元最強、遺跡の最奥? に到達する
ソーマが気付いたことというのは、通路の移動――おそらく転移は、一定の時間で起こるということと、移動先に規則性があるということであった。
時間に関して気付けたのは、まあ難しいことではない。
注意していればすぐに分かることではあるし、最初は移動した距離によってかとも思ったが、その可能性はすぐに潰えた。
多少のランダム性はあるようだが、立ち止まっていても転移が発生したことを考えれば、まず時間で間違いないだろう。
少し手間取ったのは、移動先の規則性に関してだ。
これに関しては、解決方法は原始的なものに頼ることにした。
要するに、目印を付けたのである。
壁に小さく傷を付ける、といったものではあるが、それだけでも十分分かりやすいものだ。
或いは自動的にそういったものが修復されてしまっていたらもっと別の方法を考える必要があったが、どうやら本当にここはただの遺跡であって迷宮ではないらしい。
そういったことが起こる気配はなく、おかげで最終手段を取った時の懸念の一つもなくなったわけだが、まあそれは余談だろう。
ともあれ、その結果分かったことは一つ。
転移は決まった二つの場所を対象に交互に起こっている、ということだ。
Aという地点にいたらBという地点に転移し、次はまたAという地点に戻る。
厳密には、地点というよりは区画などと言うべきかもしれない。
おそらくはそれぞれの通路ごとに対応した通路があり、転移のたびにソーマ達のいる通路だけが対応した場所へと転移しているのだ。
しかもその時、どうやら向いている方向が逆になるらしい。
AからBに転移した時に北を向いていたとするならば、BからAに戻ってきた時、南を向いているのだ。
気付かなければ、ずっと同じ場所を歩き続ける。
そういう仕掛けであった。
ただまあ、それに気付けたところで、結局どの方向に何があるのかは分からないままである。
故に。
「ふむ……こっちだったであるか」
そこに辿り着けたのは、多分本当にただの偶然であった。
仕掛けが判明するまでに時間がかかってしまったこともあり、これはそろそろ真面目に最終手段を実行するしかないか、などと思っていたら、不意にあっさりと、そこに辿り着いてしまったのである。
「え……ここって、まさか?」
「そのまさか、のようなのであるな」
「じゃあここが、この遺跡の最奥、ということなのです?」
「……ん、みたい」
そう、そこは今まで歩いていた場所とは、明確に異なった場所であった。
何せ通路ではなく、広間なのだ。
どうせまた通路が続いているのだろうと思い、気軽に角を曲がったら、そこにはここが存在していたのである。
大きさとしては、十メートル四方というところだろうか。
そこそこに広く……だがそれだけであれば、ただの行き止まりなどと思っただろう。
そうではないと思えるに十分なものが、目の前には存在していたのだ。
「あれって、祭壇……よね? それに、その後ろにあるのは……」
「……っ……黒い、龍……?」
「龍を祀ってた場所、なのです……? ですが、それにしては……って、兄様!?」
何処か気圧されたような様子の三人をよそに、ソーマは無造作にそこへと近寄っていった。
後ろから焦ったような声が聞こえるが、お構いなしだ。
まあ確かに、そこには祭壇のようなものがあり、黒い龍の彫像が存在している。
一目で怪しげな場所だと分かるが、しかしそれだけだ。
何かありそうではあるものの、遠目で見ていたところで分かるわけもない。
確認するためには近づく必要があるのだ。
もっともそれは、例え何かあったところでどうにか出来るという自信あってのことではあるが。
仮にあの精巧な彫像が動くのだとしても……まあ、何とかなるだろう。
それが本物の龍だとしても、さすがに前世で戦ったアレほどではないだろうから。
だが念のために警戒してはみたものの、結局そこに辿り着いたところで、何か起こることはなかった。
「ふむ……正直少し拍子抜けなのである」
「勝手に先に進んで、勝手なこと言ってるんじゃないわよ、もうっ……何かあったらどうするつもりだったのよ?」
「普通に切り抜けるつもりであったが?」
「確かに兄様なら普通にやりそうなのです」
「……ん、想像できる」
「シーラまで……まあ、あたしも否定出来ないんだけど」
そんな話をしながら、とりあえずその場を調べ……しかしやはり、何かが見つかることもなかった。
一通り調べ終わったところで、ソーマは首を傾げる。
「ふむ……何もないであるな」
「見つからないのですね……そういえば、シーラさんはどんなものがあるのかとかは知らないのです?」
「……ん、私も分からない」
「しかし、ここに来れば魔法が使えるようになる、といったことを聞いたのであるよな?」
「……正確には、確か、ここには魔の頂へと通じる力が眠っている、だったはず?」
「あれ、そんなよく分からない感じなのです? もっと直接的な言葉を聞いたのかとばかり思ってたのですが……というか、それでどうして魔法が使えるようになると思ったのです?」
「……その時に、それを使えば私の願いが叶う、って言われたから。……でも考えてみれば、おかしいかも? ……私は、自分の願いをドリス以外に言ったことはなかったし」
「うむ、明らかにおかしいというか、怪しいというか、そんな感じであるな……まあ、最初から分かっていたことではあるが」
「んー……もっとちゃんと話を聞いておくべきだったのです?」
「……ごめん」
「いや、その言葉を聞いたのであれば、確かに魔法が使えるようになると思うのは当然であるしな」
何故ならば、魔法とは魔の力、その法則を操るものだと言われているからだ。
魔族にも使われている魔という言葉は、正、或いは聖の逆。
この世界以外を示す言葉だ。
この世界の法則を歪め、自身の望む結果を顕現させる法則。
だから魔法、ということである。
それを知っていれば、シーラが聞いた言葉は自然と魔法を連想させるものであるし、そこに望みが叶うなどと言われれば、まあ魔法が使えるようになると考えても不思議はないだろう。
というか、多分ソーマでも同じ事を思ったはずだ。
「そもそもそれを聞いていたところで、確認しないわけにもいかなかったであろうからな。だから結局は何も……って、ところでさっきからアイナは何をしているのである?」
会話に加わってこないと思っていたら、アイナは祭壇にある台座を何度も繰り返し眺めていた。
見る場所や角度を変えつつ、その眉をひそめている。
「そこには別に何もなかったはずであるが……?」
「んー、そうなんだけど、なんか気になるっていうか、違和感があるっていうか……何だろ、何が――えっ?」
「あっ……」
と、そこで驚いたのは、アイナが何気なくその台座を触ると、それが壊れたからだ。
傾いて動き――
「えっ、アイナさんっ、何してるのです……!?」
「ち、ちがっ、あたし別に何も……!?」
「いや、ちょっと落ち着くのである。我輩も一瞬アイナが壊したのかと思ったであるが、そもそもそれ外れるようになっているのではないか?」
「……ん、そうみたい」
そう言ってシーラが台座を持ち上げると、その中は空洞であった。
まるで何かを隠しておけるような空間がそこにはあり、だがそれがどけられた場所には何もない。
ただ、本当に何もなかったわけではなく、そこには一枚のプレートが埋め込まれていた。
さらにそれには、とある文字が刻まれており――
「えっと……何これ? 文字っぽいのは何となく分かるんだけど……」
「……多分、古代神聖文字」
「え、これがなのです!? 初めてみたのです……」
「でもそんなものが何でここに……あれって確か、数百年以上前に使われてた文字よね? なのにこれはそんな昔のものには見えないし……それに、なんて書いてあるの?」
「……さすがにそれは分からない」
「まあ、それはそうですよね、古代神聖文字を読める人なんて、今はほとんどいないはずなの――」
「――『魔の頂へと通じる力、ここに眠る』」
「――って、えっ!? 兄様……もしかして、読めるのです!?」
リナばかりではなく、他の二人も驚いた目でソーマのことを見るが、驚いているのはソーマも同じであった。
何故ならばその文字は、非常に見覚えのあるものだったのだ。
忘れつつあるものの……見間違えるわけがない。
だが何故、と思いつつも、その疑問は一先ず仕舞っておくことにした。
今は他に考えるべきことがあるからだ。
「まあとりあえず、シーラが聞いた言葉は事実だった、ということであるかな? ただ、そこに何かを隠しておけそうな空洞があったことを考えると、既に他の誰かに盗られてしまった、というところであるか?」
「……あんたは本当に相変わらずね……まあいいけど。それより、そうね……まあでも、シーラがその話を聞いてから、結構な時間が経ってるのよね?」
「……ん、一ヶ月は前?」
「なら他にも話を聞いた人が居て、その人が先にここに辿り着いていても不思議はないのですね……」
「そういうことであろうな」
まあ遺跡や迷宮などといった場所では、よくあることだ。
むしろシーラにこのことを教えた人物が、見つけた後で情報だけを流した可能性すらある。
残念だが、その結果は受け入れるしかないだろう。
「まあここが目的の場所だったらしい、と分かったことはよかった、と前向きに考えておくべきであるな。これに気付けなかったら、さらに探していたところだったであろうし」
「……確かにそうなのですね。それを考えれば、アイナさんのお手柄なのです」
「ただの偶然だし、あまり喜べるようなことじゃないんだけど……まあとりあえず、ありがとうと言っておくわ」
「……ん、残念だけど、望みはある」
「そうであるな……」
ここに本当に何かがあったのだとすれば、それは別の場所にも存在している可能性はある。
ならば魔法が使えるようになる可能性も、同様に存在しているということなのだ。
――ただ、一つだけ、気になる事があった。
実は頭の片隅でずっと考えていたことでもあるのだが……どう考えてもここは、シーラが臆すような場所ではないのだ。
多少のギミックはあったものの、シーラが一人で探索するのを無理だと考えるような遺跡では有り得ない。
勿論嘘だと疑っているわけではない。
勘だというから、それが間違っていた可能性はあるだろう。
だがそれが正しかったのだとすれば……ここには本来、それに相応な何かがあったということだろうか。
少なくとも、シーラが最初に訪れた、その時には。
一瞬シーラに視線を向けるも、フードを被ったままの頭が、小さく横に振られた。
シーラもそれは分かっているが、言及しない方がいい、ということだろう。
まあ、同感だ。
何となく、薮蛇になりそうな予感しかしなかった。
何にせよ、それが既にないことは確かなのだ。
気にならないと言えば嘘になるが――
「……ま、とりあえず、帰るとするであるか」
「そうね」
「異議なしなのです!」
「……ん」
ともあれこの遺跡から外に出るべく、その部屋を後にするのであった。
誰もいなくなったその部屋へと、不意に一つの影が形を成した。
それは黒いローブを纏った、如何にも怪しげな人物であり――
「ふむ、ようやく見込みのありそうなやつらが現れたが……これならばここの封印もあいつらに解かせるべきだったか? その方が色々と……いや、それはそれで計画の遂行に支障が出ただろうし、やはりこれが最善だろう。まったく、面倒この上ないが、仕方あるまい。全ては我らが主と我らが理想のために、だ」
それだけを呟くと、それは再び姿を消すのであった。




