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元最強、講師の真似事をする

「というわけで、色々なことを教えて欲しいんだ」


 放課後の、訓練場の一角での出来事であった。

 アイナ達と一緒に居たソーマは、しかしシルヴィアから放たれたその言葉に首を傾げることになる。


「ふむ……色々なツッコミどころは置いといてであるな。そもそも何が、というわけで、なのである?」

「ああうん、別に意味はないんだけど、この前ソーマ君にそう言われて、混乱しちゃったからね。ちょうどいい機会だから、お返ししようかと思って」

「……またあんたはそんなことしてたのね……?」


 呆れたようにアイナからジト目を向けられるが、それには肩をすくめて返す。

 正直ソーマ達が迷宮に行っても、まだ収まる気配をまったく見せていなかった騒ぎを起こした元凶の一人には、言われたくなかった。


「あ、あれは……そもそもあたしにどうにかできたことじゃないでしょうが……!」

「……ん、どうにも出来なかった」

「あれは正直こっちの責任もあったですからねえ……」

「ま、まあまあ……落ち着い、て? え、っと……それで……色々教える、って……?」

「あ、うん、そうだよね……そこの説明は、さすがにちゃんとしなくちゃ」


 そう言ってシルヴィアが話したことを纏めるならば、要するにもっと色々なことが出来るようになりたいから、ということらしい。

 そのため、それぞれの出来ることなどを教えて欲しい、ということである。


「ふむ……」

「えっと……その、うん……勝手な話だっていうのは分かってるんだけど……」

「まあ、とりあえず我輩は構わんであるが?」

「だ、だよね? でもそこを何とか……って、え!?」

「うん? どうかしたであるか?」

「どうかしたって……え、いいの? 本当に?」

「少なくとも我輩は、であるがな。他の皆がどうするかは、各々の判断次第なのである」

「ちょっと、そういう言い方されると断りにくくなるでしょ? まああたしも断るつもりはないけど」

「わたしもないのです!」

「……ん、歓迎する」

「え、え、っと……その、頑張ろう……ね」

「あ……うん、ありがとう、皆。正直断られるとばかり思ってたから驚いたけど……精一杯頑張るから、よろしくお願いします」


 下げられた頭に、ソーマ達は互いに顔を見合わせると、苦笑を浮かべた。


 そこまでされるほどのことではないし、大したことが出来るとも思っていないからだ。

 そもそもここでやっていたこと自体が、最初から似たようなことである。


 適当に集まって、適当にやりたいことをやって、適当に思いつくようなことがあれば口に出して。

 決して手を抜いているわけではないが、そうしてそれぞれが気楽にやっていたのだ。

 今更そこに一人加わったぐらい、どうということもなかった。


 まあ敢えて言うようなことでもないし、そのうち勝手もつかめるだろう。


「……ところで、早速一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ふむ……まあ、我輩達に答えられることであれば、であるが」

「ああうん、大丈夫、絶対答えられるやつだから。……その、そこの二人、は?」


 言葉と共に向けられた視線は、ソーマの後方へと向けられていた。


 それだけで誰のことを言っているのかが分かったのは、他に問うべきものが居なかったからだ。

 アイナやヘレンのことを今更言及するはずがないだろうし、となれば残りは必然的に――


「シルヴィアは二人のことを知らなかったであるか?」

「いや、知ってるんだけど……むしろ知っているから、というか? ここって魔導科用の訓練場だよね? 何で剣術科の人が……」

「兄様にも同じことを聞かれたのですが、やっぱり知られていないのですね……まあわたしも聞いて初めて知ったのですが」

「……ん、ここは魔導科用ではあるけど、魔導科専用というわけではない」

「というか、言われなくちゃ分からないでしょそれ。もっとも知ったところで、普通来る人がいるかって話でもあるけど」


 そう、この二人が――リナとシーラがここに居るのは、そういう理由なのだ。

 それでもシーラはともかく、リナはいいのかという話だが、本人曰く仕事はちゃんと終わらせてから来ているのです! とのことなのでまあ大丈夫なのだろう。

 駄目な場合は本人が怒られるだけなのでやはり問題はない。


 ちなみに二人がここに来るようになったのは、ソーマが訓練場に来るようになってから数日後のことだ。

 何処からかその話を聞きつけた二人が、仲間外れにするのはずるいとか言って来たのである。


 別にそういうことではなかったのだが、人数が増えるということは試せることも増えるということだ。

 そういったわけで二人を受け入れるのに問題はなく、またシルヴィアを受け入れたのはそれも理由の一つであった。

 ともあれ。


「さて、それでシルヴィアは一先ず何を教わりたいのである?」

「え……? あの……皆で好き勝手なことをする、んだよね?」

「まあ基本的にはそうなのであるが、初回ぐらいは構わんであろう。そこの二人もそんな感じだったであるしな」

「あー……確かにそんな感じだったのです」

「……ん、そんな感じだった」


 尚、二人が望んだことは、久しぶりにソーマと手合わせしたい、というものだったので、厳密には教わりたかったことではないが、まあ似たようなものだろう。


「そもそも好き勝手にやってるとは言っても、それって主にソーマが、だものね」

「そ、そんなことは……ある、かもしれない、けど……」

「フォローするのであればせめてしっかりとして欲しいのであるが?」


 まあ別に分かってやっていることではあるので、苦笑をし肩をすくめた。

 それからシルヴィアへと視線を向ければ、躊躇いがちに、それでもしっかりとその口が開かれる。

 そして。


「じゃ、じゃあ、その――」












 ソーマの声が響くその光景を、アイナは興味深げに眺めていた。

 実際それは酷く珍しく、そのことはその場に居る全員がソーマへと視線を注いでいることからも明らかだろう。


 と、ソーマの声が唐突に止み、溜息を吐いたあとでその視線がこちらへと向けられた。


「……こっちはこっちでこうしてやっているであるから、そっちはそっちで好きにやっていていいのであるぞ?」

「ええ、だからこうして好きにしてるんじゃない」

「……ん、そっちこそ、気にしないでいい」

「兄様のことはわたしが見守っていますから、心配しなくとも大丈夫なのです!」

「あ、あの……ごめんね。で、でも、やっぱり、その……気になって」

「……まあ、我輩は構わんであるが。すまんであるな、落ち着かないとは思うであるが、少し我慢して欲しいのである」

「ううん、こっちから頼んだことだしね。大丈夫、人から見られるのって、結構慣れてるから」

「ふむ……そうであるか。まあでは続けるであるが――」


 そうして再開された話は、迷宮を進む上での心得、のようなものだ。

 一応授業でも触れられたことではあるのだが、ソーマの視点で考えていること、気にしていることなどを教えて欲しい、とシルヴィアが言ってきたのである。


 ソーマからそういった話を聞くのは、アイナ達も初めてだ。

 ソーマといえばやはり剣のことか魔法のことという、固定観念のようなものもあり、物珍しさも相まって、結果的にはこうしてシルヴィアと共にソーマの話を聞くというようなことになった、というわけであった。


「――まあ幾つか注意すべき点などを挙げたわけではあるが、結局のところはつまり常に最悪を想定しておけ、ということであるな」

「あ、それって授業でも言われたことだよね?」

「どんなことを言おうとも、最終的にはそこに行き着くものであるからな。今話したことや授業で話されたこと、その全ては、最悪を想定しやすくするためのものでしかないわけであるし」

「んー……と言われても正直、あまりピンと来ないんだよね」

「まあそんなものであろう。まだ迷宮にも一度行っただけであるしな。実感することになるのは、これからだと思うのである」

「実感……実感ねえ。本当にすることになるのかしらね?」

「む? アイナ、どういう意味である?」

「どうもこうも……」


 だって考えてみればいい。

 シルヴィアのパーティーには、ソーマが居るのだ。


 どころか、パーティーメンバーを考えれば、その戦力はおそらく、いや間違いなく実習を受けている者達の中で頭一つ以上抜けているだろう。

 問題が起こるような状況など、考えられるはずもなかった。


「あー……確かに何か起こる前に兄様が何とかするか、起こっても兄様が即座に解決してしまって、結局実感にまではいかない気がするのです」

「……ん、同感。……実感させるには、ソーマが抜ける必要あり?」

「いやいや、我輩も何でもかんでも出来るわけではないであるし、多分何かしらはそういったことが起こるとは思うのである。まあ出来れば歓迎したい事態ではないのであるが」


 そんなことを言われてもと、アイナの脳裏には自然とこれまでのことが蘇る。

 実際何かあってもソーマが解決してきたし……いや、一応実感できる程度の間はあった、と言うべきなのだろうか?


 まあそう言う事も出来なくはないだろうが……ただそれよりも、基本何か予想外のことが起きたら、その大体のところはソーマが原因のような気がする。

 事態を解決することなども含めて。


「正直心外なのであるが?」

「兄様、その件に関してはちょっとわたしではフォロー不可能なのです」

「……ん、私は全面的に同意を示す立場」

「あ、あの、ごめんね、ソーマ君。その……わたしは、そこまでソーマ君のこと、知ってるわけじゃない、けど……わたしも正直同感、かな?」

「う、うーん……ごめん、教わってる立場なんだけど、ちょっと同感かな」

「くっ……味方がいないである、だと……!?」

「嘆く前に自分の普段の行いを省みなさいよ」

「ふむ……省みたであるが、特に反省すべきところはなかったであるな」

「そんなわけないでしょうが……!」


 まったくこいつは、と溜息を吐くも、ソーマは肩をすくめてみせるだけだ。

 今のやり取りは冗談半分ではあるものの、ソーマの言っていることは本気だということも分かってしまうため、アイナは再度溜息を吐き出すしかなかった。


「ま、とはいえ実際のところは、想定した通りのことが起こるなんてことはほとんどないわけであるがな」

「あ、うん、それはそうだよね」

「うむ。普通はそれよりもさらに悪いことが起こるであるからな」

「……え?」

「だってそうであろう? 迷宮というか、未知の場所を行く以上、起こることもまた未知のはずである。ならばそこで起こることは、既知の情報の中から作り上げた最悪なぞよりも悪くなるのは当然であるからな」


 そのことは、ちょっとだけ分かった。

 アイナにも幾つか覚えがあるが、本当の最悪というのは、予想もしないところからやってくるものなのだ。

 もしも最悪を想像していたとしても、あの頃の自分ではあんなこと想像することも出来なかったに違いない。


 ……まあそれは同時に、そこからの救いがあるなんて想像も出来なかったということでも、あるのだけれど。


「えっと……つまり、最悪を想定しててもあまり意味はないってこと?」

「そういうことではあるが、だから最悪を想定しなくていいってわけではないであるぞ? 常に最悪を想定し、それを上回る事態が起こることも想定することで、何が起ころうとも最善の行動を取れるように心の準備をしておくことこそが重要なのである。ま、コレは所詮我輩の持論でしかないので、真に受ける必要はないであるがな。それでも何かの役に立つときがあるかもしれんであるから、心の片隅にでも留めておいて欲しいのである」

「……うん、分かった。色々教えてくれてありがとうね」

「どれだけ役に立つものか、というところではあるがな」


 そう言って苦笑を浮かべるソーマは、多分本気で言っているのだろう。


 だがあのソーマが口にしたことである。

 それを軽んじるなど有り得るわけがなく、アイナはその言葉をしっかりと心の中に刻み込んだ。


「とはいえまあ、最善の行動を取るには、まず取れる行動の数を増やす必要があるであるからな。幸いにもここには特級スキルを持っているのが三人も居るであるし、我輩が出来ることがあれば今回のように教えたりもするのである。だからまあ、色々と頑張ればいいと思うのである」

「あ、うん……ありがとう。皆、改めてよろしくお願いします」


 そうして再び下げられた頭に、羨望を覚えなかったと言えば嘘になるだろう。

 とはいえアイナ自身、自分がソーマに色々と便宜を図ってもらったという自覚はあるので、そこに何かを言える資格はない。


 それに多分、ソーマは何かシルヴィアから感じるものがあったのだ。

 アイナも今日のシルヴィアは何かが違うと思ったし、ソーマはおそらくもう少し明確な何かを見たのだろう。

 その態度の理由はきっと、そういうことであり……だがそんなことを考えながらも、アイナが次に口にしたのは別のことであった。


「ねえ、ところでソーマ」

「うん? どうしたのである?」

「そろそろ彼にも声をかけてあげてもいいんじゃないの? ここまで来れば、もう今更でしょ」

「あー……まあ、そうであるな。声をかけてくるのを待っていたのであるが、確かにそろそろいいであるか」


 直後に二人の視線が向いたのは同じ場所、そこで一人黙々と剣を振っている一人の少年だ。

 ただ時折その動きが乱れるところから、何かに気を取られているのが分かる。


 例えば最近それが最も乱れたのは、シルヴィアが話しかけてきた時だし、先ほどソーマが話している間は常に僅かではあるが乱れていた。

 まあつまりは、そういうことらしい。

 それでも声をかけてきたりしないのは、自尊心あたりが邪魔をしているのか。


 正直放っておいても問題はないと言えばないのだが、こちらを気にしていることが丸分かりであるため、多少は慈悲の心も湧こうというものである。

 というか、アイナが言わなければそのうち誰かが言っていただろうし、或いは言わなくともソーマが自身で向かっていたかもしれない。

 仲間に入りたそうにこちらを時折見ている人物を無視できるほど、アイナ達は冷酷ではないのである。


 ソーマがそっちに歩き出すのに、皆が安堵に似た溜息を吐き出す中、一人シルヴィアだけが不思議そうに首を傾げていた。

 そのことにアイナは少しだけ面白さを感じ、その口元を緩めるのであった。

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