元最強、図書館へと赴く
正直に言ってしまうのであれば、ソーマは自分が何故隣に座っている少女――シルヴィアから不満そうな顔で睨まれているのか、その理由を大体のところで察していた。
まあ、分からないわけがあるまい。
入学試験の時の縁もあってかちょくちょく話をすることがあり、彼女がここに来た理由も何となくではあるが聞いているのだ。
そこを察せないほど、ソーマは鈍くはない。
というか、授業を真面目に受けていないことは事実なので、そこに不満を向けるのはある種当然ではあるのだが。
しかしそういったことが分かっていようとも、ソーマは今の状況を改めるつもりはなかった。
確かに普通に考えればよろしくはない状況ではあるものの、そもそもソーマは別に授業が退屈だったわけではないのだ。
果たして何年、いや何十年ぶりとなるのか、多人数で同じ教室に居て、授業を受けるという行為。
それだけで懐かしく、また楽しさを覚えるには十分であった。
色々な考えを持ち、それを口に出すということは、興味深くすらあり……だがそれだけでは、駄目なのだ。
結局のところソーマが学院に来た理由は、今までの行動原理と同じなのである。
魔法を使うため。
ただそれだけなのだ。
だから二週間ほど授業を受けてみて、ソーマは判断したのである。
このままこれを受けていたところで、その目的は達成できないだろう、と。
或いは中等部にまでいけば……いや、そこまではいかずとも、来年ならばまた分からないかもしれない。
しかし少なくとも今は、そこに何らかの意味を見い出す事が出来ないのである。
勿論級友達の邪魔をするつもりはないので、指されれば答えるが……それだけだ。
そこに目的へと至るための道があるとは思えない以上、ソーマはソーマの目的をこそ最優先とするのである。
そのための、本だ。
さすが王立学院と言うべきか、実家では見たことがなかった本がゴロゴロ転がっている。
何が手がかりとなるか分からないため、とりあえず手当たり次第に読んでいるが……まあ、ソーマの現状がこうなっているのは、そういうわけなのであった。
故に、シルヴィアには悪いが、これを改めるつもりはまったくないのである。
まあそれに、全部の授業でこうしているわけでもなし……と、言い訳じみた思考をしながら、手元の本のページをめくっていく。
今日の本は迷宮に関してのものだ。
迷宮とは、広義では古代遺跡の一種であるが、一説にはより古いものだとも言われている。
ただ何にせよ、古代遺跡よりもさらによく分からないものであることは確かだ。
何せ迷宮の中では、魔物が絶える事がないのである。
どれだけ倒し、絶滅させたと思ったところで、気が付けばまるで復活したかのように、魔物はそこにいるのだ。
非常に厄介であり……だがそれは、冒険者の立場からすれば非常においしいものだ。
どれだけ倒したところで魔物の数が減ることがないということは、それだけ素材なども取れるということだからである。
だから冒険者の中には、迷宮専門の冒険者まで存在するのだ。
常に迷宮へと潜り、そこの魔物を狩り、素材を持ち帰り、換金する。
そうやって生活する者達だ。
とはいえ当然のようにそれは危険と隣り合わせである。
迷宮は基本的に地下にあるとされているが、薄暗く狭い場所であるため、どんな不確定要素があるか分からないのだ。
ある日いつものように迷宮へと向かった冒険者が、そのまま帰ってくることがなかった、などということはよくある話なのである。
それでも迷宮に潜る冒険者がいるのは、ある程度収入が安定しやすいことと、それと同時に一攫千金を目指すことも出来るからだ。
というのも、古代遺跡よろしく、迷宮にはお宝が眠っていることがある。
魔導具であったり、魔導書であったり……まあそういったことは滅多にないらしいが、手に入る可能性があるならばそれで十分なのだ。
時には今まで見たこともないようなものが発見されることもあるらしく、冒険者で浪漫を求めるならば、迷宮に行くのが一番だ、などとも言われている。
で、ソーマがそんな本を読んでいるのも、そこに可能性を見出したからだ。
未知の道具によって、今まで使えなかった力が使えるようになる。
定番と言えば定番だろう。
まあ厳密に言えば、たまたま手に取った本がこれだった、というだけではあるのだが……そこに注目していたのも事実だ。
(ふむ……やはり今のところこれで一番可能性が高そうなのであるがなぁ……)
そもそも、それもこの学院へと来た理由の一つである。
というのも、王立学院の敷地内には、地下迷宮が存在しているのだ。
学院を建てた後に発見された、とかいうわけではなく、敢えて迷宮があるその上に学院は建てられている。
それは迷宮を授業で利用するためだ。
わざわざ外に出ることなく、実地訓練が行える、というわけである。
しかもその迷宮は、ちょうど訓練に使うのに最適な魔物が出現するらしいのだ。
迷宮は基本的に数十以上の階層に分けられており、下へと向かうごとに出現する魔物は強力になっていくが、出現する魔物は階層ごとに決まっている。
唐突に強力なものが出るようなことは、基本ないのだ。
つまり今の実力に見合った場所を選べるため、実地訓練には最適、というわけである。
そうやって学院の訓練等で使っているため、既に未知なものはないと思うかもしれないが、所詮学生だからと言うべきか、どうも下の方の階層は手付かずのようなのだ。
お宝は下に行けば行くほど、存在している可能性が高まり、また貴重な品である確率も上がる。
となれば、嫌でも期待は持てるというものだ。
ただし間違いなくそこは迷宮であり、危険でもあるため、即座にそこで訓練が行われることはない。
実戦の経験が乏しい生徒に、多少の慣れが生じてから……大体入学してから二ヵ月後になって、初めて行くことが可能となるのだ。
さらには自由に行き来が出来る許可を与えられるのは、中等部以降。
小等部の生徒は、授業以外で行くことを禁じられている。
要するにどれだけ行きたくとも、ソーマは行くことが出来ないのであった。
(……図書館に、どうにかして行ける方法とかが書いてあったりしないであるかなぁ)
勿論そんなことが有り得ないということは分かってはいるが、可能性があるのに行くことが出来ないというのは、非常に歯がゆいものがある。
それが分かっているからこそ、数多ある本の中から迷宮関係のものを読むことはしなかったのだが……授業中に読む本は、ランダムに選ぶと決めていたのだ。
それでこれを取ってしまった以上は、読まないわけにもいかない。
(……ま、ないと分かってはいても、万が一、ということも有り得るであるしな。今日は図書館でその方向のものを探してみるであるかな)
そんなことを考えながら、ソーマは手元の本をさらに読み進めていくのであった。
全ての授業が終わった、放課後。
当然のようにここからは自由時間となるわけだが、外に遊びに出かける人というのは、意外にも少ない。
別に学院側から禁じられているわけではないものの、わざわざ許可を取る必要があり、その手続きが面倒だからだ。
それに王立学院にまで来る人というのは、基本的に上昇傾向が強い。
遊ぶよりも訓練や勉強を優先する人が多いというのも、その理由の一つだろう。
そしてそれは小等部であろうとも、変わらない。
アイナなどもそうであり、放課後になるとよく訓練場へと行くと言っていた。
自分の魔法の訓練も出来るし、そこには同じような人達が沢山いる。
見て学んでもいいし、質問等をしてもいい。
そうして夕食までの時間を過ごすのだそうだ。
正直それは凄く羨ましいし、出来ればソーマも混ざりたいぐらいである。
だが魔法を使うことの出来ない自分が行ったところで、迷惑にしかならないだろう。
故にそれは、魔法が使えるようになってからのお楽しみということで……いつか混ざってやると心に決めながら、今日もソーマは図書館へと向かうのだ。
王立学院の図書館は、学院の敷地の中でも外れの方にある。
とはいえ、位置関係的に言って、当たり前ではあるのだが。
正門が南に、校舎がそこから中央にかけて。
寮が北にあり、東が訓練場。
そうして必要なものを必要な場所に配置していくと、必然的に西の端にしか図書館を置く事が出来ないのだ。
まあ規模次第では校舎に含めてもよかったのだろうが、生憎と言うべきか、ここの図書館はやたらめったらにでかい。
下手な街よりも大きいのではないかと思えるほどのそれは、さすがに校舎に隣接させるわけにはいかなかったのだ。
ただしその分、蔵書数は膨大である。
この国どころか、世界を含めてすら随一を誇る、などと大言を放っているのは伊達ではないのだ。
もっともそれは、さすがに多少誇張した言い方ではあるものの、それに迫るほどだというのは事実である。
そのことは、図書館に一歩でも足を踏み入れれば、一目で分かるはずだ。
何せその瞬間目に入る、本本本本、文字通り山ほどの本。
積み上げられているわけではないのだが、積み上げてすら同じほどの高さになるのではないかと思えるほどに、それらはそこにある。
見上げるそれは、優に三階分を越し、さらには広さもまた相当だ。
魔法で内部空間が広まった敷地の中で、図書館だけが西にあることを考えれば、それがどれほどのものであるのかは言うまでもないだろう。
ともあれ、そんな場所へといつも通りにやってきたソーマは、周囲を眺めながら、さてと呟く。
今日もまた人影は極端に少ないようであった。
ほとんどが訓練場に行っている、というのもあるが、どうやらここの図書館は利用率が非常に少ないらしいのだ。
それを最初に聞いた時、心底勿体無いと思ったものだが……その理由を知ってしまえば、逆に無理もないと思ってもしまう。
というのも、この図書館の蔵書数は、少し……いや、かなり、多すぎるのだ。
どれぐらいかと言えば、司書が詳細を把握しきれないほどであり、より具体的に言えば、九割以上の本が何処にあるのかが分からないといった有様であった。
そこはちゃんと把握しておけという話なのだが、何でも話を聞くと、ここの本はベリタス王国にあった王立学院からそっくりそのまま持ち出してきたものらしいのだ。
ただ色々とゴタゴタがあった中でのドサクサ紛れであったため、分野などに分けることは出来ずかなり大雑把に運んだらしい。
その時点でかなりごちゃ混ぜ状態であり、そこからここに収納する際、整理する人員も時間もなかったため、さらなる混沌と化した、とのことである。
それでも逆に一割把握できているのは、誰かが実際にそれを読んだからだ。
その分だけ把握できている、ということである。
つまりこのままでは、全部把握するのに百年……いや、今まで必要とする頻度の高いものから探され、読まれていったのだろうことを考えると、さらにかかる可能性が高いだろう。
まあしかしそれは、ソーマが考えることではない。
出来るだけ把握できているとありがたいが、よく分かっていないということは未知の情報も眠っている可能性があるということだ。
そう考えれば、未来に希望が持てるということで、そう悪いものでもないだろう。
少し前向きに考えすぎかもしれないが。
ちなみにソーマが授業中に読んでいるのは、把握できていない九割のうちの一冊である。
何が書いてあるか分からないから、ランダム、ということだ。
その他暇な時間を使っても本を読んだりしてはいるものの、そっちは把握できている一割の方を読んでいる。
それは未知を探してではなく、既知の情報から何かヒントとなるものが得られないかを探しているからだ。
成果がいつまでも出ない場合、そっちも九割の方を読むようになるかもしれないが、今のところはそれを続ける予定である。
そして今日とりあえず向かうべきは、その既知の方だ。
どうにかして今のソーマでも迷宮に潜れないか……つまり言ってしまえば、裏道などがないかを探すためである。
物が物だけに迷宮関係の資料は優先的に探され、既知の方に回っているのだ。
まあそこにある以上、本当にあったとしてもどう考えても対策されているだろうが、駄目で元々、ということである。
本気で探すならば未知の方を探すべきだが、数百万とも言われている中からピンポイントで欲しいものを探そうとするのは幾ら何でも無謀すぎるだろう。
ならばまだ万が一の方に賭ける方が、分が高い。
ともあれそういったわけで、ソーマが足を向けたのは図書館の一角、比較的入り口から近い場所である。
巨大な図書館らしくまだまだ蔵書可能なスペースがあるため、中身が判明した本は一箇所に纏められているのだ。
人気のない、寂しさすら感じる中を一人歩き――
「ふむ……? あれは……」
そこでソーマは、見知った姿を見かけたのであった。




