元最強、冒険者登録を試みる
ウィットに富んだジョークを飛ばしたというのに、どうにも場はいまいち暖まらなかったようだ。
むしろそれどころか、どこか緊張感すら漂わせていたようにも思える。
そんなことを思い返しながら、さて何が間違っていたのだろうかとソーマは首を傾げた。
「何がも何も最初から最後まで全部間違ってたわよ……!」
「兄様、これもわたしではフォロー不可能なのです」
「なん……だと……なのである」
「あんたは少しは反省しなさいよ……!」
「失敬な、ちゃんとしているのである」
した上で、どうすればよかったのだろうかと考えているだけなのだ。
と、そんなことを言っていると、対面から笑いが漏れた。
ドリスと名乗った女性は、こちらを眺めながら、面白そうにその口元を吊り上げる。
「そうだねえ……敢えて言うなら、あまりに高度すぎてアタシ達には理解出来なかったってとこかねえ。心臓に悪いし、出来れば今度ああいったことは止めといた方がいいだろうね」
「ふむ……丁寧なアドバイス感謝するのである。さすがはギルド職員代行、というところであるか」
「やめとくれ。こんなのは本来アタシのガラじゃないんだからさ。色々な事情や偶然が重なった結果、たまたまこんな立場にいる。それだけのことさ」
「……ふむ」
そうは言っても、ソーマの目にはお世辞抜きにその立場は似合っているように見えた。
少なくともこうして見る限りでは、その風格は十分にある。
先ほどのお茶目を笑って流す程度には度量もあるようだし、間違いなくお飾りの存在ではないだろう。
「アタシがお飾りじゃないかどうかは、これから次第ってとこだろうね。何せアタシは今日この立場になったばかりなもんでね」
「それにしては随分と堂々としているようにあたしには見えるけど?」
「冒険者なんて舐められたら終わりだからね。虚勢を張ってるだけさね」
「とてもそうは見えないのです」
「そうかい? ならアタシもそれなりってことかねえ」
そう言って笑みを浮かべる様子は、やはり随分とさまになっていた。
先ほどのアレに対する対応や、その後のことなども考えれば、この人物を代行としたのは正しかったと言えるのではないだろうか。
「ところで、さっきのアレ、あとでちゃんと謝っときなさいよ? 皆苦笑気味に許してくれたけど、下手したら大変なことになってたんだから」
「ちょっとしたお茶目なのであるがなぁ……」
「まあ人によってはシャレにならないお茶目なのですからね……仕方ないと思うのです」
「ま、実際必要ないとは思うがね。アイツらもちょっと浮かれすぎてたし、良い引き締めになったんじゃないかねえ」
「ほら、なのである」
「ほら、じゃないわよ……!」
叫ぶアイナに肩をすくめて返すソーマは反省しているようには見えないが、それはある意味で正しい。
確かに反応が大きすぎたことに対し反省はしているが、やったことそのものには反省していないからである。
そもそも先ほどのアレは、真面目な話をするならば、ちゃんとした意味があるのだ。
この街の冒険者のレベルを知ろうと、そう思ったからである。
緊急時の対応や、そんなことをやらかした相手への態度で、腕や人柄を含めた、その場の大体の雰囲気は判別が付く。
結論から言ってしまえば、それは大分悪くないものであり……というか、ソーマが冒険者というものに対して抱いていた印象と比べれば、かなり良いと言えた。
そしてそんなことを知ろうとした理由は、勿論一つだ。
ソーマ達が冒険者として活動するのに十分な場所かを、知るためである。
「さて、それはともかくとして……冒険者への登録だったっけ?」
その言葉と共に、ドリスの目がすっと細められた。
それは人を見定める目であり、アイナなどは一瞬身を強張らせたのが分かる。
まあソーマなどは気にする必要もないので気楽にしつつ、逆にそんなドリスも含め、この場の様子をさり気なく眺め始めた。
そこは正直に言って、お世辞にも綺麗とは言いがたい場所だ。
テーブルはソーマ達が居る場所のも含めて三つ。
全て木製の円卓であり、合計で二十人も座れば満席というところだろう。
位置的にはソーマの正面に受付用のカウンターがあり、後方には入り口が存在している。
つまりソーマ達は、先ほど入ってきたその場所で、そのまま話をしているということであった。
そんなことをしている理由は、別に改まった場所で話すようなことではないからだ。
むしろ冒険者登録など、本来はカウンターでやることである。
わざわざテーブルに移動してまでやっているのは、こちらが三人であるのと、ドリスがソーマ達に興味を持ったからだ。
ちなみに当然と言うべきか、他の冒険者達の姿は既にない。
ドリスによって追い出され、今は周辺の魔物の討伐に向かっているはずだ。
今この場に居るのは、ソーマ達三人と、ドリス。
それと、全身を白いローブとフードで隠した、小柄な人物だけであった。
ソーマとしては、ドリスのことも気になるが、やはりこちらの方がより気にかかる。
まあ明らかに怪しいので当然ではあるが、ドリスが同席を許している以上そんなことはないのだろう。
ドリスの相棒だということと、シーラという名こそ教えられたが、分かっているのはそれだけだ。
……いや、分かっていることは、もう一つあったか。
それは、シーラが強いだろう、ということだ。
おそらくは、この中ではソーマに次いで強い。
特級のスキルを持っている、アイナやリナよりも、だ。
そんな人物が、何故こんなところに居るのか。
正直に言えば、それは今最も気になっていることであったが……さすがにここはそれを聞く場面でもないだろう。
とはいえ、気になることは、どうしようもなく。
ドリスのことを横目に見ながら、ソーマはシーラの観察を続けた。
ギルド職員代行として使用できる権限というのは、要するにギルド支部を運営するにあたり必要な権限ということだ。
その中には当然のように、冒険者を登録する権限というものも存在しているが、これは基本的に使われることがない。
その理由は単純だ。
ギルド職員すらいないような支部でわざわざ冒険者登録をしようとするような者などほぼいない上、実際にその権限を使用しようとする代行もほぼいないからである。
厳密には、後者の理由があるから、前者が発生する、と言うべきなのだろうが……まあ結果的には同じことだろう。
ちなみに何故代行がその権限を使用しないかというと、その責任が取れないと判断するからである。
冒険者になるような者など基本的に訳ありであるし、中にはごろつき崩れだったりと、クズな人間も多い。
勿論まともな者も多いのだが、問題を起こす者が多いのもまた事実なのだ。
そしてそんな者を冒険者として登録してしまった者がそれをどう思うか、という話である。
何か問題を起こしたところで、ギルドがその責任を負うことはないとなれば、尚更だ。
まあ冒険者ギルドはあくまでも、登録している冒険者に対して依頼を斡旋するだけの立場である。
依頼に対しての責任は持つものの、冒険者そのものには関わらない主義だし、身分などを保証することもない。
それを考えれば、当たり前のことではあるのだが……そこで開き直れるような者は、最初から代行に選ばれることはないだろう。
ともあれ、そういった理由により、余程信頼出来ると判断した冒険者しか、代行が冒険者として登録することはないのである。
それ以外であれば、基本的に冒険者となることに制限や資格などはないので、それを知っている者は可能ならば王都、そうでなくとももっと大きな街なりに行くのが普通なのだ。
実際ドリス達も冒険者になった際はここから一週間ほど離れた場所にある、そこそこ大きな街で登録を行っている。
そんな冒険者にとっての常識を思い返しながら、ドリスはさてどうしたものかと眼前の三人を眺めていた。
一目で子供だと分かる外見をしているし、話を聞く限りでは実際に子供のようだ。
とはいえ先に述べたように、本来冒険者になるのに資格などは必要ない。
そう、成人していなかろうと、冒険者になるだけならば可能なのだ。
勿論冒険者として活動できるかどうかはまた別の話だが……ドリス自身としてはそれも問題ないのではないだろうかと思っていたりする。
そう思う理由は、三人共に子供だというにはしっかりとしすぎているからだ。
早熟という言葉すらも生ぬるい。
下手をすれば、そこら辺の成人したばかりの者よりも余程しっかりしているだろう。
三人の態度というのは、まだほんの僅かにしか接していないのに、ドリスにそう思わせるほどのものであり……そしてドリスは、そのことに一つの確信があった。
それは、三人が相応のスキルを持っているのだろう、ということだ。
というのも、凶化スキルを始めとして、精神に影響を与えるスキルというものは少なくない。
特に基礎六種、魔導も合わせれば七種のそれらは、スキル所持者を相応の状態へと引き上げるものだ。
筋力が足りないのであれば筋力を与え、魔力が足りなければ魔力を集めて補う。
世界から与えられた、最適な状態へと適応するための祝福。
そして未熟な精神では武器の性能を引き出せず、戦闘へも影響を与えることを考えれば、それが精神にも作用すると考えるのは当然だろう。
中級までであればまだしも、上級以上の所持者は特に早熟どころではない影響を受ける、という研究結果も出ているほどだ。
つまり何が言いたいのかと言えば、この三人はとりあえず冒険者としてやっていくことに問題はないだろうということである。
スキルさえあればあんな馬鹿連中でも魔物は倒せるのだ。
推定で上級以上のものを持っていると考えれば、余程の無理さえしなければ容易いに違いない。
そもそもこの三人は、話によれば実際にあの魔物を、マッドボアを倒しているのだ。
そこに関しては、疑う必要はないだろう。
だがそうなると、次の問題はその力を正しく使えるかということだ。
これは精神の未熟成熟は関係ない。
その者の心のあり方次第だからだ。
そしてそんなことを考えている時点で明らかではあるが、ドリスは三人の冒険者登録を即座に却下するつもりはなかった。
これが他の代行であればどう判断したのかは知らないし、他の人間が来たのであれば話は別だ。
しかしドリスは三人を見て、話を少し聞き、面白いと思ったのである。
即座に却下する必要はないと判断するのは、それで十分だった。
まあ勿論だからといって登録するかは、また別の話だ。
そっちの判断に関しては、これからになるだろうが――
「ふむ……ま、とりあえずは実際にやってみるのが手っ取り早いだろうねえ。というわけで、お前さん達が冒険者になるに相応しいか、ちょっとテストといこうじゃないか」
そう言って、ドリスは不敵な笑みを浮かべたのであった。
さすがにちょっと話が進んでなすぎるので、夜も更新予定です。




