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塔の仕組みとその解法

 ――刀術特級・森霊の加護・精神集中・居合い・心眼:一刀両断。


 手応えがおかしい、ということには、それこそ最初の段階から気付いていた。


 ソーマが真っ先に飛び出し、それに合わせるようにシーラも飛び出し。

 ソーマが敵の一撃を防いだのを横目に、その間に敵の足元へと接近し、そのまま敵の足を斬り裂いた、その瞬間に。


 何と言うか、妙なほどに柔らかかったのだ。

 見た目の様子とは異なり、どちらかと言えばゴーストを斬った時のような感覚に近い気がした。

 中身がないというか、何というか……抵抗もろくになく、簡単に斬れてしまったのも、その感覚に拍車をかけたのかもしれない。


 とはいえ、簡単に斬れるのならばそれはいいことだ。

 本当に見た目が大きいだけで、大したことはない。

 ……まあ当然と言うべきか、そう簡単にはいかなかったのだが。


 それに気付いたのは、その直後のことだ。

 足を簡単に斬り裂けたとはいえ、この様子では痛みなどは感じないだろうし、行動を阻害させるには何度も繰り返す必要がありそうだと、そう思い……瞬間、たった今つけたばかりの傷が消えていたことに、気付いたのであった。


 そして。


「……ん、やっぱり、何度繰り返しても、同じ」

「幾ら攻撃しても、瞬時に傷を修復される、であるか……この手の相手は、再生速度が追いつかないほどの速度で攻撃するのが定番であるが……」

「……さすがに大きすぎて、無理」

「で、あろうなぁ……」


 言葉を交わしながらも、攻撃の手は緩めていない。

 ソーマは主に敵の攻撃を防ぐことを主とし、シーラは手を変え品を変え、何か有効打が存在しないかを探している。

 今のところは自らが口にした通り、その全てが瞬時に修復されてしまっているが。


 とはいえ正直なところ、倒せない相手ではないとは思う。

 まさか無条件で修復できるとも思えず、それには少なからずエネルギーを消費するはずだ。

 続けていれば、そのうち相手は修復が出来ないという事態に陥るだろう。


 アイナ達も、それを前提に動いていた。

 特にアイナは、今までは塔が崩れることを心配し攻撃魔法を使うのを自重していたが、ここでならばその心配はない。

 上を見れば、そこには大きな的があるのだから尚更だ。


「――爆ぜろ。爆炎弾!」


 アイナが攻撃魔法を放てば、その巨体の一部が爆ぜ、飛び散る。

 ただしそれが、下にまで落下してくることはない。

 その途中で何故か消えてしまうからだ。

 こちらとしては落下物を気にしなくて済むため助かるのだが……それも気になるところの一つである。


 まあしかし何にせよ、それにしたって即座に修復されてしまうのは同じだ。

 攻撃範囲などを考えれば、単純に斬っているよりも相手をより消耗させることは出来ているとは思うが――


「なんていうか、戦闘をしているというよりも、魔法の練習をしてるって気がしてきたわね……」

「ああ、分かるのです。兄様が攻撃を防いでくれているおかげで、相手の攻撃を気にする必要がないですし、確かに大きな的を相手に攻撃の練習をしているって感じなのです」


 二人が言っているそのことは、おそらくソーマがそもそもそうなるように動いているからだろう。

 ソーマであれば、相手の攻撃を防ぎつつも、自分も攻撃することなど容易いはずだ。

 しかしその様子がないのは、完全に防御に徹し、二人に経験を積ませるためだと思われた。


 これまでも、ソーマは度々そんなことをすることがあったのだ。

 今回も都合がいいと、そんなことを思っているに違いない。


 実際のところ、シーラもそれには同感だ。

 二人は才能の割に、明らかに経験が足りていない。


 年齢を考えればそれが当然なのだが……旅をするというのであれば、どれだけ経験が積まれたところでそれが余分となることはないだろう。

 今後のことを考えれば、尚更だ。

 積める時に経験を積むべきであり、今回のことはそれに相応しい。


 こんな相手と戦うなど早々あることではないだろうし、危険はソーマが排除してくれるのだ。

 それではある程度の経験しか積めなくもあるが、そういったことは段階を踏んでいけばいい話である。


 それを理解し、同意しているからこそ、シーラもあまり積極的に動いてはいないのだ。

 有効打を探しているとはいえ、やろうと思えばもっと効率的にすることも可能なのである。

 そうしないのは、ソーマに協力しているからであり……ただ、そればかりが理由でもなかった。


 というのも、どうにも少しばかり、気になる事があるからだ。


 それは、敵の動きであった。

 何故ならば、あまりにもそれが単調すぎるのである。


 攻撃は、両腕を振るうのみ。

 まあ、大きすぎるということを考えれば、それしかないのも当然ではあるのだが……それでも、もう少し何かしてもいい気がするのだ。


 それに足をほぼ使っていないのも気になる。

 攻撃に合わせて片足を振り上げ、踏み込むまねこそして見せるものの、その全てがその場でのみ行われているのだ。

 確かにその衝撃によって地面が揺れ、僅かに移動時に気になるものの、それでも障害になるほどではない。

 そんなことよりももう少し、移動するなりなんなりした方が、どう考えても有効である。


 ここの広間は大きく、それが祭壇を守っているにしても、やりようは幾らでもあるだろう。

 なのにそうしないということは、何か理由があるのではないかと、時折観察などをしており……それが結果的には、消極的な動きへと繋がってしまっているのではあるが――


「ふむ……何となくではあるが、あれの目論見は分かったであるな」

「…………え?」


 と、敵の攻撃を弾き返しながら、ソーマは不意にそんな言葉を呟いた。

 それがあまりに予想外すぎたため、唖然とソーマの姿を見つめてしまう。


 確かに、シーラが感じたぐらいだ。

 ソーマも何か勘付いていたところで不思議はないが……観察している様子などなかったはずである。


 だがそこで、いや、と、シーラは自分の思考を否定した。

 先ほど自分で思っていたはずだ。

 ソーマは本来であれば、攻撃も行えるはずだ、と。


 それを行っていないのは、二人の為だけだと思っていたが……それが自分と同じように、あれの観察をするためでもあったのならば、なるほど辻褄はあった。

 もっともそれでも、予想外だったということに、違いはないが。


「目論見って……あれが何か企んでるってこと? 単調な攻撃を続けてるだけにしか見えないんだけど……?」

「わたしにもそう見えるのですが……もしかしてあれが、何かしているってことなのです?」

「ふむ……一つ質問なのであるが。仮にアイナが真下に向けて魔法を撃ったらどうなると思うのである?」

「どうなるって……別にどうもならないんじゃないの? いや確かにここもボロいから、ちょっと怖くはあるけど……」


 アイナの言葉に、シーラは適当に攻撃を加えつつ、頷く。

 確かにここの床は今まで通ってきたところと同様にボロい。


 だがそれでも、魔法を一発二発撃った程度では、どうともならないはずだ。

 まあそれこそ何発も叩き込めば、分からない――


「……ん……まさか?」

「え、シーラは何か気付いたの?」

「むむ? ということは、やっぱり何かしてるのです? 一体何を……」

「まあ正直あまり時間はなさそうなので正解を言ってしまうであるが、あれの目的は多分、あの足の方がメインなのである。攻撃は、近くに寄らせないことの方が目的なのであろうな」

「……? 足って……交互に振り上げと振り下ろしを繰り返してるだけじゃない」

「……私達がやるなら、確かにそれだけで終わる。……でも、あれは大きい。……あの重量で、何度もあんなことを繰り返したら? ……特にここは、ボロい」

「え、それって……まさか、床を踏み抜こうとしてる、ってことなのです!? でも、そんなことをしたところで……」

「いや、それよりもさらにもう一つ先に進んだことをやろうとしているのであろう。何せここがボロいのは、全体的な話であるからな。よくよく見ていれば分かるであるが……あれが足を踏み込むたびに、その震動はこの塔全体に及んでいるのである」


 つまりあれの目的は、この塔そのものを壊す、ということだ。

 そんな馬鹿なと思って呆気に取られるも、距離を取ってみれば、なるほど確かにあれは追ってこず、攻撃も止み、それでも足踏みだけは続けていた。


 そして塔全体に振動が伝わっているというのも、文字通りに身体を通して分かる。


「嘘、って言いたいけど……それが正しいってのは、分かったわ。でも、じゃああれは、何でそんなことをしてるのよ? ここを壊したいんなら、そんな悠長なことをせずにもっとちゃんと暴れまわればいいじゃない」

「というか、あれってあの祭壇を守るために現れたんじゃないのです? てっきりそうだと思ったのですが……」

「あれが暴れまわらないのは、それでは塔全体を壊せないからであろうな。多分あそこに衝撃を伝え続けることでそれが可能なように、元々ここは設計されているのであろう。壊す理由に関しては、多分それこそが守るためなのである。正確には、取られてしまうならばここごと破壊してしまおうとか、そんなところであろうな」

「な、何よそれ……傍迷惑すぎるし全然守れてないじゃない! 馬鹿なの!?」

「……ん、古代遺跡では、割とよくある」

「古代の人達は馬鹿だったのですね……」


 それを否定出来ないぐらい、本当によくあることなのだ。


 そして古代遺跡の仕掛けとは、基本的にそこに存在している何かを守るためのものであるが、直接的に守るものもあれば間接的に搦め手を使って守ろうとすることもある。

 これはその前者に見せた後者なのだということなのだろう。


 それだけを考えれば、これは割とよく出来たものでもあった。 

 こんなものを見せられれば、どうしたってあれを倒そうとするだろう。

 その間に、塔そのものを壊されてしまう、ということだ。


 守ろうとしていた何かを取られないようにすることを目的とするならば、かなり有効ですらある。


「……そこまでして守ろうとしてたものが何なのか、気になる」

「うむ、正直眉唾だったであるが、何らかの意味あるものである可能性は高まってきたであるな」

「それはいいんだけど……結局どうするのよ? 止めさせようにも、無理なんでしょ? 全力で攻撃しても、足は壊せない気がするし」

「その前にあそこの祭壇に行って、その何かを探す、っていうのは駄目なのですよね?」

「こんな無駄に凝った仕掛けを作ってる時点で、そっちには何もないというのは考えづらいであるしな。あれをどうにかしないと駄目だと考えるべきであろう」

「……ん、同感」


 古代遺跡とは、そうなっているものなのだ。

 仕掛けを攻略しなければ、目的の物を手にすることは出来ない。


 まあ或いは、物次第ではソーマならば何とか出来そうな気もするのだが――


「ふむ、教材としては申し分なかったであるし、正直勿体無いのであるが……まあ、仕方ないであるな」


 そう言うと、ソーマは一人それに向かって歩いていった。

 あまりにも自然で、一瞬反応が遅れる。


「え、ちょっ……だから、どうするのよ!?」

「そんなもの、決まっているであろう? 何となく、正攻法的な解き方があるような気もするのであるが……それを探してる暇もないであるしな」


 そんなソーマへと当たり前のように、それの攻撃が再開される。

 足を振り下ろすと共に、両腕も振り下ろされ――


「――閃」


 それは小さな呟きと、一つの剣閃。


 ――否。

 そうとしか見えなかった、何かであった。


 何故ならば、その直後、それの動きが止まったからだ。

 しかしそれを気にすることなく、ソーマはそのまま歩き続け……やがて、その足元へと辿り着く。


 それでもやはりソーマは止まらず――思い出したかのように、それが動いたのはその時のことであった。

 全身を、無数の破片と化し、砕け散ったのだ。

 あれほど苦労していたのが嘘のように、呆気なく、簡単に。


 そして祭壇のところまで辿り着いたソーマは、振り返ると、不思議そうに首を傾げた。

 まるで、何故来ないのかと、そう言うかのように。


「……まったく。相変わらず、出鱈目なんだから」

「……ん、非常識」

「でも、さすが兄様なのです!」


 そんなソーマを、口々に言いながら、苦笑を浮かべ。

 シーラ達もまた、そこへと向かって歩いていくのであった。

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