元最強、筋肉痛から解き放たれる
「我輩復活、なのである!」
そんな言葉を叫んだソーマは、ベッドの上に立ちあがっていた。
あの日から数えること、実に七日。
一週間が経つことで、ようやく筋肉痛の痛みから解放されたのだった。
まあ厳密には、未だ痛みは続いているのだが、激痛で動けないというほどではない。
ならば解放されたと言ってしまっても構わないだろうと、そういうことである。
事実、ソーマは今日から動き始めるつもりであるし、何の問題もないだろう。
「さて、と」
とはいえ、動くと言ったところで、実際には今ソーマに出来ることといえば、誰かに質問することぐらいである。
この屋敷に存在している、ソーマに閲覧可能な本などは既に読んでしまったため、それ以外に出来ることはないのだ。
そしてその誰か、に該当するような人物は、今の時点では一人しかいないが、しかし朝日が昇ったばかりだということを考えれば、勉強の時間はまだ先である。
となれば――
「とりあえず、その前に日課でもこなしてくるであるかな」
一週間も寝たきりだったことを考えれば、かなり鈍ってしまっただろうし、今の状態を確かめるにもちょうどいいだろう。
そう言って頷くと、ソーマはひっそりと自身の部屋を後にした。
朝日が照らし出す中を、カミラは一人、歩いていた。
場所は裏庭と、人が滅多に近づかないような場所だが、別に何か悪巧みをしているわけではない。
気分転換と、鍛錬を兼ねてのものであった。
カミラの主な職業はスキル鑑定士ではあるものの、それはスキル鑑定という非常に珍しいスキルを所持しているからである。
非常に有用であることから、これを所持する者は半ば強制的に国によってスキル鑑定士とされてしまうのだ。
まあ待遇とかは文句の付けようがないほどなので、断ることが出来ても断る者などはほぼいないだろうが。
まあカミラがそれを選んだのには、とある理由があるのだが……ともあれ、本来カミラは、どちらかと言えば武闘派なのだ。
斧術スキルなども覚えており、暇な時の時間潰しと言えば身体を動かすことの方が多い。
鍛錬とは、そういうことであった。
そして気分転換とは、現在カミラが就いている、もう一つの職が原因なのだが――
「……お?」
「……は?」
そのまま森の方へと足を踏み入れた瞬間、不意に遭遇した人影を見て、カミラはつい間抜けな声を上げた。
先に述べたようにここら辺は人が滅多に訪れないような場所であるため、それ自体に驚いたというのもあるが……何より、ここに居るはずのない人物だったからである。
「おや、先生、奇遇であるな」
「……いや、確かに奇遇ではあるんだが……何でおまえここに居るんだ?」
珍妙な言葉遣いと、自身より頭一つ分は小さい身体。
見間違えるはずもない。
現在カミラが悩んでいることのある意味元凶とも言える、ソーマであった。
「何でも何も日課のためであるが? まあここ一週間はベッドの上の住人であったため、ひさしぶりとなってしまってはいるが」
「日課って……もしかして、以前からここに来てたのか? ここには来るなってソフィアは言っておいたって聞いてるんだが……」
「うむ、確かに言われたであるな。まあ、我輩は頷いた覚えはないであるし、我輩には関係のないことではあるが」
「おまえ……」
それは屁理屈というのだが、ここまで堂々と言われてしまうとこっちが間違っているような気がしてくるから不思議だ。
まあ勿論そんなことはないのだが、そこら辺を言い聞かせるのはソフィアの役目である。
カミラには関係……いや、もしかしてあるのだろうか?
現状そういったことをソーマに伝える役目を担っているのは、カミラのみとなってしまっているわけだが――
「……ま、別にいいか。言うほど危険な場所でもないしな」
たまに鍛錬を兼ねてカミラも見回っているが、ここ数年は獣一匹見つかってはいないのだ。
そこまで気にする必要はないだろう。
そもそも言ってしまえば、この世界に安全な場所などは存在しない。
ソフィアはそこら辺色々考えて外出禁止にしていたみたいだが――
「って、そういやここに来るな以前に外に出るなって言われてなかったか?」
「うむ、確かに言われたであるが――」
「頷いてはいない、か。ったく……どうやら聞いてたよりもよっぽど問題児みたいだな」
だがやはりカミラは、あまりうるさく言うつもりはなかった。
ソフィアにはソフィアの考えがあるように、カミラにはカミラの考えがあるのだ。
そしてカミラに全てをぶん投げられている現状、カミラの考える通りにしていいということなのだろう。
そう思うから、カミラはただ肩をすくめるだけなのだ。
面倒だから細かい事は気にしない、とも言うが。
「とはいえ、私ほど屋敷の人間は大雑把じゃないだろうしな……どうやって抜け出してきたんだ?」
「普通に隠れながらであるが?」
「確かにあそこはそこまで警備が厳重じゃあないが……」
それでも六歳児が普通に隠れながら抜け出せるほど緩いわけではないはずだ。
どうやら、ソーマの評価を多少は考え直す必要がありそうだった。
「ところで、私に見つかった上にそんな色々喋ってもいいのか?」
「まあ、先生は我輩の先生であるしな。それに……先生なら喋っても問題はないであろう?」
「……ま、確かにな」
確かに、その通りだ。
しかしカミラがソーマのことをほとんど知らなかったように、ソーマもカミラのことをほとんど知らなかったはずである。
少なくとも、そんな判断を容易には出来ない程度には。
これを子供の浅知恵と判断すべきか……そこまで考え、カミラは、いや、と否定する。
間違いなくこれは、何らかの根拠あってのことだろう。
子供とはいえ、その目を見ればその程度のことは分かる。
どうやら本当に、評価し直す必要がありそうであった。
「ところで、私はこれからちょっと鍛錬をしようかと思ってるんだが……おまえも来るか?」
カミラがソーマをそんな風に誘ったのは、ソーマを観察しようと思ったのもあるが、右手の持つ棒を目にとめていたからでもある。
それがただ遊びで持っているわけではないと、本能と経験的なものにより悟ったからだ。
つい先ほどまでならば、それを気のせいだと考えていたかもしれないが……今のカミラがそう見誤ることはない。
「ふむ……いいのであるか?」
「まあ私もおまえの日課とやらに興味があるしな」
では遠慮なく、などと答えたソーマに、カミラは小さく口の端を吊り上げる。
今口にした言葉は、本当のことだ。
言葉を交わすたびに、この子供はカミラの好奇心を刺激してくる。
それが子供特有の万能感がなせる錯覚なのか……或いは違うのか。
色々なことが重なり、家庭教師を請け負ったことを軽く後悔し始めていたが……思っていた以上に、楽しそうであった。
そんなことを、カミラは思い……そして、その三十分ほど後。
カミラは呆然としながら、青空を見上げていたのであった。