元最強、今後を憂う
ソーマがリナに会うのは、随分と久しぶりのことであった。
聖都に来るよりも前から、しばらく会ってはいなかったからである。
だが。
「久しぶりであるな、リナ……などと言っている場合ではなさそうであるか」
久しぶりに会うからといって、妹の様子を見間違えては兄失格だろう。
そしてリナの様子は、明らかに普通ではなかった。
そんなリナへと意識を向けながらも、ソーマはその足元へと倒れている悪魔へと視線を向ける。
いや……倒れていたと、そういうべきか。
その身は向こう側が見えるほどに薄れていたからだ。
そうしてそのまま、あっさりと悪魔は消え去った。
逃げたと考える事がなかったのは、その場で砕け散るような最期だったからだ。
しかも気のせいでなければ、僅かに残った残滓はリナの元へと向かい、吸収されるようにして消えていったように見えた。
「ふむ……色々と聞きたい事はあるのであるが、とりあえず悪魔がもう残っていないとはどういう意味である?」
「いや……それについては、ボクが今確認したよ。確かに、たった今ので全ての悪魔の気配は消え去ったみたいだ」
「それってどういうことよ? あたし達があの世界に行っている間に倒されてたって……いえ、それはないわね」
「……ん、時間は止まってたはず」
「ということは、見落としていた、ということですか?」
「うーむ……別にそやつの肩を持つつもりはないのじゃが、さすがにそこまで迂闊なことはせんと思うのじゃ」
ではどういうことなのかと視線を向ければ、サティアはその通りだと言わんばかりに肩をすくめた。
ただしその雰囲気は、どことなく緊張感に満ちてもいる。
「勿論見落としてたわけじゃないさ。ただ……迂闊じゃなかったとは、言えないかな。ボクは確かに、ずっと四体目の悪魔の気配を感じ取っていた。とはいえ、それは何処かに存在してはいる、っていう曖昧なものだったわけで……そのせいでボクは誤認してしまっていた、というわけだね」
「回りくどいのじゃ。言いたいことがあるのならばはっきり言えばいいじゃろうに」
「これでも一応気を使ったんだけどね。まあ、はっきり言わずとも、大体のところで理解してはいるだろうけど。特にソーマ君なんかは、ボクが喋る前から分かってたんじゃないかな?」
「……まあ、確かにある程度予想していたではあるが。リナからどことなく覚えのある気配が感じられたであるし……たった今、その気配はより強く感じられるようになったであるしな」
「ちょっと……何となく、あんまいい予感はしないんだけど?」
「そうですね……もしかしたら、と思うことはあるのですけれど、正直当たって欲しいものではありませんし……」
「……ん、でも、状況から考えれば、一つしかない」
シーラの言葉に導かれるように、その場にいる全員の視線が、一斉にリナへと向けられた。
だがリナは眉一つ動かすことはない。
その代わりとばかりに一つ息を吐き出すと、感情を感じさせない瞳で見返しながら口を開いた。
「さすがなのですね。これでも一応は隠していたつもりだったのですが」
「っ……ということは……」
「あんた、やっぱり……」
「……悪魔の力を、吸収した?」
「その通りなのです」
淡々と行う返答は、だからこそ真実なのだということをこれ以上ないほど明確に示していた。
そもそもここで嘘を吐く理由がない。
そのことにフェリシアとアイナは動揺し、相変わらず表情は乏しいながらもシーラも動揺しているようだ。
残りの半数は、動揺こそしていなかったものの、平静というわけでもない。
「普通ならば有り得ぬと言いたいところなのじゃが……お主ならば確かに可能じゃろうな」
「正直予想外にも程があるけど……まあ確かに、可能と言えば可能だろうね。……正気の沙汰とは思えないけど」
それが正確にどういう意味なのかはさすがに分からなかったが、何となくの推測ならば出来る。
今のリナからは、悪魔の気配だけではなく、悪魔の力まで感じるからだ。
それはほんの僅かではあるが、だからこそ抑えているのだろうということも分かった。
何よりも、人の身でありながら悪魔の力を吸収したというのである。
それがよろしいことではないのは、考えるまでもあるまい。
「ふむ……して、何故そんなことをしたのである? まさか、成り行きとか偶然というわけではないであろうし」
悪魔を一体倒し、その力を吸収してしまった、ということだけならば、そういったことがないとは言い切れないだろう。
しかしリナはわざわざこの場に現れ、悪魔を倒したのである。
明らかに何らかの目的を持って、意図的にやっているに違いあるまい。
「それは――っ、いえ、知ったところで、意味はないのです。それに……どうせ、すぐに分かることになるのですから」
何事かを口にしようとしていたリナだが、途中で考えを変えたのか、それだけを告げると背を向けた。
そのまま去ろうとしているのは明らかであり、だが当然のようにその背へと声が投げられる。
「待った。悪魔の力を奪い去りながら、その目的は不明。しかもボクの神殿に勝手に侵入しておきながら、何事もなく帰れるとでも?」
「逆に尋ねるのですが、どうして出来ないと思うのです? ああ、一つ言っておくのですが……ご自慢の使徒はとっくに役立たずになっているのですよ?」
「……なんだって?」
「そして、ここにわたしの邪魔を出来るような人がいない以上は、わたしが何をしようともわたしの勝手なのです。……勿論それは、兄様も例外ではないのです」
その言葉を、大言壮語で片付けることは出来なかった。
瞬間リナの身体から溢れるようにして解き放たれた力は、確かに言うだけのことがあったからだ。
少なくとも、この世界で感じた中では、間違いなく最大だろう。
あるいは、前世のヒルデガルドすら超えているかもしれず――
「ふむ、試してみるであるか、と言いたいところであるが……さすがにここで兄妹喧嘩を始めるわけにはいかんであるか」
「……わたしとしても、兄様とやり合うのは吝かではないのですが、今はまだその時ではないのです。兄様の前に、まずは親を超えないと、なのですから」
一方的にそれだけを告げると、リナはその場から唐突に姿を消した。
いつの間にあんなことが出来るようになったのかと思うが、今更と言えば今更か。
「今のは、悪魔の力、であるか?」
「じゃろうな。厳密にはその応用といったところじゃろうが……あそこまで見事に使いこなしているというのはさすがに驚きなのじゃ」
「いや、そうでもないと思うけどね。彼女の力はそもそも悪魔と親和性が高いし」
「って、そんなこと暢気に話してる場合……!?」
「……ん、間違いなく何かやるつもり」
「確かに……どう見ても、穏やかな感じではありませんでしたし……それに、彼女が最後に残した言葉もあります」
「まあそれは分かっているのであるが……リナが何をしようとしているのか具体的なことが何も分かっていない以上は、どうすることも出来んであるしな」
リナのことだから大丈夫だろうと、楽観的に考えているわけではない。
むしろ最大限に警戒しているからこそ、迂闊に動くことなく見極めを先にすべきだと思っているのだ。
リナが何を考えているのであろうとも、少なくとも四体分の悪魔の力を吸収したことだけは事実である。
そしてその悪魔達は、この世界を滅ぼすためにやってきたのだ。
ゆえに、最悪の事態も想定した上で、今は考えることを優先とすべきであった。
「ま、とりあえず分かっていることは……どうやらのんびり休む暇もないらしいということであるかな」
そんなことを呟きながら、ソーマは遠方を……ラディウスのある方角を見つめ、目を細める。
そこにいるだろう父と母、そしてリナのことを思いながら、どうなることやらと一つ息を吐き出すのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
大分好き勝手やってきた第二部ですが、もうそろそろ終わる予定です。
そのままこの物語そのものを完結させるのか、第三部を始めるかはまだ未定ですが。
ただ、その前に次から始まる予定の第二部最終章的なやつですが、色々あってプロット作りが難航しておりまして、次話の更新予定は未定となっています。
ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんが、ご理解いただけますと幸いです。
なるべく早く更新を再開させたいとは思っていますので、何卒よろしくお願い致します。
それと、大分お待たせしています書籍版第四巻ですが、このまま何事もなければ十月には発売出来そうです。
大半が書き下ろしとなっていますので、是非ともお手に取っていただけましたら幸いです。




