮かべられた笑みに、瞬間、違和感を覚えた。


「……? どうかしたのかい?」

「あ、いえ……すみません、何でもないです」


 だが具体的にそれが何であるのかを掴む前に、あっさりとそれは消えてしまった。

 まるで最初からそんなものはなかったかのようであり……シルヴィアは気のせいだったのだろうと首を小さく横に振ると、気を取り直す。


「さて、んじゃ再開といくか」

「う、うん……でも、油断は、禁物、だよ?」

「はっ、んなの分かってるっつーの」


 ラルスは力強い笑みを浮かべ、それが過信ではないとでも言わんばかりに、それから三度ほどの戦闘を経ても、その全てで遅れを取ることはなかった。

 それはシルヴィア達も同じであり、なんだ自分達もやれるんじゃないかと、口元に笑みを浮かべるほどの余裕を持ちながら、先へと進んでいく。

 クルトもそんなシルヴィア達を見て満足そうにしており、それがまた自信に繋がった。


 そこからさらに二度の戦闘を経ても、やはり問題はなく……シルヴィアがふとそれに気付いたのは、そんな時のことだ。


 それは細い通路であった。

 今までであれば通路は三人が横に並んでも問題ない程度の広さはあったのに、そこは一人で通るのが精一杯、というところだったのだ。


 ただしそれは通路の一部というよりは、隠し通路的なものであるらしい。

 第三階層からはそういったものが少ないながらも存在するようになり、しかしそういった場所は魔物はほとんど利用しない、ということであった。


 そのため小休止を取ったり、そこを利用して魔物に奇襲を行うには最適であり……そんなところを歩いている最中に、シルヴィアは足元で何か音がしたのに気付いたのだ。

 石でも蹴ったのかと思ったが、そんな感覚はなかった。


 無視しても問題はないだろうし、前方だけでなく、足元への注意もラルスは行っているはずだ。

 さらにはヘレンもそういったことを怠ることはないだろうし……それでも万が一ということもあったので、シルヴィアは念のため足元へと視線を向ける。

 すると、そこにあったのは、親指大程度の白く丸い球であった。


 どう考えてもただの石ではなく、かといって一目で分かるような何かでもない。

 何だろうと思いながら、それに手を伸ばし、掴み――瞬間、唐突にそれが砕け散ったのと共に、眩暈のようなものを覚えた。


「っ、シルヴィア様!?」

「えっ、な、なに……!?」

「なんだ、何かあったのか!?」


 三人の声は聞こえていたが、それに何か言葉を返すことは出来なかった。

 そもそもそれは何処か遠くに聞こえており……何気なく周囲に視線を向け、それに納得する。

 そこの空間が、見るからに歪んでいたからだ。


「っ、これ、空間、転移……? まさか……テレ、ポーター……!? うそ、何で……!?」


 テレポーター。

 それは有名な罠の一つであり、引っかかった対象を強制的に別の場所へと空間転移させてしまうものだ。

 基本的には迷宮に設置させられているものであり、今居る階層よりも下層へと飛ばされることが多いため、非常に性質が悪いとされている。


 だがそれは、有り得ないはずであった。


「テレポーターだぁ……!? んな罠が、っていうか罠そのものがこんなとこにあるはずがねえだろう……!?」


 ラルスが叫んだ通り、この地下迷宮の第三階層には、罠自体が存在しないはずだからである。

 罠が登場するのは、第五階層以降のはずなのだ。


「だけど現に、それみたいなことが起こっているのは事実だ……! っ、だけど、これは……!?」


 焦ったようなクルトの声と共に、さらに空間の歪みが激しくなった。

 最早周囲の認識すらも困難であり、皆の声が完全に聞こえなくなる。


 ただ、その刹那、妙な違和感に襲われ。

 しかしそれが何であるのかを考えるよりも先に、シルヴィアの視界が暗転したのであった。

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