元最強、迷宮探索の授業を受ける 後編
「というわけで、我輩達のパーティーに入って欲しいのである」
「……へ?」
シルヴィアがその声をかけられたのは、本当に唐突であった。
事前に何か話をされていたわけでもないので、何がというわけなのかがまるで分からない。
目をぱちくりとさせていると、見知った顔の少年が首が傾げた。
「ふむ……? ……む、しまった。そういえば、今はアイナがいないのであった。いつもであればここで鋭いツッコミが入るはずなのであるが……仕方ない、ヘレン、任せたのである」
「えっ……な、何が……?」
「ひでえ無茶振りしてんじゃねえよ」
共に居る二人も、当然のように見知った顔である。
だがそれでも……いや、だからこそ、分からなかった。
唐突だし、意味は分からないが、これはつまり、自分を勧誘しに来たということなのだろう。
しかしそんなこと、あるわけがないのだ。
それは物事を悲観的に捉えているとか、そういうわけではない。
ただの事実であり、実際今の今まで、シルヴィアに声をかけてくる者など誰一人としていなかったのだから。
もっともそれは、シルヴィアが嫌われているからでは……多分ない。
いつもであれば、誰かしら話しかけてくれたりするのだ。
それが友達の振りだったと考えるのは、さすがにひねくれ過ぎだろう。
では何故今は話しかけてくれないのかと言えば、それは今だからだ。
迷宮探索。
それがどれだけ危険なのかということを、皆が理解しているからである。
実習とはいえ……むしろ実習だからこそ、突発的な事故というのは起こりやすい。
現に年に一人か二人とはいえ、死人が出ているのだ。
勿論それを厭う者は、最初からここには来ていないだろう。
シルヴィアもそれは、例外ではない。
だが同時にそれは、あくまでも自分の身が危険に晒されることに対する覚悟でしかないのだ。
他人のそれを丸ごと背負うほどではなく、ましてや王族のものなど背負えるわけがない。
それを薄情とは、少なくともシルヴィアは言うことが出来なかった。
どれだけ王族としては端の端であろうとも、やはりシルヴィアは王族なのだ。
何かあってはいけないし、何か起こさせてはいけない。
万が一にでもシルヴィアが命を落とすようなことがあれば、そのパーティーメンバーは一族朗党ろくな目には合わないだろう。
それが分かっているから誰もシルヴィアには声をかけないし、シルヴィアも何も言わないのである。
そう、だからシルヴィアに勧誘の声などが、かかるはずが――
「で、まあ、冗談はともかくとして、つまりはパーティーへの勧誘なわけであるが、どうである? まあ、先約があったり、嫌だというのであれば無理にとは――」
「先約なんてないし嫌でもないよ! ……あっ」
反射的に言ってから、やってしまったと思った。
嫌じゃないのは本当だし、むしろ望むところですらある。
だってあのソーマが、勧誘に来たのだ。
それはつまり、この授業をやる気がある、ということだろう。
未だ大体の授業で、本を読んでいるというのに。
座学ではないから、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それでもソーマと一緒に授業を受けられるというのならば否やはない。
入学試験のような、或いは初日の剣術の授業のような、あんなものがまた見られるかもしれないのだ。
ならば嫌ということなど、あるわけがなく……ない、のだが――
「さて、これで四人になったであるし、とりあえず実習は行えそうであるな」
「あん? あと二人集めなくていいのかよ?」
「う、うん……ソーマ君が強いのは、アイナちゃんから色々聞いて、知ってるけど……」
しかしどうやら三人の中では、シルヴィアが参加することは確定してしまったらしい。
ならばまあ、うん……仕方ないだろう。
それでもせめて、三人の迷惑にはならないようにしようと、そんなことを思いながら、シルヴィアはその口元を、ほんの少しだけ緩めた。
「えっと……それじゃ、改めまして、実習よろしくね!」
「うむ、よろしくなのである」
「おう」
「う、うん……その、よろしく、ね」
何やら考え事をしていた様子のシルヴィアであったが、どうやら吹っ切ったらしい。
まあ何を考えていたのかは何となく分かるが、別にどうでもいいだろう。
どうとでもなる、と言うべきかもしれないが……ともあれ。
元気よく挨拶をしてきたシルヴィアに、ソーマ達はそれぞれ挨拶を返すと、そのまま話を続けた。
「それで、どうするである? 我輩としては折角だし一度このまま迷宮に行ってみるべきかと思うであるが」
「それなんだけど、本当に四人で大丈夫なのかな? えっと、その……うん、ソーマ君、が凄いってのは、ワタシも知ってるけどさ」
「ああ、まあやっぱそう思うよな? おい、本当に大丈夫なのかよ?」
「ふむ? そう問いかけてくるということは、汝まさか自信がないのであるか?」
「あぁ? テメエ、やっぱ喧嘩売ってんのか……!? 俺は自信あるに決まってんだろうが……!」
「え、えっと……わ、わたしは、正直、ない……かな?」
「うーん……ワタシは何とも言えない、かな? そこそこできる自信はあるけど、やっぱりまだ迷宮には行ったことないし、そういう意味では不安かなぁ……」
「つまり賛成二の反対一、保留一、というところであるか」
なら多数決によって決定……というわけには、さすがにいかないだろう。
今から行こうとしているのは、迷宮だ。
不安に思うのは仕方ないにしても、そんな者を無理に連れて行けば事故の元になるだけである。
ヘレンは勿論のこと、シルヴィアもそういった意味では同じだ。
そんな者達を安心させることの出来る魔法の一言でもあればよかったのだが、生憎とそんなものはない。
ならば。
「ま、無理にとは言わんであるが、我輩としてはとりあえずこの四人で行ってみたいところであるな。駄目だと思ったらすぐに引き返すし、その時は改めて他の人員を集めればいい話であるしな」
基本実習でのメンバーは今日決めたもので今後も固定となるが、変えられないわけではない。
どうしたって実際やってみたら無理だったということもあるだろうし、誰かが怪我などで一時的に離脱してしまうこともあるだろう。
そういったことのため、本人達の承諾さえあればある程度自由にパーティー間の移動は可能なのだ。
ちなみにパーティーのメンバーの数は厳密には決まっていない。
四人から六人が最良と言われているものの、十人でもいいし、最悪一人でもいいのだ。
そこら辺の見極めや、実際に試し学ぶことも、この実習の目的の一つ、ということなのだろう。
ともあれ。
「そうなっと、新しく加えるやつは余り物とかになる気がするんだが……ま、今の状況じゃ大差ねえか」
「んー……まあ確かに、結局は実際に行ってみないと分からない、か。試しに、ってことなら、ありと言えばあり、かな……?」
「そ、そう、だね……あの、本当に、無理はしないん、だよね……?」
「約束するのである。まあそれに、実は我輩既に一人で第十階層まで行っているであるしな。たとえ何かあっても、最悪三人を逃がすぐらいなら出来ると思うのである」
「はぁ……!? おい、迷宮に行ったことがあるって……確かそれを許されんのは中等部以降だろ……!?」
「実はそれ以外にも方法がある、ということであるよ。まあ我輩も教えてもらった立場であるし、そのうち教えられることであるらしいから、我輩からそれ以上のことは言わんであるがな」
「……ちっ」
とりあえず全員の合意が取れたため、そのまま迷宮へと向かうことにする。
迷宮探索の実習は基本的に一日の授業の時間全てを使うため、第一階層をゆっくりと見て回る時間ぐらいはあるはずだ。
とはいえ一先ず向かうべきは、講師たちのところへとである。
さすがに勝手に向かってはまずいし、何より実習である以上、四人だけで向かうわけにはいかないからだ。
そしてその講師たちは、迷宮のある建物のすぐ近くに散らばっていた。
他の授業がないため、一学年で授業を行う講師たちはそのほとんどがこの場に来ているのだが、基本的に皆忙しそうだ。
大きなトラブルになりそうなのは今のところ二箇所だけではあるが、小さな諍いが起こっていたり相談されていたりと、やることは幾らでもあるらしい。
まあそのためにこの場に狩り出されているのだから、当然ではあるが。
しかしこの調子では、すぐに行くのは無理そうかもしれない、などと思っていたら、ちょうど一人の講師の手が空きそうであった。
何か相談を受けていたのか、今まで話していた三人組の生徒達がその場を離れていくのを眺めつつ、一つ息を吐き出す。
その講師はソーマ達にとっては最も馴染みのある人物であり、つまりはカリーネであった。
このチャンスを逃してたまるものかと、三人に目配せすると、即座にその元へと向かい、話しかけた。
「カリーネ先生」
「うん? あら、ソーマ君達。どうかしたのー? って、別に相談って雰囲気じゃなさそうかしらねー」
「うむ、これから一先ず迷宮に行ってみようかと思うのであるが」
「そうなの? なら、一番乗りねー」
「あれ、そうなんですか? 早々に決まった人達もいたみたいですから、てっきり誰かもう行ってるものだと思ってたのに……」
「いつもはそうなんだけど、今年は結構皆慎重みたいねー」
「慎重ってか、怯えてるだけじゃねえの? ったく、根性ねえやつらばっかだな」
「で、でも……やっぱり、そう、だよね……?」
「あら、でも個人的には、あなた達の方が正しいと思うわよー? 話し合いも重要だけど、とりあえず経験に勝る知識はないもの。特にこういう、危険なことが分かってはいても、ほぼ大丈夫だって分かってる場合はねー」
「そ、そう……なんだ……」
僅かに不安そうな顔を取り戻したヘレンだが、その直後を聞いてほんの少しだけ安心したようだ。
その身体から少しだけ力が抜けたことに、ソーマは小さく息を吐き出す。
礼代わりに視線を向ければ、カリーネも口元をほんの少しだけ綻ばせた。
「ともあれ、迷宮に行くってことでいいのよねー? じゃあ、えっと……あ、いた。クルト君、出番よー」
「あ、はい、分かりました」
カリーネが声をかけ、それに頷いたのは、その後方に居た一人の少年であった。
その近くには同じように他にも少年少女がいたが、その全員が講師のようには見えない。
いや、実際そうではないのだから、当然だ。
「や、僕は中等部第三学年槍術科のクルトだ。今日はよろしくね」
そう名乗ったように、彼らはソーマ達と同じ学生だ。
ただし全員中等部第三学年の、しかも成績上位者と聞く。
今回ソーマ達の引率をするために、来てくれているのであった。
実習とはいえ……というか、実習だからこそ、小等部第一学年の生徒達だけで迷宮に潜るなど、さすがに危険すぎる。
とはいえ講師がつくには絶対的に人数が足りず、そのため上級生が引率するのだ。
まあ厳密に言えば、余程危険な状況にならなければ手出しはしないらしいので、いざという時のためのお助け要員、というところだろうが。
ともあれソーマ達のその相手が、このクルトという少年であるらしい。
「うむ、よろしくなのである」
「お、おう、よろしく……お願いします?」
「よ、よろしくお願いします……?」
「よ、よろしく……お願い、します……?」
しかしそうして挨拶を交わしながら、三人が何処かすっきりしない態度を取っているのは、クルトが上級生には見えないからだろう。
何せこのパーティーの中では、ほんの少しだけラルスの背が高めなのだが、それとクルトの背はほぼ同じぐらいだったのだ。
正直同学年といわれたところで、違和感はない。
それでもソーマが戸惑うことがなかったのは、その雰囲気からだ。
落ち着き払ったその様子は、上級生だというのに十分納得できるものだったからである。
むしろ落ち着きすぎているような気もするが……まあ、そんなこともあるだろう。
だがそんなある意味で失礼すぎるこちらの態度に、クルトが怒ったりすることはなかった。
おそらくは、自分でもその理由を理解しているからだろう。
小さく苦笑を浮かべるも、それだけだ。
まあ、カミラがそうであるように、年が上でも背が低いという人物は、珍しいながらもある程度はいる。
クルトもまたその一人だということなのだろう。
さすがに初対面で聞くようなことではないので、黙っておくが。
ともあれ。
「さて、では早速行くであるか」
各々の頷きを聞きながら、ソーマは四人と共に、一路地下迷宮へと向かうのであった。




