元最強、地下迷宮に行く
図書館で自由に迷宮へと行くための方法を知ったソーマは、翌日早速とばかりにその入り口へとやってきていた。
迷宮への入り口は、訓練場の一角に存在している。
迷宮に行くのは基本訓練の一環だということを考えれば、妥当だろう。
まあ厳密には、そこに迷宮への入り口が存在しているから、その周辺に訓練場が設置された、ということらしいが……まあ、そういったことはどうでもいいことだ。
ちなみに訓練場には、基本屋根が存在していない。
更衣室などは別だが、実戦というのは普通屋外で行うものだからだ。
そのため雨の日にもそれを想定した訓練が出来るように、とのことだが……さて、どこまで本音なのかは不明である。
ただあくまでも基本ではあるので、中には例外も存在しており、迷宮への入り口となっているそこはその一つだ。
「ふむ……この周辺には来た事がなかったであるが、こうなっていたのであったか……」
剣術の授業などを受ける際、必然的に訓練場には足を運ぶこととなる。
だがそこは割合中央寄りであり、ここは訓練場の中でも、さらに端の方にあった。
おそらくは、万が一のことを考えてなのだろう。
その下には間違いなく魔物がいるということを考えれば、当たり前のことだ。
外見だけで言うならば、極普通。
周囲の建物との違いはないに等しく……だから違うのは、その中身だ。
それをパッと見の印象だけで言うならば――
「神殿……或いは、遺跡、といったところであるかな……」
「イメージ的にはまさにその通りじゃからな。訓練場と同じような感じで唐突にあるよりは、心の準備とかもしやすいじゃろう?」
「確かに雰囲気は出ているであるな」
後ろからの声に頷きつつ、振り返る。
そこに居たのは、翠の髪と翠の瞳を持つ、見た目幼女の何かだ。
王立学院における最高権力者であり、今回ソーマが迷宮で試験を受けるにあたって、その引率及び試験官を買って出た人物であった。
「それにしても、学院長直々に試験とは……学院長って実は暇なのであるか? 昨日も何故か図書館に来ていたであるし」
「もうちょっと言い方ってものがあると思うんじゃが? 我これでもこの学院で一番偉いのじゃぞ?」
「知っているであるが?」
まあ昨日は何やら図書館に用事があったらしいので、百歩譲っていいとしても、今日は駄目だろう。
そもそも何故こんな状況になっているのかと言えば、他の講師に断られたからなのだ。
まずカリーネは昨日の時点で今日は忙しいからと言われたし、カミラを含めた今日遭遇した全ての講師からは同じような言葉をもらっている。
ああ、若干約一名こっちからはまだ何も言っていないのに、わたしがやるのですとか言い出したのはいたが、剣術科の者達から今日は訓練を見てもらう約束だと言われ連れて行かれたのでノーカンだ。
そんなわけで、さてどうしたものかと悩んでいたところで、これが現れて言ったのである。
どうやら困っているようじゃし、仕方ないので我が引率及び試験官をやってやるのじゃ、と。
どう考えても暇人の言動であった。
「……ま、助かったのは事実であるし、感謝もしているであるがな」
「む……? う、うむうむ、分かればいいのじゃ! 今日ここに来れたのも我のおかげじゃしな! ……もっと感謝してくれてもいいのじゃぞ?」
「調子に乗るなである」
そんなことを話しながら、通路のようになっているそこを先に進んでいけば、やがて一際大きな広間へと辿り着いた。
だがソーマが気になったのは、その広間そのものというよりは、今そこに入る瞬間感じた僅かな違和感であり――
「ふむ……? 今のは……結界、であるか?」
「こうしたものを用意しているとはいえ、万が一の備えには不十分じゃからな。たとえ魔物が迷宮の外に出てきても問題ないように結界を張ってあるのじゃ。まあ今までここでそんなことが起こったことはないのじゃが、ここも王都の一部だということを考えると、最大限に配慮する必要がある、というわけじゃな」
なるほどと頷きつつ広間の中央へと向かえば、そこにあったのは穴……というよりは、階段だ。
材質はおそらく石で、それがそのまま下へと続いている。
「人工物のようにも見えるであるが、特に手を加えたわけではないのであるよな?」
「少なくとも我がここに来た時には、既にこうなっていたのじゃ。そういう話も聞かなかったことを考えれば、多分最初からこうなのじゃろうな」
「ふむ……」
古代遺跡は明確に人が作ったものだという記録が残されているが、迷宮はそこら辺が不明瞭だ。
まあ魔物のことなどを考えると、人が作ったとは考えにくく、唐突に発見されたという記録ならば存在することなどから、神が造ったのではないかと言われてはいるが。
とはいえ何のためにこんなものを作ったのかと問われれば、分かるわけがなく……また、少なくともソーマにとっては、どうでもいいことだ。
ここにソーマが魔法を使えるようになるための手がかりがあるかもしれない。
それだけで十分であった。
「さて、それでは早速行くとするであるが……試験内容は秘密なのであるよな?」
「対策とかがされてしまうと意味がないものじゃからな。各講師によって違うというのも、推測されにくくされるための工夫の一つじゃ。故に我から貴様に告げることは、一つだけ。第十階層へと向かえ、というものなのじゃ」
「ふむ……」
ちなみに授業で行われる迷宮探索実習は、基本的に四人から六人でパーティーを組んで行われるものだ。
その上、さらに中等部の実力が確かな生徒の引率が付くことで、最大限に安全を顧慮される。
それでも重症を負ってしまう生徒が出ることはちょくちょくあるし、年に一人か二人は死亡者すらも出ているらしいのだが……とりあえずその情報はどうでもいいので脇に置いておく。
重要なのは、小等部の第一学年が、学年終了時に到達可能な平均階層が、第五階層だということだ。
尚、第二学年では第八階層、小等部終了時点で第十階層となっている。
つまりこの見た目幼女は、ソーマ一人で小等部終了時点での平均到達階層へと辿り着けと言っているらしい。
まあ別に何の問題もないが。
「ちなみに予想到達時間を聞いてもいいであるか?」
「そうじゃな……まあ二時間はかからないと見ている、といったところなのじゃ」
「了解なのである」
一階層に使える時間は十分と少し。
地図が与えられないのは実習時も同じなため、条件は五分。
剣は持っており、覚悟など今更する必要もない。
「よし、では行くであるか」
「うむ、試験開始なのじゃ」
そう言ってソーマ達は、薄暗い先へと足を踏み出した。
最後の一歩を刻み、迷宮へと降り立つなり、ソーマは感嘆の溜息を吐き出した。
ある程度迷宮の情報は得ていたが、本当にその通りなのだなと、感心したのである。
端的に言ってしまえば、それは視覚であった。
光源など存在しないはずなのに、不思議と周囲の光景を目で捉える事が出来たのだ。
さすがに昼間と同等とは言えないものの、探索するには十分過ぎる。
「ふむ……本当に迷宮とはよく分からんものであるな」
「多分分からせるつもりもないものじゃからなー。まあ、警戒だけは怠らず、あるべきものはあるべきに受け止めればいいと思うのじゃ」
そんなアドバイスなのか何なのかよく分からないものを耳にしながら、実際警戒は怠らずに先へと進む。
そこは地面を適当にくり抜き掘り進んだとでも言うべきか、そんな場所であった。
これまた不思議と崩れそうな気配はないが、曲がりくねりまくったそれは、先の見通しが非常に悪い。
こんなもの、奇襲してくれと言わんばかりの構造であり――
――剣の理・龍神の加護・常在戦場・気配察知特級:奇襲無効。
「ま、分かってればなんてことないことではあるが」
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断:我流・疾風の太刀。
瞬間飛び出してきた影へと、認識した瞬間に腕を振るう。
それは違うことなくその首元へと伸び、そのまま首を刎ね飛ばす。
人型でありながら、自身よりもさらに低い背丈。
特徴的な、その尖った耳と鼻。
覚えのあるその姿は、魔物としては典型的なものの一つであり――
「ふむ……ゴブリンであるか」
ドサリと地面に倒れこむそれへと目を細めながら、腰の鞘へと剣を仕舞う。
迷宮の魔物は、同階層では同レベルの魔物しか出ないこと、階層を降りたところで極端に魔物が強くなるわけではない、などということを考えれば、やはり踏破するだけであれば問題はなさそうだ。
むしろ問題があるとすれば、それは道が分からないということだが、これはもう運である。
自分の運を信じて、ひたすら進んでいくしかないだろう。
「あ、ちなみにふと気付いたのであるが、この状況で背後から襲われた場合はどうすればいいのである? 貴様を守るべきなのであるか?」
「いや、その必要はないのじゃ。その場合は我が対処するのじゃからな。他にも敵が集団でいる場合、我も一緒に狙われた場合は積極的にどうこうする必要もないのじゃ」
「ふむ……では、敵が遠距離攻撃手段を持っている場合に、貴様が狙われた場合はどうするのである?」
「その場合は難しいところじゃが……まあそういうのは状況次第、というところじゃな。つまり結局のところ、我のことは気にしなくて構わない、ということなのじゃ」
「了解なのである」
これで守りながら進めと言われたら、多少面倒ではあったが、その必要がないのであればどうとでもなる。
では遠慮なくとひたすらに進み、出会う魔物を斬り捨て、奥へと向かっていく。
本来ならば素材を剥ぎ取ったりするべきなのだろうが、それは今回はなしだ。
一人では持てる量に限りがあるし、何よりも今日の目的はそこにはないのである。
まあ何が採点されているのか分からない以上、或いはそこで減点を受けてしまう可能性もないわけではないが……その時はもうどうしようもないだろう。
とりあえず、先に進むことだけを考え、実行し、結局そこに辿り着いたのは、ここに降り立ってから、五分ほどが経過してからであった。
「ふむ、悪くないペースであるな」
「そうじゃな。よくもまあ、そこまで的確に進めるものじゃ……さすがといったところじゃがな」
それは少し大き目の広間といった場所であり、その壁が今までとは違う形でくり抜かれている。
向かっている先が前後左右の何処でもなく、下だったのだ。
第二階層へと向かうための、階段であった。
これもまた一見人工物のようにも見えるのだが、アドバイスを受けた通り、あまり気にしても仕方のないことだろう。
それに移動しやすいというのであれば、それに越したことはない。
後ろを振り向けば、平然とした姿があり、頷けば、頷きが返って来る。
前に向き直り、僅かに視線を下げ。
その先へと向け、ソーマは階段を降り始めるのであった。




