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とある辺境の冒険者

 轟々と、焔が踊っていた。

 それと一緒に、色々なものも踊っていた。


 草木も、花も、家も……村の人も。

 父さんも母さんも妹も弟も、隣の家のちょっと好きだったあの娘も。

 全部が全部、炎に抱かれて踊っていた。


 ――こんなつもりじゃなかった。

 こんなはずじゃ……ちょっと自分のことをイジめていたやつらに、復讐したかっただけだった。


 だからいつものように逃げ出した先で……真っ黒いローブを着た人の、手助けをしたんだ。

 代わりに、自分のことも手伝ってくれると言われたから。


 だから……でも……だけど――


「さて、これで君の復讐は成った。まあ少しやりすぎてしまったが、このぐらい些細なことだろう。どうせ全員、同罪だ。いやそれにしても、本当に助かったよ。まさか封印の解除には、それを手伝った者の血族の手を借りなければならないなんて、思いもしていなかったからな」


 その声は、聞こえてはいた。


 だが少年はそちらに視線を向けることはなく、ひたすらに前方だけを見つめ続ける。

 そこにある、燃えてしまっている、自身の村のことを。


「とはいえこれで、まずは一つ。中々幸先のいい……うん? いや、だから少し待てと言っただろう。また同じ事を繰り返すつもりか? でなければ……ああ、そういうことだ。そうだ、それで構わない。……やれやれ。まったく、気難しいだろうと思ってはいたが、これでは先が思いやられるな」


 そんな少年のことを、黒いローブ姿のそれもまた気にすることはなく、溜息を吐き出す。

 いや、或いは、最初から少年のことなどどうでもよかったのだろう。

 ただ、目的の為に必要だから、声をかけたというだけで。


「まあともあれ、ここでやるべきことは終わった。君の命がいつまで続くのは知らないが、それまで心安らかに過ごせるよう、我が神に祈っておこう。それじゃあな」


 そう言って、それは……いや、それらは去っていった。


 しかし最後までそれらを一瞥すらすることはなく、少年はただ呆然と眼前の景色を眺め続ける。

 近くの村の者が異変に気付き、助けが来るまで、ただただ呆然と、立ち尽くすのであった。










 ――ラディウス王国アーベント男爵領ヤースター。

 アーベント男爵領の中でも最北端に位置するその街は、はっきりと言ってしまえば寂れた街であった。


 その理由は単純であり、わざわざ訪れるような価値がないからだ。

 ノイモント公爵領との境でもあり、面している唯一の街でもあるのだが、そもそもの話ノイモント公爵領へと向かう理由がないのだから意味のない話である。


 幾ら公爵領とはいえ、何か行くことの利点があるわけでもなく、魔族の住む場所と接してさえいるのだ。

 そんな場所へと行くのは、余程の物好きか、余程の理由がある者だけだろう。


 勿論多少の人の行き来はあるものの、中継地点としてやっていけるほどでもなく、また周囲に広がっているのは魔物が出没するような荒野のみ。

 寂れた……というよりは、発展していかないのは、当然のことでもあった。


 だがそんな街にも、当然のように冒険者ギルドの支部は存在している。

 いや、或いはだからこそというべきだろうか。


 繰り返すが、この街の周辺には魔物が出没するのだ。

 それを狩るべき冒険者がいなければ、街としてやっていけるはずもなかった。


「とはいえ、ここだけ変に賑わってるってのもどうかと思うけどねえ」

「……? ……何の話?」

「ただの独り言さね。賑わってるくせしてこっちは暇となれば、どうでもいいことを考えたりもするさ」


 そんな風に適当に答えながら、ドリス・ハインツェルはその場を睥睨した。

 そこに広がっているのは、今口にした通り、冒険者達が集まり騒いでいる光景だ。

 まあそうは言っても、集まっているのは精々十人といったところだが、この規模の街で、かつこの建物の大きさを考えれば十分だろう。


 ただそれは文字通り、飲んで食っての騒ぎをしているだけだ。

 受付カウンターに座っているドリスとしては関係がなく、ひたすら暇を持て余していた。


「これでこっちも飲み食い出来るってんなら、暇ってのはありがたいんだけどねえ」

「……しないの?」

「さすがに仕事中にんなことするほど腐っちゃいないさ。念のために確認してみたら駄目だって言われたしねえ」

「……意外」

「それはどういう意味でだい?」

「……そういうのは、無視すると思ってた」

「確かに契約になければ無視しただろうけど、生憎と契約に含まれてたからね。まったく貧乏くじを引いたもんさ」


 ドリスがそんなことを言っているのは、そこに座っているとはいえ、ドリスはギルド職員ではないからだ。

 というか、そもそもこの街にギルド支部はあれども、ギルド職員というのは存在していない。

 街の数と、それに伴ったギルド支部の数がどれほどあるのかということを考えれば、その全てに職員を派遣することなど出来るわけがないからだ。


 とはいえ、ギルド支部をなくすわけにもいかない。

 ここのように、冒険者の存在が不可欠となっているような街も、少なからずあるからだ。


 そこで考えられたのが、冒険者による代役であった。

 ギルドから依頼を受けた冒険者が、ギルド職員の代わりを果たすのだ。

 勿論実際のギルド職員に比べれば権限はずっと制限されるものの、それでもギルド支部を運営する程度のものは与えられる。


 当然誰も彼もが受けられる依頼ではないし、だがだからこそ、それを受けることを許されたということは、冒険者にとって一種のステータスだ。

 こんな宴会じみた馬鹿騒ぎが、催される程度には。


「いやあ、本当にめでてえなぁ……いえーい! 姐さん飲んでるー!?」

「ここに座ってるのに飲めるわけないだろ? 何言ってんだいこのスカタン」

「なんだ、姐さん飲まないんすか? 勿体無いっすねえ、こんなにめでたい日なのに」

「ここで飲んじまうようなやつなら最初からこんな役目任されないっての……ったく、これだから酔っ払い共は」


 そう言って溜息を吐き出すドリスだが、その口元は緩んでいる。

 何だかんだ言って、こうして祝ってくれているのは悪い気がしないのだ。


 そう、こんな馬鹿騒ぎをしているのは、ドリスがギルド職員の代役を任されたのを祝うためであった。

 というのも、ドリスがそれを任されたのは、まさに今日からだからだ。

 それ以前は別の冒険者がそれをやっていたのである。


 ちなみにその冒険者は、ドリスにそれを任せると同時にここから去っている。

 そもそもギルド職員の代役をするためにこの場所にまで来た冒険者なので、元の場所に戻ったとも言えるが。


 そういったことは、別に珍しいことではない。

 全ての場所に、代役足りうる冒険者がいるわけではないのである。

 その場合は、それに足る冒険者がわざわざ他から派遣されてきたりするのだ。


 そしてその冒険者が、代役を務めることが可能だと判断した冒険者を見つければ、それは交代され、その冒険者は戻ることになる。

 まあ稀にそのままそこに残る冒険者もいたりするらしいが……そういったことは本当に稀だ。


 尚、代役を務めるのに必要なものは、まず当然ながら信用だ。

 支部の一つとはいえ、その権限はそれなりに大きい。

 悪用されるなど以ての外であり、ここは厳しく見られる項目の一つだ。


 あと必要なのは、やはり腕っ節と人望だろう。

 ギルド職員の代役を冒険者が任されるということは、その地域の冒険者の纏め役を任されるということだ。

 何かトラブルが起こればその者が解決しなければならないし、その大体の場合において腕っ節は必要である。


 そもそも冒険者になるような者など、大抵の場合ろくでもない者ばかりなのだ。

 そういった者達を抑え込むのに力が必要なのは、道理だろう。


 まあそういう意味で言えば、腕っ節と人望はほぼ比例しているとも言える。

 自分より圧倒的な力をもった相手に逆らうような馬鹿は、さすがに早々いないからだ。


 とはいえ勿論のこと、そういった人物が簡単に見つかるわけもない。

 時には後任を頼めそうな冒険者がそこにはいないということも、当たり前にあるのだ。


 その場合は派遣されてきた冒険者がずっと代役を務め続ける……ということは、さすがにない。

 彼らはあくまでも、代理の代理だからだ。

 後任が決まるまでの一時的なものであり、その期間は長くとも二年とも言われている。


 ではそれが過ぎたらどうするのかといえば、その冒険者は普通に帰ってしまう。

 そしてそこにあった冒険者支部は、潰されてしまうのである。

 そうなれば当然、そこに居た冒険者達は他の場所に行かざるを得ず……今回の祝いには、そうならなくてよかったという意味もあるのだ。


 ともあれ、そういったわけで、こんな馬鹿騒ぎは普段から行われているわけではない。

 今日は特別な日だから騒いでいるのであって、さすがに普段は真昼間からこんなことになるわけではないのだ。

 とはいえ、夜になればこんな感じになるのは変わらないので、単純にそれを口実に騒いでいるだけとも言えるが。


「そもそも、主賓がこうして見てるだけってのがアレだしねえ」

「……混ざりたいなら、行ってきてもいい」

「あん? 何だって?」

「……ここには一人居れば十分」

「お前さんにここは任せて、アタシはあっちに混ざって来いって?」


 言いながら、ドリスは視線を傍らへと移動させた。


 そこにあったのは、全身を白いローブで覆い、さらにはフードまで被った小柄な影だ。

 こうして近くに居てもその顔は見えないし、街中で同じような人物を見かけたら不審さすら覚えるだろう。


 だがその中身を知っているドリスとしては、ただ肩をすくめるだけだ。

 溜息も混ぜ合わせ――


「さすがにそんなことをするほど、アタシは薄情じゃないさね。そもそも、お前さんはアタシに付き合ってくれてるだけで、この役目を受けたのはアタシだろう?」

「……でも、困った時には助けるって、約束」

「まあそうなんだけどねえ……」


 そこで苦笑を浮かべたのは、そんな約束をしておきながら、実際ドリスの方が明らかに助けられているからだ。

 だというのに、ここまで任せてしまうわけには、さすがにいかなかった。


「ま、気持ちだけありがたくもらっておくよ。ここを利用してる冒険者が全員ここにいるとはいえ、何か問題が起こらないとも限らないしねえ」

「……ん」

「いえー! 姐さん、楽しんでるー!?」

「だーから、ここにいてどうやって楽しめってんだっての。……まあそんなお前たちを見てるのは、ある意味愉快ではあるけどねえ」


 これだから酔っ払いは、などと思うものの、今までであればドリスもあっち側だったのだ。

 むしろ率先して馬鹿騒ぎをし、先導する立場ですらあったのだが……さすがにこれからは、そうもいかないだろう。


 それを寂しく思う気持ちは、勿論ある。

 だがドリスがこんな立場でいるからこそ、目の前の馬鹿共が好き勝手に騒げるというならば、こんなことをしている意味もあるというものだろう。


「……なんて、そんなことを考えちまうなんて、アタシも歳を食ったってことかねえ」

「……?」

「なに、ただの独り言さね。これを任されると言われた時は、確かに嬉しかったものだけど、どうやら自分でも思ってた以上に感じるものがあったみたいだねえ」


 と、そんな風に、ドリスが自分に対して自嘲気味な笑みを浮かべている、その時であった。

 騒ぎの中に混じるように、それでもはっきりとした声が届いたのだ。


「すまんであるが、ここが冒険者ギルド支部であってるであるか?」


 どうやら客であるらしかった。

 ここの代役を任されてからの、初めての客だ。


 厳密には目の前の馬鹿共の依頼の処理を既にしているのだが、まあそれはノーカンでいいだろう。

 あまりに気楽すぎて、仕事という気がしなかったからだ。


 ともあれ、真っ先にここがギルド支部かを尋ねてきたということは、街の人間ではないということか。

 ここに来たことがあるかはともかくとして、住んでいる人間ならばここがギルド支部だということは確認するまでもないことなはずだ。


 つまり、極めて珍しいことだが、こんな街にわざわざやってきた人間、しかも同業者の可能性が高く――


「はいよ、確かにそれで合ってるが、一体何の――なっ!?」


 用だい、と続けるはずだった口からは、瞬間驚きの声が漏れていた。


 だがそれも仕方のないことだろう。

 誰が来たのかと部屋の入り口へと視線を向けてみれば、そこに魔物の姿があったなど、一体誰が想像出来るというのか。


「――っ!」


 しかしさすがと言うべきか、そこからの反応は早かった。

 どこか浮ついていた気持ちは一瞬で吹き飛び、だが変わるように脳裏に疑問が過ぎる。


 入り口を塞ぐようにしてそこに顔を出しているのは、猪に似た魔物だ。

 それを猪だと判断しないのは、幾らなんでもでかすぎるからである。

 頭だけで三メートルは超えようかという猪など、この世界には存在しない。


 しかもその血のように赤い体毛は、ドリスの記憶が正しいければマッドボアのものである。

 下手をすればそれ一匹で街を一つ消滅させかねない、討伐には上級の冒険者が必須とされる魔物だ。

 当然のようにパーティー単位の、である。

 正直言ってドリスには勝てる自信がなかったが……言ってる場合でもないだろう。


 だが問題なのは、何故そんなものが突然ここに現れたのか、ということである。

 こんなもの、遠目から見かけただけで街の人間は騒ぐだろうに……さらに今気のせいでなければ、人語を操っていなかったか。

 そんな話は聞いた事がなかったが……。


 しかしそんな刹那の思考に解答が与えられる前に、ドリスは座っていた椅子から降りると、腰から愛用の二挺の拳銃を取り出し、構えた。

 そしてその時には、隣の相棒も既に、腰にある得物の柄に手を当て構えている。

 そのことに、さすがだと口元を吊り上げながら、さてどうしたものかと思案しつつも、とりあえず攻撃しながら考えればいいかと思い――


「ちょっ、ちょっと何してんのよ……!?」

「いや、やはり最初の印象は重要であるからな。なるべくインパクトがある方がいいかと思ったのである」

「インパクトとかそういうレベルじゃないでしょ、これ……!?」


 だが聞こえた声に、ピタリと腕が止まった。

 それは明らかに複数人の、それも子供のもののように思えたからだ。


 隣からも、困惑するような気配が伝わり、その時にはようやく馬鹿共も気付いたようである。

 直前までとは異なる意味での喧騒で、場が満ち――


「……兄様、さすがにこれはわたしもフォローできないのです」

「なん……だと……なのである」

「随分と余裕のある驚き方ね……っていうか、あんた実は大して驚いてないでしょ?」

「うむ、その通りなのである」

「その通り、じゃないわよ……!」

「まあまあ、アイナさんもその辺で、なのです。それよりも、早く弁解するべきだと思うのです」

「うむ、その通りなのである」

「あんたね……!」


 しかしそれが爆発するよりも前に、魔物の姿が入り口からひょいと横に退くと、その場に残っていたのは三つの人影であった。

 しかも、やはりそれは子供のものであり……そのことに一転、場には困惑の空気が流れる。


 だがそれを知ってか知らずか、三人の中で真ん中に居た少年が、臆すことなく口を開く。

 そして。


「あ、どうもお騒がせしたのである。まあそれはそれとして、もう一つ確認したいことがあるのであるが……冒険者の登録をする場所というのは、ここでよかったのであるか?」


 そんな言葉を、投げかけてきたのであった。

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