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 正直に言ってしまえば、予想外だというのが、ドリスの抱いた感想であった。


 眼前に繰り広げられている光景を前に、心の中だけで呟く。

 やはりシーラに任せてよかったようだ、と。


「うーん……わたしより強い気がするのです。分かってたことなのですけど、やっぱり世界は広いのですね……」

「あたしにはもう違いが分からないわ。というか、何であの格好であそこまで動けるのよ……」


 そんな会話を耳にしながら、後者の少女……アイナの言葉に頷きつつ、目を細める。

 連続して響く硬質な音に、舞い散る火花。

 ドリスが認識できるのは、それだけだ。


 そう……ドリスは二人の放っている剣閃すらも、見切れていないのであった。


 それを後衛だから、と言い訳するのは、さすがに通らないだろう。

 そもそも本来であれば、ドリスがあそこに立っているはずだったのだ。

 腰にくくりつけられていた木剣から、近接を得意とするのだろうということは承知の上で。


「むぅ……ここでこうして……いえ、駄目そうなのです。やっぱりあの人のが強いのですね。わたしでは今の連撃、多分防げなかったのです」

「あたしは連撃とか以前に、多分最初の一撃で終わってるわ」


 それも同感であった。

 おそらくはドリスも、あの場に立っていたら初撃すら防ぐことは出来なかっただろう。


 離れている今ですら、音と火花を捉えるのが精一杯なのだ。

 至近距離では、何も出来ず、何も分からずに倒されてしまうに違いない。


 ただ、ソーマにそこまでの実力があったのか、というのも確かに驚くべきことではあったのだが、実のところドリスが予想外と思った理由は、もう一つある。

 シーラの実力もまた、予想を遥かに超えたものであったのだ。


 自分よりも強いということは分かっていた。

 連れ出した時にそれとなく話には聞いていたし……だがあくまでもそれは、同じ基準上での話だったのだ。

 スキルの等級は同じだが、練度が上なために強いとか、そういうつもりだったのである。


 しかし、違う。

 あれはそういうレベルの話ではない。

 こうして見ているから……いや、見えないからこそ、分かるのだ。


 シーラのスキルは、ドリスのそれよりもさらに上――特級なのだということが、である。


 相棒を名乗っていながら、そんなことも知らなかったのか、とは我ながら思うが、それでシーラから信頼されていなかった、とまでは思わない。

 そもそも信頼云々無関係に、スキルのことは本来黙っているべきことなのである。


 特に冒険者にとってスキルとは生命線だ。

 万が一のことを考えて黙っておくというのは基本ですらあるし、それをシーラに教えたのはドリス自身だ。

 文句など言いたくとも、言えようはずもない。


 とはいえ普通は、ある程度の時間を共に過ごしていれば、自然と分かってしまうことだ。

 詳細は分からずとも、特徴のあるスキルや基礎スキルなどに関しては、戦闘時の動きなどに出やすい。

 まさに今のシーラのように、だ。


 だからドリスが本当に驚いているのは、今までシーラがそれを隠してこれたということなのである。

 果たしてどれだけ力の差があればそんなことが出来るのか。

 少なくともドリスは、中級のスキル所持者にそんなまねが出来るとは、到底思えない。


 それと驚いているというのであれば、もう一つ。

 シーラが今使っている、あの剣。

 実はあれもドリスは初めて見るものであった。


 片刃であり、僅かに刀身が反っている、特徴のある剣だ。

 確か刀と呼ばれるものであり、剣術スキルでも使えなくはないが、使いこなすには専用のスキルが必要だったはずである。

 意表を突くためだけに使っているとは思えず、明らかに普通の剣での戦いとは異なる戦いをしていることを考えても、シーラはそれを持っている、ということなのだろう。


 そしておそらくは、あれこそがシーラの本来の戦い方なのだ。

 ただ、それを最初から見せたということは、その必要があるということをシーラは感じていた、ということなのだろうが……問題は、何故それをしたのか、というところか。


 別にソーマに勝つ必要など、ないはずなのだ。

 確かにそうでもしなければここまで打ち合うことは出来なかっただろうが、それでも最低限冒険者になるに相応しいかを見極めることは出来たはずである。

 その程度の自負はドリスにもあるし、シーラも分かっているはずだ。


 いや、それを言うならば、そもそも何故シーラは自分からソーマの相手をやると言い出したのか、という話でもある。

 ドリスでは一撃で倒されていたかもしれないが、それでも見極めに関して言えば同じだ。


「ふむ……何かそうすべき必然性を感じていた……いや、そうしたいと思った何かがあった、ってことかねえ」


 それが何かまではさすがに分からないが、これが終わったら聞いてみればいいだけである。


 ――それにしても。


「あいつら、いつまでやり合ってんだろうねえ」


 音が聞こえた数で言えば、とうに三桁は超えているだろう。

 つまりそれだけ打ち合っているということであり、或いはそれ以上に打ち合っている可能性だってある。


 ただどちらにせよ、とっくにやめてもいいはずだ


「え……どっちかを明確に倒したとみなすまで、じゃないの?」

「そんなわけないだろう? 模擬戦とは言ったものの、要は見極めが出来ればいいんだ。そんなものとっくに終わってるさね」

「兄様はそれに気付いていない可能性がある……いえ多分気付いた上で続けているとは思うのですが、シーラさんの方は何故続けているのです?」

「さてねえ……それこそ本人に聞いてみないことには分からないことさ。とはいえ別にあの娘は負けず嫌いとかじゃなかったはずだし……まあ、何か気になることがあるんだろうね」

「気になること……確かに相手はあの兄様ですから、気になることがあっても不思議じゃない……いえ、むしろ当然なのです」

「あたしとしてはあんたのその思考の方が気になるわよ……」


 そんな会話を交わしている間も、やはり打ち合いは続いている。

 音と動きが激しくなっていき……それでも、最初からそうであるように、ソーマの顔にはどこまでも余裕の色があった。


 そもそも、それを戦闘、と表現しないのは、とてもそうは見えないからなのだ。

 文字通りの意味で、ではない。

 シーラとソーマの様子の違いが、ドリスにそう思わせるのだ。


 まあシーラの表情等は見えないのだが、その動きから、大体のところは読み取れる。

 伊達にそれなりの年月を過ごしているわけではないのだ。


 そしてその経験から推測したところによれば、おそらくシーラにほとんど余裕はない。

 対するソーマがあれなのだから、ただの打ち合い――或いは、ソーマがシーラに稽古をつけているようにしか見えないのだ。

 どちらかといえば、本来の立場は逆だろうに……それを思えばドリスの顔には苦笑が浮かんでくる。


 ともあれ、諸々の結論を言えば。

 ――やはり最大の驚きは、ソーマという少年そのものということになるだろう。


 と、そんなことを考えている間に、あっちでは動きがあった。

 シーラがソーマの得物を弾くと、互いに大きく距離を取ったのである。


「ようやく終わった……って雰囲気じゃなさそうね……」

「空気がピリピリして、痛いぐらいなのです……これは……」

「あー……次で決めるつもりかい? ったく……」


 ソーマの方は、シーラの意図を感じ取った上で合わせた、というところだろうが、シーラは間違いなく決めにいく気だ。

 おそらくは、通用しないだろうことも覚悟の上で、である。


 緊張感を張り詰めさせ、空気すらも震わせながら、シーラが刀を鞘に仕舞い、構える。

 左手で腰の鞘を持ち、半身となったそれは、かなり独特なものだ。


 対するソーマは、正眼。

 何をするでもなく、その口元には面白そうな笑みさえ浮かべている。


 止める暇さえなかった。

 溜めに溜めた力が解き放たれるように、シーラが前かがみとなった直後、地面が爆ぜ飛ぶ。

 その身体が一瞬でソーマへと迫り――


「――一刀――」


 ――銃術上級・精密射撃・精神集中・クイックドロー:ラピッドショット。


 渇いた音が響き、ソーマの眼前、踏み込んだシーラの眼前でもあるその地面が爆ぜた瞬間、二人の動きがピタリと止まった。


「さすがにそこまでやらせるわけにはいかんさね。というわけで、そこまでだよ」


 そんな二人へと向けて、硝煙を燻らせる銃を片手に、ドリスはそう告げた。


 これでもドリスは上級スキル持ちであるし、ついこの間なったばかりとはいえ、上級冒険者である。

 激突するということが分かって、その地点まで分かっているのであれば、例えその動きが見えなくとも、その瞬間に射撃を合わせ、止めるぐらいのことは出来るのだ。


 まあ割と、色々な意味でギリギリではあったが。

 だがそれを感じさせないように気をつけながら、銃を仕舞い、さらに二人へと告げる。


「やり足りないってんなら止めはしないけど、これで一先ずテストは終了だよ。まあ出来れば、続きをやるにしても別の機会にして欲しいもんだけどね」

「ふむ……まあ、了解なのである」

「……ん、確かめたから、もう十分」


 そう言うと二人は、あっさりと得物を仕舞い、引き下がった。

 まったくどうせならばもっと早くに、自主的にやって欲しかったものである。


 しかしその言葉は口には出さずに、溜息で押し流すと、ドリスはさてと呟いた。


「ここで結果を告げてもいいけど、まあさすがにあれだからね。とりあえず、一旦戻るとしようか」


 改めて告げるまでもないような気もするが、一応形式というのは必要なのだ。

 ともあれ、来た時と同じように、ふらりと横にやってきたシーラと共に三人を先導しながら、ドリス達は一先ずその場を後にするのであった。

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