元最強、遺跡へと向かう
――馬鹿な、と、男はそう思った。
あの話はただの御伽噺で、ここはただの古いだけの遺跡だったはずだ。
ならば何故、あの怪しい男の話を聞いたのかと言えば、ただの暇つぶしであった。
最近は大きいこともなく、ひたすらに魔物だけを狩り続ける日々。
そんな毎日に、飽きがきていたのだ。
それは男だけではなく、仲間も同じであり……だからこそ、あの話を受けたのである。
あまりに退屈すぎて、そんな馬鹿なこともしたっけなと、後で話のネタにするために。
なのに……何故――
「ふむ、これで三つ目か……順調と言えば順調だが、この調子では最後の一つが問題そうだな。文献の情報が正しければ、普通のやつらじゃ不可能だろう。ある程度見繕ってはおいたが……一度確認しておくべきか……? 確かまだ動き出してすらいないやつもいたはずだしな」
そんなことを思いながらも、男の視線は自然とそれへと向けられた。
思考を整理するためなのか、先ほどからわざわざ口に出しては何事かを呟き続けているそれ。
一見すれば隙だらけではあった。
だが男は何故か、それを隙だとは思えず、ただ呆然とそれと、ソレを見やる。
床に転がった剣も拾わず……仲間の仇を討とうとすらすることなく。
「まあとりあえず、行ってみるとするか。駄目そうならば、その時にまた考えればいいだろうしな」
そうしてそれとソレは、去っていく。
男はやはり何も出来ず――
「ああそうそう、やはり君を残しておいて正解だったようだ。何せ面倒なことをしなくて済んだのだからな。それと君達の話は少し聞いていたのだが……確か、今回のことを話のネタにするつもりだったとか? 実に素晴らしいことだ。そんな君に一つ、頼みごとをしよう。ああ、是非とも今回の話を広めておいて欲しいんだ。臨場感たっぷりに……俺と、コレのことを、な。じゃあ、頼んだぞ」
それらの姿が見えなくなるまで、震えながら、その背を見送ることしか、出来なかったのであった。
翌日、早々にソーマ達は街を後にすることになった。
それは単純に、ここに残っている意味がないからだ。
最初は冒険者としてしばらく滞在することも検討していたものの、その必要がなくなったとなれば、当然のことである。
早朝と呼ぶべき時間、街の外れには、ソーマ達三人と、シーラとドリスの姿があった。
「それじゃあ悪いけど、シーラのことは頼んだよ」
「うむ、任されたであるが……本当にいいのであるか?」
「そうね……自分で言うのも何だけど、あたし達って知り合ったばかりよね? そんな信じちゃっていいの?」
「その程度の見極めが出来なきゃギルド職員の代行なんて勤まらないさね。それにシーラ自身が言い出したことでもあることだしね。ま、これでもしアンタ達に騙されるようなら、アタシ達に見る目がなかったってだけのことさ。シーラは相応の目にあって……アタシは代行から降りるってとこかね」
「責任重大なのです……?」
「……ん、頑張って」
「あんたが他人事なのはおかしくない……?」
ソーマ達三人とドリスは、別れを惜しむほどの関係ではなく、シーラとドリスは今生の別れでもあるまいと、あっさりしたものであった。
さっさと先に馬車へと乗り込んでしまったのには、ソーマ達の方が驚いたほどである。
話によれば、二人はここ数年ずっと一緒に居たらしいが……しかしドリスも気にしている様子はなかったので、そこには二人にしか分からない何かがあるということなのかもしれない。
ちなみにその馬車は、ドリスが手配してくれたものだ。
御者も当然のように用意されており、その代金は全てドリスが持ってくれるらしい。
何でも旅立つシーラへ向けての餞別だそうである。
旅立つも何も、件の遺跡の探索が終わったらシーラはここに戻ってくるのではないかと思ったが、或いは何か思うところでもあったのかもしれない。
それはソーマ達が踏み込んでいい話なのかどうか、いまいち判別が付かず……結局のところ、黙ってその恩恵を享受することにした。
ともあれ、そうしてソーマ達は、ヤースターというその街を後にしたのであった。
さすがギルド職員代行が手配した馬車だけあってか、馬車での旅はそこそこに快適であった。
まあ厳密に言うならば、ソーマは他の馬車がどうなのかは知らないのだが。
何せソーマ達は屋敷のあった場所からヤースターまで、ずっと徒歩で移動していたのだ。
前世はともかくとして、この世界の一般的な馬車がどうなのかは、知りようがないのである。
もっとも現在快適なのは確かなので、どうでもいいと言えばどうでもいいことではあるのだが。
「ふむ……つまりその者から偶然教えられ、実際に行ってみたら確かにあった、と」
「……ん」
そして快適であることと道中が暇だということは共存し得る為、ソーマ達はシーラから改めて詳しい話を聞いていた。
意外と言うべきか、今度はあっさりと話してくれたのだが――
「何と言うか……胡散臭さが増したわね」
「……否定はしない。……というか、実際怪しい」
「それ自分で言っちゃっていいのです?」
シーラの話によれば、シーラがその遺跡の存在を知ったのは偶然であるらしい。
仕事でルンブルクに行き、とある酒場で夕食を取っていると、妙な男に話しかけられたのだという。
黒いローブを纏い、顔まで隠した、一目見て怪しいと分かる相手に……しかも、ドリスが席を立ったタイミングを見計らって。
――魔の頂たる力眠る。
そんな言葉が伝えられている、古代遺跡が近くにあるのだと。
その存在を知ったものの、男では奥に進むことは無理そうであり、しかし折角だし勿体無いから、それが可能そうな相手に話をもってきたと、そう言って。
「それで相手が得る対価は、そこを無事に攻略出来た場合、本当は何があったのかを教えてもらうこと、であるか……まあ、怪しさを欠片も隠してないであるな」
「……ん。……でも確かに、あの街の周辺では、あそこを突破出来る人はいない」
「可能性があるとすれば、シーラと、シーラと同格以上の相手が一緒に居た場合、ねえ……」
そこに一歩足を踏み入れた瞬間、シーラはそれを悟ったのだそうだ。
理屈ではなくただの直感だが、それは正しいのだと確信して。
「ルンブルクに他に可能そうな相手がいなかったから、シーラさんに話をもってきた、というのは分からなくもないのですが……それなら、王都に行った方がいいとも思うのです……」
「シーラが同格の相手を見つけるのよりも、確実であろうしな……いや、本当に相手が酔狂な人物だった場合、王都でも既に話をしていて、そういった人物を集めている可能性も……?」
「有り得ないとは言わないけど……やっぱりそれよりも、って感じよね」
まあどう考えても怪しさしかないのだが、逆にだからこそ、という可能性もある。
何らかの罠であるにしても、幾ら何でも分かりやすすぎるだろう。
「……ま、とはいえ、罠であったならば罠であったで、それごと食い破ればいいだけの話でもある。それほどの場所ならば、確かに何らかの手掛かりが眠ってる可能性も存在してるであるしな」
「……ん」
ちなみに誰もこれがシーラの嘘だという可能性を疑っていないが、それは単純に話をしていて、その可能性はないと分かったからだ。
やはりそこに、嘘を感じることはなかったのである。
これでもし、実はシーラが嘘を吐いていたというのであれば、それはもう諦めるしかあるまい。
ドリスではないが、人を見る目がなかったのだと諦めて――諸共食い破るしかないだろう。
まあつまりは、嘘だろうがそうじゃなかろうが、結局やることに違いはないということである。
「ちなみにだけど、ドリスさんと一緒じゃ駄目だったのよね?」
「……ドリスでは、力不足」
「はっきり言うのですね……まあドリスさんも悟っていたようではあるのですが」
確かにその話がシーラの口からされた時、ドリスはどこか諦めたような顔をしていた。
自分にはその話をされなかった理由を、察してしまったのだろう。
或いは、力の差があるということを、知っていたのかもしれない。
それがいつからなのかは、さすがに分からないが。
「……嘘を言っても、仕方ない。……それにここに、ドリスはいないから」
「気遣ったところで意味はない、ということであるか……まあ確かにその通りではあるな」
「あ、嘘と言えば、一つ聞いてみたい事があるんだけど……いい?」
「……内容による?」
そこでソーマとリナが顔を見合わせたのは、アイナが何を聞こうとしているのかを、察したからだ。
まあとはいえ別に止めるようなものでもないし、気にならないと言えば嘘になる。
黙って成り行きを見守っていると、果たしてアイナが口にしたのは予想通りのことであった。
「エルフは嘘を吐けないって聞いた事があるんだけど、それって本当なの? あ、喋っちゃ駄目なことだったり、言いたくなければ黙ってくれていいからね? 仮にそれが本当なんだとしても、黙ってれば分からないだろうし」
「……ん、別に問題ない。……それと、間違いじゃないけど、正しくもない」
「というと、なのです?」
「……エルフは確かに、嘘は吐かない。……でもそれは、掟で決まってるだけ。……吐けないわけじゃない」
「掟……契約、ってわけじゃないのよね?」
「……ん」
頷く姿に、ソーマも少し思考を回転させてみる。
別にただ話を聞いていてもいいのだが、まあ暇潰しを兼ねたものだ。
「ふむ……ということは、高位精霊との契約のおかげで、エルフは魔法への適性が高い、というのも本当ではない、というわけであるか?」
「……それも、間違いではない?」
「え、どういうことなのです?」
「……エルフは、元は精霊の一種だったらしい? ……それが、色々とあって、エルフになったとか。……そんな話を、聞いた」
「何それ……初めて聞いたんだけど……!?」
「……あ。……これは、喋っちゃ駄目だったやつかも?」
「喋っちゃってるけど大丈夫なのです!?」
そんなこんなで、割と道中は退屈しないどころか、楽しく過ごす事が出来た。
馬車は時折魔物に襲われそうになることもあったものの、ソーマ達であれば、何の問題もない。
本来なら護衛が必要なこともあるらしいのだが、わざわざ止まることすらもなく、スムーズに進み、一週間は瞬く間に過ぎた。
そして。
「ふむ……ここが古代遺跡、であるか」
ソーマ達は今、件の遺跡へとやってきていた。
外観はまさに遺跡といったものであり、眼前にあるのは、時代が感じられる門だ。
大きさは相当にあり、五メートルを優に超しているだろう。
場所は確かに街からそれなりに外れたところにあるが、こんなものが存在しているならば気付かれないはずがない。
それでもシーラが調べた範囲では、これは知るものがいない遺跡であり……その理由というのは、どうやら認識阻害の結界が敷かれているためであるようだ。
ここにこれがあると知っていなければ、魔法を使ってさえその存在を認識する事が出来ない。
そういった類のものである。
「ねえ……確かにあるのは確認出来たけど、一旦休まないでいいの?」
アイナがそんな疑問を発したのは、ルンブルクに辿り着いた足のまま、ここに来たからだろう。
まあ確かにそれには一理あるのだが――
「それが必要であるならばそうするのであるが……そこまで疲れているであるか?」
「いえまあ、疲れてるかと言われれば、まったく疲れてないんだけど……」
「わたしもなのです」
「……同じく」
「我輩は言うまでもないであるし、では構わない気がするのであるが?」
「疲労的にはそうかもしれないけど、ろくに準備してないでしょ?」
「……でも、そもそも何の準備が必要なのかも、分からない」
「具体的にどんな遺跡なのかは、まったく分からないのですからねえ」
そういうことだ。
勿論最低限の準備はしているが、それ以上は何を準備したらいいのかすら分からないのだ。
一言で遺跡と言ったところで、その内容は様々であるし、それによって必要なものは変わってくる。
誰も踏み込んでいない可能性があり、さらには罠の可能性もあるというのであれば、最大限の警戒は必要ではあるが、まず最低限の情報ぐらいはなければ、どうしようもないのだ。
「ま、心配しなくとも、今回はただの様子見なのである。情報収集は、大事であるからな」
「……そう。ま、分かってるなら、いいわ」
アイナはそんなことを言うが、おそらく最初からアイナもそれは分かっていたことだろう。
だが敢えて口にしたのは、確認のためだ。
何があるのか分からない場所において、パーティー間の共通認識というのは重要である。
特にシーラは言うに及ばず、ソーマ達にしたって、完璧に互いを理解しあっているわけではないのだ。
些細なことで、不要となることかもしれないが、無駄なことでは決してない。
そんなことを率先してやってくれるアイナは、とてもありがたい存在であり――
「助かるのである、アイナ」
「……何のことか分からないけど? あたしはただ、自分が気になってることを聞いただけだし」
そんなことを言ってそっぽを向く姿に、口元を緩めた。
が、しかし、ここから先は気を抜いていられる余裕はない。
「さて……では、行くであるか」
そうして気を引き締め、三人が頷いたのを確認すると、ソーマは皆を先導するように、遺跡へと向かっていくのであった。




