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そして彼らは学院へ

 よく晴れた日であった。

 空は蒼く、雲一つない。

 まさに、絶好の旅日和である。


 そんな空の下で、ソーマはさてと呟くと、荷物を背負い直した。

 何度も確認したので、今更その中身を確かめる必要はない。


 それでも後ろを振り返ってしまったのは、未練だろうか。

 視界にまだ真新しい様子の砦を映すと、苦笑を浮かべる。


 結局のところ、あれが出来上がったのは年が明けてしばらくしてからのことであった。

 というか、つい最近のことであり、ソーマはその中をろくに見て回れてすらいない。

 まあ勿論のこと、未練とはそのことではないが――


「ふむ……一年であるか」


 一年。

 それは、ここに留まっていた期間だ。


 本来の予定では、ここまで長く居る予定ではなかった。

 年が明ける前に、ソーマ達だけでも向こうの屋敷に戻る予定だったのである。

 それが色々とゴタゴタが続いたせいで、今日に至ってしまったわけだが……ソーマ個人の意見としてならば、それは悪いものでもなかった。


 何せ常に慌しく、日に一度顔を合わせる程度のものではあったが、久方ぶり家族四人が揃ったのだ。

 というか、むしろ今までを考えると、日に一度顔を合わせられるだけでも十分過ぎるほどである。

 悪い気がするはずもないだろう。


 そして今のソーマに未練があるとするならば、その生活そのものだ。

 まあ未練に思ったところで今更どうすることも出来ないし……それに、仮に続けられたとしても、ソーマはそれを望まないだろうが。

 矛盾するようだが、そのどちらもがソーマの本心なのだ。


 と。


「何だ、見送りは俺一人か?」

「む……父上?」


 その時姿を見せたのは、父親であるクラウスであった。

 未だに色々とやることがあり、忙しいはずのクラウスがやってきたことで、ソーマは軽く目を見張る。

 これは正直、予想外だったのだ。


「てっきりやってくるならば、母上かと思ったであるが」

「……いや、あいつは多分来れても来なかっただろう。まだ色々と吹っ切れていないようだからな」

「ふむ……気にする必要はないと、事あるごとに言っているはずなのであるがなぁ」

「そういう意味では、意外と俺の方が図太かったのかもしれんな。まあどっちにしろあいつは忙しくてこれなかっただろうが。それで、代わりというわけでもないが、俺の方に少し余裕が出てきたから、こうしてやってきたというわけだ」

「なるほどなのである」


 事情に納得し、頷き……そこで、会話が途切れた。


 別に二人の仲が悪いというわけではない。

 単純にクラウスの口数は元から多いほうではなく、ソーマも特に話すようなことがないだけだ。


 そもそも別れは昨日のうちに済ませている。

 話すべきことは、その時に終わらせているのだ。

 だがこうしてやってきたということは、クラウスには何か話すことが残っていた、ということであり――


「……ところで、あの娘達はどうした? 来ているものだとばかり思っていたが……」

「何でも今日はそれぞれやることがあって忙しいらしく、来てはいないであるな。昨日のうちに知らされてはいたため、父上が来なければ既に旅立っていたところであった」

「そうなのか……それは危ないところだったな」


 そう言ったきり、再びクラウスは口を閉ざしてしまったが、当然のようにそんなことを聞きたかったわけではないだろう。

 とはいえ何が言いたいのかが分からず、ソーマはクラウスを見上げながら首を傾げた。


「……父上?」

「うむ……ああ、いや……すまんな。何と言ったものか迷ったんだが……やはり俺は駄目だな。こうする以外に、伝える術を知らんらしい」


 首を横に振ったクラウスは、その言葉の直後に、背中へと手を伸ばすと、そのまま剣を引き抜いた。

 真剣な目でソーマを見つめ、構える。


「お前も抜いて構えろ、ソーマ」


 それに何を言うでもなく、ソーマも腰から剣を引き抜き、構えたのは、クラウスがやりたいことを理解したからだ。

 千の言葉を交わすよりも、一つの刃を交えた方が、時にその心を相手へと伝えられることがある。

 そのことを、ソーマもまたよく知っていたのだ。


「互いに時間もないし、必要もないだろう。一撃のみだ。本気で来い」

「……分かったのである」


 それが本気であることは、その目を見ずとも分かった。

 そしてそれに応えないことは、相手を侮辱することでもある。


 ならばと、正眼の構えのまま、一つ息を吸い、深く吐き出す。

 極限にまで集中した意識が、時間の流れすらも緩やかにし――


「はあぁぁぁぁああああ……!」

「――閃」


 その中でも聞こえた叫びに応えるように、ポツリと呟きを零した。


 ――剣の理・龍神の加護・一意専心・リミットブレイク・オーバードライブ:極技・閃。


 瞬間剣閃が煌き、周囲に響いたのは、一つの甲高い音。

 それと共に、宙を鈍色の剣が舞い――


「……俺はお前に俺以上の剣の才能があることを、お前が剣を握ったあの日から理解していた。まあ、周囲には親馬鹿などとよく言われたものだがな」


 その行方を目で追いながら、クラウスは不意にそんな話を始めた。

 ソーマはそれを聞きながら、剣を腰に戻しつつ、頷く。


「それはまあ確かに、普通は親馬鹿としか思わんであろうな」

「ああ、俺も他の誰が言ったところで、同じことを思っただろうが……それが間違ってなかったことが、今日ここで、改めて証明された」


 そこまで言ったところで、クラウスは視線を下ろした。

 そのままソーマへと向け、真っ直ぐに見つめてくる。


「次の剣の王は、お前だ。世界最強の剣士……並び立つ者の居ないその称号は、お前にこそ相応しい」


 そこに特に驚きはなかった。

 そうなるのだろうなと、とうに予想はしていたからだ。

 むしろ今日まで伝えられなかったことに、意外さすら覚える。


「ふむ……まあどうせ辞退できるタイプのものではないのであろうからそれはいいのであるが、それによって我輩は何かしなければならないことが発生したりするのであるか?」

「いや……それ自体はただの称号だからな。そういったことはない。ああただ、一度だけ授与式に出る必要はあるな」

「授与式……聞いただけで七面倒臭そうであるな」

「実際に面倒だからな。まあとはいえ、実際にそれが行われるのは、お前が成人した後になるだろう。それまでは一応、公的には俺が剣の王のままだ」

「成人後な理由は、そう決まっているから、とかであるか?」

「どちらかと言えば、俺達の都合だな。つまりは政治的な理由だ。お前には……いや、何でもない」


 そこで首を横に振ったのは、謝ろうとして、止めたからだろう。

 それが正しい。

 先ほどの一撃で、十分過ぎるほどに受け取ったからだ。


 それはおそらく、様々なことに対するものだろう。

 今言ったこと、今までのこと、これからのこと。

 口に出してはいけないようなことも含め……それを自分勝手な感情によるものだということも理解した上で。

 クラウスはソーマへと、それを送ってきたのだ。


 そしてそれに対する返答は、既に送ってある。

 そんなものは必要ないというものを、だ。


 今も昔も、同じことである。

 それら全ては、ソーマが望んでやったことの結果なのだ。

 そのせいで何か迷惑をかけ、謝るようなことが起こる可能性はあれども、その逆は有り得ないのである。


 それは勿論これからのこと――今まさにソーマがとある学院へと向かうことになるのも、同じことであった。


 それをクラウス達は、自分達が勝手にそれを決めてしまった、というように感じているようなのだが、それは勘違いだ。

 ソーマはとっくの昔に……それこそ、あの漆黒の龍を倒した時には、旅を止め学院に通うことを決めていたからである。


 このまま無計画に探し回ったところで、何か手掛かりが見つかることはない。

 それを悟っていたからであった。


 それでも旅はもう少し続ける予定ではあったが……まあそれも助けに向かった時点で承知の上だったのだ。

 だからそれに関しても、特に文句を言うつもりはなかった。


 ただ、アイナには悪いことをしたと思っているが……結果的に言えばよかったのだろうか。

 これからどうするのかを聞いた時、やりたいことがあるとはっきり口にしていたので、そうなのかもしれない。

 まあそれを聞いたのは、昨日のことなのだが。


 そう、実はアイナは、あれからずっとソーマ達と共にここに留まっていたのである。

 リナは勿論のこと……何故かシーラまでそれが当然の如く、共に。


 ちなみに一応理由を聞いたことはあるのだが、はぐらかされてしまい聞けていない。

 とはいえ、クラウスやソフィア達と何事か話していたようなので、勝手にというわけではないのだろうが。


 或いは、ソーマ達と旅をすることが不可能になり、そのお詫びという形で、クラウス達から何か一つだけ望みを叶えてもらえる権利を貰ったらしいので、それでも使ったのかもしれない。

 シーラも同様の権利を貰ったのだということを考えれば、その可能性も高いだろう。

 何のためにかは分からないが……それが彼女達の望みだというのであれば、ソーマが気にするようなことでもない。


 ともあれ。


「さて……それで父上の用事は、以上であるか?」

「ああ、そうだ……時間を取らせて悪かったな」

「別に大したことなかったであるし、気にしなくていいのである」


 実際時間にすれば、十分も経っていない。

 その程度向かうのが遅れたところで、どうということもないだろう。


 そもそも学院に向かうといったところで、厳密にはこれから試験を受けに行くのである。

 時間どころか日付的にも余裕はもっているため、何の問題もなかった。


「何か忘れ物はないか?」

「ふむ……」


 先に述べたように、何度も持っていくものは確認したため、その心配はないだろう。


 敢えて言うならば、アイナを残していくことに若干の不安はあるものの……さすがにそれはどうしようもない。

 連れて行くわけにもいかないし、それにアイナが魔族であることは、自分で言いでもしなければ、早々ばれるようなことではないはずだ。


 シーラや両親に関してなども、特に心配するようなことはなく……あとは――


「まあ、大丈夫であろう」

「そうか……なら、気をつけてな」

「うむ……行って来るのである」


 そう言って片手を上げると、一度だけ砦の方を眺めた後で、そのまま前を向き、歩き出した。


 あっさりしたものだが、まあこんなものだろう。

 死に別れるわけでもなく、会おうと思えばいつだって会えるのだから。


 背中に視線を感じながら、ソーマは歩いていく。

 青空の下、差し込む日差しに目を細めながら。


 目指すは、この国の中心地。

 王都。

 その一角を占める、王立学院であった。

 というわけで、第二章完となります。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 個人的には色々と反省すべき点も多かったですが、総合評価で4万を超えたり、月間一位を取れたりと、皆様の応援のおかげで何とか続ける事が出来ております。

 毎日更新をいつまで続けることが出来るかは分かりませんが、反省を活かしつつ出来るだけ頑張りたいと思っていますので、引き続き応援していただけましたら幸いです。


 それでは、皆様に少しでもお楽しみいただけますよう祈りつつ。

 失礼します。

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