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迷宮探索実習

 ラディウス王国のホフマンスタール家と言えば、ラディウス王国の中ではそれなりに知られた名だ。


 当時未だ魔王討伐隊の一つでしかなかった、現ラディウス王国の主要メンバー。

 彼らがベリタス王国へと反旗を翻すことを決めそれを宣言した際に、貴族の中で真っ先に彼らを支援することを決めたのが、当時ベリタス王国で伯爵を務めていたホフマンスタール家だったからである。


 故にその後次々と他の貴族も名を上げたのは、ホフマンスタール家のおかげなどとも言われており、さらにホフマンスタール家が果たした役割はそれだけではない。

 主要メンバーの多くが前線で戦っていたのと同じように、ホフマンスタール家の者達も前線で戦っていたのだ。

 その姿は内外に強い衝撃を与え、比較的スムーズに建国が叶ったのも、ホフマンスタール家がその一因を担っていた、などと言われるほどである。


 そしてそれは、ある意味で正しかった。

 少なくとも、爵位に関してのあれこれがスムーズにいったのは、ホフマンスタール家のおかげだからだ。


 というのも、最終的に反乱に加わった貴族はそれなりの数に上ったが、その中で元公爵家だったのは、ノイモント家の人間だけだったのである。

 現在公爵となっているその他の者達は、元公爵家どころか貴族ですらなかった者も少なくない。

 それぞれの果たした貢献のみを基準にした結果、そのようになったのだ。


 だが当然のように、当初それは各方面から反発を招いた。

 というか、主に協力してくれて共に離反した貴族達から。

 そもそも反乱に加わった貴族の半数以上は、戦況が優位になってから加わった者達であり、より上位の爵位を受けることで甘い蜜を吸おうと思っていた者達なのだ。

 自分達にほとんど恩恵のないそれを、認めるわけがない。


 しかしその目論見は、ホフマンスタール家の当主が放った一言で簡単に瓦解した。

 貴族の中で最も功績を上げていたのがホフマンスタール家だったのは誰の目にも明らかであり、だが彼はこう告げたのだ。


 自分達の爵位は元のままでいい。

 いや、下げても構わないし、何なら爵位そのものを剥奪してもらっても構わない、と。


 勿論そんなわけにはいかないのだが、何せ本人達が望んだことだ。

 これを叶えないわけにもいかず……何とか伯爵家のままということで留めた。


 そうなってしまえば、他の貴族達が何かを言えようはずもない。

 それはそれとして自分達の爵位を上げてくれ、などと言おうものなら各方面から盛大に叩かれ、それこそ爵位を失ってもおかしくはなかっただろう。


 そういった諸々の要因から、ホフマンスタール家の名は広く知れ渡り、評価もされ……だが。

 そう、だが、である。


 ラルスは、知っているのだ。

 それらがただの過大評価でしかないということを、である。


 全部が全部、単純な理由によるものなのだ。

 最初に協力を決めたのは、そうすれば最も長く戦えると思ったからでしかない。

 反乱側に加わったのは、より苛烈な戦いに参加出来ると思ったからで、前線で戦ったのは、単純に戦いたかったからだ。


 爵位の件も同じ。

 より上位の爵位をもらってしまえば、今よりもさらに気軽に戦うことが出来なくなるから。

 爵位を剥奪してくれというのがむしろ本音であり……つまるところ、彼らはただの戦闘狂なだけなのであった。


 巷の者達が噂するように、貴族の中の貴族などということは有り得ないし、領民達の生活がよくなっているのは、元が酷すぎただけなのと、優秀な部下達のおかげである。

 彼らの一人息子であるラルスは、嫌というほどにそれをよく知っているのだ。


 とはいえ、別にラルスは彼らが嫌いなわけではない。

 むしろ尊敬しているし、当時の話を聞くたびに悔しさすら浮かぶほどだ。

 単純にその話を耳にするたびに違和感しか覚えないというだけであり、ラルスもまたどちらかと言えば戦闘馬鹿なのであった。


 王立学院に入ったのも、結局はそのためだ。

 より強くなるため、より強い相手と戦うため。

 それで全てだ。


 だから正直に言って、剣術の授業を最初に受けに行き、その講師の姿を見た時、ラルスはひどく落胆したものであった。

 何故ならばその相手は、どう高く見積もっても自分達と同年代の少女にしか見えなかったのだ。

 勿論同年代だからといって強いものがいることは知っていたが、その少女は微塵も強いようには感じなかった。


 ほぼ毎日のように両親と手合わせをしていたラルスは、凡そではあるが相手の強さというものが分かるようになっていたのだ。

 感覚的にではあるものの、少なくとも自分より強いのか弱いのか程度は分かる。


 そしてその感覚が告げていたのだ。

 その少女からは、まったく強さを感じないと。


 個人の強さと教える強さは別物だということも分かってはいたし、王立学院の講師をやっているということは、それなり以上なのだということも分かってはいたが、それでも落胆は隠せず。

 とりあえず、自分の強さを講師にも、周囲の者達にも見せてやろうと、そんなことを思い――立ち会った次の瞬間には、訳も分からぬまま倒れていた。


 さらには他の者達も訳も分からぬうちに倒され……そこでようやく、ラルスは思い出す。

 両親が言っていたのだ。

 本当の強者というものは、自分達ではその強さをまったく感じないほどのものなのだ、と。


 しかしそれを忘れていたのは、そんな相手に会った事がなかったからだろう。

 いや、或いは……会ってはいても分からなかった、ということなのか。


 そんなことを思いつつも、次々とその少女と相対したものは倒され、ついには最後の一人となり……そして。

 ラルスは、その光景を目にしたのだ。


「――ちっ」


 二ヶ月近く前のことを何故かふと思い返しながら、舌打ちをすると、ラルスは眼前のそれに向け、そのまま右腕を振り抜いた。


 ――剣術中級・心眼(偽):薙ぎ払い。


 直後、腕に確かな感触が返り……しかしそこで再度舌打ちを漏らしたのは、浅いという事が分かったからだ。

 いつもならばこんなことはないというのに、それだけ緊張しているということなのか。

 威勢のいいことを言ったくせに情けないと、心の中で自分を叱咤し、さらに――


「――ラルス!」

「――っ!?」


 瞬間、後方へと飛び退いた。

 一瞬後に自分の頭のあった場所を何かが通過し、冷や汗が流れる。


 それが突き立った地面へと視線を向ければ、そこにあったのは先端の尖った矢。

 あのまま踏み込んでいたら、ただでは済まなかっただろう。


 だがこれもまた、普段ならばやらないミスだ。

 確かに周囲は薄暗くとも、見えてはいる。

 だというのに、この有様だ。


 どれだけ視野狭窄に陥っているのだと、苛立ちを込めながら、今度こそ一歩を踏み込み、振り上げた腕を振り下ろした。


 ――剣術中級・心眼(偽):唐竹割り。


 違うことなくその醜い顔が胴体ごと斬り裂かれたのを確認しつつ、大きく息を吐き出す。

 それから、僅かに躊躇ったものの、後方へと声を投げた。


「……ちっ、助かった」

「気にするなである」


 返って来た言葉に、唇を噛んだ。

 顔は見えないが、どんな調子でどんな顔をしているのかなど、それだけで十分分かる。


 こんなこと一つでも、自分がどれだけ未熟なのかということが分かるというものだ。


「……くそっ」


 自分が未熟だなど、分かっていたつもりだった。

 しかしそれは多分本当に、つもりでしかなかったのだ。


 剣は一先ず十分だから、次は魔法?

 ふざけたことを考えた少し前の自分を殴り倒したいほどであった。


 ……いや、だが或いは、だからこその今があるとも言えるのか。

 そこで素直に剣術科に進んでいたら、こいつには会えなかっただろうから。

 それを考えれば、あの時の自分の判断を褒めるべきなのかも――


「……ちっ」


 そんなことをつい考えてしまい、また舌打ちが漏れる。

 最近こればかりだが、それも仕方のないことだろう。


 だがそれでも、諦めるつもりもない。


「……っ」


 口元を引き締め、後方の存在を意識しながら、視線の先で再び弓を引いているそれ――ゴブリンアーチャーへと狙いを定め、足元へと力を込める。


 あの時目にし、憧れたものに少しでも追いつくため。

 そのまま全力で、地を蹴った。













 眼前で繰り広げられている光景を前に、クルトはほんの僅かに目を細めた。

 直後に、ほぅ、と呟いたのは、単純に感心したからだ。


 念のために左手に構えていた槍を暇潰しに弄りつつ、ふむと頷く。

 どうやら自分の出番はなさそうだった。


 同時に、見事だと思う。

 二人の少女を守るように立ちつつ、それでいて周囲を自然体のまま警戒している少年が、だ。


 その立ち振る舞いは勿論のこと、先ほどの声がけも見事だった。

 あの場面は遅ければ当然だが、早すぎてもまずかった場面である。

 ゴブリンアーチャーの攻撃に気付いていなかったのは明らかだが、あそこで早く気付いてしまったら、下手にタイミングが狂い余計危険なこととなってしまっていた可能性も高い。

 咄嗟に飛び退くことの出来るタイミングは、まさにあの時しかなかったのだ。


 敵の攻撃だけではなく、味方のことまで考えてのことだということである。

 見事な観察眼だ。


 しかも今回四人で迷宮に行こうと提案したのも彼らしいが……おそらくはそれも、分かってのことだろう。

 というのも、迷宮は四人から六人でパーティーを組むのが適切だと言われているが……今回のことを考えた場合は、四人が最も適切だからである。

 逆に六人は不適切だと言ってしまっても構わないだろう。


 これが迷宮に慣れていたり、気心の知れた人物であったりする場合は別だ。

 或いは、三人か四人程度そうだったりした場合なども、別である。

 そういった場合は、確かに六人が適切だ。


 だが話を聞いたところによれば、彼らは同じ学科ではあれども、それほど親しくはないらしい。

 そして迷宮に潜ったことがあるのは、その少年――ソーマのみ。


 迷宮に慣れておらず、互いのこともよく分からない。

 そんな人間が六人集まったところで、ろくにパーティーの運用など出来るわけがあるまい。

 それならまだ一人の方が遥かにマシだ。


 だが四人ならば、まだ何とかなる。

 前衛二人に後衛二人とバランスもよく、それなら互いの邪魔をせずにどうにか出来るはずだ。

 今回四人が適切だというのは、そういうことである。


 もっともあのソーマがいたならば、六人でも何とかなった気もするが、まあわざわざリスクを取る必要もないと踏んだのだろう。

 実際三人の動きにそれぞれ硬さはあれども、まだ第一階層ということもあって何とかなっている。


 先ほどのも、ゴブリン二匹にゴブリンアーチャー三匹と数の上では分が悪かったのだが、ソーマが咄嗟に的確な指示を与えることでどうにかなった。

 ラルスがゴブリン二匹を抑え、その間にヘレン達がゴブリンアーチャーのうち二匹を始末、そこでラルスが反撃に出る、という形でだ。

 ラルスが一匹倒した後にちょっと隙が出来てしまっていたが、ソーマが観察に徹していたことで無事切り抜ける事が出来た、というところか。


 まあ正直ソーマも前衛に出ればおそらくはもっと簡単に片がつくのだろうが、これはわざとだろう。

 多分三人に経験を積ませるためだ。

 初日の第一階層ということを考えれば、確かにそれが最善である。


 所々の動きや攻撃から、三人共元々はこんなところで苦戦するレベルではないはずだ。

 ならば少しでも早く色々な意味で慣れさせるというのは、正しい行動である。


 ただこうなってくると、ソーマの実力の方が気になるところだが……。


「ふむ、終わったであるか。周囲に他の敵影なし。移動を再開、というところであるが……皆大丈夫であるか? 少し疲れが見え始めてる気がするであるが」

「別にんなことねえよ。まだ潜って一時間ぐらいだろ? こんなんわけねえっつの」

「んー、そうだね、確かに少し疲れは感じてるけど……まだ大丈夫、かな?」

「う、うん……ちょっとずつ、皆と息合ってきた、気がするし……もうちょっと、やりたい、かも」

「ふーむ……ではまだ続けるであるか。各自無理は禁物であるぞ?」


 ラルスが最後のゴブリンアーチャーを斬り捨てた後、四人はそう言って行動を再開した。

 今まで後ろに下がっていたソーマが前に出て、前衛二人後衛二人と隊列を元に戻しての行進だ。

 これも本当に、見事だと思う。

 手を出すことはないこちらを、上手く利用しているからだ。


 基本的に手を出すことはない以上、クルトは必然的に最後尾を歩くことになる。

 だがそうなると、敵が後方からやってきた場合は、どうしたってクルトが接敵することになるだろう。

 相手はこちらが実習しているなど、知ったことではないのだ。


 だからこそ、ソーマは本来必要な後方の警戒を、行っていないのである。

 ずるいと言えばずるいのかもしれないが、ちゃんとした作戦の一つであるし……そもそも引率が最後尾につくのは、それをさせないためでもあるのだ。


 さすがに新入生にそこまでさせるのも酷だろう、ということで。

 勿論それに気付かず警戒するような陣形にしたところで、こちらから何かを言うこともないのだが。


 ともあれそうして四人は、主にソーマが警戒をしながら、先に進み――そこで再び、敵と遭遇した。

 ただ。


「……お?」


 それは、ゴブリンであった。

 たった一匹のゴブリンであり――それは間違いない。


 ただし、先ほどのゴブリンと比べると、ほんの僅かながらその身体が大きく――


「ちっ……一匹だけか。まあいい。俺がやるから、テメエら手を出すんじゃ――」


 ――一閃。


 まさに一瞬のことであった。

 ラルスが構えるよりも先に剣閃が走り、ゴブリンのその身体を真っ二つにしたのだ。


「ふむ……? おっと、すまんである。たまには我輩も動かねばと思って、ちょっとやってしまったのだ。ちょうど一匹だけであったしな」

「…………けっ。まっ、確かに俺達ばっか戦ってたからな。テメエもたまには戦うべきだが……次こそは俺がやるからな? テメエは手出しすんじゃねえぞ?」

「うむ、次は気をつけるのである」


 あまりにも一瞬のことだったため、警戒するよりも先に終わってしまい、特に後衛の二人が小さく安堵の息を吐き出したのが見えたが、そこでクルトが目を細めたのはそれが理由ではなかった。

 先ほどのゴブリンが、本当はただのゴブリンではなかったからだ。


 基本的にゴブリンというのは、何故だかその身体の大きさが全て同じなのである。

 ほんの僅かだろうと、その身体が大きいということは有り得ないのだ。


 もしそう感じるとしたら、それは気のせいか……或いは、それがただのゴブリンではないか、である。


 ――ホブゴブリン。


 ゴブリンの上位種とも呼ばれる、おそらくはそれであった。


 それを見極めるのは難しく、だが普通はあまり問題にはならない。

 ゴブリンを見かけた場合、それがただのゴブリンなのかどうか、最大限に警戒してあたるからだ。


 だからそれがホブゴブリンだろうと、遅れを取ることはほぼない。

 遅れを取る場合は、そもそもホブゴブリンを相手取れるほど強くはない者の場合ぐらいである。


 しかしそれはあくまでも普通の場所での話だ。

 ここは迷宮であり、だからそれは十分過ぎるほど問題になりえた。

 普通ホブゴブリンは、第一階層では出てこないからだ。


 だが未だその仕組みが理解出来ていない迷宮では、たまに例外とでも言うべき事が起こる事がある。

 これもその一つであり、何故かたまにその階層では出てこないものが出てくる事があるのだ。

 今のはほぼ間違いなく、それだった。


 つまりラルスは、ホブゴブリンをゴブリンだと思って相手しようと思っていたのだ。

 その例外のことは彼らも聞いているはずだが、例外は滅多にないからこそ例外なのである。

 それを念頭に置いて行動できる新入生など、普通はいない。


 故に先のことは、惨事が待っていてもおかしくはなかった。

 本当に危険そうならばクルトが止めただろうが、最悪重症を負っても不思議ではない場面だったのである。


 そしてそれが分かっていたから、ソーマは瞬殺したのだろう。


 迷宮の危険さを思い知らさせるという意味では、一合ぐらいはやらせるべきだったのかもしれない。

 そうすれば、嫌でもそれが分かったはずだ。


 しかし彼らはまだ、迷宮そのものにすら慣れてはいなかった。

 だから、それを知らせるのはまだ早いと判断したのだろう。

 正しい判断であった。


 そうして。


「……ふうん? なるほど……」


 今のはおそらく、ソーマの実力の片鱗にすらならないものだ。

 その挙動からそれを理解するのは容易いことであり……本当に見事だと、クルトは思った。

 同時に、面白い、とも。


 てっきり退屈なだけだと思っていたのだが……もしかすると、案外楽しめそうかもしれない。

 面白いことになりそうだと、そう思い、クルトはその口の端を、ほんの少しだけ吊り上げたのであった。

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