元最強、打ち明ける
どうやら上手くいったようだと、安堵の息を吐きながらその場を見渡していると、ソーマは不思議そうな顔をしているのはフェリシアだけではないということに気付いた。
アイナとシーラもまた、似たような顔をしていたからだ。
とはいえ二人のそれは、どちらかと言えば、自分達が何故ここにいるのか分からない、とでもいったようなものであり――
「ここって……? あたしは確か、聖都に……いえ、ソーマがフェリシアを……その後で悪魔が……? ……ああいえ、なるほど……そういうこと、ね」
「……ん、思い出した」
アイナとシーラの様子を見る限り、どうやら彼女達も記憶を取り戻した、ということのようである。
ただ、ここでのことも覚えているため、そのせいもあって少し混乱していた、といったところか。
混乱しているという意味ではフェリシアも同じようであったが、そこにあるのはやはり、死んだはずなのに生きている、ということに対するものだろう。
何か言いたげな様子でソーマのことを見つめていた。
「どうかしたのであるか、フェリシア?」
「……いえ。どうやら私のしたことは意味がなかったどころか、手間をかけさせてしまっただけだったんですねと、そう思っただけです」
「ふむ……まあ正直、否定はせんであるが、それを理解出来たのならば次からはしっかり相談して欲しいものであるな」
「そう、ですね……結果は同じなのですから、それこそその方が手間をかけさせずに済みますものね」
「いや、それもまた否定はせんのではあるが……それよりも、もう少し我輩を信用して欲しい、ということであるぞ? 相談されないということは、我輩が信用出来なかった、ということであろうしな」
「あっ、いえ、そういうことではなかったのですけれど……いえ、そうですね、そういうことになるんですよね」
実際のところは、別にそういうことではなかったというのは分かっている。
単純にフェリシアは、自分のことを考えてくれて、その結果だったに過ぎないのだろう。
だがそれはそれとして、自分のためと言われて命を捨てられてしまうのは勘弁であった。
そういった行動を少しでも抑止出来る可能性があるのならば、相手の良心に訴えるという行動を躊躇う理由はあるまい。
「……分かりました。次からは気をつけますね」
「うむ、是非ともそうして欲しいのである」
そもそも二度とこんなことは起こらないのが一番ではあるのだが……まあその辺の話は、追々といったところか。
ともあれ、これでようやく、今回の件は終わりを告げたのだ。
そうして、もう一度安堵の息を吐き出していると、ふと視線を感じた。
顔を向けてみれば、何かを言いたげな様子でアイナとシーラが見つめてきている。
二人とも色々と言いたい事があるのは当然と言えば当然ではあるのだろうが、具体的に何を言いたいのかはさすがに分からず、首を傾げた。
「何か言いたげな顔をしているであるが、どうしたのである?」
「……色々と言いたいことはあるんだけど、まあとりあえずは解決したみたいだし、それでよしとしましょうか」
「……ん、皆無事に終ったのなら、問題はない」
「そうであるか」
まあ好んで文句を言われたいわけでもないし、正直言われたところでどうしようもないので、肩をすくめて応える。
と、そうは言っておきながらも、何か気になることでもあるのか、アイナは不思議そうな顔のまま周囲を眺め始めた。
「それにしても、この世界って結局何だったの? よくこんなところに一時とはいえ馴染めてたと思えるぐらい、意味の分からないものばっかりなんだけど……」
「……ん、知らないものばかり」
「確かに……正直私も大分戸惑いましたから。何も知らないままにこの世界に放り込まれていたら、物凄く困ったと思います」
その三人の言葉に、なるほどと頷く。
確かに、そんな感想を抱くのも当然ではあったか。
何せこの小さな公園の時点で、あちらの世界には存在しないものばかりなのだ。
そんな中を何食わぬ顔をしていつも通りの生活をしようとしていたあたり、フェリシアは中々に演技の才能があるのかもしれない。
「まあ確かに、アイナ達から見ればここは不思議でしかないであろうな」
「その言い方からすると、あんたは違うように聞こえるんだけど?」
「我輩にとってはむしろ見慣れた世界であるからな」
「……見慣れてる? ……何故?」
「ここは我輩の前世の世界を元に構築されたものであるからな」
「……前世、ですか?」
前世、という言葉に三人はきょとんとした顔を見せた。
まあそれもまた当然と言えば当然か。
ちなみにここでソーマが前世のことを話そうと思ったのは、その方が現状の説明が容易だったからだ。
元々隠していたというよりかは話したところで信じられないだろうと思っていたから黙っていただけだったため、特に躊躇するような理由もない。
瞬きを繰り返す以外の反応を示さない少女達の姿に、肩をすくめた。
「うむ、実は我輩前世の記憶を持っていたのである。ついでに言えば、伊織も同じ世界の出身であるし、前世の我輩とは同級生だったのであるぞ? ま、ここで過ごしていたのと変わらないような感じだったであるが」
「……へー、そう」
「……なるほど、そういうことだったんですね」
「……ん、納得」
しかし、そこまで告げた後で返ってきた反応に、今度はソーマが目を瞬かせる番であった。
確かに隠すつもりもなければ躊躇もしなかったが、それなりに驚くようなことだろうという自覚はある。
だがにも関わらず、反応が薄いばかりか、三人の顔には驚きすらなかった。
「ふむ……随分反応薄くないであるか?」
「……今更?」
「まあ、そうですね。驚いていないというわけではないのですけれど、どちらかと言えば納得の方が強い気がします。なるほど、それならば納得出来る、と……いえ、すみません、やっぱり納得は出来ないかもしれません」
「前世とか関係ないぐらいに規格外だものね」
「むぅ……何となく納得がいかない反応なのであるが?」
「いえ、妥当な反応だと思いますよ? 僕ですら驚くに値しないと思いますからね」
「――なっ!?」
その声が聞こえた瞬間、アイナ達は一斉に反応を示した。
その顔に驚愕を浮かべ、咄嗟に臨戦態勢を取る。
顔は全員同じ場所を向いており、ソーマもならうようにそちらへと視線を向ければ、そこにいたのはあの悪魔の少年であった。
「あんた、どうして……っ!?」
「ああ、別に警戒する必要はありませんよ? 僕には既に何の力もありませんから。この身体を維持するので精一杯といったところです。それと、どうしてと尋ねたいのは、むしろ僕の方なんですよね。……どうして、僕を殺さなかったんですか?」
そう言って向けられた視線と言葉に、ソーマは肩をすくめた。
確かに、この悪魔はフェリシアと同じように、その死がなかったことにされた結果復活したというわけではない。
最初からその力の大半を吹き飛ばしただけで、殺してはいなかったのだ。
「どうしてと言われてもであるな……その必要がないのにそんなことをする理由こそがないであろう? 力の方は、魔女の力を残しておくわけにはいかんであるし、混ざり合ってしまっていたであるから諸共消し飛ばさねばならんかったであるが、それ以上は不要であるしな」
「……貴方達と敵対し、殺そうとしたというのは、その理由として十分だと思いますが?」
「あの程度で、であるか? 不可能だと分かりきっていることを持ち出して何らかの理由にするほど我輩の心は狭くはないのである。それに、全てはフェリシアのためだったのであろう?」
最初から最後まで、この悪魔はそのためにしか行動していなかった。
敵対してみせたのも、フェリシアの魔女の力の大半を吸収し、吹き飛ばさせるためである。
あれがなければ、フェリシアから魔女の力を切り離すのにもっと苦労していただろうし、万が一の可能性も有り得た。
それを考えれば、殺す理由などあるわけがあるまい。
「……まったく、困った人ですね。僕は悪魔なんですよ?」
「汝のおかげでと言うべきか、悪魔にも色々いるということを知ったであるからな」
正直に言ってしまえば、思うところはある。
だがそれは、この悪魔に対してではなく、悪魔そのものに対してだ。
前世で果たすことの出来なかった借りを返せるかと思ったのだが……悪魔だからといって一括りにすることは出来ないらしい。
そんな当たり前のことを今更ながらに思いながら、肩をすくめる。
そしてそのタイミングを見計らったかのように、世界に罅が入ると、そのまま粉々に砕け散ったのであった。




