元最強、怪しい人物に出会う
声に視線を向けたソーマがまず最初に思ったことは、胡散臭い、というものであった。
だがそれも仕方のないものだろう。
何せそこに居たのは、黒いローブで全身を覆った、見るからに怪しい人物だったのだ。
身構えるなという方が無理な話である。
「……それはもしかして、あたし達に言っているの?」
だからアイナがそう言って警戒した声を出したのも、リナが何があってもいいように右手をそっと腰に持ってきたのも当然のことだ。
故に。
身構えることすらなかったシーラの方が、反応としてはおかしいのである。
「左様。少しだけ儂の話を聞いてもらいたいのだが……どうだろうか?」
「どうって言われても……なのです」
「ふむ。まあ見るからに怪しい人物に声をかけられ、警戒しているのは分かるが、それは不要だ。そのことは、そちらのお嬢さんがご存知だと思うがね」
そう言って、声から男だと分かるその人物は、手を持ち上げた。
隠れていたしわだらけの手があらわになり、掌で以って一人の人物を指し示す。
そしてその先に居たのは、予想通りと言うべきか、シーラであった。
「ふむ……やはり知り合いであったか」
「……ん、あの遺跡のことを教えてくれた人」
「あー……」
なるほどとアイナが頷いたのは、聞いていた外見とも一致しているし、この人物ならばあの胡散臭い話を持ってきてもおかしくはないと思ったからだろう。
それはソーマも同感であったが、むしろよくこの人物から伝えられた話を少しでも信じ、実際に行ってみようと思ったものだ。
「納得いただけたようで何よりだ。それにしても、遺跡のことを知っているということは、やはり行ってみた、ということかね?」
「……ん、これはその成果」
「ふむ、どうやら儂の伝えた話を有効に利用してくれたようだ……と言いたいところだが、どうやら満足はしていないようだな」
「……財宝はあったけど、肝心のものがなかった」
「なんと、既にそちらは失われてしまっていたか……それはすまないことをしたものだ」
言いつつ、男は頭を下げるような真似をしたが、相変わらずその顔は見えないため実際本当にそう思っているのかは疑問だ。
そしてそんな疑惑は、男が次に発した台詞でより深まることとなった。
「では詫び代わり、と言ってはなんだが、他の古代遺跡の情報はどうだね? そちらにもまた、以前伝えたのと同様のものが眠っているとされているのだが」
「ふむ……それはこちらからすればありがたい話ではあるが、そんな気軽に話してしまってもよいものなのであるか? 今回の遺跡も、金を得るということだけに限ればそれなりのものではあったが」
「なに、無駄に期待させてしまった責任、というやつだよ。それに儂は見ての通り老いぼれでね。儂が抱えているよりは、未来のある者達に託す方が有用だろう」
そう言うと男は、その遺跡のある場所とやらを教えるだけ教え、さっさと立ち去ってしまった。
その背を何となく見送った後で、ソーマ達は顔を見合わせる。
「言うだけ言って行っちゃったけど……え、あの人そもそも何しに来たの?」
「遺跡の情報を教えるため、なのです……?」
「お詫びにって言ってたのに?」
「……建前?」
「ふむ……シーラ、そもそも以前の情報はどんな状況で教えてもらったものなのであるか?」
「……ん、さっき話した、ちょっかい出された時に、少し騒ぎが大きくなりすぎて他の人の迷惑になりそうになった。……それを止めた時、あの人もそこにいたらしい? ……後で、お礼にってことで、教えられた」
一応、筋が通っているといえば通っている話だ。
だが同時に、何処か出来すぎているような気もした。
そしてどうやらそれは、アイナ達も感じているようである。
「うーん……見た目もそうなんだけど、やっぱり何処か胡散臭いっていうか、怪しいのよねえ……」
「得体が知れない、って感じでもあるのです。何となく、以前パーティーで会った偉い人と同じような感じがしたのです」
「ああ……その感覚は正しそうであるな。少なくともあの男、確実に嘘を一つ吐いていたであるし」
「……嘘?」
「うむ。あの男自分のことを老いぼれなどと言っていたであるが……多分実年齢はそこまでいっていないはずであるからな」
「え……でもあの手は?」
「おそらく幻術か何かであろう。僅かに違和感を覚えたであるしな。アイナが気付かなかったということは、魔法以外の手段なのはほぼ間違いないとは思うであるが……」
さすがに詳しいことまでは、ソーマには分からない。
分かるのは、そこに違和感があったということだけなのだ。
「それに気付けただけでもさすがだと思うのですが……んー、でもということは、やっぱりわたし達を騙そうとしている、ってことなのです?」
「さて、それはどうであろうかな……とりあえず何かを隠している、ということは間違いなさそうであるが」
「じゃあどうするのよ? まあ別に教えられたからといって、行かなくちゃいけないってわけじゃないんだけど」
「……ん、私としては、行きたい」
まあ、そうなるだろう。
怪しいことに違いはないが、少なくとも今回はそれっぽいものが存在していた可能性があったし、財宝も見つかっているのだ。
同じような場所があると聞かされて、見過ごすことなど出来ようはずがない。
「一旦でもドリスのところには戻らなくていいのであるか?」
「……ん、ドリスからは、ここでのことが終わっても、どこかに行きたくなったらそのまま行っちゃっていいって言われた」
それは多分別のことを想定してのものと思われたが、敢えて言及する必要もないだろう。
少なくともシーラはこのまま行くつもりであり、あとはソーマ達がどうするかだ。
勿論ソーマとしても、退くつもりなどはないが――
「ま、一度甘い蜜を吸わせて、ということは十分考えられるであるしな。アイナ達は待っている、というのも一つの手だとは思うのである」
「あんたは当たり前のように行くつもりなのね……」
「当然であろう?」
そもそも今回の旅の目的が、魔法を使えるようになるか、その手がかりを得ることなのだ。
それを得られる可能性がある場所に、行かない理由があろうか?
いや、ない。
「……はぁ、相変わらずね。まあ、あたしもあたしで相変わらず特にやりたいこともないし、待っていたところで暇なだけだもの。あたしも行くわよ」
「わたしが兄様についていかないはずがないのです!」
というわけで、遺跡探索の旅は続行することが決まった。
そしてそれは、こちらにとって都合のいいことでもある。
何せこれから先の都合が、まるで決まっていなかったのだ。
あの遺跡にはもう行く意味がないし、シーラがこの周辺の調査は既にやってしまっていたので、調べるようなこともない。
次はどうしたものかと、悩んでいたところだったのだ。
それにシーラが共に来てくれるということも、こちらにとってよかったことの一つである。
別に変な意味ではなく、単純に心強いという意味だ。
シーラは冒険者としての生活がそこそこ長いらしく、移動の最中だけでも色々と助けられることが多かったのである。
正直なところ、ソーマ達は世間知らずだという自覚があるので、シーラがまだ共に旅をしてくれるというのであれば、それは大分助かることであった。
「まあというわけで、もう少しよろしくなのである」
「……ん、こっちこそ」
そういうわけで、もう少しだけ共に居ることが決まった少女と共に、今度こそという意味を込めて再度乾杯をすると、ソーマはその中身を飲み干すのであった。
ちょっと短いので夜も更新予定です。




