後始末
その後のことを少しだけ話そう。
ソーマが龍を倒したことが止めとなったのか、あの直後にベリタス王国側は総崩れとなった。
まあ、こちらには七天の二人がいて、さらには龍を倒した者までいるのだ。
その一部始終も見ていただろうし、勝てないと思うのは普通である。
ただ、極々一部に、そうは思わなかった者もいたらしいが。
どうやら龍が倒されたことで、何故かチャンスと思ったらしいのだ。
今がチャンスだ攻め込めと、そう叫んでいた見覚えのある人物の姿をクラウスは見ており……それが彼の存命していた頃に見かけた、最後の姿となった。
まあ、戦場では間々あることだ。
空気の読めない者、無茶なことをしようとする者。
そういった者が上官にいる場合、偶然戦死してしまうということが。
特に今回は、龍の襲撃ということがあったのだ。
運悪く巻き込まれてしまった者が、クラウスの知らないだけでそれなりにいるに違いない。
そういったことがあるたびに、クラウスは部下達にとっていい上司になれるよう気を引き締めるのだが……今回ばかりはそれも無駄になりそうであった。
気を引き締めたところで、それを見せるべき部下がいないからだ。
結局のところ、こちら側で生き残った兵は百人に満たなかった。
砦に残っていた者達は全滅で、ベリタス王国側で捕虜となった者達だけが生き残った者達だ。
本来ならば捕虜としてそのまま連れて行かれるはずだが、それよりも逃げることを優先したのだろう。
連れられることなく残されており、今では治療を受けていた。
兵達もそうだが、こちらが受けた被害は甚大である。
砦は作り直すしかないだろうが……金だけではなく、時間も相応に必要だ。
正直なところ、状況としては非常にまずいと言わざるを得ないが……その心配をする必要がないのが、幸いと言えば幸いだろうか。
ちなみに何故その心配が必要ないのかと言えば、ベリタス王国とは休戦となる可能性が高いからだ。
明確に条約等を結ぶかまでは分からないが……少なくとも、小競り合いすらも起こらない状況になることは、ほぼ間違いない。
そもそも近年怪しい動きをしていたのは、おそらくあの龍に関連してのことなのだろうと予測が出来る。
それが滅びた以上、向こうがさらに何かをしてくるとも思えないし……何よりも、こちらには七天二人に加え、龍を滅ぼせるほどの者が居る事が明らかになったのだ。
しかも、その全てがノイモント家に属している、という情報と共に。
どれだけ大国を謳っていようとも、そこにちょっかいをかけようとするほどあの王も愚かではあるまい。
と。
「ちょっと確認して欲しい事があるんだけど、今大丈夫かしら?」
「ああ、問題ない。これまでに起こったことを纏めたものを読んでいただけだからな」
報告書から顔を上げると、そこにいたのは、声を聞いた時点で分かっていたものの、ソフィアだ。
本来であれば彼女もとうに向こうに戻っていなければならなかったのだが、何せこちらは兵ばかりではなく文官にまで被害が出ており、早急に人手が必要だったのである。
国の方に伺いを立て、こちらが優先だという言質を得て、一先ずある程度落ち着くまでこちらを手伝ってもらっているのであった。
「それで確認して欲しいものというのは……まあ、お前に任せているものの中で俺の判断が必要なものとなれば、一つしかないか」
「……ええ。ソーマのことよ」
だろうなと頷きつつ、クラウスは渡された用紙を眺める。
そこに書かれているのは、今言われた通りソーマのこと――ソーマという人物が、ノイモント家の中でどういった扱いになるかという、その捏造話であった。
ここまでの話で分かる通り、存在していなかったはずのソーマという人間は、再び存在していた人間となる。
ただしそれは、ソーマのスキルのことが判明する以前の状況に戻る、というわけではない。
存在していた者をなかったことにするのは容易だが、それを元に戻すというのは不可能なのだ。
既に周囲に告知してしまった以上、リナが次期党首候補であることに代わりはない。
そこに新たにソーマを加えた形となるわけであり……だからこその、捏造、であった。
そして具体的にはどうするのかと言えば――
「ふむ……やはり俺が犯した一時の過ちのせいで出来てしまった子供、とするか。まあそれが無難だろうし、これしかあるまい」
今回助けてもらった礼に、ソーマの家族に会いに行くとそのことが判明した、というストーリーである。
時期を考えれば完全に不貞の子となるが、これはもうどうしようもない。
年齢を改変しリナの方が年上とすることも出来たが、ここまで来れば大差ないためそのままとなっている。
「……あなたには汚名を着せることになってしまうけれど」
「ふん……この程度汚名でも何でもないだろう。そもそも俺達の都合に振り回されるソーマに比べれば、汚名の一つや二つ安いものだ」
大体そんなことを言いつつも、どうせ全員知っている茶番だ。
対外的なイメージはともかく、実際に被る被害など皆無に等しい。
こんなこと、どうということすらなかった。
――何故ソーマが再び、ノイモントの名を名乗れるようになったか。
否……名乗らなければならなくなったか。
それは全て、龍を滅ぼしてしまった事が原因だ。
特に、ベリタス王国側に見られてしまったのが致命的である。
あれで、第三者が証人となるのが可能となってしまった。
放っておいてもその話は周囲に広まってしまうだろうし……そうなれば、ラディウス王国としてはソーマを放っておくわけにはいかなくなるのだ。
そしてそうなれば、クラウス達がどう動くのかということも決まってしまう。
いや、別にクラウス達が何もしなくとも、ラディウス王国としては勝手に動きソーマを取り込もうとするだろうが……それに対する精一杯の抵抗といったところだろうか。
ソーマにとってみれば、何にせよ害しかない話だろうが。
「……ソーマには、この話は?」
「勿論したわ。……まあそうなるであろうな、とか言っていたけど」
「そうか……あいつには本当に、頭が上がらないな」
特に救いようがないのが、これでまた親として接する事が出来ると、少なからずそう思ってしまっている自分がいることだ。
ソフィアの様子を見る限り、おそらくはソフィアも同じなのだろう。
本当に、どうしようもない。
「まあしかし、俺達がどれだけろくでなしだろうと、やることに変わりはない」
「……そうね。ソーマやリナにどう思われようとも、私達はもう止まることは出来ないのだから」
だがそれが分かっていても、考えてしまうのは止められず……ふと過ぎった考えは、疲れていたからだろうか。
或いは――
「……あいつらがこの国に居れば、また違っていたのかもしれんな」
それは弱気ですらない、ただの戯言だ。
しかしソフィアはそれが何を意味しているのかを、正確に把握したらしい。
頷いた後に続けられた言葉は、まさに考えていた通りのことであった。
「彼と彼女が居たら、ね……まあ確かに、違っていた可能性はあったでしょうね。いえ、高かったわね。何だかんだ言いながら、彼はこの国がこんなことになるのを許さなかったでしょうし、彼女もそれは同じだったでしょう。……でもそれは」
「ああ、分かってる。それは、有り得なかった未来の話だ」
かつてこの地で起きた反抗作戦の、中心人物。
かつて魔王討伐のために立ち上がり、旅立った者達の、その先頭に立っていた二人。
かつて勇者と呼ばれていた、少年と少女。
そんな彼らは、この国の建国を見届けることなく、何処かへと去ってしまったのだ。
たとえそこにどんな事情があったのだとしても……間違いなくあったのだろうが、それだけは事実であり。
だからそれは、どうしたって有り得ない話でしかなかった。
「俺達は所詮脇役でしかなかったが……それでもこうして、前に出てしまったんだ。なら、俺達なりの最善を尽くすしかない」
「ええ、そうね……その途中で、どれだけの人達を見捨てることになったとしても。私達の手は、全てを抱え込めるほどに大きくはないのだから」
「ああ……。或いは――」
ソーマならば、と思いはしたが、それを口に出すことはなかった。
それは、人間としても、男としても、また夫としても、親としても……何より、ラディウス王国ノイモント公爵家当主として、間違っていたから。
二度も見捨てた息子に向かって、自分達の尻拭いをしてくれなど、厚顔無恥にも程があった。
ソフィアが何も言わなかったのは、もしかしたらソフィアも同じことを思っていたからなのかもしれないが……敢えてそれ以上それには触れることなく、立ち上がる。
「さて」
「あら、報告書はもういいの?」
「目を通す必要がある分はもう終わったからな。次の仕事に取り掛からねばならん」
「……この調子じゃ、一月二月程度じゃ終わらなそうね」
「何とか年が明ける前には一段落つきたいところだが……どうだろうな。今は国中とまではいかんが、そこかしこで騒がしくなっているらしいからな」
「ああ……あの件ね」
あの邪龍……ファフニールと名乗ったあれが、この国の各地で目撃されていた、という報告は既に受けていた。
どうやら各地の封印がほぼ一斉に解かれてしまったことが、今回の原因のようだ。
そのせいで封印近くにあった村が滅んでしまったり、有能な冒険者達が壊滅的な被害を受けたりと色々とあったようだが……そんなことをした理由は不明のままである。
だがそのせいで、国の偉い人物達が少々騒がしくなってしまっているのだ。
国内にそんなものがあるなどと思ってもいなかったのか、他にもないのかと探させたり、そこは本当にもう大丈夫なのかと調査をさせたりと、こちらにばかり人手をかけるわけにはいかない状況なのである。
ただ、ソーマに話を聞いた限りでは、それはそのうち落ち着きそうだが……それでも結局目処が付くのは、年明けぐらいになってしまうだろう。
ちなみにソーマ達は、今のところこの地に留まってもらっている。
現状旅を再開させるわけには、色々な意味でいかないのだ。
おそらくは、このままソーマには学院に行ってもらうことになるだろう。
生憎と、ソーマの好きにさせていられる余裕は、なくなってしまったのだ。
幸いと言うべきか、ソーマもそのつもりだったから問題はない、などと言ってくれはしたが。
「あとは、ここももう少し立派にしないとな」
「そうね……元の砦とまではいかなくとも、これじゃあ格好がつかないもの」
クラウス達が居るその場所は、急造の建物なのだ。
本当に木材を組み立てただけの、最低限の住処でしかない。
急場をしのぐためだけに作った、急ごしらえの代物なのである。
あまり豪勢なものを建てる必要はないものの、さすがにこれではまずいだろう。
「やるべきことは、山盛りだな」
「ええ、そうね……でもきっと、この状況は、まだ幸いなんでしょね」
「……そうだな」
あの龍があのまま暴れていれば、ここどころではなく、この国そのものが壊滅的な被害を受け、最悪そのまま消滅してしまっていてもおかしくはなかった。
それを未然に防いでくれたのが誰なのかは、改めて言うまでもないことだが――
「さすが、って言えないのは、結構辛くて悲しいわね……」
「その程度のこと、罰にすらならんだろう。何だかんだ言って、あいつに色々なものを背負わせてしまうのは、変わらんのだからな」
だがそれでもやはり、やることに違いはないのだ。
湧き上がってくる弱気を振り払うように歩き出せば、ソフィアもその後を着いてくる。
そして二人はそのまま、その部屋を後にするのであった。
 




