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魔導の講義

「さて、それじゃあ今日も授業を始めるわねー」


 そう言って授業の開始を告げたカリーネであったが、その場を軽く見渡すと、小さく溜息を吐き出した。

 そこに広がっている光景が、いつも通りのものであったからだ。


 当たり前のことではあるが、今から行おうとしているのは魔導の授業であり、受ける者達は小等部第一学年魔導科の者達である。

 つまり彼らにしてみたらこれは最も力を入れて受けなければならない授業の一つであるはずなのだが……端的に結論を言ってしまえば、その大部分の生徒達から、やる気が感じられなかった。


 最前列に座っている生徒達が四人しかいない、というのは……まあ、まだいい。

 別に最後部に座っていようとも声が届くように、わざわざ魔導具を使って喋っているのだ。

 真面目に授業を受けるということに、席の場所は何の関連性もない。


 だが……だが、である。

 授業の開始は既に告げたというのに、教室のそこかしこからはさざなみのように小声で交わされ続ける会話の音が響いてくるのだ。


 そしてそれを行っているのは、この場に居る大部分の生徒達なのである。

 どう好意的に捉えようとも、それは真面目に授業を受けようとする者達の態度ではあるまい。


 とはいえ、ここは王立学院で、彼らはその厳しい試験を潜り抜けてきた者達だ。

 やる気がないなど、あるわけがなく……事実その通りであることを、カリーネは知っている。


 そう、彼らは、やる気がないわけではないのだ。

 むしろ魔法に関してならば、物凄くやる気があり……だからこそ、カリーネの授業を真面目に受ける気がないのである。


 その理由は単純にして明快。

 魔法は基本的に感覚的に覚え、使うものだというのに、カリーネはそれを理論的に説明し解説しようとしているからだ。


 要するに、彼らにとってこの授業は意味がない……どころか、時間の無駄でしかないのであった。

 故に、彼らはそれを少しでも有効に使おうと、互いに勝手に課題を作り出し、各々で議論を進めていっているのだ。


 だがそれを注意したところで意味がない。

 何故ならば、魔導を担当しているカリーネを除く全ての講師が、それを肯定するからだ。

 そもそも魔導の座学とは、そういうものなのだと。


 先に述べたように、魔法とは感覚的なものであり、自身の感覚が全てである。

 例えばある者は、魔法を覚えるのに瞑想を行ったりするし、例えばある者は、日常的に使いたい魔法のことをずっと考えながら過ごしていると、ある日突然使えるようになったりする。

 例えばある者は、魔法を覚えるのに礼拝堂に行って神に祈ったりするし、例えばある者は、実践こそが全てだといい、実際に戦闘を行っている最中に唐突に使えるようになったりするのだ。


 そこに共通点はなく、魔法を覚えるということは、まず始めに自分がどうやったら魔法を覚える事が出来るのか、ということを探すことから始まるのである。

 魔導の授業とは、本来は各自がそれを探すための時間なのだ。


 だからこそ、彼らの態度は何処までも正しいのである。

 各自で議論をし、自身と会話をし、そうして魔法を覚えようとしているのだから。


 だがカリーネは、それを間違っていると思ったのだ。

 いや、それで魔法が使えるようになるということは否定しない。

 しかし、覚える方法などは分からないからお前等で勝手に考えて覚えろ、というのは……講師として間違っていると思ったのである。


 故に、魔法を体系付け、理論で解体し、公式で証明した。

 否……そうしようとしているのだ。

 今話しているのだって、まだまだ実証途中だけれど、確かに確認出来たことの一つである。


 だから、これをきちんと理解し、応用できれば、きっと誰だって簡単に魔法を使う事が――


「つまりねー、魔法って言っても、結局はスキルの一種、っていうことなのよねー。剣術の特級を持ってる人が、そのイメージさえあれば空間を斬り裂けるのと一緒。そんなこと、普通に考えたら出来るわけないわよねー? でも彼らは出来る。そういった概念を持ち、そういった概念を現実に顕現化させることが出来るから。ある意味で、幻想種とかと一緒でもあるわねー」


 そんな話をしていると、ふと最後尾に居た一人の視線がこちらに向いたのに気付く。

 どこかに彼の気を引く言葉でもあったのだろうか。


 その瞳に一瞬興味の色が宿り……だがすぐにそれが消え去ったのが分かる。

 同時にそこにこもった意思が何であるのかも分かったのは、何度も向けられたことがあるからだ。


 即ち、いや、何を言ってるのか分からん、である。


 こんなに分かりやすく説明しているというのに、彼らは一体何が分からないというのだろうか。


「……ねえ、そういえばあんたも空間とか斬ってたけど、ということは今の話の意味とか分かるわけ?」

「我輩もあれは完全に感覚でやってるであるからなぁ……出来ると思っている、或いは、出来ると知っているから出来るのであって……いや。ということは、それを応用すれば魔法が使えるように、ということなのであるか……? つまり……まずは剣を用意する必要があるであるな」

「それはもうただの剣術なんじゃないかな?」

「う、うん……剣を、持ち出す時点、で、剣術だと、思う、よ?」

「なん……だと……。馬鹿な……!?」

「え、なんか本気で驚いてない? まさか本気だったの……? ……馬鹿なって言葉は、あんた自身に贈ってあげたいわね」


 と、その会話は妙にはっきりと聞こえた。

 他のさざなみのようなものとは比べ物にならず……いや、それも当然か。

 彼らは、最前列に居るのだから。


 だがそれが他の人達のそれと最も違ったのは、それが授業内容に関しての会話だったことだろう。

 それがまるで、自分のやっていることは無駄じゃないと言われているようで……つい口元が緩んでしまっても、仕方の無い事だと思うのだ。


 しかしそんなことをしている場合ではない。

 確かに彼らもちょっと理解はしきれていないみたいだが、ちゃんと聞いてくれているのだ。

 ならば講師らしく、ちゃんとその疑問に答えてあげるべきだろう。


「あら、どうしたの、ソーマ君達? 何か分からないところでもあったかしらー?」

「むしろ分かるところの方が少ないんだけど……あ、いえ、何でもありません。ソーマ? 分からないところがあったのかって聞かれてるけど?」

「ふむ? ふむ……そうであるな……たった今皆から、剣を持って魔法を使おうとしてもそれは剣術じゃないのかと言われたのであるが、そうなのであるか?」

「え? うーん……どうかしらねー?」


 一瞬冗談なのかと思ったが、その目を見る限りどう考えても真剣そのものであった。

 ならばこちらも真剣に答えるべきだろう。


 だが考えてみれば、すぐに答えは出た。

 答えは――否だ。


「そうねー、別にそんなことないと思うわよー? だってそれを言ったら、魔導士は皆魔法を使う時には素手じゃなくちゃいけない……いえ、体術というものがある以上、素手でも駄目ねー。そう考えていくと、剣を持っていようとも、魔法は魔法、ということでしょー? ほら、ラルス君だって、剣を使うけど魔法も使えるでしょー?」

「あ、あぁ? ま、まあ使えますけど……」

「ほらねー?」

「ふむ……なるほど」


 頷くソーマを眺めながら、カリーネが少しだけ口元を緩めたのは、自身の説明でソーマが納得してくれたから、だけではない。

 最前列のすぐ後ろに姿が見えたから、ラルスへと話を投げてみたのだが、それに反応を返してくれたからである。

 それはつまり、ラルスも授業をちゃんと受けてくれていた、ということだ。


 少しずつ、自分の授業が聞かれ始めている。

 それを考えれば、嬉しくならない訳がないだろう。


 何せ去年までも同じようなことをやっていたのだが、その時には誰一人として結局聞いてくれることはなかったのだ。

 そのせいで、二ヶ月も経つ頃にはカリーネも座学の授業を行うことはなくなってしまい……だが今年は、五人もいる。

 つい口元が緩んでしまうのを抑えきれず、しかしちゃんと話は続ける。


「それに……まあ、正直あまりこういうことは言いたくはないんだけど、魔法の覚え方は、確かに現状人それぞれではあるもの。ソーマ君が剣を持ちながら覚えるっていうなら、それもありだと思うわよー? いえ、それだけじゃなくて、もっとソーマ君に合ったやり方でやってみるっていうのもありだと思うわよー?」


 それは全然理論的ではなかったけれど、それで自分の話を聞こうと思う取っ掛かりとなってくれれば問題はないだろう。

 とりあえず聞こうとしてくれなくては、どうしようもないのだ。


 彼らは今のところ聞いてくれてはいるものの、それだって意味がないと思われてしまったら止めてしまうかもしれない。

 ならば少しだけ自分の信念を曲げても、興味を持ってくれやすいように話をするのは、間違っていないはずである。


「ふむ……より自分に合ったやり方……なるほど。つまり、あれであるな……そこは剣を持つことから一歩進めて……剣を振りながら魔法を覚えようとすれば、或いは……?」

「或いは、じゃないわよ。それもうやっぱり完全に剣術じゃないの!」

「うん、剣術だね。持つ、まではまだしも、振っちゃったらもう完全に駄目だと思うよ?」

「だがラルスはたまに剣を振りながら魔法を使ったりしていた気がするであるが?」

「あ、あれ、は……その、あくまでも、魔法を、使ってる、だけ、だから……覚える時に、やるのは……違う、と思う」

「なん……だと……?」

「だから何で本気で驚愕してるのよ……当たり前じゃないの」

「せ、先生……そうなのであるか?」

「え、うーん……そうねー。……まあ、さすがに剣を振りながら魔法を覚えようとしても、それは魔法じゃないんじゃないかしらねー」

「馬鹿な……」


 ソーマは本気で言っていたらしく、本当に愕然としており……その様子に、カリーネは少しだけ、笑みを漏らした。

 言っていることはちょっと変かなとカリーネも思うものの、本気で自分の授業を受けていることに、変わりはないからだ。


 同時に、ふと思う。

 何故これで評判が悪いのだろう、と。


 というのも、ソーマは他の講師からの評判がすこぶる悪いのだ。


 曰く、授業中に他の本を読み、授業をまともに受けていない。

 曰く、それなのに授業の話を振れば完璧に答えてしまうので、可愛げがない。

 曰く、初日はちゃんと打ち合ってくれたのに、それ以後一度も打ち合ってくれないので不満なのです!


 最後なんか変なのが混ざったような気もするが、大体そんな感じなのだ。

 座学はまともに受けず、実技に関しても割と手を抜いているように見えるというか、サボり気味。

 迷宮探索の実技だけはちゃんと受けているようだが、それ以外では全滅だという話なのである。


 だが目の前の姿を見れば分かるように、カリーネからすれば、ソーマは真面目でいい生徒だ。

 まあ未だに魔法が使えないらしいが……間違いなく、熱意はある。


 そして学院の理念は、学ぶべき者が学べるように、だ。

 なら何の問題もないはずであった。

 ともあれ。


「そうねー……じゃあとりあえず、その疑問は持ったまま、授業を先に進めてみましょうかー。この先の話を聞けば、何かピンと来るものがあるかもしれないしねー」

「ふむ……そうであるな。よろしく頼むのである」


 何にせよ、そんな生徒が、授業の続きを望んでくれているというのだ。

 ならば、それだけで十分であった。


 まあ、いつか全員がこうなってくれたら嬉しいのだけどと、そんなことを思いつつ。

 それでもとりあえず今はこれでと、カリーネは授業を再開するのであった。

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