元最強、訓練場を見学する
胸いっぱいに空気を吸い込みながら、ソーマは青空の下を歩いていた。
特に最中は息苦しさを感じることなどはなかったのだが、意識していなかっただけでそれなりに堪えていた、ということだろうか。
そんなことを考えながら、今度は息を吐き出しつつ、歩を進めていく。
迷宮での試験は、先ほど終わりを告げていた。
結局第十階層まで行くのにかかった時間は一時間ほどだ。
まあ特に苦戦するような魔物もいなかったので、そんなものだろう。
予定の半分で辿り着けたのはどう判断されたのか……結論だけを言ってしまうのであれば、試験は無事合格とのことであった。
そして今はその帰り道……と称しての、散歩だ。
折角訓練場へと来たのだからということで、その一つへと向かっている。
今まで放課後に行った事はなかったのに、今回唐突に向かう気になったのは……まあ、ヒルデガルドからされた話とまったく関係ないと言ってしまえば、嘘になるだろう。
確かに、あの話を聞いた時に何かを思ったことは事実だ。
ただし同時に、気にしていないといったのも本音なのである。
むしろ、感謝の気持ちの方が、圧倒的に上だろう。
あの場で終わってしまったところで、ソーマには何の後悔もなかったのだ。
それを転生させてくれたばかりか、こうしてチャンスまで貰えたのである。
文句を言ったら罰が当たるというものだろう。
「……いや、或いは、既に罰は当たっているのであるか?」
何せヒルデガルドは、あの世界では本当に神の一柱だったと言うのだ。
ならばそれを殺したソーマに罰が下るのは、ある意味当然なのかもしれない。
罰の内容は当然、魔法が使えない、ということであり――
「ま、口に出したら怒られそうではあるが」
そんなことするわけがないのじゃ! とか言われそうだし、勿論本気で思っているわけではない。
それにそれは、ヒルデガルドへの侮辱だろう。
まあ冗談はともかくとして……ソーマは割と本気で、これはこれでよかったのではないかと思っている。
確かに何の苦労もなく魔法を使えたら、それはそれで楽しかったに違いない。
だがそれはきっと……同時に、物足りなさも感じることになっていたのではないかと思うのだ。
憧れだから、苦労してでも手にしたい。
そうも思うのだ。
嘆き、絶望し、膝をつき……それでも、と手を伸ばしたからこそ得られるものが、きっとある。
足掻きに足掻いて、その最後にようやく満足を得られた、前世のように。
まあ要するに……ソーマは多分、こうしている方が性に合っていると、そういうことであった。
「っと……着いたであるか」
そんなことを考えている間に、どうやら目的地へと辿り着いたらしい。
とはいえ目の前にあるのは、何の変哲もない訓練場だ。
正直周囲にあるものと、何ら違いはない。
だから違うのは、中に居る者達だ。
というのも、訓練場というのは、利用者に応じてある程度の区分けがされているのである。
これは少し考えてみれば分かることだろう。
魔導科の生徒と剣術科の生徒が同じ場所で訓練していたら、どうなるかということは。
武術系同士であればともかく、魔導科がそこに混ざっていては危険すぎるのだ。
そういったわけで、魔導科の生徒は隔離されるようにして一つの訓練場を使うよう言われており、ここがそうなのだということであった。
「さて、と……」
訓練場に入るには、特に許可などは必要ない。
なのでそのまま先へと進むと、すぐにその光景が目に入った。
まず耳に届いたのは轟音。
誰かが魔法を試し撃ったのか、視界の端で爆発が起こったのが見え、だがその場に居る誰もがそれを気にしていない。
いつものことなのか、会話を続け、またある者は魔法の実験を行っている。
数人の固まりになり、それぞれがそれぞれの好きなことをやっており……それはどことなく、覚えのある光景であった。
懐かしさすら覚える、とても放課後らしい雰囲気に目を細め……その声がかけられたのは、その時のことだ。
「あれ? ソーマ? 珍しいわね……というか、初めてじゃないの?」
視線を向ければ、そこに居たのは予想通りと言うべきかアイナであった。
どうやら入り口近くに居たらしい。
「まあ、ちょっと気が向いたのである。だから別に何をしに来たというわけでもないのであるが……そっちはいつも通りであるか?」
「そうね、研究と練習……主に練習だけど」
そう言ってちらりと視線を後方に向けたので、ソーマもそちらへと視線を移す。
そこに居たのは一人の少女だ。
僅かに見覚えのある顔なので、おそらくは級友だろう。
自信がないのは、よく覚えていないからだ。
その少女をというよりは、アイナを除く級友のほぼ全員を、である。
例外は、シルヴィアぐらいだろうか。
いやちょっと今のところ自分のことで精一杯であるため、周囲のことに気を向けている暇がないのだ。
ただアイナはそうではないのか、少なくともその様子から察するに、その少女と練習などをしている、ということなのだろう。
正直少し驚きであった。
「練習などをしているのは知っていたであるが……てっきり一人でやっているものかと思いきや、そうではなかったのであるな……」
「あんたはあたしのことをどんな風に見てるわけ……!? ちゃんと友達ぐらいいるわよ……!」
その割にはその少女以外の姿は見えない、というのは指摘するべきかどうか。
いや、それをすると、じゃああんたはどうなのよ、とか言われそうなので黙っておくべきだろう。
と。
「あん……? 何でテメエがここにいやがんだよ……!?」
瞬間聞こえた声に視線を向けると、そこに居たのは一人の少年であった。
年頃はソーマ達と同じぐらいだろうか。
敵意にも似たものがその蒼い目には宿っており、視線を向けているのは、ソーマへとである。
だがそこでソーマは、はてと首を傾げた。
確かにどことなく何処かで見た記憶があるような顔ではあるのだが……。
「……すまんのであるが、誰だったであるか?」
「テメエ……喧嘩売ってんのか……!?」
「ちょっと……今のは明らかにあんたが悪いわよ?」
「ふむ……」
そうではないかと思ってはいたが、アイナの様子から察するに、やはり彼も級友の一人であるらしい。
しかし正直そう言われても、まるでピンと来ない。
そういえば居たような……居なかったような……? という感じだ。
いや、居はしたのだろうが、本気でちょっと印象がないのである。
「クソッ……俺なんか眼中にないってことかよ……!? ちっ、今に見てろよ……!?」
それだけを言うと、少年は去っていった。
何しに来たのか分からず、また何を言ってるのかも分からずに、ソーマは再度首を傾げる。
「はて……一体何であったのか……」
「あんたのことだから本気で言ってるんでしょうけど……さすがに彼に同情するわね」
「どういうことである?」
「ほら、最初に剣術の授業を受けた時、実力を確かめるって、一人ずつあの娘と打ち合ったでしょ?」
「ああ、そんなこともあったであるな……」
まだ一月経っていないはずだが、妙に懐かしく感じる。
それだけ一日一日が濃いということなのだろう。
ちなみにアイナがそれを知っているのは、アイナも剣術の授業を選択したからである。
「で、それがどうかしたのであるか?」
「あの時一番最初に自信満々に出て行った人がいたでしょ?」
「ふむ……居たような……居なかったような……?」
「せめてそれぐらいは覚えといてあげなさいよ……居たの。で、それが彼よ」
「それで何故今の言動になるのである?」
「あたしも何気なく耳に入ったことだから確実じゃないけど、どうも剣の腕にかなりの自信を持ってたらしいのよね。講師相手でも勝てるとか豪語してたらしいもの。まあそれが普通の講師だったら、確かに有り得てたのかもしれないけど……」
「ふむ……」
王立学院の講師とはいえ、さすがに早々上級スキルを持っている者はいない。
そもそもスキルの等級の高さと、物を教えることの上手さは別物だ。
そういう意味では、単純な実力では生徒の方が上、ということは有り得るのだろう。
「でも、結果的に言ってしまえば瞬殺。とはいえ皆同じだったから、そこで終わっておけばまだよかったんでしょうけど……あんたがあの娘に勝っちゃったものだから、相当に意識してるっていう話よ?」
「男に意識されて喜ぶ趣味は我輩にはないのであるがなぁ……」
「あのねえ……」
呆れたように吐き出された溜息に、肩をすくめて返す。
さすがに冗談ではあるが、実際意識されても困る、というのは本音だ。
これが前世の頃であればともかく、今は魔法にのみ意識を向けたいのである。
まあ一方的に意識するだけだというのであれば、別に問題はないのだが……。
「とはいえ、あくまでも剣の腕であんた達を見返してやりたい、って思ってるみたいだから、わざわざ絡みに行くこともないとは思うわよ? 実際面と向かって何かを言われたのは、今日が初めてでしょ? 剣術の授業中だって、突っかかってきたことはなかったはずだし」
「そう言われればそうであるな……なら問題はなさそうであるか」
「今日はいつもはここに来ないあんたが来たってことで、つい、って感じでしょうしね。いつもはああして一人で黙々と剣を振ってるだけだし……一人だけやってることが全然違うから、妙に目立つのよね」
「ふむ……」
言われて視線を向けてみれば、確かにある程度距離を離した少年は、そこで一人剣を振っていた。
自信があったと言うだけはあって、その姿はそれなりに様になっている。
ただ一つ気になるのは、彼も魔導科ではなかったのか、というところだ。
「魔法ではなく剣の腕を磨くというのは、魔導科の生徒としてはどうなのである?」
「そこら辺は生徒の自主性に任せるって話だから、別にいいんじゃないの? まあよっぽど悔しかったってことなんでしょうね……剣の腕に自信があるのに、剣術科じゃなくて魔導科に来たのも、剣はもう十分だから、次は魔法、とか考えてたのかもしれないし」
「ああ……割とありそうな話であるな」
特にスキルというものが存在しているこの世界では、尚更だろう。
習熟速度が早く、それでいて限界も分かりやすい。
上を目指すために別の手段に手を出すのは、道理だ。
むしろ限界の先を見せ付けられ、それでもそこで折れることなく、なにくそと立ち上がったあたり、あの少年は見所があるのかもしれない。
「ところで……剣の腕を磨くのであれば、ここではなく別の訓練場に行けばいいと思うのであるが? そうすれば、一人で黙々とやる必要もなかろうに。いや、一人黙々とやるにしても、周囲にお手本となるような人物がいるかもしれない可能性を考えれば、そうしない理由こそないと思うのである」
「そこはあたしも不思議なのよね……何か理由があるとは思うんだけど」
「あ……あの……」
「うん?」
か細い声に視線を向ければ、そこに居たのはアイナの友人らしい少女であった。
何か言いたい事があるのか、口をパクパクと開閉しながら、しかしその声は言葉にならない。
「ヘレン? どうかしたの?」
「う、うん……その……彼がここに居る理由なんだけど……多分、彼が魔導科だから、だと思う……」
「魔導科だから……? ああ、もしかして、魔導科というだけで、魔法を使わずともここの訓練場を使わなければならないのであるか?」
「う、うん……そう、だと思う……」
「そういえば、魔導科だからここを使うように、としか言われてないわね……意外と融通利かないのね」
だがそういうことならば納得だ。
別に分からずともどうでもいいことと言えばどうでもいいことではあるものの、教えてくれたのは事実である。
ヘレンと呼ばれた少女に、頭を下げた。
「わざわざ教えてくれて助かったのである」
「う、ううん……た、大したことじゃ、ないし……」
「それでも教えてもらったのは事実である」
「そうね。助かったわ、ヘレン」
「あ、あう……」
礼を言われ慣れていないのか、顔を赤らめ縮こまってしまう姿は、ある意味で歳相応だ。
周囲に居るのは大人か早熟な者ばかりだったこともあり、少し新鮮でもあった。
「ちなみにアイナの友人らしいであるが、本当であるか?」
「え……? う、うん……アイナちゃんとは友達、だけど……?」
「大丈夫であるか? 脅されて言わされている、とかではないであるよな? もしそうだったら我輩に言ってくれれば何とかするであるぞ?」
「ちょっと……!? 何人聞きが悪いっていうか、あんた本当にあたしのことどんな風に見てるのよ……!?」
「あ、あはは……う、うん……大丈夫、だよ。アイナちゃんとは、ちゃんと友達、だから……」
「おお、いい娘なのである……別の意味で心配になってくるであるな。何か困ってることはないであるか? アイナたまに常識外れのことをするであるから、その時はちゃんとそう言うのであるぞ?」
「常識外れとかあんたにだけは言われたくないんだけど……!?」
そんなやり取りをしながら、少女――ヘレンに向けていた目を少し細める。
別に怪しいとか思っているわけではない。
ただ、この一見気弱にしか見えない少女は、それだけではないのだろうと、ふと思っただけだ。
先ほどソーマが口にしたことは冗談ではあるものの、それが本音であることもまた事実なのである。
いつか追跡の魔法を作り出してみせたように、アイナの才能は間違いなく本物であり、突出してすらいるのだ。
並みの魔導士では、ついていくことすら出来ないに違いない。
それをアイナは、正確に自覚している。
だからこそ、その練習相手に選んだ以上は、彼女もそれなりの才能の持ち主だということなのだ。
それを羨む気持ちは、勿論ある。
だが言ったところで、どうなるものでもないのだ。
出来る事があるとすれば、精々がその才能によって発揮されることを、自分の糧とすることぐらいだろう。
こちらを見比べ、おろおろしている姿に苦笑を浮かべつつ、ソーマはそんなことを思うのであった。




