元最強、二つ目の古代遺跡に辿り着く
何故だと、女はそう思った。
何故……何故何故何故――
「何故……!」
「うん? もしかして、その何故というのは俺に言っているのか?」
それ以外に何があるというのか。
そうだ、それ以外――
「だとするならば、見当違いだ。そもそも、こいつらを殺したいと言ったのは、お前だろう?」
「そ、それはっ……」
確かにその通りだ。
その通りではある。
だがそれは、酔った勢いで口にした、ただの戯言だったはずだ。
普段色々あるが故に、あの一瞬は本気でそう思ったものの、それが過ぎればいつも通りとなる、そんな他愛のない一言。
「今更そんなことを言われてもな……それこそ俺の知ったことではない。大体それならば、ここに来なければよかっただけの話だ。俺はお前の手助けをしてやるといい、お前はその話を受けてここに来た。そしてお前は俺の話した通りに手助けをしてくれたからな。だから俺もお前の望みを叶えた。それだけの話だろう?」
ここに来たのは、古代遺跡があるという話を聞いたから。
それだけが理由だったのだ。
あんなものをまさか真に受けるとは思わなかったし、いいことを教えてくれたと、そう思っただけだった。
手助けなどと言われたところで、普通に遺跡を探索し、先に進んだだけであって――
「ま、何にせよここで俺のやるべきことは終わった。俺も忙しいんでな、次に向かわなければならん。お前はまあ、好きにすればいいだろう」
「……そうか……そうだな。ああ……言われずとも、好きにするさ……!」
叫び、一気にそれへと飛び込むと、手に持った剣を――
「――っ!? ……がっ……!?」
「おい、やりすぎるなよ? そいつには話を伝えてもらわなくちゃ困るんだ。まあ一人減ったところで問題はないかもしれないが、全員が上手く伝えてくれるとも限らないんだからな。……ふん、そうか。ならいい。じゃあ、俺は今度こそ行くぞ。さて、これでようやく半分か……やれやれ、先は長いな」
「っ……くそっ……待ちやが……!」
壁に叩きつけられた身体で、必死に腕を伸ばすも、当然のように届くはずはなく……それらはそのまま、姿を消したのであった。
トリアムという街に辿り着いたソーマ達は、すぐさま別の馬車を探すと、そのままそれに乗り換えた。
ずっと馬車に乗っていただけなので特に疲れてはいなかったし、目的地に着くまではまだまだ時間が必要だからだ。
まあ急ぐ理由もないと言えばないのだが、誰からも異論が出ることはなかったので、再びガタゴトと揺られる旅に戻る。
トリアムには結局数十分程度居ただけで、後にすることになった。
ちなみにわざわざ馬車を乗り換えた理由は、領土内を走る馬車と領土間を走る馬車は異なるからだ。
基本的に馬車は定期的に出ているものではなく、場所を指定しそこに向かってもらうものである。
そこで勝手に領土を越えられてしまうと色々と困るため、そういった取り決めがなされているのだそうだ。
尚、その情報の発信源は、当然と言うべきかシーラである。
ソーマ達はそもそも馬車をどうやって探しどうやって乗ればいいのかすらも知らなかったので、さもありなんといったところだ。
ともあれ。
「ふむ、これは何と言うか……随分と趣がある建物であるな」
「素直にボロいって言いなさいよ……っていうかこれ、本当に大丈夫なの?」
「……ん、大丈夫……だといいな?」
「願望なのです……!?」
ヨードル男爵領へと足を踏み入れ、さらに馬車に揺られること一週間。
さすがに一旦休むべきだろうという提案により、辿り着いた街、ヴァイオットで休息を取り、翌日早朝に移動を開始。
そうしてようやく辿り着いた古代遺跡を前にして、ソーマ達はそんな言葉を交わしていた。
その内容が臆すようなものである理由は、その見た目が全てである。
どうやらここにも前回の遺跡と同じような結界が張ってあったらしいのだが、向こうは時代を感じさせながらも、しっかりとした作りであった。
だがここはアイナが口にしたように、はっきりと言ってボロいのだ。
しかも――
「……よりによって塔とか」
「壁っていうか、足元が崩れそうな気がするのです」
「……中に入ってみれば、意外とそうじゃない可能性も?」
「まあ、それを期待するしかないであるな……」
あくまでも外見の話なので、実際中はそうでもない可能性はある。
ただそれでも、いつ崩れてもおかしくないと思えるような外見なので、出来れば足を踏み入れたくはないというのが本音なのだが。
「……言っても仕方ないであるし、とりあえず行ってみるであるか」
「……そうね、どうするかは、それから決めましょうか」
「……ん、異論はない」
「……了解なのです。でも覚悟はしておくのです」
恐る恐るそこへと――塔の形をしたそこへと、足を進めていく。
ちなみにグルっと周りを回ってみたところ、そこは広さとしてはそれほどないようであった。
大体前回の半分といったところか。
前回の遺跡のような変なギミックがなければ、多分それほど時間がかからず見て回れるはずだ。
とはいえ問題なのは、横ではなく縦だろう。
塔という時点で当然だが、それは上にかなりの長さで伸びている。
見上げるそれの長さを調べることはさすがに無理だが……まあ、内部の階層が二つ三つ程度しかないということは有り得まい。
おそらくは最低でも、五層はあるだろう。
その時点で前回のものよりも広いのが確定しているということになるが……まあ、普通の遺跡ではないのだろうということは、最初から分かっていたことだ。
色々なことを覚悟し、その中へと足を踏み入れた。
「――むっ、これは……!?」
「なんか意味ありげに驚いてるけど、単に真っ暗で何も見えないだけじゃない」
「まあ古い塔の中なのですからね……昔は照明があったのかもしれないですが、それがない今真っ暗なのは当然なのです」
「……ん、でもこれじゃあ、探索は無理」
「ふむ……確かランタンは用意してあったはずであるが……」
「ああ、いいわよこのぐらいなら。あたしに任せておきなさい――光よ」
アイナがその言葉を紡いだ瞬間、真っ暗だったその場に文字通り光が差した。
アイナが照明の魔法を使ったのだ。
その頭上には拳大程度の光の球が浮かんでおり、それで以って周囲を照らしている。
「……ぬぅ」
「何唸ってるのよ? なんか変なものでも見つかったとか?」
「いや、気軽に魔法使いやがって羨ましいと思っただけなのである」
「……同感」
「そんなこと言われても困るんだけど……?」
「お詫びとしてその場で土下座すればいいのです?」
「リナ……!?」
などとそんな冗談を交わしつつ――
「ねえちょっと、今の本当に冗談なのよね? リナ真顔だったんだけど……?」
交わしつつ、その場を見渡す。
まあとはいえ、入り口だけあって特に目ぼしいものは見当たらない。
さすがに奥にまで光は届かないが、とりあえずは周辺を確認するだけでも十分だろう。
広さとしては、大体幅が五メートルというところか。
高さは三メートルほどであり、そんな通路が先へと続いている。
通路の材質は、外を形作っているものと同じであり、石造りだ。
違いがあるとすれば、外よりは多少マシそうだということだが――
「ふむ……とりあえず、地面が抜けたり壁がすぐ壊れるということはなさそうではあるが、注意はしておく必要はありそうであるな」
軽く叩いてみると、罅割れこそしなかったものの、正直返って来た感触的には怖いといった印象を受ける。
試しはしないが、木剣の柄あたりで少し力を入れて殴れば、罅ぐらいは簡単に出来そうだ。
移動や、もしあるようならば戦闘の際には、十分注意を払う必要がある。
まあとりあえず、アイナが攻撃魔法を使うことは厳禁といったところか。
さすが特級と言うべきか、アイナの魔法は簡単に周囲へと影響を及ぼす。
こんなところで気軽に使われたら、瓦礫に埋もれる未来しか想像できなかった。
「分かってるわよ、それぐらい。さすがにこんなところで魔法を使うほど考えなしじゃないわ」
「ふむ……まあしかし、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいであるな」
「……確かに、ちょうどいい」
「……? 何がちょうどいいのよ?」
「いや、あまり魔法をぼこすか撃たれると、妬ましさのあまり手が滑るやもしれぬであるからな」
「……気をつけて」
「何をよ!?」
「む……いや待てよ? 考えてみれば、この照明も魔法であることに代わりはないのであるから、常に魔法が使われているということに……? ……アイナ、すまんであるが、ちょっと手が滑るかもしれぬから、よろしく頼むのである」
「……よろしく」
「だから何をよ!? っていうか、頼むな!」
「む、なんかわたしだけ乗り遅れてる気がするのです……わたしもたまにアイナさんに向けて剣を振った方がいいのです?」
「お願いだからやめなさい! っていうか、さっきからリナあたしに対しての言動おかしくない!?」
「いえ、さすがに冗談なのですよ? ただ、アイナさんは弄ると面白いということを最近発見したので、兄様達にのっているだけなのです」
「リナ!?」
そんな風に、最近役割分担が出来つつある会話を挟みながら、周囲の簡単な調査を終える。
とりあえずは、怖いながらも進めないことはない、というところであった。
「というか、それでも結局は行くのね」
「……ん、ここに魔法が使えるようになる手がかりがあるなら、行かないわけにはいかない」
「ま、そういうことなのである」
「そしてわたしは、そんな兄様に着いていくだけなのです!」
「はいはい、あたしも別に異論はないわよ」
この先に何が待っているのか。
正直あまりいい予感はしないものの、進まないという選択だけはない。
困難の先に目標への道があるというのならば、たとえどんなものでも全てを切り払うだけだと。
暗闇で染まったその先を、ジッと睨むように見つめながら、ソーマは先へと歩き出すのであった。




